第53話

 街へ続く列は、ペッレと比べ物にならないくらい長い。とはいえ対応している衛兵の数も多いので、それなりに流れてはいるのだが、それでもあと1時間は待ちそうだ。

 さて、モイミールに着いたことだし、これからの行動を整理しよう。


 ・生活拠点の確保

 ・冒険者ギルドへの登録

 ・ルイスの両親の捜索願い

 ・アムリタの情報収集


 細かく言えば連携の確認だとか、ルイスの剣の調達なんぞもあるが、こんなところだろう。順を追って消化していこう。

 冒険者ギルドへの登録は支部、もしくは本部でしか行えない。冒険者の証明となる冒険者ギルドカードが、そこでしか発行できないためだ。冒険者の情報を封入した特殊な加工が成されているカードで、それを、これまた特殊な魔道具を使って情報を読み取ることで、本人確認ができる仕様になっているとのこと。カード表面には、名前と冒険者のランクが表示される。ランクは大きくは無印、地級、天級、極級が存在する。各々が更に上、中、下の3段階に分類されるが、極級だけは上、中、下の区分けは存在しない。3かける3プラス1で、全部で10段階のランクに分けられているというわけだ。下から中、上への昇格は、受けてきた依頼の内容や達成度等が加味され、出張所でも認定を受けられるのだが、無印から地級、地級から天級への昇級は、支部で実施される昇級試験を受ける必要がある。

 何はともあれ、俺とルイスは無印から地道に冒険者生活を始めることになるわけだ。しばらくはモイミールで活動し、地級を目指そうと思っている。

 そういえば、マリユスは既に地級・中の冒険者だという。俺達がまだ冒険者でないことに、マリユスはだいぶ驚いていた。つい最近15歳になったことを話すと、「その若さでその実力とは恐れ入る」とまた褒められた。褒められると伸びる子なので、もっと褒めて欲しい。地元にいる頃は「シンクは天才だから」が定着し過ぎてしまい、俺の狙い通りではあったものの、両親以外は誰も褒めてくれなくなったのがちょっと悲しかったのだ。


 ルイスが例によって衛兵の質疑にどもり倒した以外は、これといって問題もなく街へ入ることができた。かなり広い街の筈なのだが、大通りは人でごった返し、荷馬車も頻繁に行き交っているので、先が良く見えない。マリユスに案内をお願いし、俺達はその後ろをついて回る。ラグさんはマリユスの肩の上で見晴らしを確保している。因みににマリユスも猫好きのようで、ラグさんが肩に乗っていることにご満悦の様子だ。


 マリユスの案内で、まずは活動拠点となる宿についた。そこで荷物を整理し、道中討伐したモンスターの売却素材だけを持って、冒険者ギルドへ向かう。


 冒険者ギルドは中央広場に面した、大きく立派な建物だ。ここもお約束のウエスタンドアだ。素晴らしい。マリユスを先頭に、ドアを押し開けて中に入る。


「わぁ、広いねぇ。」


 そうルイスが呟いた。目の前には天井の高い空間が広がっていた。奥にカウンターがある構造は出張所とほぼ同じだが、受付と思しき場所の数が多い。各受付の上には目的別の表示がされているのだが、一際目立つ場所に『自由騎士専用受付』っていうのがあった。さすが貴族仕様、カウンターの素材や装飾の質の良さが俺でも分かる。手前には打ち合わせ用のスペースがあり、テーブルと椅子が幾つも並べられていた。脇に売店のようなカウンターがあるから、ここで軽い飲食もできるようだ。


 マリユスは相変わらず食べ続けながら、空いた手で1つのカウンターを指した。そこには『新規/変更登録・試験受付・取り消し』とあった。手前に立ち机があり、そこで登録用紙に必要事項を記入の上、カウンターまで持っていくようだ。

 マリユスに素材の売却を任せて、俺とルイスはさっそく登録用紙の記入を始めた。なになに……名前、特技、レベル、出身地、連絡先。特技は剣術と風術でいいかな? レベルは今20だっけか? 連絡先は先ほどチェックインした宿にしておこう。さて、こんなもんか。一番重要なのは名前と連絡先くらいだろう。他はだいたいでいいだろうな。


