第55話

「ごめんなさい!」


 そう言って、フィーは俺に謝罪した。衝撃の再会で俺の時が止まったあと、フィーは自分の発言にショックを受けた俺を見て慌てて何か言い繕っていたが、俺は再稼動しなかった。そのまま入口に留まるのも邪魔だったので、とりあえずギルド内のテーブル席に着くこととなった。

 そして今。俺はフィーに、これでもかという勢いで謝り倒されている。周囲の視線が集中しているのが背中越しでも分かる。何せフィーは領主の一人娘である。顔を知っている者は多い。そんなフィーが俺に平身低頭の姿勢で謝っているという構図は、そりゃあ何事かとなることだろう。


「い、いや、分かった、フィー。謝罪は受け入れるから。めっちゃ注目を浴びているから、その辺にしてくれ。」


 ハッとして周囲を見回すフィー。目立ってしまっていることにようやく気づくと、また縮こまって謝罪してきた。


「ま、まぁ、せっかくの再会だ。それはそうとして、良いのか? 言葉使いとか?」


「それは大丈夫! 今の私は自由騎士だもの。そのままの口調で問題ないわ。」


 えっへん、と胸を張るフィー。


「フィーリア。この方が例の、イケメンで剣の腕が凄いという彼氏さん、ですかね?」


 すぐ傍にいた小さい子がフィーに問いかける。……この子、『背が高い』ってところでちょっと笑ったな。自分だって背が低いくせに……。それとも、フィーをからかって遊んでいるのかな? だとしたら、気の置けない仲間を見つけたものだ。フィーのこと、実はボッチじゃないかと疑っていたのだ。貴族の中で浮いてるんじゃないかと心配だったが、この様子なら大丈夫そうだな。

 とりあえず俺の仲間もそうだし、向こうも知らない2人を連れている。初めましてだから、挨拶をしないとな。


「えっと、そういえば自己紹介がまだだったな。俺はシンク、この子――フィーとは幼馴染なんだ。こっちの眼鏡掛けたのがルイスで、でっかいのがマリユス。全員冒険者で、俺の仲間だ。」


「あ、そうね。私はフィーリアよ。ちっこいのがノーネットで、でっかいのがカッツェ。職業は、全員自由騎士ね。でも、貴族だからってあまり気を遣わないでもらえると助かるわ。」


 ノーネットという小さい子は、俺の紹介を受けてマリユスをまじまじと見ている。まぁ、マリユスは例によって先ほどからずーっと食べているからな。俺も初めてマリユスに会った時は、ずいぶん気になったものだ。しかし、マリユスの食事の事情を話すとどうしても、彼の命に繋がる弱点も伝える必要が出てくる。フィーの仲間とはいえ、初対面で気安くほいほい語れる内容でもない。


「あぁ、マリユスはちょっと……お腹が空き易い体質なんだ。失礼かもしれないけど、食べたままで勘弁してもらえないかな?」


 大食い、ってことで話を濁させてもらおう。マリユスも食べながら軽く頭を下げる。


「はぁ……。」


 ノーネットは釈然としない様子だが、とりあえず返事をしてくれたので、このまま流しておこう。よしよし、とホッとしたのも束の間。


「うん? お前、何をそんなにおどおどしているんだ?」


 カッツェという長身の女性が、突然ルイスに絡みだした。なかなかワイルドな風貌をしている人に強い口調で問われたせいか、ルイスが完全に萎縮してしまっている。


「え、えっと、そういうわけじゃないんだけど。」


「しゃっきりしろ、しゃっきり! 男だろ?」


「は、はい!」


 ……うーん、うちのパーティとフィーのパーティは相性が悪いのかもな。改めて自分のパーティを見てみる。おどおどした背の低いルイスに、ずーっと食べ続けているでかいデブのマリユス。そして、パンダ柄のパーカーを着ている俺。……相性どうこうではなく、うちのパーティが特殊なんだな。この顔ぶれで初見からフレンドリーに仲良くできる奴はいないだろう。俺だってちょっと無理だと思う。


 とまあ、そうやって親交(?)を深めていると、テーブル席の一角から突如、罵声が響いた。


「だから、いつもヒールが遅いって言ってんだろ! 何度も言わせんなよ!」


 20歳くらいであろう柄の悪い男が、15歳くらいの、成人したてと見える女の子を恫喝している。……何だあれ?

