第86話
「なるほど、初心者向けのダンジョン講習ね。」
「はい。ご面倒かとは思いますが、何ぶん、規則でございまして……。」
受付のお姉さんは申し訳なさそうな顔でそう言った。
「構わないわよ。エセキエル王国の貴族が皆、先ほど騒いでいたような連中ばかりだとは思わないでね。」
「……あとですね、講習の最後にチーム別の試験が実施されます。その際なのですが、各人の特性を見て、こちらでチームを編成させていただきます。……お供の方と同じチームにはなれないと思われますが、そちらもご了承いただけますでしょうか?」
「ふむふむ、それはどういった趣旨なの?」
「え、えっと! えっとですね。」
フィーとしてはただ質問しただけなのだろうが、お姉さんは詰問されていると感じたのかアワアワしている
「取り巻き頼みで試験を突破されても、困るからじゃないか? 取り巻きがどれだけ優れていようが、ダンジョンじゃ何があるかわからない。生き残るためには、個々にある程度の実力と、ダンジョンに関する知識が必要なんだろう。冒険者ギルドとしても、各国との軋轢を発生させたくないだろうしな。」
と、俺は憶測を口にしてみる。横暴な奴はどこにでもいるだろうからな。死亡しようが大怪我を負おうが、自ら進んでダンジョンに入ったのなら自己責任だが、いちゃもんつけて冒険者ギルドへ責任転嫁する貴族なんてのもいるのかもしれない。
「成る程、そういうことか。それなら異存は無いわ。」
ポンと手を打って納得を示すフィー。受付のお姉さんはあからさまにほっとした様子で書類を出し、フィーの前に置いた。俺の言った内容でだいたい合っていたっぽいな。
「こちらが申請用紙になります。」
必要事項を記入し、俺たちはダンジョン講習の受付を済ませた。
ルイスの両親に関する情報は、改めてギョンダーの冒険者ギルドへ調査を依頼した。冒険者で行方不明になっている人については、家族からの要請で調査してもらえるようだ。
いっぽう俺の方、ベンノさんの件はというと、単純な人捜しになるということで、冒険者向けに依頼を出すことを勧められた。情報のレベル毎に依頼料を設定する、というものだ。本人に直接繋がるような情報――例えば居場所の情報などを一番高くして、目撃情報や噂の類に至るまで何段階か報酬を設定し、広く求める。
一般的な人捜しの相場を聞いて、それより若干高めに設定し、依頼を出すことに決めた。薬師に聞くことをつい最近になって思いついたような人間がじたばたするよりも、餅は餅屋に任せたほうがいいしな。
いろいろ手続きしていたら、かなり時間がかかってしまった。時刻としては、お昼を回って少し経ったところだ。外に出ると、建物から少し離れたところに2人の姿が見えた。
「ラキくん、リズちゃん、ごめんね。ずいぶん待たせちゃったわね。」
「おぉ、姉ちゃん達!」
「とりあえず、お昼ご飯にしましょう。早速、案内してくれる?」
「ラキ、俺は串焼きって気分なんだ。美味しい店を知っているか?」
フィーの言葉に俺は続けて言う。俺の発言の意図を察したのか、皆から反論は出なかった。
「うん! 任せといてよ!」
ラキの案内で街を歩く。大通りは馬車も余裕ですれ違えるほど幅広く作られているが、横道に入ると一気に狭くなる。道は建物の間を緩やかに曲がっていたり、ささくれのような路地があったりと、ラキの言った通り、案内がなければすぐ迷ってしまいそうだ。この街そのものがダンジョンなんじゃないか? と疑いたくなるくらいだ。
「さぁ着いたぜ! 串焼きだったらこの店が絶対お勧めだよ。」
既にここが街のどこらへんなんだか良く分からないわけだが……マッピングでもしておけばよかったな。
ラキが案内してくれたのは、小さな広場で営業している屋台だ。緑地と噴水もあり、休んでいる人が結構いる。
屋台の店主は何とも世紀末な髪形と体型をしていた。モヒカン頭にマッチョである。流石に衣服はごく普通のシャツにエプロン姿であったが。
モヒカンが焼いているのは豚バラ串のようだ。炭火の網焼きで、香ばしくうまそうな匂いを周囲に漂わせている。
「おう、ラキとリズか。お客さん連れてきてくれたのか?」
店主はラキと知り合いのようだ。
