第85話

 冒険者ギルドの入口はこれまで見てきたものよりずっと大きく、両開きの扉は開けっ放しになっていた。4人くらい横並びで歩いても通れるだろう。冒険者ギルドの大元、言ってみれば本社ともいえる建物の入口がウエスタンドアでないことは非常に残念でならないが、頻繁に大人数が出入りするなら止む無しなのだろう。大扉を設置した人間も、断腸の思いであったに違いない。


 さて、そんなわけだから、出入りしたくらいで注目を浴びることもない。

 開閉時に鳴る、ギィィ、バッタンバタン的な音もないしね。


 ギルド内に入ると、そこは喧騒に包まれていた。あちらこちらで言葉が交わされ、ざわざわしている。「番号札203番の方、窓口まで!」「10層攻略パーティー、回復職募集中!」「レア素材なのにこの値段はねぇだろう!?」 ギルドの窓口対応やらパーティ募集、素材の売却に関するであろう値段交渉など、実に賑やかだ。


 初めての場所ということもあり、全員でまとまって動くことにした我々は、とりあえず自由騎士向けの窓口に向かい歩を進めた。するとそこには周囲の騒がしさを切り裂くような、甲高い声で騒いでいる一団がいた。


「ダンジョン基礎講習など下らん! このお方は他でもない、エセキエル国シモンチーニ公爵のご子息であらせられるぞ。」


 そう声を上げているのは、ヒョロっと背が高く痩せ気味で、おかっぱ頭の少年だ。だいたい俺と同い歳だろう。そいつは恐ろしいことに、カボチャみたいに膨らんだ絹の半ズボンに、白タイツを履いていた。オー・ド・ショースってやつだな。初めて見たよ。腰にはレイピアを挿している。


「公爵家に逆らうとはぁ、どうなっても知らんぞぉ~?」


 ねちっこい声で脅しの言葉を放ったのは、ぬらぬらとした光沢の高価そうなローブを頭から被った男だ。出っ歯で、何となく貧相なネズミといった印象の顔立ちだ。一行の中でタダでさえ低い背丈なのに、かなりの猫背なので余計に小さく見える。老け顔だが、これも歳は俺とそう変わらないだろう。


「……時間の無駄ですな。」


 取り出した懐中時計をチラ見してボソリと呟いたのは、執事の恰好をした片眼鏡の男だ。頭髪はしっかりと整えられていて、口元には小さめのカイゼル髭をはやしている。神経質そうな40代くらいの男だ。


「タッツ、ネソル。我が家の名前を安易に出すのではない。今の我らは自由騎士。規則なのだから仕方ないのであろう? 素直に講習を受ければ良い。」


 落ち着いた口調でそう言ったのは、ポッチャリした体形で真ん丸顔の男だ。背は170cm程度、歳は俺と同じくらい。胸部分はしっかりとプレートアーマーを装備し、籠手と脛当てにも金属のパーツをつけている。背中には大き目の両手剣を背負っていた。


「ダメですぞ、フェリクス様! 平民の言で行動を左右されるなぞ、あってはなりません。」


「そうですぞぉ。公爵家の格、というものがございますからなぁ。平民ごときの言葉は聞く価値がありませぬぅ。」


 ……何だ、あいつらは? クレーマーってやつか。この世界にもいるんだなぁ。

 我関せずと思いながら呑気に眺めていると、女性陣がにわかに殺気立ち始めた。


「あいつらは!?」


「……何であのクソ共がここにいるんでしょうね?」


「フィー様、殺るか?」


 3人とも目を吊り上げ、怒りをあらわにしている。発せられる言葉も物騒極まりない。

 気圧された俺達男性陣は思わず一歩引いてしまった。事情はよく分からないけど、ギルド内で暴れてもらっては困る。止めなきゃいけないのだけど……いや、だって、怖いものは怖い。

 止めたほうがいいのでは、しかしどうやって、と俺達が目配せしているうちに、フィーたちは一団に突っ込んでいった。


「ちょっとあんたら! 何をいちゃもんつけて大騒ぎしているのよ! ギルドの人に迷惑でしょ! とっとと出ていきなさい!」


「そうですよ? バカのくせに会話なんて高度なことに挑戦してないで、速やかに出ていくのです。」


「そうだぞ、貴様ら。臭い息を吐き散らすな。迷惑だから呼吸を止めろ。」


 フィー達の言い様はなかなか酷い。特にカッツェは生存権を基本認めない方針のようだな。


「む! 貴様は……、そうだな。騒が――」


「アイルーン家とミロワール家の!! ふん、伯爵家ごときが公爵家であるフェリクス様に意見するなんて、100万光年早いわ!」


「事情も分からず突っかかってくるとはぁ。何でもかんでも殴り合いでしか解決できない、脳筋のアイルーンらしいですなぁ。女は女らしくして、男のすることに意見するんじゃない。」


