第79話

 ■カッツェ視点


 わけも分からないまま、いつの間にかルイスと2人だけになっていた。

 フィー様はどこだ!? 私はフィー様から離れるわけにはいかないのに。


「……転移罠かな? でも、どうして?」


 ルイスが私にそんなことを聞いてくるが……私が分かるわけないじゃないか。頭脳労働は担当外なんだ。ノーネットなら……いや、あれは興味があることにしか詳しくない。戦闘関連だと、フィー様の指示が一番的確だ。戦闘以外では最近、シンクが結論を出すことが増えてきたが、しかしどちらも今はいない。いるのはルイス……、私より頭は良さそうだけど、任せるのはちょっと不安なんだよな。


「分からんが、どうやら考えている時間は無さそうだぞ?」


 部屋の中央で異変が始まっていた。光が集まったかと思うと、そこに巨大なゴーレムが出現する。


『#$%&+?‘/……』


 ゴーレムが、妙な響きの言葉で話し始めた。何やら怒っているようではあるが、言葉が理解できないので、その印象も正確かどうかは分からない。

 もしや、フィー様もゴーレムに襲われているのだろうか? もしそうだとしたら、私はアイルーン家の、フィー様の騎士! すぐに駆けつけねば! 私なんぞでは力が足りないかもしれないが、お傍に仕え、いざという時には身を挺してでも御守りせねばならない。


 アイルーン家にはご先祖を救ってもらった恩義がある。しかし、それ以上に守らねばならない理由がある。我が一族に代々伝わる言い伝えに、『世界より魔を払い、光の祝福をもたらす勇者』という一文がある。我が一族は、その『勇者』がアイルーン家であると確信しているのだ。

 魔を討ち滅ぼすという強い意志、それを実行できるだけの実力。そして何よりも、その言い伝えの残る我が一族を救ったこと。そこに運命を感じずにはいられない。例え言い伝えが違ったとしても、アイルーン家を守護することは人類にとって重要なことだと思う。

 私自身も、もちろん言い伝えを信じている。そして、その『勇者』とはフィー様その人を示しているのではないか、と考えている。剣術は天級、魔術に関しても地術を高いレベルまで修めている。どちらかに秀でる者は多いが、この若さで両方を修めている者は、国内でも数えるほどしかいないだろう。

 今のところお世継ぎはフィー様しかいないというのもある。


 まぁ、理由はあれこれと並べられるが、私としては単純に、フィー様自身が、その人柄が好きだから守っている。これに尽きる、と言ってもいい。

 ……そういうわけだから、家の都合と私個人の主義により、目の前のゴーレムをさっさと倒し、フィー様と合流せねばならないな。


 フォーメーションだが、私が前衛、ルイスが後衛だ。見たところ一筋縄ではいかなそうなゴーレム相手に、ルイスの未熟な剣で前衛をさせるわけにはいかない。

 どう攻めるかであるが……、私は考えるのは苦手だ。初見の敵について距離を保ちながらあれこれ考察するよりも、ひと当てして直接相手の動きを見たほうが早い。

 ゴーレムが動きだす。見た目にそぐわぬ速い小振りの攻撃には少し驚かされたが、危なげなく避けられた。しかしその時、ゴーレムの腕についていたガラス球が光を発した。

 うーん、私自身の勘を信じれば、これは大した攻撃ではない。……うん、予想通り。


「カッツェさん!!」


 光を受けた私を見て、ルイスが緊迫した声を上げた。私には”直感”というスキルがある。この手の勘をはずしたことはない。うちの一族は予知系統のスキルに優れていることが多い。そのせいで考えるという行為を疎かにしてしまった節があるが。


「大丈夫だ! この光の攻撃は大したこと無いぞ!」


 ゴーレムに何とか反撃したいが、隙が少ないな。前衛がもう1人いたら話も違うのだが、いないものは仕方ない。ハルバードの柄を短く持ち、コンパクトな振りで一撃を加える。


 ゴン!


