第77話

「現在、ここの扉を開けるための鍵の探索と、別の入り口を探す目的で発掘作業を進めているところだ。……調査に参加すると言うのは簡単だが、君達には何ができるんだ? 発掘は、ただ掘れば良いというものではないぞ?」


 発掘作業か……”採掘”ならスキルを持っているが、やる機会が一切なかったのでLv1のままだ。とはいえ、”採掘”スキルは発掘作業とは異なるようだし、遺跡や出土品を傷つけずに掘る技術は分からんなぁ。


「……ふぅ。一旦地上へ戻るぞ。」


 お互いに目配せするばかりで、ろくに回答せずにいる俺達を見ると、ヨーシフさんは溜息をついて促した。

 おとなしく地上へ戻ると、太陽は既に中天にあった。そういえばお腹空いたな……。


「あなた!」


 天幕から出たヨーシフさんに、声を掛ける女性がいた。


「うん? アーラか。どうした?」


 何とその女性は、先ほど穴に落ちているところを助けた薬師のアーラさんだった。『あなた』……ってことはまさか、ヨーシフさんの奥さん?


「はい、お弁当よ。忘れていったでしょう?」


「あぁ、うん。済まない、ありがとう。」


 にこにこと包みを渡すアーラさんと、やや気まずげに受け取るヨーシフさん。背後に控えている俺達に気づくと、アーラさんが驚きの声を上げた。


「あぁ! 貴方達は!」


「彼らと知り合いなのか?」


「えぇ、実は……。」


 不思議そうな顔をするヨーシフさんに、アーラさんが説明する。経緯を聞いたヨーシフさんもまた驚き、申し訳なさそうな表情をした。


「何と! 妻が大変世話になったようだ、私からもお礼を言わせてくれ。」


「いえいえ、当たり前のことをしただけですから。」


 俺たちを代表してフィーが答える。「いやいや、そういう訳には」「いえいえ、お礼をもらうほどの……」という際限ないやり取りが始まってしまった。

 そんなさなか、ルイスのお腹が『ぐぅ~』と、盛大な音を立てたのだった。


「その……とりあえず、昼食にするか。」


 ヨーシフさんが提案した。顔を真っ赤にするルイス。良かった、ルイスの持ってるやつは、こっちで平和的に発揮されたようだ。


 観光客目当ての食堂が管理局にあるとのことで、移動する。一般チケット販売がされている建物の2階にそれはあった。


「せめて食事くらいは奢らせてくれ。」


 持ち込みも大丈夫なようで、ヨーシフさんはお弁当を開き、俺達はそれぞれランチメニューを選んだ。アーラさんは店番があるとのことで、町に帰っていった。

 ふと見ると、俺達と食べるスピードを合わせるために普段は1人前しか注文しないマリユスが、今日は何故か3人前も注文していた。ヨーシフさんは「うんうん。存分に食べてくれ。」と言っているので問題はないのだが、一体どうしたんだ? マリユスも、何やら申し訳無さそうな顔をしている。

 よくよく見ると、マリユスがいつもよりひと回り小さいような……あぁ、そうか! 遺跡に入るというのに普段のように食べながら行動していたら、ヨーシフさんどころか近衛騎士団にも怒られるからな。

 そう考えていたら、マリユスから話があった。


「持ち合わせの食料が少なくなってきている。済まないが、明日は補充に当てたい。」


 ここ最近 盗賊討伐なんぞで遠征する機会が増えていた。そのため、町にじっくり立ち寄る機会が減っていたな。食料やポーション類はモンスターからのドロップや採取、調合を用いて、ある程度までは自前で調達できている。しかし、マリユスの身体を維持できる量までは補填できていない。すっかり失念していたな。

 間の悪いことに、この食堂ではテイクアウトできるものを売っていないようだ。ヨーシフさんに聞くと、遺跡にゴミを捨てる不届き者が出るため、食べ歩きのできるものは販売が許可されないらしい。

 少なくとも町に戻るまでは、食料の補充はできそうにない。マリユスは諦めたのか、皆に一言断ってから指輪を装着していた。


「あ~、そういえば君達は、この遺跡に何を求めてやってきたのかね?」


 アーラさんの登場により、ヨーシフさんの俺達に対する態度はかなーり軟化した。


「えーっと、遺跡自体にも勿論興味はあるんですが、一番の目的はアムリタを手に入れることなんです。順を追って話しますと……」


 俺はヨーシフさんに、母がアムリタでないと完治できない怪我を負っていること、それを入手するために冒険者になったこと、ある依頼の報酬としてアムリタの情報を求めたらここの調査に加えてもらえるよう手配してもらったことを話した。


