第97話

 うちのパーティは、ルイスにそっくりなピンク髪の女性をガン見している。

 そしてピンク髪の女性は俺達――いや、ルイスを見て、驚愕の表情を浮かべたまま固まっている。


「フェリクス! あんたの手紙見て来たんだけど、そっちの人達は敵?」


 フィーはピンク髪の女性に驚きつつも警戒を解かず、いつでも抜刀できるよう構えている。成る程、取り巻き達――タッツとネソルの2人は死んでいるが、こん棒を武器としているオーガにやられたにしては死体の状態が不自然だ。そしてフェリクス以外に、この場には紋章院の制服の2人しかいない。


「敵ではない。この人達は――」


 張り詰めた空気を察したフェリクスが首を振り、続けて何か言おうとしたところで、我に返ったらしいピンク髪の女性が声を上げた。


「どうしようどうしよう、どうしよう!?」


 焦った口調でぶつぶつ言っているが、えらく混乱しているらしいのだけは分かる。

 ワタワタと落ち着きなく手足を動かして、次にその場でグルグル回り始めるや否や、「はっ!」と目を見開く。何を思いついたのかと思えば、地面に投げ出されていたローブを拾い上げ、いそいそと着た。

 その光景を黙って眺めていた30代中頃の無精髭の男の人も、軽くため息をついて、同じようにローブを羽織った。ピンク髪の女性は目深にフードをかぶってしまったが、男性のほうは顔を出したままだ。

 張り詰めていた空気がすっかり緩んだところで、改めてフェリクスが口を開いた。


「この人達は紋章院の方々だそうだ。詳細は説明する……だがその前に、少し時間をくれ。あの2人を埋葬したい。」



 俺達、それから制服の2人も手伝って部屋の隅の地面を掘り、タッツとネソルの2人を埋葬した。放っておいてもダンジョン内で死んだものはダンジョンに吸収されてしまうから、埋葬はあまり意味をなさないのだが……まぁ、気持ちの問題だ。

 フェリクスは2人の遺髪と遺品を丁寧に包み、荷物へしまった。


「手を貸してもらって済まない。ありがとう。」


 フェリクスは深々と頭を下げる。

 フィーはフェリクスの態度に少し戸惑いながらも問いかけた。


「……それはいいんだけど、そろそろ事情、説明してくれる?」



 フェリクスの話してくれた内容は、衝撃的なものだった。

 公爵が同行を命じて供に付けた執事が魔人だったという。……となると現在、公爵は魔人と繋がりがあるか、魔人そのものが化けていると考えられる。公爵という、王室に連なる立場に魔人側の勢力が潜伏しているのだ。これはエセキエル王国に暮らす者として、由々しき事態だ。

 そして魔人は、禁足地に入る鍵を探し求めているらしい。禁足地というのは俺は初耳だったが、簡単に説明を受けた。王家の管理下にある絶対不可侵な場所で、そこに何があるかは公にされていないらしい。

 その場所に何があるにせよ、魔人が狙っている以上、侵入を許せばろくな事にならないだろうな。


 フェリクスからひと通り話を聞き終えると、次に気になるのはやはり、ピンク髪の女性である。

 視線が集中するが、俺達から少し離れたところにいる女性はフードをかぶったまま、俯いて小さくなっている。隣にいる男が「しょうがない」と言わんばかりに無精髭の頬を掻き、俺達を見回して話し始めた。