 しかし、私の攻撃はゴーレムの装甲に阻まれ、全く傷をつけられなかった。私の武器は刃の部分こそミスリル製ではあるものの、魔染が進んでいないから、ちまちました攻撃では大したダメージは期待できない。ならば思いっきり遠心力を利かせ、重量を十分に生かした一撃を食らわせるまでだが、そうすると攻撃後の隙が大きくなり、反撃を受けるリスクが高くなる。


(シンクの補助魔法があればなぁ。)


 無いものねだりなのは自分でもよく理解しているが、ここ最近は戦闘となると必ずシンクに補助魔法をかけてもらっていた。補助魔法は効果が高く、非常に有用だ。力や素早さを上げられれば、高威力の攻撃を安全に繰り出すことができる。

 パーティ行動を分断する転移罠とは非常に凶悪なものなのだな、と認識を新たにした。今の状況では私は壁役に徹し、ルイスの魔術攻撃に期待するしかなさそうだ。

 ルイスが雷を放ちやすいように、攻撃を避けつつ一旦ゴーレムから距離を取る。


 ドーン!


 私の期待通り、攻撃のチャンスを見逃さずにルイスは雷を放ってくれたようだ。何だかんだでルイスと共に戦った回数はかなりの数に上る。相手が求めることも感覚として分かってきた。……まあ、2人だけで戦闘、というのはこれが初めてなのだが。

 さて効果は、と様子を見るも、ゴーレムの動きは何ら変わらない。雷は間違いなく直撃したのだが、どうやらダメージは無さそうだ……私が知る限り、ルイスの雷を食らって動き続けたモンスターはいないんだがな。


「そんな! 雷が効かないなんて!」


 ルイスも、自身の攻撃の成果が芳しくないことにショックを受けているようだ。

 しかしこれは困った。思ったよりゴーレムの魔術耐性は高いようだ。こうなっては、リスクを取ってでも私が踏ん張るしかない。

 雷の攻撃を受けたせいか、ゴーレムは正面にいる私を無視してルイスに向きを変えた。

 今のルイスではこいつの早い立ち回りに対応できない。近距離で対応するには天級の実力が必要だろう。


「行かせないよ!」


 渾身の一撃をゴーレムの背後から見舞う。


 ガイン!!


 どうにか傷をつけることには成功した。しかし、ゴーレムの動きは止まらない! 慌てて追うが間に合わない。ルイスに肉薄したゴーレムが、右腕を振るう!


 ドン!!


 ゴーレムの一撃を受け、ルイスは吹っ飛んでいった。血の気が引く。


「ルイス!!」


 叫ぶように呼びかけると、何とか立ち上がろうとしていた。良かった……生きてる。敵に後衛へ抜かれてしまったら、前衛盾役は失格だ。……私の一撃を食らって怯まなかった敵は、今までいなかった。このゴーレムみたいに私の攻撃を弾くほど固く、私を掻い潜るほど素早く動く敵には、会ったことがなかったのだ。

 今までたまたま、運よくそういう敵に出くわさなかった。たったそれだけのことにすら気づけないなんて、私は一体いつから慢心していたのだろうか? 

 あの非常に厳しい訓練を行う騎士学校を、卒業できた時か? 公爵という権威にも怯まず、我を押し通した時か? 強くなったという自負があった。モイミールで、魔人にすら勝てたのだ。私たち3人で、倒せない敵はいないと信じていた。

 しかし、しかしだ。……今負けたら、ここで終わりだ。

 ルイスが鍛練するのを『よく頑張っている』などと思いながら眺めていた。見習おうと横に立って素振りをすることもなかった私が、何を偉そうに……極級に至ったわけでもないのに、既に頂点に上り詰めた気にでもなっていたのか?

 無為な後悔ばかりが頭を駆け巡る。ちっ、私らしくもない。そんなことを考えている暇があったら、1回でも多く武器を振るうべきだろう!


「ルイスは手を出すな! こいつは私が倒す!」


 多少無理な動きが多くなるが、強引に隙を作り出す。地を這うように重心を低く構え、ゴーレムの足元で素早く立ち回る。

 相手の動きも速いが、巨体の割にというだけだ。同程度のスピードならば、小回りが利く分、私に利がある。ゴーレムの拳の攻撃を掻い潜り、ガラス球が光るのを確認する。今だ! 光の攻撃を身に受けつつ、フルスイングの一撃をかます。


 ギィィン!