「串焼きをちょうだい。
ウィンク付きでフィーが注文すると、モヒカンはフィーの発言の意図を察し、あぁと笑って頷きながら、
「はい。」
フィーはモヒカンから受け取った串焼きを、ラキとリズに1本ずつ与えた。
「いいの?」
戸惑うラキに、フィーは笑顔で頷く。
「待たせちゃったからね。」
「ありがとう! 姉ちゃん!」「……ありがとぅ。」
ラキは元気な声で、リズはラキに隠れるようにして礼を言った。
2人は早速、串焼きにかぶりついて、顔をほころばせている。
「なぁ、おっちゃん。」
俺は代金を渡しがてら、モヒカンに尋ねた。
「なんでぃ?」
「あの子ら、知り合い?」
モヒカンは渋い顔を浮かべて俺に顔を寄せ、小さな声で忠告してきた。
「……兄ちゃん、若いから忠告しておくけどな。あんまり深入りしないようにしときな。」
「うん?」
「あの手の子供はな、この街には掃いて捨てるほどいるのさ。そんな子達を全員、助けて回るわけにもいかねぇだろう?」
「まぁ、そりゃ……。」
確かに。何人いるかは分からんが、全員の面倒を見ることはできないだろう。
おっさんはさらに声を潜めて続けた。
「ラキの腕だけどよ。あれはな、実の親に切り落とされたのさ。」
「は?」
俺は意味がわからず、訝し気な声を出してしまった。
「何でか、分かるか?」
「……まさか。」
「そっちの方が、憐れんだ客からチップを沢山貰えるからさ。」
残念ながら、俺の予想は当たっていたようだ。
「いいか、坊主。この街には方々から商人や冒険者が集まってくる。特に冒険者なんかは、アガリのいい日には気前よくチップを払ったりするんだよ。まっとうな仕事にありつけない貧民の大人の稼ぎよりも、遥かに高額のチップをな。」
……所得格差か。確かに前世でも、途上国なんかでは、外国からやってくる観光客のチップは現地民にとって高額なのだと聞いたことがある。俺が出張で訪れたことのあるタイでは、平均月収が2万円だとか。観光客が1000円のチップを払おうものなら、月収の20分の1だ。大人が1日かけて稼ぐ額と変わらない。この街では、その差がさらに大きいのかもしれない。
「ま、ラキ達の両親は流行り病でコロッといっちまったようでな。罰が当たったのかどうなのか……だがよ。少数だが、貧民の中にはそういう親もいやがるのさ。片手がねぇ、片足がねぇなんて子供は、この街には結構いるぜ。」
マジかよ。ラキとリズの親だけじゃないのかよ。……親が収入のために、自分の子供の手足を切る。そんなことをする奴がいるなんて……。村にいる両親を思い出す。あの2人は、どんなに貧困に喘ごうが、絶対にそんなことはしない。躊躇わずに言い切れる。
「情にほだされて、何とかしようとした奴らもいたんだがよ。金も手間もかかり過ぎちまって、結局どうにもならなかったみたいでな。そんな現実に心をすり減らして、最後は廃人のようになってこの街を去って行っちまった。」
それを語るモヒカンの表情はひどく淡々としている。
俺が思い詰めたような顔をしているのに気づいたのだろう。モヒカンはふと、俺をいたわるような眼をして気楽な調子で続けた。
「まぁ、金が入った時に串焼きの1本でも奢るくらいの付き合いにしておくんだな。それだって、あいつらには十分に助けになるさ。」
からりとした口調だが、モヒカンの顔はとても晴れやかとはいえない。モヒカン自身も、現状に少なからず憤りを感じているのだろう。
「おっちゃん、これ。」
俺は幾ばくかの金をモヒカンに渡した。
「なんでい、こりゃ?」
「情報料……みたいなものかな? 俺が今一番知りたかった情報だから、そのお礼。これで酒でも飲んでよ。」
「……お前、俺の忠告聞いてたのか?」
モヒカンはじれったそうな顔をして聞いてきた。
聞いていたさ。だから何かしたいじゃないか。せっかくチートな能力と異世界知識を持っているのだ。
しかし、ぶっちゃけノープランである。今は何ができるなんて、とても口にできない。なので、俺は日本人特有の曖昧な微笑みで、モヒカンの問いに答えたのであった。
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