「そういう事情だったのか。君もずいぶんと変わった報酬を手に入れたようだな。……アムリタは確かに、エルフが製造できたという話がある。エルフが地上に住んでいた頃の遺跡から、幾つか発見されたとも聞いている。しかし、この遺跡からはそういったものは今のところ発見されてない。」


 う~ん、そんなに簡単にはいかないか。そうなんですか、と返した俺に、ヨーシフさんは意味ありげに首を振った。


「今のところ、だ。私はこの遺跡にも、アムリタそのもの、もしくは製法が残されている可能性が高いと見ている。アーラから聞いたかもしれないが、遺跡を掘り起こしてからというもの、周辺の土地での薬草の生育状況が、めざましく良くなっているんだ。そのことや一部の出土品より得られた情報からも、この遺跡は製薬に関係した施設ではないかと考えられているのだ。」


 おぉ! でもあれか。結果が出るには、ずいぶん時間がかかりそうだな。


「参考になるか分からないが、午後は我々の研究室に移動して、今までに出土したものを見せよう。私のような学者や近衛騎士団ではなく、冒険者ならではの視点で見たときに、何かヒントになる物があるかもしれないしな。」


 食事も終わり、騎士団長と面会した建物へ移動した。この建物には騎士団の詰め所と研究施設があるとのことだ。厳重な警備された扉を何箇所も通り、目的の地下室へ着いた。


「これらが出土した品々だ。まず、これだが……」


 ヨーシフさんは丁寧にひとつひとつ説明してくれた。用途としては茶器や、庭園の備品のベンチなどが多い。公開されているエリアはやはり庭園だった、ということだろう。遺跡が縦に沈んでいると考えれば、今掘り出されている部分は最上階、屋上となる。前世にも、都心の緑地化のために屋上を庭園にしているビルなんぞがあった。それに近い考えなのかもしれない。


「そしてこれが、文字が書かれているメモ帳……だと思われるものだ。他の出土品は異常に強度があるのに対し、これは見ての通りかなり劣化している。成分を分析したところ、普通の紙のようだ。そのため、これは何かの記録を残すものではなく、一時的な書置き用と考えられる。」


 そう言って、ヨーシフさんはボロボロの、掌サイズの手帳を見せてくれた。次に、何枚か紙を取り出した。


「手帳の中身を転記したものがこれだ。」


 見せてもらったが、殆ど文字が潰れていて、単語を拾うのも難しそうだな。メモ帳に書かれている文字は、遺跡内部にあったプレートのものと同じようだ。何とか拾えそうなところを幾つか読んでみると『ポーション生産調整』だの『材料調達』だの書いてある。ヨーシフさんが言っていた通り、この遺跡が製薬関係の施設であると考えられる元になった、裏づけ資料だと思われる。

 そのうちの1枚に、はっきりと全文を読み解けるものがあった。えーっと何々……『ミルク1カップにひと掴みの砂糖を加え、加熱する。沸騰させないようにすること。次にゼラチンを……』。ふむふむ……これ、牛乳プリンのレシピだな。エルフの作るお菓子なんていったら何となく、希少な素材だの特殊な薬草だのでできていそうなイメージだが、こんな家庭的なレシピもあるんだなぁ……お菓子といえば、旅立つ時にイーナに「流行っているお菓子の情報を教えて」って頼まれていたっけ。流行りかどうかはさておき、これなら丁度良いかもしれない。うちの村の特産である牛乳を使えるし、『エルフのミルクプリン』として売れば、話題性もありそうだ。


「ヨーシフさん、このレシピは書き写してもいいですかね?」


「レシピ?」


「はい。この、牛乳プリンの作り方が書かれているページだけ書き写させて欲しいのですけど、駄目ですか?」


 俺はレシピが書かれている紙をヨーシフさんに渡した。


「……牛乳プリン?」


 俺から紙を受け取って、訝しげに眺める。


「どこにそんなものが?」


「え? 普通に書いてありますよね? ほら、『ミルク1カップに砂糖を……」


 俺は紙に書かれた文字を指差しながら、読み上げる。


「うぅん? ここにそう書いてある、と言うのかね?」


「えぇ、普通にそう書いてありますよね?」


 何でそんなことを聞くんだ? そう思っていると、ルイスが驚いた様子で聞いてきた。


「シンク、それ読めるの!?」


「え? いや読めるも何も、ルイスだって普通に読めるだろ?」


「読めないよ。そんな文字、見たことないもん。」


「……あれ?」


 ひょっとしてだが、……この文字は大陸共通語では無いのだろうか? 方言的なやつ、もしくは古文の類だと思っていたが、違うのか? おぉ、そうすると……だ。これは……やってしまったかもしれない。