 問題はこの後だ。さすがにフルスイングした後、すぐさま回避行動へは移れない。ゴーレムの拳が間近に迫る。


 ドン!


 何とか引き戻したハルバードで受けることには成功したが、数メートル吹き飛ばされてしまった。ダメージは……まぁそこそこ食らったが、すぐ死ぬことはない。

 受身を取って体勢を立て直し、そのままゴーレムへ再度攻撃を加えるべく間合いを詰める。

 幾度かこのやり取りを繰り返した。しかし、何度目かの防御が間に合わず、遂にゴーレムの拳をモロに食らってしまった。


 ズン!


 ぐふ!! 胴を殴られ、肺の酸素が強制的に吐き出される。HPもごっそり持ってかれた。何とか受け身は取れたものの、すぐに動けない! くそ! どうする?


 ズドーン!!


 私がゴーレムの追撃を今まさに食らおうとしていたその時、ゴーレムに特大の雷が落ちた!


(ルイス!)


 振り向くと、ルイスは振りかぶって私に何かを投げつけてきた。……これはHP回復ポーション!

 だが、ルイスは私にポーションを投げたせいで体勢が崩れている。特大の雷が直撃した筈のゴーレムは動きが衰えることもなく、仕返しとばかりにルイスへジャブを繰り出していた。


 バン!!


 あの体勢で攻撃を受けたのはマズイ! 伏したルイスが呻いた……生きている! 立ち上がろうとしている。


「ルイス! いいから退がれ! ゴーレムは私が――」


 ルイスはよろよろと立ち上がり、何かを呟いた。


「ルイス?」


「……守らなきゃ、……男が女の子を守らなきゃいけないんだ!!」


 トクン!


 ……女の子? それって、私のことか? 守らなきゃ? 私を? そんなこと、今まで言われたことなんて、一度も――

 強く宣言するルイスの姿に私は、今までに感じたことのない胸の高鳴りを自覚していた。



 ■ルイス視点


 痛い……、痛いけど、それが何だ! 僕はシンクと約束したんだ。『1人のときは命懸けで守る』と!

 ポーチからHP回復ポーションを取り出し使う。残りは2本。僕の精霊術ではダメージを与えられているのかどうか、さっぱり分からない。他のモンスターなら間違いなく一撃で倒せる攻撃なのに、それを受けてもなお、ゴーレムはぴんぴんしている。

 カッツェさんの動きは凄いけど、やっぱり無理をしているんだ。だから、僕が何とかしなきゃ! 女の子を絶対守らなきゃ!

 そう強く思っていると、傍に立つ精霊さんから声を掛けられた。


(ねぇ、ルイスきゅん。あの女も任せとけーって言っているんだから、もう任せておけば? あたしの雷も効いてないみたいだし。)


(ダメだよ! 絶対に守らなきゃ!)


(でもどうするの? ルイスきゅんの剣術じゃ、ゴーレムに傷つける前にルイスきゅんがぶっ飛ばされちゃうでしょ?)


(それでも、何とかしないと!)


 分かっているんだ。何とかしなきゃいけない気持ちに、力がちっとも追いついていないこと。悔しい。僕にもっと魔力があれば、剣をちゃんと使いこなせていれば、カッツェさんを守れるのに! 僕にもっと、もっと力があったら……!!

 精霊さんの声が、静かに響く。


(ルイスきゅんは、強くなりたいの? ……どんな犠牲を払っても、強くなりたいの?)


(なりたい! )


(ルイスきゅん、本当に、すごーく痛いよ? それでも、大丈夫?)


(僕が痛いくらい、何でもないよ! いつもそうだったもの。それより今は、シンクとの約束を守れないこと――女の子を守れないことの方が、嫌だ!)


 シンクと出会うまでは、いつも一人で辛かった。モンスターと戦う恐怖、バン達から浴びせられる罵倒……そんな毎日、ただ辛いだけの日々だった。だけど、今は違う。信頼できる仲間達がいる。シンクから教えてもらったことで、僕は強くなれた! だからこそ、シンクの信頼を裏切りたくない。


(……ルイスきゅん。最初に契約した時のこと、覚えている?)