「ルイス、書けたか?」


「うん。ばっちりだよ!」


 そういって見せられた用紙の特技の覧には、精霊術とともに剣術とあった。……ルイス、それは自分がどう在りたいかじゃなくて、現在の状態を書くべきだと思うぞ? そう注意しようかと思ったが、このまま提出したらどうなるのか気になったので、何も言わなかった。

 用紙を持ってカウンターの前に並ぶ。先に並んでいた男がふと振り返り、俺たちを見るなり声をかけてきた。


「おいおい、ここは子供の来る場所じゃないぞ。」


 男は身長180cmくらいで歳は……声や肌の感じからして20歳くらいか? 老け顔だから年齢がよく分からん。使い込まれたレザーアーマーを着ている。あれかな? 地級への試験受付で並んでいる人かな? いや、案外天級とか? いずれにせよ、冒険者の先輩ってわけかな?


「いえ、俺達2人とも、成人しているんで。」


「そのなりでか? まぁともかくだ。てめぇみたいなチンチクリンに勤まる仕事じゃない。いいか、冒険者ってのはな、危険な場所の探索や、モンスターの討伐が仕事なんだ。それにはな……こういう肉体が必要なんだ!」


 そう言って男は両腕を上げ、力瘤を作りマッチョポーズを決めた。言うだけあって上腕二頭筋がこんもりと盛り上がっている。


「す、すごい!」


 ルイスがそれを見ていい感じにリアクションしてしまった。あぁ~。男はさらに得意気になり、別のマッチョポーズを披露する。


「装備にしたって、そんなパンダ柄のパーカーではなぁ。この使い込まれた鎧を見ろ。歴戦の猛者が使い続け、古ぼけた武器屋の片隅に安置されてあったものを対価を払い、譲り受けたものだ。」


 ……って、自分で使い込んでそうなったんじゃないのかよ! なんか伝説の装備っぽく言ったけど、それはただの中古品では? そこへ、男の更に前にいた女性が話しかけてきた。


「何だいボウヤ達、冒険者になろうってのかい? やめときな。こういう荒事は大人にまかせておくもんだよ。」


 この女性は化粧が濃いので年齢が余計にわからん。男と同じように使い込まれた……つまり中古のレーザーアーマー装備だ。女の言葉にマッチョポーズ男が続ける。


「アデールの言う通りだ。俺たち『黄金の聖なるゴールデンセイント騎士団ナイツ』に任せておけばいい。」


 え? 黄金? 聖なる? 騎士団? すべての単語にクエスチョンを付けてしまったではないか! 黄金どころか、使い込まれたっていうより傷んだレザーアーマーを着込んだこいつらの、どこをどう見たらそうなるんだよ!


「そう、この私! 村一番の裁縫スキルを持つアデールと!」


「この俺! スコップを持たせれば村一番と言われたロドリグと!」


「そして、村一番の知恵者の孫であるラウノ!」


 女性の後ろからもう1人変なの出てきた! 知恵者の孫って、お前自身は何ができるんだよ!


「3人合わせて、『黄金の聖なる騎士団』!」


 バシっとポーズをとる3人。


「お~!!」


 雰囲気に呑まれたルイスが拍手をしている。やめてルイス! 俺たちまで仲間だと思われちゃうだろう! 

 うん? よく見るとこいつらが手に持っているの、俺達と同じ登録用紙じゃねぇか! 冒険者の先輩でも何でもなかった! ただの中二をこじらせた痛いやつらだ! しかも規模が村って……えぇ~、こいつらが同期になるの? やだなぁ……。

 名乗りを上げて満足したのか、それ以降はこっちに絡んでこなかった。やがて列が進み、『黄金の聖なる騎士団』の番となったのだが、受付のお姉さんから訝しげな声がする。


「ラウノさん。この登録用紙に書かれている、レベル100っていうのは何ですか? 本当にレベル100なのですか?」


「常にそうありたいと思っている。フッ。」


 知恵者の孫とやらは、お姉さんの言葉に何故か己の志のようなことを答えて、笑って見せた。


「ラウノさん、『はい』か『いいえ』で答えてください。”嘘看破”で判定できません。」


 つれなく答える受付のお姉さん。


「それで、間違いなくレベル100なんですか?」


「いえ、その、50……。」


「レベル50なんですね?」


「えっと、30……。」


「レベル30?」


「10……。」


「本当に?」


「すいません。レベル5です……。」


 このあと、他2人もレベルを詐称しており、アデールがレベル6、ロドリクはレベル4であった。マッチョよ、その筋肉は筋トレの成果なのか?