 そのテーブルには他にも2人の男が座っていた。これまたどちらも柄が悪く、女の子を威圧的に睨みつけている。


「またあいつらだ。」「あの子で何人目だ?」


 ギルド内から囁くような声が聞こえる。


「ひっ! す、すいません。」


「すいませんじゃねぇだろ!」


 そう吐き捨てながらテーブルを蹴った男は、乱暴に女の子の胸倉を掴んだ。怯えて声も出せない女の子と、恐怖に揺れる眼。その瞬間、俺は前世の記憶を思い出していた。

 酔って暴れる父親。床に散ったガラスの欠片。倒れた家具。身を竦ませ、部屋の隅でびくびくと怯えている母親。

 脳が沸騰するのが分かる。目がチカチカする。


「この役立たずが!」


 そう叫んで、男は女の子を拳で殴った。その光景を見た瞬間、俺は椅子を蹴って立ち上がっていた。


「シンク、駄目! 他パーティの揉め事には、横から口を挟まないのが冒険者のルールよ!」


 声を潜めたフィーが、立ち上がった俺の腕を掴む。


(フィー、お前は何を言っているんだ?)


 振り向き、フィーを見る。


「ッ……!」


 息を呑み、びくっと震えたフィーが、俺の手を離した。

 俺は、揉め事が起きている現場に向かって歩く。

 男が俺に気がついた。


「あぁ? 何だてめぇは?」


「その手を離せ。」


 どうにか絞り出すようにして、それだけ伝える。これ以上は声を出せない。俺が今できる最大限の譲歩だ。女の子から手を離して、速攻で俺の視界から消えてくれるのなら、これ以上は何もしない。


「あぁ、てめぇ新人か? ハッ、正義の味方気取りか? いいか。パーティ内の揉め事に、よそ者が首突っ込んでんじゃねぇよ。痛い目見たくなければとっとと失せろ。」


 正義の味方? 何を言っているんだ、こいつは。正義の味方のわけが無いだろう? 


「おい、てめぇのせいで変な奴に絡まれただろうが。このボケ!」


「ゥグッ!」


 そう言って、男はもう一発女の子を殴った。

 あぁ、もう――お前は、死ね。

 俺は”体術・天級”を駆使し、男の腹を思いっきり蹴り上げた。


 ドゴォンッ!!


 突き抜ける音と共に男の身体が一瞬浮き、男は女の子から手を離した。良い感じに技が決まり、衝撃が貫通した。そのおかげで男の身体は吹っ飛ばなかったので、ここに留まっている。


「ゴハ、ァ……ッ!」


 男は口から血を流して跪いた。うん、丁度いい位置に顔があるな。


「”天級アブソリュート……”」


 この男の顔面に向かって一発放つために、拳に魔力を集める。


「シンク! 殺しちゃ駄目!」


 フィーの良く響く声が、俺の耳を打った。


(殺す? 誰が? 誰を? ……あぁ、俺がこのクソ野郎をか――って! 流石に殺しちゃ不味い!)


 フィーの叫びで理性が呼び戻される。しかし、スキルは急には止まれない。


「”ナックル”!!」


 ギリギリ、男の顔面すぐ横を突き抜ける軌道に変える。


 ズバッ!!


 男の頬と耳を、俺の拳がこそぎ落とした。


「天級!?」「あの歳でか!」


 男が床に伏した瞬間、ギルド内でざわめきが起きた。


「アグゥ……!」


 腹と頬を押さえ、のたうつ男。男とテーブルを同じくしていた2人が立ち上がる。


「て、てめぇ!」「よくも!」


 武器を構えようとした2人の動きが突如、不自然に止まる。マリユスだ。マリユスは食べるのを止めていつの間にか男達の後ろに回っており、空いた両手で一人ずつ首を掴み、その場に高く持ち上げた。


「婦女子を傷つけるなど、言語道断!」


 マリユスの、怒りの篭った声が響く。マリユスがこんなに怒っているの、初めて見るな……他人の怒りを見ていたら、ちょっと冷静になれた。


 俺はヒールを詠唱し、女の子にかけてやる。頬はまだ少し赤いが、痕は残らないだろう。


「大丈夫か?」


「は、はい。」


 女の子が後ろを見ているので振り返ると、俺が蹴飛ばして殴った男がちょっとヤバイ感じにぴくぴくし始めていたので、頭にHP回復ポーションを瓶ごとぶつけてやった。まぁ、これで死にはしないだろう。