「……皆、読めないの?」


「「「読めない」」」


 見回すと、皆それぞれ驚きの表情を浮かべている。一番驚いているのはマリユスだな。目を見開き、顔が引きつっている。マリユスのこんな表情は初めて見た。まさに驚愕、って感じだ。フィーだけは事情を知っているので、口にこそ出さないが「あ~、神様からスキル貰ったのね」と納得顔をしている。


「君はどこでこの文字を知ったのかね!?」


 めっちゃ勢い込んでヨーシフさんが聞いてくる。


(だから遺跡の調査に関わるなって言ったでしょ?)


 ラグさんからぼそっと念話が届いた。そーいえばそんな事を言われていたな……この事だったのか! 確かに、思い返せば俺の所持スキルに”言語-グラトコヴァ語”というものがあった。使う機会もないし、別の大陸の言葉なのかな? 程度に思っていたんだが、まさかエルフの言葉だったとは。何で素直にエルフ語って表記にしてくれないんだよ!


「えっと、俺は、えーっと、そう! むかーし子供の頃に読んだ絵本で、大陸共通語の方言ってことで書いてあったのを知ったんですよ~。」


 うう、咄嗟に変な嘘をついてしまった! 嘘看破持ちにはモロバレだ。


「ふーむ……その絵本は、エルフが残したものだろうか? 王都の図書館には文献は無かったが、成る程、地方で細々と伝わっている可能性は確かにあるな……興味深い。」


 セーフ! どうやらヨーシフさんは”嘘看破”持ちでは無いようだ。もしくは、断りもなく使うのは失礼と考える性質なのかもしれない。

 しかし、我ながら思いっきり挙動不審で、嘘っぽい言い訳だったな。チラっとうちのパーティメンバーの様子を窺うと、じとーっとした目で見られていた。どうやら誰も今の説明を信じていないようだ。


(俺の言葉を信じてくれないのね! 酷い、酷いわ! みんな! )


 と、心の中で罵ってみたものの、そんな風に声を出して言ったら「パーティメンバーにも嘘をつくシンクの方が酷い」と返されるのは目に見えている。


「知っての通りエルフは300年程前まで、我々人類を導く存在として、大陸全体を治める国のトップに立っていた。今の地図上に見られる王族の名の多くは、元を辿ればエルフの王朝があった時代に代官だった者なのだ。彼らはエルフと婚姻する機会が多かった。王族、貴族に金髪が多いのは、エルフの血が入っているためと言われている。エルフの外見的特徴的は、とがった耳と、緑色の瞳に金髪だったというからな……ふむ、そういえば、君は相当エルフの血が濃いな。どこかの貴族の出なのかな?」


 ヨーシフさんはマリユスを見ながら言った。ああ、確かに金髪で緑目だったな。


「……。」


 マリユスは問いには答えず、目を反らした。


「おぉっと、初対面の、それも冒険者の出自を詮索するのは、失礼なことだったな。申し訳ない。」


「いえ。」


 短く、そして伏し目がちにマリユスは答えるのだった。

 マリユスの素性については俺もまったく把握していない。穏やかで紳士的なマリユスがこんな素っ気ない反応をするくらいなのだから、大っぴらにしたくないのだろう。これは本人が話す気になるまで待つしかないな。


「すいません。ちょっと質問してもいいですか?」


 ルイスが手を挙げた。


「ふむ、何かね?」


「僕は歴史を良く知らないので、教えて欲しいんです。300年くらい前まではエルフがいた、ってことでしたけど、エルフはその後どうなったんですか?」


 それは俺も気になる! 子供時代は歴史勉強するよりも、カルマ値を稼いでいるか、スキルのレベル上げに勤しんでいたからなぁ。学校もなかったので、歴史を勉強する機会もなかった。ギースさん辺りに尋ねれば色々と教えてくれたかもしれないが、そもそも歴史を突っ込んで尋ねる必要性も無かったからな。


「突然、姿を消したらしい。それが切っ掛けとなり、人類は世界大戦へ舵を切ることとなったのだ。どこの国も『我こそが正統なエルフの後継者である』、と言い出してな。」


 ああ、その戦争の話はちょっと知っている。確か、火術の極術まで使われたってやつだな。


「人類の戦争の中、さらに魔人の暗躍により防衛力が低下したところへ、モンスターの襲来などが重なり、人類は多くの技術と領土を失うこととなった。それ以来、国際条約が制定され、国家間での戦争は発生していない。」