「我々は、エセキエル王国紋章院執行部、魔人討伐局の者です。私はベンノと申します。」


 ベンノ……ベンノ!? 確かに男は今、そう名乗った。俺のパーティは全員、俺がベンノという人を捜しているのを知っているから、皆も驚きの表情を浮かべている。

 ベンノさんは俺達の驚く様子を目の当たりにしながらも、自身の名でなく所属部署に対する驚きだと受け取ったようで、軽く流した。


「そしてこっちが……おい! いい加減諦めろ。」


 ベンノさんに促され、ピンク髪の女性はゆっくりと、もたつきながらフードを取った。


「……同じく、カレン、です。」


 か細く名乗ったカレンさんは下を向き、手でローブの生地を握っている。時折、ルイスに向けてちらちらと視線を飛ばす。

 その様子にルイスは何かを言い出そうと口を動かしたが、声にならず、何も言えないまま口を閉じた。

 俺が言葉をかけようと身を乗り出すと、横にいたカッツェが制し、そのままルイスの背中をトンッと強く押した。よろけたルイスが振り返り、カッツェを見る。

 カッツェはルイスを励ますように力強く頷いた。しばし躊躇う様子を見せていたルイスは、やがて、意を決したように頷き返す。

 ルイスはすぅーっと大きく息を吸い、吐いた。そして一歩前に出て、はっきりとした声で尋ねた。


「僕の名前は、ルイスといいます。ペッレの近くの開拓村で、おじいちゃ――村長に育てられました。……あなたは、僕のお母さんですか?」


 その問いにカレンさんはびくりと肩を震わせる。だが、ローブをいっそう強くぎゅっと握り直すだけで、答えようとしない。

 そんなカレンさんの背中を、ベンノさんがドンっと押した。衝撃でカレンさんは2歩、3歩と前に出る。目を白黒させながら振り返るカレンさんに、ベンノさんが言った。


「この状況で守秘義務も何もあるまいよ。紋章院には黙っておいてやる。もしばれても、一緒に謝ってやるし事情も説明してやる……だから、ほれ。彼は、お前の答を待っているぞ。」


 そこまで言われてもまだ、躊躇を見せるカレンさん。

 ちらっとルイスを窺う。ルイスは不安と期待を織り交ぜたような表情をしている。脚が、わずかに震えている。

 震えているルイスに気付いたのか、カレンさんは息を呑み、ルイスを真正面から見つめて頷いた。


「……はい。私は、あなたの母親、です。」


 それを聞いたルイスはその場でかくんと膝を折り、両手で顔を覆った。くぐもった声が、響く。


「……よがっだ……生きででくれて、本当に、良がっだぁ……!」


 ルイスは嗚咽しながら声を震わせ、叫ぶように同じ言葉を何度も繰り返した。

 その声が、カレンさんの身体を押さえつける重しを取り去ったのだろう。カレンさんは脚をもつれさせながらルイスに駆け寄ると、力の限り抱き締めた。


「大きくなったね、ルイス……ごめんね。独りにして、ごめんね……!」


 大粒の涙をとめどなく流し、カレンさんはルイスを抱き締めたまま、声を上げて何度も何度も謝罪したのであった。


 しばらくして2人が落ち着いた頃、カレンさんがぽつりぽつりと事情を話し始めた。


 ■カレンの回想


 ええとね、ルイスちゃんには精霊術の才能があることが、生まれて間もない頃から分かっていたの。

 ……モンスターと戦える力がないとレベルも上げられないし、何かあった時にすごく困ったことになる。私自身、長いこと精霊と契約できなくて、戦うことができずにすごーく苦労したんだ。

 ルイスちゃんにはそんな思いをさせたくなかった。だから、パリ―……あなたのお父さんと私はずっとね、なるべく村から離れないようにしながら、精霊の所在や手がかりを探していたのよ。

 そんな時、ギョンダーのダンジョンで精霊と契約できるアイテムがドロップする、って噂話が舞い込んできたの。

 ギョンダーは村からかなり遠いし、ダンジョン探索となれば、とてもじゃないけどまだ小さな子供を連れては行けない。ルイスちゃんと離れることになるからずいぶん悩んだけど、私には”幸運”ってスキルがあって、狙ったアイテムが手に入りやすいんだよね。だからパリーと相談して、1年間って区切りをつけて、探しに行ってみることにしたんだ。

 それからしばらくは、冒険者時代の仲間に片っ端から声をかけて、ダンジョンに行って無事に戻ってくるための準備を整えたわ。どうしても都合のつかない仲間も多くて、ちょっと時間がかかっちゃった。私が片手剣くらい扱えたら戦力にもう少し余裕ができたんだけど、”精霊の寵愛”の才能持ちは金属系の武器とはすごーく相性が悪くてね。全然スキルを覚えることができないのよね。

 ……うん? どうしたの、そんなショックを受けた顔して? ……そういえばルイスちゃん、その背中のおっきな剣は? ……スキルは? ……そうよね、やっぱり手に入らないわよね。


 準備ができて、いざ出発の日……離れ離れになると知って大泣きするルイスちゃんに後ろ髪引かれる思いだったけど、精霊との契約はルイスちゃんが生きていく上で絶対必要になるから、1年で見つけるために頑張ろうって心に決めたの。で、モイミールで仲間と合流して、ギョンダーへ向かったわ。