 3人の受付が終わり、次は俺の番だ。……あ! この流れまずい! 


「えっと、シンクさん。レベル20?」


 お姉さんがちょっとキレ気味だ! 指をカウンターにトントンっと叩いている。絶対、前の3人と同じ仲間だと思われている! 中途半端に高い自分のレベルが恨めしい!


「はい、レベル20です。」


 せめて愛想を良くしようと、必死に笑顔を作ってお姉さんに答える。


「そう、レベル20……。うん? レベル20?」


 ひえっ、もう一度聞かれた!


「はい、そうです。レベル20です。」


「嘘……はついてませんね。えっと、誠にすみません、こちらのレベル鑑定紙を使ってもらえませんか?」


「え? あ、はい。」


 お姉さんに言われるがままに鑑定紙を使う。スキル鑑定紙ならもう逃走を図るしかなかったが、レベル鑑定紙なら全然問題がない。

 鑑定の結果、レベル23となっていた。なるほど。マンティコアとか倒してレベルが上がってたんだな。


「あ、すいません。レベル23でした。」


 そう言って鑑定紙をお姉さんに渡す。


「えぇ!? レベル23! あ、あの、貴族様で? 自由騎士登録はあちらの窓口になります。」


「いえ? 平民ですが?」


「レベル23……わ、分かりました。確かに受領しました。次は実技と学科の試験になります。学科に関しましては、あちらの本棚にある冒険者入門編をご覧ください。貸出はしてませんので、建物の中だけで閲覧してください。筆記用具は売店で販売しております。必要がありましたら転記してもらって構いません。試験は最短の日程だと本日午後になります。いかがなさいますか? 次は一週間後になりますが。」


 試験料の金額を聞き、後ろのルイスと軽く相談して本日受けることに決めた。ペッレの町で素材を売った分がほぼ手付かずだから、金銭的な余裕はある。ルイスの実力は疑っていないが、緊張で名前の書き忘れとかしそうだ。なるべく回数受けた方が良いだろう。一発で受かればそれに越したことは無いが、今回は無理はせず、様子見のつもりでいこう。


 ルイスの番になり、やはりレベル鑑定紙を使って証明することになった。ルイスのレベルは何と19まで上がっていた。確かに、村の防衛時に結構な数を倒したもんな。


 受付を済ませると、マリユスがやってきた。ポンっと渡された袋には、お金が沢山入っていた。


「素材売却の代金? ずいぶん多いなぁ。」


 俺が首を傾げると、マリユスが壁の掲示板の1つを指差した。『シルバーエイプ討伐 懸賞金……』の文字が見える。成る程、マリユスに助けられながら倒したサル達に、どうやら懸賞金がかかっていたようだ。確かにあのモンスターは他と比べてふた回りほど強かったからな。


「俺たちは午後から試験だけど、マリユスはどうする?」


『食料の買い出しへ向かうつもりだ。』


 マリユスの食べ物だが、実は天術の”空間収納”という魔術で出し入れしているそうだ。何もないところから手元に現れて見えたのは、あくまで魔術で予め収納したものを出しているだけとのこと。あれだけ食べてるもんね。そりゃあ買い足さないと底を突くよね。


 学科試験に向け冒険者入門の本を手に取り、パラパラと捲ってみたが、殆どは俺がもう知っている内容だった。自警団にも教えた内容なので、一緒に訓練していたルイスも問題ない。

 軽い昼食をギルド内で済ませ、午後になり、学科試験が始まった。試験は2階にある会議室のような場所で行われた。解答は4択からの選択方式だ。パッと設問を一通り読んでみる。……うん、簡単だな。っていうか引っ掛けにも何にもなっていない。簡単な地図の見方や野営地の探し方、魔素の特性、MP枯渇による症状、薬草の特徴、採取方法……。普通に生活していれば当然知っているような内容も多い。村で薬草採取なんて誰でもやっていることだ。地図も、ここまで旅してきたなら見方を分かっているだろうしな。ルイスには旅の間にしっかりと教えたから大丈夫だろう。『万が一俺とはぐれたら、全部自分でやらなきゃいけないんだぞ?』って脅してからは必死だったし。

 簡単な内容だと思うのだが、試験会場では意外にも、「うーん」とか「むぅ」とか唸り声が発せられることが多い。何をそんなに迷うことがあるのだ?

