第87話

 世間知らずの子供が自分の能力を過信し、問題の大きさを正しく理解せず、無謀な試みをしようとしている。

 ……とか、モヒカンには思われているんだろうが、前世でも社会人としての経験があるので、そこまで青臭くもないつもりだ。……つもりなだけかもしれないけど。

 まず、まだまだ情報が足りない。そして何をするにしても資金が不足している。可能なら、ある程度の地位にいる協力者も欲しいところだ。

 それらを集めるためにも、やはりダンジョンに潜るのが良さそうだな。お宝も手に入るし、冒険者としての名声が得られれば、権力者との繋がりもできるだろう。そうなれば、情報の入手も容易になる。


 身体の障害に関しては、神聖術Lv9の”再生”で対応可能だ。そこは問題ない。

 問題なのは、その後どうやって生計を立てていくかだ。身体が治っても、仕事がなければ意味がない。この世界には異世界転生ものでよく目にする紙やら石鹸やらは既にあるから、俺の異世界知識のアドバンテージは大して無いのだ。だからといって、すごすごと諦めるのはまだ早い。街の中や市場を見て回ることで、何か思いつくかもしれないしな。


 ラキとリズにはもう数件、屋台を案内してもらった。片手で食べられる物ばかり頼んでいることに気付いたのか、次第にラキの表情が申し訳なさそうになっていく。2人の分も買おうとすると遠慮し始めたので、「子供が遠慮なんてするもんじゃない」とやや強引に渡した。申し訳なさそうな顔で受け取るラキに「ラキがそんな顔していると、リズが不安がるだろう?」と言うとハッとして、「旨いな、リズ!」と、やっと元気に食べてくれるようになった。


 宿屋を案内してもらい、ラキとリズに報酬を渡す。フィーはランチ2食分の額を、ラキとリズそれぞれに渡した。


「……えっと。」


「提示額は1人分でしょ? 私は2人を雇ったからね。それと、明日も案内を頼みたいから、朝になったらここに来てくれるかしら。」


 ラキとリズは礼を言い、大きく手を振り、元気に帰っていった。


 俺としては、ラキやリズのような子供たちを何とかしたいと思うのだが、皆はどうだろうか? 

 そして、俺の出自……というか前世の記憶があることや、スキルをガチャで手に入れていることなんかも、そろそろ伝えたいと思っている。まだ数ヶ月の付き合いだけど、皆、良い奴らだ。若干正義にかぶれているところはあるけど、まぁ、そういったノリも含めて得難い仲間だと思う。そんな仲間に対して、あまり隠し事をしていたくない。その上で、皆の知恵を借りたい。俺の出す案に対して意見が欲しい。そうなるとやはり、隠し事をしたままだと説明がつかないからな。

 宿にチェックインし、ひと休みして夕飯時になった。食事は宿でとることにして、皆、宿に併設された食堂へ集まった。

 さて、どうやって話を切り出そうか……。悩んでいると、フィーが顔を上げた。


「皆、ちょっと話があるんだけど、いいかしら?」


「どうかしましたか、フィーリア?」


「さっきの子達のことなんだけど……。」


「あぁ、何とかしたいんですね。それは私も思ってました。」


「そうだな、フィー様。うーん……。」


「僕も賛成です、フィーさん! でも、どうやったら?」


『もっと安定した職に就くことができれば貧困からは脱せられるだろうが、片手が使えなくともできる仕事か……ふむ。』


 ……あぁ、皆、やっぱり良い奴らだな。俺が切り出さなくても、同じように感じてくれていたことが、考えている中身が一緒だったということが、嬉しい。


「ちょっと皆、いいかな? それについてなんだけど……。」


 俺はモヒカンから聞いた話を皆に伝えた。まずは情報共有だ。


「そっかぁ、結構な数がいるのね。うーん。」


「数も問題ですが、ハンデのある子供たちに仕事を斡旋するのは難しいですね……。」


「そんなことする親なんて、全部ぶっ飛ばせばいいんじゃないか?」


「お金儲けのために、親が子供の手足を切るなんて……。」


『どうにかしようとした者たちもいたが失敗した、か……。確かに、簡単な問題ではないな。』


「ハンデの件は、何とかなる。これを見てくれないか。……その、何だ、なるべく内緒にな。」


 俺はこの前作ったスキル鑑定紙を、テーブルの上に出した。防音の意味も込めて、俺達の周りに印術で唱えた風の壁を張り巡らせる。まぁ、万が一聞かれても、与太話だと思われるだけだろうけどな。


「シンク、……良いの?」


「どうにかしたいんだろう? それは俺も一緒だよ。あと、皆にはもう隠し事をしていたくないからな。」


 フィーの気遣うような視線に、俺は笑顔で答えた。


「これは、シンクのスキル鑑定紙? いいんですか? スキルを他人に見――これは!! きょ、極術っ!?!?」


「いや、ノーネット声がデカいよ。」


 ノーネットは驚きの余り呆けたような表情になったが、すぐに何かに気付いた様子で言った。


「あ! シンクにはスキル鑑定紙を偽造する能力がある、ってことですか? では、それで子供達のスキルをでっち上げて就職させるとか?」


「いやいやいや、そんなことできないよ。第一、そんなことしてもすぐにバレるし意味がないだろう? そのスキル鑑定紙は間違いなく、俺が現在所持しているスキルが載っている。」