 ……ルイスちゃんには悪いけど、昔の仲間ともう一度冒険ができるっていうのも、ちょっと楽しかったんだ。これが最後の冒険になる、って皆思ってたから、ちょっと年甲斐もなくはしゃいでたわ。


 うん? 仲間と旅するのが楽しいのは分かる? ふふふ、ルイスちゃんにも素敵な仲間がいるみたいだものね。かわいい女の子も……3人もいるけど、ルイスちゃんはどの子が好――

 あ、話の続きね。はいはい。


 えーっと、ギョンダーに到着して、精霊と契約できるアイテムの噂について詳しく調べてみたら、ずうっと前に40層のボスからドロップが確認できた、って話だった。それと同時に、こんな噂も聞いたわ。


 ダンジョンで、精霊術師の死者が急増している、って。


 その時はね、大して気にも掛けなかったの。ドロップ狙いで無理をした人がモンスターにやられちゃっただけ、大きなダンジョンなら珍しくない話だ、って。……噂について、もう少し慎重になって調べていれば……。


 講習を受けてダンジョン探索を開始してね、私達は順調に進んで目的の40層へ到着したの。

 そこにいたのは雷を纏ったオオトカゲだったわ。本来はサラマンダーの筈だけど、変異種だったのね。……え、緑色のオオトカゲ? あぁ、変異種は1種類とは限らないからね。その時々で違うらしいわ。

 雷を纏ったオオトカゲはとても強くて、私たちは苦戦を強いられたわ。武器で攻撃すれば、逆に電撃で痺れちゃうし、魔術の詠唱も素早い雷の攻撃で中断されてしまう。

 このままでは危ないって思って、私はその当時できるようになったばかりの”精霊降ろし”を使って、何とか倒したんだ。

 それで手に入れたドロップアイテムが、今、ルイスちゃんが指に嵌めてくれている精霊契約の指輪だったの。

 ……目的のものは手に入ったけど、私は慣れない”精霊降ろし”のせいで、もうフラフラでね。ボスが復活する時間ぎりぎりまで休憩してから戻ることにしたんだけど、それでも全快はしなかった。


 這う這うの体でどうにかダンジョンから脱出を試みている時、”それ”は現れた。


 36層に上がった直後、だったわ。そこで1人の、冒険者らしい風体をした人物と出くわしたの。

 中層を1人だけで? って少し疑問に思ったけど、アムリタ狙いで単独でドラゴンゾンビと戦い続けている人の話を街で耳にしていたから、もしかしたらその人かも、って思ったの。


 ”それ”は、「パーティに精霊術師はいるか?」と聞いてきた。


 今なら、そんな怪しい相手の質問に馬鹿正直に答えるのはどうかと思うのだけど、疲れ果てていた私達は、深く考えずに「いる」って答えちゃったのよね。


 そしたら……”それ”はいきなり私に切り掛かってきたわ。私は咄嗟に、両手で自分の身を守ろうとした。けれど……その一撃で、両手を切り飛ばされてしまったの。

 両手を失った痛みと突然の出来事に、私はひどく混乱した。

 私を守ろうと、仲間達が”それ”を攻撃した。だけど、そのことごとくが、全く効かなかった。”それ”は黒い靄に包まれたと思ったら、のっぺりとした顔で黒い肌をした人型になっていた。……そう、”それ”は魔人だったの。魔人は、こう言っていたわ。


「精霊と契約できるアイテムの噂を流しただけで、こうも容易く集まるものとはな……腕の良い精霊術師は我らの邪魔になる。ここで死んでもらうぞ。」


 そこからは一方的だった。次々に仲間は殺され、最後は私とパリ―だけになった。

 だけどそのパリ―も、魔人の攻撃から私を庇って……私も両手からの出血が酷くて、パリ―の最期を目にして間もなく、気を失ってしまったの。


 目を開けると、すぐ傍に彼が……ベンノがいたわ。

 切り飛ばされた筈の両手も、きれいに治っていた。……夢だった? そう思って慌てて周囲を見回したけど、パリ―と仲間達は、私が意識を失う直前に見た光景と変わらない場所で、息絶えたままだった。


 ベンノの話だと、彼がそこへ来た時には既に魔人の姿は無く、残っていたのは仲間の死体と、瀕死の私だけだったらしいわ。私が気絶したのを失血死したと思ったか、或いは、そのまま放置してもどうせすぐ死ぬと思ったか、そんなところでしょうね。

