第78話

 教えろ、と据わった目で迫るヨーシフさんに負け、事実を伝えてしまった。


「パスワードに『PASSWORD』……か。エルフの感性は独特だな。」


 つけてはいけない、と知識として知っている俺からしたら、セキュリティ的にだいぶ恥ずかしいものだと思うのだが、そもそもパスワードという概念がほぼないヨーシフさんは、ちょっと変わってる程度にしか感じないようだ。ひょっとしたら、『PASSWORD』とつけたエルフも「盲点だろ!」と得意気に思ったのかもしれない。


 しかし、扉が開いてくれて良かった。これで駄目なら3回目は『我をリーテ・ラトバリタ・助けよウルス 。光よアリアロス・バル蘇れ・ネトリール』と入れるしかないと思っていたのだ。空飛ぶ島だったというし、これで行けるんじゃないかと思う。案外『閉じよバルス』とか入れると自壊が始まるのかもしれない。その場合、「眼がぁぁ」という事態になるに違いない。


 それはさておき、せっかく扉が開いたのだし、さっそく部屋に入ってみよう。

 先行するヨーシフさんに続いて足を踏み入れると、そこにはがらんとした無機的な広間があった。机や椅子、棚などの家具は一切ない。ただ、壁と天井で囲われた空間があるだけだ。広さで言えば、小さな体育館ほどはあるだろうか? それらしい器具類は見当たらないが天井はかなり高いし、案外、本当に運動施設なのかもしれない。


「ここは何でしょうね?」


「ふーむ……エルフの遺跡では、このように鍵が掛かった扉の先には大抵、高価なアイテムがあるものなんだが。」


 俺の疑問にヨーシフさんが答えてくれる。ふと見ると、他の皆はまだ扉の前から動いていない。警戒しながらこちらを覗き込むように見回している。


「大丈夫だ。鍵をきちんと解除したのだから、罠も同時に解除されているよ。そうでなければ、エルフ達も使用することができないからな。」


 それは確かに、と一同が安堵して部屋に入ってくる。しんがりにいたルイスも、躊躇なく部屋へ踏み込んだ。

 全員が部屋の中に揃ったその瞬間、俺は何とも言えない浮遊感に見舞われたのであった。




 地に足がついた感触で、意識が戻る。気を失っていた? いや……、時間は大して経っていないようだ。何だろう? 立ち眩みでもしたか? 


「あれ? 皆は?」


 フィーの声に、俺は周囲を見回した。室内の様子は先ほどと同じに見えるが、出入り口がなくなっている。そしてこの場所にいるのは、俺、フィー、ヨーシフさんの3名のみだ。


「まさか、転移罠が仕掛けられていたのか!? 何故だ! 正規の手段で扉を開けたのに!」


 青ざめ、慌てた様子で声を上げるヨーシフさんに、とりあえず考えられる可能性を冷静に伝える。


「設備の誤作動かもしれませんね。」


「あ、あぁ……そうか、それも考えられるな。うーむ、いくら頑丈なエルフの遺跡とはいえ、天空から落ちれば誤作動する部分のひとつやふたつ、出てくるかもしれんな。だとすると……。」


 ヨーシフさんがぶつぶつと呟きながらしきりに室内を見回している。ひとまず、ある程度落ち着きを取り戻してくれたようだ。


「今はそんなことより、皆を探しに行かないと!」


「そ、そうだったな!」


「しかし、出口がありませんね。」


「「「う~ん……」」」


 全員で額を寄せ合って悩んでいると、不意に広間の中央の辺りが輝き始めた。輝きは次第に形を帯びていき、だんだんと大きくなりながら、人のような姿を作っていく。パァァっと一際強い光が部屋を満たした次の瞬間、部屋の中央には高さ3メートルにもなろうかという鋼鉄の人型――ロボットが、現れていた。

 ロボットの外装は、紫がかった銀色をしている。これは相当魔染が進んだミスリルだな。おそらく+3といったところだろう。最上位品だ。各部の関節は隙間が大きく、非常にメカメカしい作りを覗かせている。球体関節ではないのが残念だ。武器は持っていないようだが、外装のあちらこちらに分厚いガラスのような、透明で艶やかな半球体が埋まっている。……まさかビームが出るとか言わないよね?


 敵か? まあ、敵だろうな……。転移罠&モンスターハウス的なやつでしょ。俺とフィーは武器を構え、前に出る。


「ヨーシフさんは後ろへ退がっていてください!」


「済まないが、頼む。戦闘では役に立てない。」


 悔しそうな顔をして、俺達の後方に移動してくれた。さすがは学者、冷静な判断だ。足手まといにならないように動いてくれるのは非常に助かる。

 俺は自分とフィーに補助魔法をかけていく。まだロボットに動きは見られない。


『ピーガガガ……、録音サレタ音声ヲ再生シマス。』


 耳障りな異音の後、突然ロボットが喋り出した。機械的な音声だが、言葉はグラトコヴァ語だな。一瞬間をおいて、今度は若い男性のような声に変わった。


『ふっ、魔人どもめ! 罠にかかったようだな!』


 え、魔人? フィーがじれったそうに、俺に問いかける。


「シンク。このゴーレムは何て言っているの?」


「魔人がどうたら、って言っているけど……。」


「魔人? どうして魔人が出てくるの?」


「エルフは人類を守るため、魔人とよく戦っていた。そのことを言っているのではないか? ひょっとしたら、そのゴーレムは対魔人用の兵器なのかもしれない。」


 俺たちの疑問にヨーシフさんが答えてくれた。男の声は続く。


『”エスタバン”の施設に侵入し制圧できたからといって、いい気になるなよ? ”エスタバン”の施設のパスワードが「PASSWORD」になっていたのは、テスト用のパスワードが残ったままだったからだ! ただの単純なミスだ! それを鬼の首でも取ったみたいに「エルフには危機管理能力が無い」だの「セキュリティがガバガバ」だの、言いたい放題言いやがって!』