 ……何だか、前世での原付免許の試験会場を思い出したよ。16歳になったばかりの高校生が選択式だからと侮り、一切勉強せずに来て、その場限りに問題集を開いて「路肩って何?」とか言っているあの空間。……きっとこの場にも、選択式だから勉強しなくても大丈夫という、そんな安易な考えの若者がいるんだろうな。

 学科試験が終わり、次は実技だ。実技は冒険者ギルドの裏にある試験場で行われるようだ。案内された会場はかなり広く、横幅、奥行きともに200mくらいはありそうな広場だった。周囲は分厚いコンクリートのような石壁に囲まれていて、表面には魔方陣が刻まれている。おそらく、多少魔術なんぞが当たっても大丈夫なように強化しているんだろう。


「それでは実技試験を行う。まず、魔術が得意な者と、武術が得意な者に分かれてくれ。魔術が得意な者は、あっちの的がある辺りへ移動して欲しい。武術が得意な者は、そのままここに残ってくれ。」


「シンク、僕は魔術の方へ行ってくるよ。」


 こうなるのか……、特技の申告は何だって良かったんだな。「剣術を見せろ」と言われてわたわたするルイスを見たかったんだが、残念だ。

 俺は剣術で受けることにした。試験官と思しき人物が、落ち着いた口調で話し始める。


「それでは、実技試験を始める。各々得意な武器をこの中から選べ。それを持って、俺と軽く試合をしてもらう。断っておくが、勝ち負けで合否を判定するものではない。あくまでも、最低限の戦闘能力が備わっているかどうかの確認だ。あまり気負わないようにな。」


 そう告げて、試験官は自身の横に立て掛けられた武器を示した。武器はどれも木製だ。


「名前を呼ばれた者は、武器を持って前に来い。では、ロドリク。」


 試験は開始された。本当に最低限度の実力を見るようで、試験官は防御に徹し、受験者の間合いの取り方、足運び、太刀筋などを観察している。最後に試験官側から軽く数回攻撃をし、それへの対処の仕方を確認していた。


 さて、どうしよう? 包み隠さず本心を言えば、俺TUEEEEしたい……! 試験官を圧倒し、「あいつ、何者だ!?」とか言われてみたい。

 しかし、実際どうだろうか? この場にいる新人にはチヤホヤされるかもしれないが、試験官からは確実に反感を買う。大勢の前でメンツを潰されるってのは、人によっては耐え難い屈辱だしな。そこまで行かなくても、強さを鼻にかけ、イキって調子に乗った若者、と見られることは確実だろう。正直それは黒歴史物だ……無難に行こう。他の新人と同じくらいか、ちょっとだけ早くて強い攻撃をすれば、試験には落ちないだろう。


「次、シンク! 前に出ろ。」


 呼ばれたので、木剣を持って前に出る。うん? 試験官がやや緊張しているように見える。あぁ~、きっと俺のレベルを知っているからだな。


「行きます。」


 そう声をかけ、攻撃を繰り出す。試験官は最初かなり力を入れていたが、俺が軽く流しているのを見て、徐々に力を抜いていった。最後は、試験官からの攻撃を無難に受けとめて防ぎ、終了した。ふぅっと、ほっとしたように息を吐いた試験官の顔が印象的であった。


 どうやら俺が最後だったらしい。武術側の試験が終わったその時、魔術で試験をしている方から、ドドーンっと豪快な音がした。そちらを向くと、恐らくその音を出した張本人であろうルイスが、フンスッと鼻息荒く仁王立ちしていた。

 全力だ。全力で俺TUEEEEしちゃってるよ……羨ましい……妬ましくもあるので、いい感じに寝かした数年後、このネタでルイスを思い切りからかってやろう、と俺は心に誓ったのであった。

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