第54話

「だってぇ、精霊術をバカにされたから……。」


 そう言って、ルイスは全力の精霊術を使用した理由を語りだした。なんでも、魔術で試験を受けていた中に火術の地級に達している者がいたらしく、そいつが自信満々に魔術を披露した上で、「この威力を出すには精霊術では不可能だろう?」と煽ってきたらしい。両親が自分のために探してきてくれた精霊をバカにされて黙っていられず、ルイスにしては珍しく力を誇示するような行動を取ってしまったとのこと。

 ……何、そのイベント。そんな理由があったら、「力を誇示しても仕方ない」って流れになるじゃない。それなら黒歴史ではなく、親の愛と精霊の名誉を守った美談である。う、羨ましい。そういう煽りキャラは武術の方にはいなかった。くそっ、当たりは魔術の方だったか!


 ルイスのことは早速噂になっているようで、結果が出るのを待つ間、ギルド内のあちこちから強力な精霊術を使う新人の話が聞こえてきた。ルイスのところへ直接勧誘に来た者も数人いたくらいだ。


 試験の結果は学科試験を受けた会場で発表された。2人とも合格し、無事冒険者となることができた。そのまま、簡単な説明会になる。

 合否に関わらず、希望者は新人講習を受講できるとのことだ。冒険者入門の内容に沿って行われるらしい。……どうしようかな? 正直、あの内容なら俺達は受ける必要が無い。しかし、こういった履歴は記録されて残る。会社の人事資料とかでもそうだが、その人物がどういう講習を受けたか、どういう提出物を出したのかは、全て記録が残される。そして、昇進の判断をされる時などに、その記録を材料に考慮されることが多い。こういう講習や資料は自主性ということで、受けなくても出さなくても別に怒られることはない。しかし、本人に伝わることなく人事評価がガシガシ下がっていることがあるので、注意が必要だ。同様に、さっさと地級に上がる為には、講習を受けるのは遠回りのようで近道、って可能性がある。


 と、迷ったのだが、拘束時間が長すぎるので断念した。2週間はちょっとなぁ……、その間の最低限の食事と宿は提供されるらしい。聞いてみると、どうも冒険者を目指し田舎から出てきたものの準備不足で試験に落ち、しかも金銭も残り少なく途方に暮れているような者を救済するのが目的のようだ。

 そういう事情なら、むやみに受けてもギルド側の負担が大きくなるだけだろう。マリユスに待ってもらうのも悪いしな。


 説明会が終わると、俺達はルイスの両親の捜索願いを出した上で、一旦宿まで戻りマリユスと合流した。新人の俺達が受けられる依頼はかなり数が限られる。しかし、同じパーティに地級の者が入れば、その者の信用を担保に地級の依頼も受けられるようだ。

 護衛依頼など、人数の指定がある場合は地級の人数しかカウントされないため、我々3人で受けても1名のカウントになるとのこと。それもまぁ、地級2名以上の指定がある依頼を除外していけば対応できるだろう。

 今、問題なのは……パーティ名だ!


「『黄金の聖なる騎士団』って、名前はかっこよかったよねぇ。」


「え!? マジかルイス、あれはダサいだろ! 騎士のようにプレートアーマーでも装備していればともかく、中古のレザーアーマーじゃ名前負けもいいところだ。」


「うーん、そうかなぁ……。でも、そのうちお金を貯めてそれっぽい装備にする、って目標があるんじゃないかな? 」


「あるかもしれないな。志や目標をパーティ名に使う者は多い。パーティの名称には、そのパーティが築いた功績も記録されるので、途中で変更が効かない。解散することは可能だが、それまでの功績の記録も消えてしまうからな。」


 指輪を嵌めたマリユスが補足を入れてきた。


「俺達の目標か……それだと、『ルイスの両親捜索隊』とかか?」


「それはやめて……恥ずかし過ぎるよ……。シンクの目的のほうがいいんじゃないかな? 『アムリタを求めて』とか。」


「うーん、それも今ひとつピンと来ないなぁ。パーティ名、パーティ名ねぇ……どうするかな?」


『”ラグと愉快な仲間たち”でいいんじゃないかしら?』


 唐突にラグさんが会話に参加してきた。この場にいた全員に聞こえたらしく、ルイスとマリユスが驚いている。


「今……何か聞こえたような……?」


「ルイスもか。私にも何か聞こえたのだが?」


「あー、えっと、今のはラグさんだよ。そうだよね、ラグさん?」


 訝しげに室内の壁や天井に視線を向けていた2人が、ラグさんを見る。窓際のベッドの、日が当たっている部分を占領して伸びきっていたラグさんが、身を起こした。


『そうよ、何を驚いているの?』


「え! 猫が喋った!?」


『喋ってないわよ。”念話”よ』


「猫が”念話”した!?」


 律儀に言い直して驚くルイス。


「ねぇ、猫って”念話”するものなの?」


 俺に聞かれてもなぁ。この世界の猫はラグさんしか知らないしなぁ。


「するんじゃないか? ラグさんしているし。」


「私の知る猫は、”念話”どころかスキルを使うという話も聞いたことがないが?」


 マリユスの言葉を受けて、この世界の標準的な猫とラグさんがどうやら違うらしいことは分かった。全員の視線がラグさんへ集まる。


『女の過去を詮索するなんて、無粋ね。』


「む、そうだな。済まない、ラグ殿。」


 マリユスは気まずそうに顔を逸らした。猫に対しても紳士だな。話す気の無さそうなラグさんから、これ以上情報を得るのは不可能だろう。


「まぁ、今更ラグさんが”念話”できるからといって、何がどうなるわけでもない。話を戻して、パーティ名決めるか。」


「えぇ、戻しちゃうの!? 僕はすっごく気になるんだけど……。」


『あんた若いんだから、そんな細かいこと気にしないの。それが気になるくらいなら、私のこのキューティクルの乱れも気になるわよね? 特別に、私をブラッシングしていいわよ。』


「え? あ、はい。」


 ルイスは腑に落ちない顔をしながらも、律儀に荷物からブラシを取り出し、ラグさんを撫で始めた。


「さて、それじゃ、パーティ名どうしようか?」


 しばらくあーだ、こーだと話し合った結果、どうにかパーティ名を決定できた。早速登録しようと冒険者ギルドへ連れ立ってやってきたのだが、いざウエスタンドアを押し開けようとしたその時、横合いから同じようにギルドへ入ろうとする一団とぶつかってしまった。


「おっと、すいませ――」


 とっさに謝ろうとそちらへ目を向けると、すっごい美人がいた。騎士様なプレートアーマーを装備し、ロングソードを腰に差している。手入れされている様子の真っ直ぐな金髪に、碧い眼。背は170cmくらいだろうか。どこかで見たことがある……というか、フィーにそっくりだ。


「……フィー?」


「シンク?」


 相手が俺の名前を呼んだ。こんな目立つ容姿の知り合いはフィーしかいないから、間違いないだろう。俺は久しぶりの再会に、思わず笑顔を浮かべる。その次の瞬間……


「ちっさ!」


 フィーから放たれた衝撃の一言で、俺の時間は止まった。

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