(最初に契約した時?)


 あの時は確か、指輪を眺めていたら頭に声が響いてきたんだった。『汝、力を求めるか?』とか何とか、そんな感じだったかな?


(ルイスきゅん……いえ、我が主よ。力を求めるか? 力を欲すらば、我が名を唱えよ。)


 いつもの精霊さんのちょっと呑気な声とは違う、落ち着いた厳かな声が僕の頭に響いた。


(精霊さんの……名前?)


 精霊さんの名前って何だろう……いや、分かる。僕は”それ”を、とっくに知っていた。でも何故か、呼んではいけないとずっと思っていた。何か途轍もないことが起こる気がして、呼ぶのを憚られていた。

 精霊さんの名前。強く念じると、心の中に浮かび上がる。それを読み上げるだけなのに、ひどく勇気がいる。


「ぐぅ!」


 カッツェさんがゴーレムから攻撃を受けている。迷っている暇はない!


「――”カドル”! 僕に力を貸して!」


(拝命仕る。)


 言葉と共に、精霊さんは僕を包み込むように抱き締めた。そしてそのまま、僕の身体に溶け込むように重なっていく。精霊さんが、いや、カドルが、僕の中へ入ってくる!


「あぁぁぁあぁ!!」


 眼が! 眼が焼ける!! 頭の中を鋭い金属でかき乱されるような痛みに、まっすぐ立っていられず膝をつく。 


(我が主よ。肉体があまり持ちそうもない。敵を!)


 カドルの声を受け、痛みで鈍る頭を巡らせゴーレムを見る。ゴーレムがカッツェさんを殴っている姿が見えた。


(カドル! あのゴーレムを倒せ!!)


(お任せを。)


 次の瞬間、音が消えた。そして視界を埋め尽くす光と共に、僕は意識を失った。


 ■カッツェ視点


 強い光を見たせいで、眼が完全に眩んでいる。耳も同様だ。ワァンワァンと凄い耳鳴りがしていて役に立たない。

 何が起きた? 私がゴーレムに切り掛かり、反撃を受けて吹っ飛ばされた瞬間だ。何か途轍もないことが起きたらしいが、何がどうなったのかはさっぱりだ。

 予めポーチに準備していたポーションを取り出して、自分へ振りかける。すると多少はマシになり、ぼんやりとだが周囲の様子が見えてきた。

 まずゴーレムを探すと、先ほどとほぼ同じ位置にそれはいた。もはや原型を留めていない。表面を覆っていたミスリルの装甲は爛れたように溶け崩れ、半分は蒸発したのか体積もずいぶん小さくなっていた。内部の構造がどんなものだったかは分からないが、黒く炭化した部品のような何かが幾つも転がり、その床はちょうどゴーレムを中心とした円形に真っ黒に焦げている。ふと見上げると、ゴーレムの真上の天井も同様に、円形に黒く焦げていた。


「これは……?」


 こんなことができるのは、この場でルイスだけだろう。ルイスの姿を探すと、少し離れた場所でうつ伏せに倒れているのを見つけた。


「ルイス!」


 ルイスを抱き起すと、眼鏡が外れて床に落ちた。意識を失っているようで、顔色が真っ青だ。


(ま、まさか!?)


 慌てて脈をとると、辛うじて生きていることは分かった。だが、まだ安心できない。それと……うん? 泣いている。目の端から雫が……いや、これは血だ! 

 急いで今持っている残りのHP回復ポーションをルイスへ振りかけた。顔色はほんの僅かだけ良くなったような気がする。だが、ルイスの身体はひんやりとして冷たいままだ。


「……ありがとう、ルイス。おかげで助かったよ。だから、お前も死ぬんじゃないぞ? お前が死んだら、私は泣くぞ? ……守ってくれるんだろう? なら、守る相手を泣かせないでくれよなぁ。」


 せめて冷えた身体が少しでも温まるように、と。震える声を抑えながら、私はぎゅっとルイスを抱き締めた。

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