 まぁ、疑う気持ちは分かる。


「剣術・天級がまだLv8なのに、剣術・極級を習得している……これは一体? 他にも、スキルに全く整合性がありませんよ!? どうなっているんですか?」


「そこも説明するが、まず見て欲しいのはここだ。」


「神聖術Lv9? ……これもとんでもないですけど、えーっと、これが?」


「Lv9の術は”再生”だ。手足の欠損なら、治せるらしい。」


「成る程、そうなるとラキや他の子供も治せる、仕事についてハンデは気にしなくていいってことですね? ……ところで、『らしい』ってどういうことですか?」


「それは、習得してから一度も使ったことがないからだ。」


「使ったことがない……? じゃあ、どうして効果を知っているんですか?」


「それについてはラグさんに聞いたんだよ。」


「ラグさんに? えっと、猫ですよ? 何を言っているんですか?」


「うん? シンク、ラグさんに聞いたっていうのは私も初耳なんだけど? それってどういうことなの?」


 おう、そうだった。ラグさんはフィーの前では猫の振りを続けていたっけな。

 テーブルの上でペロペロと酒を舐めているラグさんに、説明をお願いすることにした。


「ラグさん。ごめんだけど、皆に俺の事情について一通り説明してくれないかな?」


(シンク、どうして私がそんなことをしないといけないのかしら?)


「ラグさんだって、ラキやリズみたいな子供を放っておけないだろう? 俺の口から説明しても正直、信用してもらえるとは思えないんだよ。」


 ラグさんは口では煩わしそうにするが、何だかんだで面倒見が良い女なのだ。

 この後、本当にしぶしぶ、仕方なさそうに引き受けてくれたラグさんが、俺の立ち位置について説明してくれた。善良なる光の女神様の慈悲で前世の償いをしていること、そのためにカルマ値を溜め、捧げる必要があること、カルマ値を捧げることによってスキルが手に入ることなどを語ってくれた。

 男性陣はラグさんが念話することを知っていたので、その部分に対する衝撃はなかったようだが、後半の話についてはかなり驚いた様子だった。ノーネットとカッツェは全部初耳の筈だ。案の定、ひととおり話を聞いた上でもどう判断したらいいのか分からない、って顔をしている。

 フィーはというと、ラグさんが念話できることを知って、何故か顔を真っ赤にした。


「嘘……、猫相手だと思ってラグさんに相談していたあんなことやこんなことも、全部意思を持って聞かれていたってこと? うぅ……。」


 ブツブツと何か呟いている。そんなに恥ずかしいことを相談していたのか? 女同士だし、ある程度はセーフじゃないか? いや、分からんけどな。


「シンク、……ラグさんの話は分かりました。では、ラグさん自身は何者なんですか?」


「うーん。実は俺も、はっきりとは知らない。でも何か、女神様の神使って感じだよ。多分。」


(その質問には明答はできないけど、神使なんて大それたものじゃないわね。いいところで使いっぱしりよ。お手伝いをさせていただいているだけ。)


 女神様の神使、という単語にピクリと反応したのはマリユスだ。


「……ラグ殿、シンク、話は分かりました。皆、シンクが言いたいのは女神様の使い云々ではなく、神聖術Lv9の効用に対する信頼性の話ではないか?」


 マリユスはいつの間にか食べるのをやめ(特に表現をしてないけど、基本マリユスはいつも何かしら食べているぞ。)、俺の言いたかったことをまとめてくれた。流石に冷静だな。


「そ、それでしたら! シンクにこの”地術極 メテオスウォーム”を使ってもらうっていうのはどうですか? これが使えるなら、手足を生やすくらいお茶の子さいさいですよ!」


 すごーく興奮した様子で、ノーネットがそんなことを言い出した。

 見たいのかい? 見たいんだな……魔術大好きっ子のノーネットらしい意見ではある。


「済まんが、それはMPが不足していて使えないんだよ。」


「な!? ……ぐぬぬぬ! 274MPもある上に”消費MP軽減”のスキルを所持していても使えないだなんて……! さすが極術!!」


 ノーネットは悔しそうな表情を浮かべつつも、納得した様子で頷いている。


「”極剣技 龍殺斬ドラグ・スレイヤー”なら使えるよ。」


「あ~、そうですか。じゃぁそれでもいいですよ。」


 すごーく興味が無さそう。酷くない? それとは対照的に、憧れのようなキラキラとした瞳で俺を見つめるルイス……そうだよね、ルイスは剣好きだもんね。


「そこらのモンスターの手足をぶった切って、治してみるのが手っ取り早いんじゃないか? 盗賊でもいいけど。」


 カッツェが現実的な意見を言う。この子は何事にもまっすぐというか、分かりやすい手段を選択する。


「そうですね、それが良いと思います! 元々その話でしたし、魔術ですし。」


 ノーネットは嬉しそうな、ルイスは残念そうな表情を浮かべた。まぁどっちもやればいいだろう。ルイスに「あとで極剣術見せてやるから」と伝えておく。


「話を戻すけど、手足は治せるとしても、その後について――」


「ちょおっと待ってください! この”美肌”ってスキル、何ですか!?」


「何!? ”美肌”だと!?」


 最近、色恋に目覚めた女性陣2人から、”美肌”についてフィーと同じ反応をされたのは言うまでもない。

 ……さすが、感じる事、考える事が一緒な仲間なだけはあるよ、ほんと。


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