 ルイスはまた挙手して質問をした。


「エルフが王族だったのなら、この文字は王族の人だったら読める、ということですか?」


「エルフは人類の共通言語として大陸共通語を作ったと言われている。当時の公式記録は既に大陸共通語で記されていた。王族だろうと、使っているのは大陸共通語だけだ。エルフ同士で使う言葉としてこの文字を用いていたのだろう、という認識が今のところの研究結果だ。」


「「成る程ぉ」」


 俺とルイスは大きく頷いたが、それ以外の面々はある程度知っていたようだな。


「ところで君! シンク君といったかな? 君の知り得ている文字を、可能な限り教えてくれないか? 」


「は、はい~……。」


 断れる筈もない。俺はとりあえず、書かれている文字で読み取れるものを全て翻訳した。いろいろ怪しまれるだろうが、どの程度知っていることにすれば良いのか分からないし、真剣に情報を求めている人に嘘をついた後ろめたさもある。


「素晴らしい……これだけ情報があれば、だいぶ研究が進むぞ。ありがとう! 君のおかげだ!」


「い、いえいえ~。」


「そうだ! 君にもうひとつお願いがある。」


 ヨーシフさんに連れられて、遺跡の内部、開かずの扉の前に再度やってきた。


「この扉の横にパネルがあるだろう。これを操作して欲しい。」


「え? 俺が触っていいんですか?」


「うむ。パネルに文字が並んでいるだろう? 推測だが、そのパネルは鍵を紛失した際に使用するものではないか、と考えられているんだ。似たような装置が別の遺跡でもあったからな。パネルは1日に3回までなら操作しても大丈夫なようだ。それ以上になるとゴーレムが飛んでくる。我々は総当りでそのパネルに入力しているのだが、そもそも何桁入力したらいいのかすら分かっていない。現状、砂漠の中から一粒の砂を探すような話だ。インスピレーションでも何でもいいから、試してみてくれないか? 何も思いつかなかったら、昔読んだという絵本の中にあったフレーズでも入れてもらえると助かる。」


 完全にダメ元なんだろうな。パネルの文字数を数えてみると36字ある。桁数にもよるが、2桁で1,296通り、3桁なら50,544通りだ。仮に3桁だとしても、1日3回の試行では130年あっても足りない。

 今日試せる3回分を、俺が自由に使って良いという。さてどうしようか? うーん……、あ、そうだ。パスワードが分からなくなった時に、お試しで入れるのはこれ! というものが幾つかある。よく聞くところだと、数字を順番に入れたもの『123456789』。そして『PASSWORD』だ。

 実はこれらは、絶対にパスワードとして設定してはいけないと言われているものだ。何故か? 理由は簡単で、誰でも容易に推測できてしまうからだ。

 しかし、これらはパスワードとして設定してはいけないが、ひとつだけ利点が存在する。万が一設定したパスワードを保管し忘れたとしても、類推で入力できる、というものだ。パスワードの本来の用途としては勿論NG。だが、複雑なパスワードを設定した挙句紛失し、管理者すら開けることができなくなってしまったら、そもそもの扉としての用途が機能しなくなる。

 前世の話だが、うちの会社のサーバーのパスワードはまさに『PASSWORD』であった。偉そうにいつも『セキュリティ強化のため、パスワードは複雑にしろ』と言っていたシステム部の人間がそう設定したのだ。結局のところ、システム部の人間は自分が使うものに関しては『単純で覚えやすい』という利便性を取った、というわけだ


 まさかエルフがうちの会社のシステム部のような安易で愚かなことはしないと思うが、他に当てもない。一応試しで入れてみよう。

 まずは「123456789」と入れ、決定を押す。すると、パネル上部についているディスプレイに赤い文字で『エラー:パスワードが正しくありません』と出た。そうだよなぁ。流石に違うよなぁ。次も勿論違うだろうが、一応試そう。一応、ね。

「PASSWORD」と入力し、決定。するとどうだ。ディスプレイに緑色の文字で『照合:ロックを解除します。』との文字が表示され、扉が開いたではないか!


「「「おぉ!!」」」


 驚く一同。ヨーシフさんが勢い込んで「何と入力したんだ!」と訊いてきた。

 俺は素直に答えるべきか、エルフの名誉を守るために嘘をつくべきか、無駄に悩むことになってしまった。

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