第52話

「あの、どちら様で……?」


 驚き、尋ねる俺に、その人物は落ち着いた渋い声で答えた。


「ふむ、その質問は尤もなことだな。私はマリユスだ。」


「え!? マリユスさん? ……えっと、ずいぶん痩せましたね……。」


 昨夜、それじゃあまた明日と部屋に入った時、マリユスさんの後姿はぱっつんぱっつんのままだった。今、俺の目の前にいるのは身長は変わらないながらも、例えるなら海外のファッションモデルのような、細身で端整な青年の姿だ。どうしたら一晩でそんなスリムに……エステ? 脂肪吸引? 

 マリユスさんは、動じることなくゆっくりと頷く。


「それについては、順を追って説明しよう。しかし、ルイス殿も同席してもらった方が、手間が省けるな。」


 そんなことを話していたら、ルイスが起きてきた。


「シンク、おはよう~。」


 ぼへぇ~っとした顔でリビングにやってきたルイスはマリユスさんを見るなり、俺以上に驚いた。


「わ! ちょ、ちょっとシンク、この人はだれ?」


「おはよう、ルイス殿。驚かれるのは無理もない。私はマリユスだ。」


「え!? マリユスさん!?」


 こうして、俺達はマリユスさんから説明を受けた。

 マリユスさんは特殊なスキルを持っていて、それによって食べた分をMPに変換し、自分の身体に脂肪のようにして溜め込むことができるのだという。つまり、マリユスさんの身体についた脂肪に見えるものは、全てがMPだったというわけだ。食べ過ぎて太っているわけじゃなかったのね。

 そして今、どうして痩せているのか。こちらについては『可能な限り他言しないでほしい』と念を押された上で、説明してもらえた。マリユスさんはそもそも特異体質で、身体からMPが常に漏れ出ているそうなのだ。小さな穴の開いた風船のようなもので、何もしていなくても、1時間に100MPも消費してしまう。そのままでいるとすぐにMPが枯渇してしまうため、絶えず食べ続けてMPを溜めておく必要がある、とのことだった。


「寝ている間は食事をすることができないので、朝はこのような姿になってしまう、というわけだ。」


 事情は納得できたが、それって大丈夫なのかな? うっかり寝過ごすと、命の危険があるような気がするが。マリユスさんは、俺の心を読んだかのように続けて説明してくれた。


「睡眠も、長い時間取ってしまうと危険なので、夜もなるべくこまめに起きて食事をする必要がある。そのため、日中は睡眠不足になりがちだ。体調をコントロールする上でも、数時間おきに休息を必要としている、というわけだ。」


 あの規則的な休憩はそういうことだったのか。体型から勝手に無呼吸症候群とか思っててごめんなさい。


「……実は、私がマンティコアを探していたのも、マンティコアからごく稀にドロップされるという装備アイテムで、MPの流出を封じられると聞いたからなのだ。非常にレアで、市場には出回っていない品だ。ゆえに、自身で討伐する必要があり、探していた、というわけだ。」


 ……うん? 装備アイテム? もしかして、あれのことか?


「2人は、マンティコアが現れたという村を通ってきたのだろう? 装備アイテムがドロップしたという話を、周辺で聞かなかっただろうか?」


 これは切実に求めているものだろう。変に嘘をつくのは申し訳ない。


「あの……実はですね。信じてもらえるかどうか分かりませんが、そのマンティコアを倒したの、俺なんです。で、マリユスさんが求めている装備アイテムって、これのことじゃないですか?」


 そう言って、俺はマンティコアからドロップした指輪をリビングのテーブルの上に出した。


「これは!? 済まないが、試してみても良いだろうか?」


「えぇ、どうぞ。」


 マリユスさんは神妙な顔で指輪を持ち上げ、指に嵌めた。


「おぉ……MPが体から抜けていかない! これだ、このアイテムだ! シンク殿! 誠にすまないが、このアイテムを私に譲ってはいただけないだろうか? 今すぐに対価を用意することはできないが、必ず支払うと約束する! 頼む!」


「構いませんよ。どうせ使い道のなかったアイテムですし、助けてもらったお礼として差し上げますよ。」


 何に使うかわからない謎アイテムで恩人が救われるなら、安いものだ。


「いや、そういうわけにはいかない。これは非常に高価なアイテムなのだ。」


「こんな物がですか? いえ、マリユスさんみたいな体質の方には、そりゃ喉から手が出るほど欲しいでしょうが、世間一般で必要になるとは思えないのですが……。」


「あぁ、そうだな。私も聞いた話なのだが、貴人を幽閉するのに使うらしい。罪を犯した……と聞くが、実際には言うことを聞かせたい淑女に、このアイテムを装備させ、力で押さえつけるために使うそうだ。」