 紐を通して服の下で身に着けていた指輪も、そのまま残っていた。まさかレアドロップの中でも特に希少な精霊契約の指輪を、本当に手に入れているだなんて思わなかったのでしょうね。


 私はどうして助かったのか……その時ベンノは教えてくれなかったんだけど、後で聞いたら、50層で手に入れたばかりのアムリタを使ってくれたんですって。

 負傷したパーティメンバーのために探していると聞いていたから、「私に使って良かったの?」って尋ねたらね。


「そいつは……セリアは、助かる命を見捨ててまで持ち帰ったアムリタなんか喜ばないし、絶対に使わない。そういう女なんだよ。それに、子供ができないって話だったが、どうやら授かったらしい。アムリタはもう必要ないんだ。そもそも俺がケジメとして、勝手にアムリタを探していただけだからな。……だから、誰に使っても構わないのさ。」


 ……ってね。そんなに大切な女の人って、もしかしてベンノは惚れてたの? って話を――ちょ、ちょっと睨まないでよ、ベンノ。分かった、そっちの話はしないで続きね。


 ベンノと、助けられた私は2人で冒険者ギルドへ報告に行ったの。魔人の出現をギルドの受付に話したら、別室に案内されたわ。そこで、エセキエル王国の紋章院の人に会った。その人から、魔人について色々と話を聞いたわ。魔人が各地で行っている非道な事や、精霊術師が狙われる理由とかね。

 紋章院の人は私達に、紋章院へ入らないか、って提案してきたの。魔人と戦える力を持つ私と、情報収集に長けた優秀な斥候のベンノは、紋章院としても欲しい人材だったんでしょう。

 それに、魔人と接触し生き残っていることがばれると、本人や仲間の魔人に殺される可能性が高い。組織の庇護下にあったほうが良い、って話だったの。

 さんざん迷ったわ。紋章院に入れば守ってもらえるけど、魔人のことについては守秘義務があるから、家族にも事情を話せない。不必要な接触は厳しく制限されるから、ルイスちゃんには会えなくなる。でも、私が村へ帰ったら、いつ魔人が嗅ぎつけて現れるか分からない。そうなれば私はもちろん、ルイスちゃんや村長、村の人達も……。

 私は紋章院に入ることに決めた。ルイスちゃんを危険な目に遭わせるわけにいかない。それに、パリ―と仲間の仇を討ちたかった……私だけ生き残ってしまったという負い目もあるしね。けれど、いざ紋章院に入ってしまえば、私的な手紙のやり取りも禁じられる。事情は話せないけれど、せめて指輪だけはきちんとルイスちゃんに渡さなきゃと思って、一番安全で確実そうなギルド経由で村に届けてもらったの。

 アムリタを見つけるという目的が一段落したベンノも、私に付き合って一緒に紋章院に入ってくれた。……そうして今に至る、ってところかしらね。


 だけど……どんな理由があっても、ルイスちゃんを独りにしてしまったのは変わらない。


 ずっと寂しい思いをさせて、本当にごめんね。



 ■シンク視点


 カレンさんの話を聞いて、皆、涙ぐんでいる。


 そうか、カレンさんは魔人に狙われている可能性があったから村に帰れなかったのか。

 そしてベンノさん……50年出ていないというアムリタを、まさか入手していたとは驚きだ。しかしよくよく考えると、大切な人を救うためにアムリタを探している冒険者は、手に入れたところでわざわざ吹聴しないよな。他の人間に狙われたり、奪われる危険性が高くなるだけだ。ひょっとしたら、実際はもう少し高い頻度で出ているのかもしれない。


 家族と会いたくても会えない辛さ……前世では理解できなかったけど、今なら実感できる。

 とーちゃんとかーちゃんは、元気してるかな?

 ふと、フェリクスを見る。こっちのパーティの一員であるルイスの事情なんて知る筈もなかっただろうが、カレンさんの話から大体のことは把握したのだろう。目に涙を溜め、カレンさんとルイスの姿を眩しそうに見つめている。

 ……そうか、こいつは母親を人質にされて、今も会えないでいるんだよな。教えてやらないとな。カテジナ様は呪いも解け、無事でいることを。


 ……ただ、かなり痩せて若返ったため、フェリクスの知っているカテジナ様とはだいぶ変わり果てた姿になっているから、会っても本人かどうか、一目では分からないと思うけど……。

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