 何やらめっちゃお怒りのようだ。


『味を占めた貴様らが、あちこちに侵入を試みる際に「PASSWORD」と入力しているのはログの解析により知っていた。扉を見ればバカみたいに「PASSWORD」と入力しやがって、”エスタバン”の施設管理者だった俺をおちょくってんのか! あそこが落とされたせいで正直、エルフ仲間にも肩身が狭いんだぞ!』


 成る程ね……どうしてお怒りなのかは理解できた。それはそうとして、我々は人間なんですが……あ~そうか、当時エルフの施設に侵入する必要がある、侵入できる奴なんて、魔人くらいなものか。だから魔人相手という前提で話が進んでいるんだな。


『まぁいい。愚かにも、そう、愚かにもこのポーション生成施設”ダンヘル”のセキュリティに「PASSWORD」と入力した貴様らに、とっておきのプレゼントをくれてやろう。エルフ族の鬼才と称されたグラトコヴァ様が作った最高傑作! 対魔人用決戦兵器エンシャイルドバフを、特別に配備してもらったのだ。貴様らまとめて、この空中庭園の露となるがいい!』


 グラトコヴァって人の名前なのか。じゃあ”グラトコヴァ語”って、その人が作った言葉なのかな? そんな事を考えているうちに男の声は高笑いと共に途切れ、再び機械音声に変わった。


『……音声ノ再生ヲ終了イタシマス。戦闘モードへ移行シマス。』


 っと、まずい。


「フィー、このロボッ……ゴーレム動き出すぞ!」


 俺が注意を促した途端、巨体から想像できない素早さで、ロボットは一気に間合いを詰めてきた。そのまま左手を構え、大振りではなく非常にコンパクトな動作でジャブを放ってきた。こいつ、体術を使うのか!

 どうにかこうにか屈んでジャブをかわす。すると、左手についていたガラス球が不穏に光りだした。


(ま、まさか!?)


 俺はとっさに極級の縮地を使い、その場から離脱する。一瞬前まで俺がいた場所を、ガラス球から放たれた光が通り過ぎていた。


(本当にビームが出るのかよ!)


 お返しとばかりに、背面へ回り込んだフィーがロボットへ切りかかる。


 ガン!


 僅かばかり傷をつけ、フィーの剣は弾かれてしまった。しかし、傷はついたな。その結果を俺とフィーはお互いに確認し、頷き合う。これは持久戦覚悟でダメージを蓄積させていくしかなさそうだ。

 しかし、あの光は厄介だ。ガラス球はロボットの身体中あちらこちらにある。光を溜めるような予備動作があるから、それを見逃さないようにしないとな。



 戦闘開始から10分ほど経っただろうか。ロボットの動きにも慣れ、少し余裕が出てきた。どうやらガラス球からのビームは1箇所からしか出ないらしい。同時に複数箇所から出たり、ビーム攻撃が連続して来ることもないようだ。

 ロボットが体術による攻撃を繰り出し、こちらがそれを避けたタイミングでビーム。来ると分かっていれば、縮地を使うまでもなく回避できる。背面からはフィーがまた切りかかろうとしていた。

 するとその時、急にロボットの上半身が凄い勢いで180度回転した。正面の俺を狙っていた筈のビームが、後方で今まさに剣を掲げているフィーに直撃する――!


「フィーーー!!!」


「キャーーー……ぁぁあ? あれ? 痛くも痒くもない!」


 飛び退いたフィーが、ビームを受けた身体を片手でぺたぺたと触っている。


「え? ほ、本当に大丈夫なのか? えーっと、何かデバフ的な石化や毒なんかを食らったとかは?」


「うーん、ほんのちょーっとだけピリっと来たかな? 麻痺にしてはすごーく弱いけど。」


 な、何だ。良かったぁ……、肝が冷えたよ。


「き、君達! 呑気に会話してないで、ほら、ゴーレムが!」


 絶叫からの安堵で、戦闘中であることをすっかり忘れていた! とっさに身を捩ったものの間に合わず、ロボットの光が今度は俺の肩を貫いた! ……あぁ~、うん、ピリッときた。何というか、肩こりに凄く効きそう。電気式のマッサージ機を受けたような気分。

 この後、ロボットが光を放つタイミングは絶好の攻撃機会であることが分かり、サクサクとダメージを蓄積していった。……この光、ただのフェイクなのか? それにしちゃ思わせぶりだが、何の意味があるんだろうか?

 関節部へ攻撃を集中し、最初は左手、次に左足の切断に成功した。あとはもう、動きを止めるまで攻撃し続けるのみだ。


『だめーじガ一定量ニ達シマシタ。全えねるぎーヲ魔壊光へ変換シマス。』


 再びロボットから音声が流れるや否や、ロボットの胴を覆っていたミスリルが弾け飛び、下から特大のガラス球が出現した。すでに光が溜まっているようだ。


(こ、これはもしや! お約束の自爆攻撃とかか!?)


 バーーン!!


 大気を揺さぶる音と共に、部屋中が真っ白な光で埋め尽くされた。


「眼が、眼がぁぁぁ!」


 光を直視してしまった俺は思わずそう叫んでいたのだった。ダメージはというと……うん、何かちょっと強めの電気風呂に入って、ビリリってきてびっくりした感じ、かな?

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