 マリユスさんは吐き捨てるように言った。まぁ確かに、自身が求めてやまないアイテムが、犯罪を主目的として使われていれば腹も立つか。しかも用途がこれではなぁ……体内の魔素をコントロールできなくなれば、一気にステータスが下がる。金持ちの爺や権力者が、ものにしたい若い娘を……ってことなんだろう。そりゃ、一般の販売ルートには上がらないか。


「対価は必ず用意する。……あぁ、これでやっと、ゆっくり眠ることができる……。」


 マリユスさんは目に涙を溜めて喜んでいる。そうなるのも分かる気がする。安心して眠れないとか地獄だよな。マリユスさんが落ち着くのを待って、話を進めた。


「この指輪は聞いていた通り、ステータスがかなり下がってしまうな。これでは日中移動する際には不便してしまう。日中は今まで通り移動し、就寝時に嵌めることにしよう。」


 そう言って、マリユスさんはハッとした。


「済まない! 就眠中に使っていると、夜間に襲撃を受けた際、私は即座に戦えなくなってしまうが……。」


「大丈夫ですよ。このテントはモンスターの攻撃にも1時間は耐えられますので。それよりもマリユスさん、モイミールに着いて以降の予定はありますか? 俺とルイスは冒険者をしながら人探しをする予定なのですが、もし特に予定が無ければ、俺達と一緒に行動しませんか? そのアイテムのお代の替わりに、ボディガードをしてもらえると助かります。まぁ何せ、俺達だけだと子供に見られてしまうので。」


「私の最大の目的は、このアイテムの入手だった。予定はない。マンティコアを倒してしまうような強者と共に旅ができるなら、学ぶことも多くあるだろう。こちらこそ、ぜひお願いしたい。」


「マリユスさん、それじゃぁ」


 マリユスさんは、穏やかな笑みを浮かべて大きく頷いた。


「シンク殿、ルイス殿。旅の仲間となるのだから、敬称は不要だ。マリユスとだけ呼んでもらって結構だよ。あと、敬語もな。」


「そうか。では、俺のこともシンクと呼んでくれ。マリユス、これからよろしく。」


「僕もルイスで! よ、よろしくね!」


 俺達は改めて、握手を交わした。ルイスは若干話の流れについて来られてない感じがするが、まぁいいだろう。

 出発のためにテントの撤収作業を行う。しかし、このテントは目立つなぁ。野営地でそれとなく周囲を見渡すと、俺達のことをじろじろと見る人達がいる。子供に見える奴が高価なテントを使っているのだから、そりゃ目立つか。興味半分だとは思うが、ちょっとガラの悪そうな連中もいる。マリユスがいなかったら早速絡まれてたかもな。準備が完了し、移動を開始する。


「今日からこの指輪があるから、昨日のような休憩は不要だ。」


 マリユスはそう宣言すると、歩きながら食事を始めた。2時間も経つと、昨日までのぷっくらとした体形に戻っていた。

 戦闘時のフォーメーションなど決めながら、モイミールを目指す。当分はルイスが後衛、マリユスがその盾役、俺が遊撃でいくことにした。ルイスには自由に攻撃してもらい、俺がルイスの狙いから外れたものを攻撃する、といった形だ。殲滅するには速いし危険も少ないだろうが、あまり力を合わせて戦っている感じがしないな……モイミールで拠点を見つけて、じっくり連携の訓練をしたいものだ。

 道中、何度か街道近くにいたモンスターと戦闘をしたが、ルイスの、狙いをつけて撃つまでの速度がかなり上がっていた。その発想で訓練したことは無かったそうだ。俺と出会う前のルイスは、戦闘時に余裕がなかった。技術の向上に目を向けられるようになったのは、つい最近のことだ。これはまだまだ伸び代がありそうだな。

 ルイスがまた俺に当てるかも、と慎重になり過ぎていたので、1度ルイスに全力で俺を狙わせてみた。そしてそれを悉く回避してやった。変に気負わせないように、「今のルイスの力だったら余裕で全部回避できるから、俺のことは気にしないで撃ちまくってくれ」と伝えたのだが、若干、自信喪失気味になってしまった。……どうすればいいんだよ、ルイス。

 この訓練内容はマリユスに好評だった。「さすが、マンティコアを倒してしまうパーティーだ。」と褒められた。照れるなぁ。


 そんな調子で街道を歩き続け、6日ほど経過した頃。なだらかな丘を越え、前方に広がった景色に、ルイスが感嘆の声を上げる。

 丁度予定していた日程で、俺達はついに、モイミールへ到着した。


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