「おい、お前ら。この子がお前らに何をしたかは知らん。」


「な、なら口を挟むな!」


 マリユスに首を掴まれたまま、宙吊りにされている男が吼える。




「だがな。男が女を殴ってんじゃねぇよ。」




 俺は最大級の殺意を込めて男達を睨みつける。息を呑む男たち。


「お前ら、この子が気に食わないんだろう? だったらパーティを解散しろ。今すぐにだ。」


「な、何でてめぇに、そんなことを……」


「あ゛ぁ?」


「ッ……分かった! 分かったよ!」


 跪いた男は俺が引き摺り、マリユスは掴んだ男達をそのまま受付カウンターまで運ぶ。


「さっさとしろ。」


「チッ!」


 舌打ち程度の抵抗は認めてやろう。こうして、何て名称だったのかは知らないが、こいつらのパーティは正式に解散した。


「覚えてろよ!」


 お決まりのセリフを吐いた男達は、転がるように逃げていった。野次馬を決め込んでいた冒険者達も去り、ギルド内のざわめいた空気は、あっけないほどすぐに落ち着いた。


「あ、あの! ありがとうございます。」


 そう言って、女の子は俺とマリユスに深々と頭を下げた。


「いや、頭を下げてもらうようなことはしちゃいない。本当に、俺が気に食わなかったからあいつらを蹴り飛ばしただけなんだ。」


 そう、本当に、感謝なんかしてもらえるようなことじゃない。正義の味方じゃないんだ。ただ、むかついたから蹴飛ばしただけ。……自分の行為に吐き気がする。もし、あいつらがこの子に報復しに来たらどうするのか? そういったアフターフォローまでできるのか。そこまで考えずに行動してしまった。

 暴力じゃ何も解決はしないってのは、分かっている筈なんだがな……。


「……えっと、君、これからどうする? 冒険者を続けるかい?」


「できたら続けたいです。目標があるんです。良かったら、お2方のパーティに入れてもらえないですか? ……あ、でもさっき、ヒール使ってましたよね? 私”神聖術”しか取り柄が無いから、お役に立てるか分かりませんけど……」


 うーん、どうしよう? だけど、ここまで引っ掻き回して後は知らない、なんて言えないよな。まぁ、回復役専門がいても問題ないか。男所帯に1人で入ってもらうってのは、かなーり気が引けるが。


「あー……。」


 俺が声を出そうとしたその時。


「ちょっと待ったぁぁ!!」


 そう声を張り上げて、横合いから2人の男と1人の女の一団が出てきた。――こいつら、『黄金の聖なる騎士団』!? いやあの、お見合い番組じゃないんだから。告白タイムじゃないから!


「お嬢ちゃん、神聖術の使い手なんだって?」


「あたし達、丁度探していたのよ。どう? あたし達と一緒にやらない?」


「フッ、これも運命というものだ。さぁ、私達と共に旅立とうではないか!」


「え、えぇっ!?」


 ロドリク、アデール、ラウノの3人が交互に話しかける。そして戸惑う女の子。


「あいつらは天級まで行っているような奴らだ。見たところヒヨッコのお嬢ちゃんが、いきなり組むには辛いだろ?」


「そうそう、それに何てったって男所帯だよ。同性のあたしがいる方が、安心だろ?」


「我らは今日登録したばかりの駆け出しだから、何も気負うことはない。フッ、ここから我らの伝説が始まるのだ。」


「は、はあ。」


 それとなく、全員で女の子を囲みカウンターまで誘導している。


「さぁ、ここに名前を書いて。」


「え、で、でも。」


「なーに、あいつらとは知らない仲じゃないのさ。大丈夫だよ。」


「え? そうなんですか?」


「な! そうだよな!?」


 3人が揃って俺を見てくる。『空気読めぇ』と圧力を感じる目つき。そんな強引な3人の行動に、思わず、俺は笑ってしまった。


「あ、あぁ、そうだな。そいつらは知り合いなんだ。君の好きにするといいよ。」


 ……多分だが、こいつらは悪い奴らじゃない。登録の時に絡んできたのも、きっとこいつらなりに、歳若い俺達を真面目に心配してくれていたんだろう。レベルこそ俺達よりもだいぶ低かったが、武術の試験で見た動きは、なかなかどうして悪くなかった。装備こそぼろいが、必要最低限のものは身につけているのが見える。

 女の子は名前を書いてパーティに登録したようだ。ロドリクが高らかに声を上げる。


「さぁ、これで君も、今日から我ら『黄金の聖なる騎士団』の一員だ!」


「えぇっ!? お、黄金?」


 女の子がパッとこちらを見た。その顔には『何でそれを言ってくれなかったのか』と書かれているような気がした。いやまあ、ほら……ルイス曰く、「かっこいい」らしいよ?

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