 ぽっちゃり……フェリクスが何か言いかけたが他の2人が遮り、フィーたちに言い返し始めた。おぅ……何て無謀な。


「誰が脳筋よ、誰が! 騎士学校の成績を金と権力で手に入れざるを得なかった低能に言われたくないわよ! 女は女らしく? いつの時代よ! そんなんだから女子から相手にされなくなるのよ!」


「100万光年早い? ハァ? 光年は距離の単位なのですよ? そんなことも知らないとはもしかしなくてもバカなんですか? バカですね。やーい、バーカバーカ!」


「……。」


 女の子、それも複数を相手に口喧嘩で勝てるわけない。ノーネットが女を捨てたようなあっかんべーをしている。そして無言のカッツェは静かに魔力を溜め始め、武器を構え出した。天級スキルでもぶっ放すつもりなのだろうか? KS5……確殺5秒前って感じだ。さすがにルイスが慌ててカッツェを止めに入る。

 しかし、騒がしいという理由で仲裁に入ったのに大声で叫び合っていては余計に騒がしいだろうに……お互いに絶えず火に油を注ぐがごとく、小ばかにしたような言い合いを続けているのでヒートアップする一方だ。


「「はぁ……。」」


 思わず溜め息をついてしまったところ、ぽっちゃりさんことフェリクスと被った。いつの間にか言い合いから弾き出され、俺の横に並んでいた。


「ど、ども。」


「どうも。」


 何となく挨拶をしたら、返事が返ってきた。……あれ? このぽちゃっとした丸顔、どこかで……。


「えぇっと、フェリクスさん、でしたっけ? どこかでお会いしませんでしたでしょうか?」


「うん? いや、初対面だと思うが。それよりも、貴殿はフィーリア殿と同じパーティのメンバーなのか? 悪いが、あれを止めてもらえないだろうか? 」


「いや~、ちょっと怖くて……。そちらこそ、止められないのですか?」


「……あいつらは私個人を慕っているのではなく、権威に媚びを売っているだけだ。私の家の権威が欠片でも損なわれると、自身の価値が落とされたと考えるようでな。あの手の言い合いで引いたら負けだと思っているらしい。……人目のある場所でむやみに騒がしくした方が余程、権威が損なわれるというのにな。」


 ほう、このぽっちゃりさんは普通に会話が成立するな。平民だとこちらを下に見るわけでもないし、冷静な判断ができるようだ。

 執事風の男は言い争いには参加せずに、こちらを観察しているようだった。視線に遠慮がなく、じろじろと品定めをされているように感じて、見られる側としては落ち着かない。

 言い合いの状況をじーっと観察していたぽっちゃりさんは、自分の子分達がボロボロに言い負けたタイミングで鋭く声を発した。


「下らん! 行くぞ!」


「そ、そうですな、フェリクス様! こんなやつらと話すのは下らないことでしたな。」


「いいように乗せられてしまって申し訳ないですなぁ。フェリクス様。」


 部下達は、自分達の負けを認めないで済む方へと意見を変える……巧いな。切り上げにかかるのが早過ぎると、こいつらは言い負けまいとして口喧嘩を続けてしまうだろう。

 ぽっちゃりさんが先頭に立ち、冒険者ギルドの出入口へ向かう。お供の連中もこれ幸いと後ろに続き、執事はさらに一歩遅れて何事もなかったようについていく。


 さて、こちらもぽっちゃりさんを見習って……


「よし、騒がしい連中はいなくなったようだし、用事を済ませよう。これ以上関わっても時間の無駄だ。ラキ達も待たせているしな。」


「そうね。そうしましょう。」


「ふっ。語彙貧弱な奴らでしたね。」


「……。」


 女性陣は口喧嘩に勝てて、ややすっきりしたようだ。カッツェはルイスに「止めてくれてありがとうな」と感謝を伝えている。カッツェはもう少しクレバーな人物だと思っていたのだが、最近感情をあらわにする機会が増え、印象が少し変わった。そして、ルイスといちゃつく姿を見て、ルイスの印象も変わった。最早ルイスは俺の弟や後輩ポジションではなく、明らかに人生の先達である。こと女性関係に関しては、完全に先に行かれた感がある。

 そして、ノーネット……語彙貧弱とか言っていたけど、あんた最後の方「バカ」しか言ってなかったじゃん。


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