第88話
「極剣技
俺達はギョンダーの街から少し離れた森にいる。確証を得るため、スキルの実演をしに来たのだ。
「これが極剣技! ……凄い!」
ルイスが尊敬の眼差しで俺を見つめる。もっと褒めていいのよ? ガチャで手に入れたスキルで、俺自身は何も努力してないけどな!
「うん……凄い技なんだけど、やっぱり溜めがネックね。」
この技を見るのは2度目になるフィーが、顎に手を当てながら冷静に呟いた。
「そうなんだよなぁ。よっぽどの事がない限り、天級の魔術や技の方が使い勝手が良いからな。」
余程の事って何だろう……それこそ、ドラゴンの大群が攻めてくるとかか?
と、考え込む間もなくノーネットに小突かれた。
「シンク、次は風術・極級でいきましょう。」
「……それはさっきから何回も使ってるじゃん。」
「極級を間近で見られるせっかくの機会ですからね。極術を使える知り合い……お祖母ちゃんに何度も頼むのは、憚られますし。」
「俺はいいのか!?」
「やだなぁ、仲間じゃないですか。」
うぅ、仲間という言葉が安っぽくなっていく気がする。だがまぁ、あまり使う機会がなかった魔術なので、慣れるためにも使っておくか。
「
風の弾が一直線に進み、木々を薙ぎ飛ばしていく。弾というより砲弾だよな、これ……木に穴を空けるとかそんなレベルではなく、文字通り木が弾け飛んでいくのだ。魔術が当たった部分だけを見ると綺麗にえぐれているから、貫通力は凄まじいのだろう。貫通しているにもかかわらず吹っ飛んでいるのは、余波だ。余波だけで木が吹っ飛んでいるのだ。何て迷惑な術なんだ……極術もすごーく使い勝手が悪い。
術の威力に感嘆した様子のノーネットだが、俺を振り返るなりわざとらしく大きなため息をついた。
「しかし、ほっっっっんとにシンクは魔素の変換が下手ですね! せっかく極術が使えるというのに。」
「悪かったなぁ。習熟するより先にスキルがどんどん手に入るから、あまり使い込めないんだよ。それにこのパーティで行動していると、攻撃魔術よりも補助魔術を使う頻度のほうが高いからなぁ。」
「……そんなだから、自分の使えるスキルを忘れる……なんて事になるんだな。」
ちょっと視線が怖いよカッツェ……あの時は本当に悪かったよ。
『それはそうと、そろそろ本題の神聖術Lv9の検証を行わないか?』
マリユスが、横道に逸れがちな俺たちを軌道修正してくれる。頼れる年長者は違うな。まぁ、前世含めると俺が最年長なんだろうけどさ。
そういえば、昨日からマリユスが何か言いたそうにしている。水を向けると「これが落ち着いたら、私も皆に話すことがある」とだけ伝えてきたのだが……マリユスの正体も未だに謎なんだよな。ヨーシフさん曰くエルフの血が濃いみたいだから、どこぞの王族かもなと予想しているのだが、どうなんだろう?
さて。神聖術の検証は結局、そこらの動物で行うことにした。モンスターでは身体の構造があまりにも人間と違うし、盗賊の場合は倒して、腕切り落として、治して、で結局ギロチンだもんな。何というか、治すのが空しい。
そこらの野ネズミを捕まえて四肢を切り落とし、神聖術Lv9の”再生”を使ったところ、見事に元に戻った。しかしこの術……エフェクトというか、演出がやたらと派手だ。野ネズミの体を幾重にも光の環が囲み、穏やかな光がその場を満たす。光の環は見続けていても何故か眩しいということがない。次第に光の環が野ネズミの周りをぐるぐると周り始め、野ネズミの体が環の中心に浮かび上がる。やがて、どこからか鐘のような音が鳴り響いたかと思うと、パァっと暖かな光が野ネズミを包む。いや、包んでいるのではなく、野ネズミ自体が光っているようだ。体の全てが光に変換され、再度、この世に生を受ける。そんな印象を受けた。
だが……効果が出るまでかなり時間がかかるな。戦闘中に使うのは大変そうだ。
「すごく厳かな術だったね。……でも、治ったのがネズミかぁ。」
それを言うなよルイス。
さて、検証も終わったので街に戻る。昨日の話し合いで、皆に俺のアイデアを聞いてもらった。
まずは冒険者として活動し、名声と金銭を得て、有力者と繋がりを作る。そこから、孤児やスラムの住人を雇い、産業を始める。今考えているのは製造業で、何を作るかに関しては異世界知識を総動員して頑張りたいところ。それまでは餓死者を出さないように炊き出しを行いつつ、スラムの状況の把握と、この街の情報収集だな。
産業を始める前までは特に問題はない。ダンジョンにはもともと入るつもりだったし、炊き出し程度の支援なら深入りしているわけでもない。問題はやはり、その先へどうやって切り込んでいくか……それを考える上でも、権力者や街の情報が欲しい。また、スラムがこの街でどういう位置付けなのか知りたい。例えばだが、権力者が悪事を企てるにあたって、スラムを隠れ蓑にしているような場合では、スラム改善の敵は権力者となってしまう。何が問題なのか、本当にしっかりと見極める必要があるな。
皆からは、概ねその方針で良いだろうと承認をもらえた。ただ、貴族組からも権力構造の把握は必須だと言われた。
まぁ、やれる事をひとつずつやっていこう。
翌日から、初心者ダンジョン講習である。
まずは基礎講習が1週間かけて行われる。基本は座学で、時々、冒険者ギルドに付随している屋外の訓練所にて実技講習もあった。訓練所にはダンジョンを模した迷路のような場所が一部あり、そこで罠の解除方法や、狭い場所での戦闘方法などを習った。
連日、宿に帰ると習った事を全員で復習し、ダンジョンへ入った際のフォーメーションなんかをあれこれ話しながら酒を飲んだ。いやー、気の合う仲間と新しいことを始めるのは、何だかワクワクして楽しいね。
そして最終日、講習の最後は試験である。これには今までの講習に参加していない、初めて見る顔がかなり加わっていた。何だ? 講習は前回受けて試験だけ落ちたとか、そんな連中か?
試験は申し込み時に説明があったように、ギルド側の適正判断からパーティが組まれる。組み合わせの発表を待つ間、周囲の男性陣の多くがフィー達へと視線を投げかけては、「あの子すごい美人だな」だの「あの子達とパーティ組みてぇ」だの、ひそひそ話しているのが聞こえてきた。
さて、試験内容は『即席のパーティで5層攻略を目指す』というものだ。ダンジョンは5層ごとにひと区切りとなっているようで、5の倍数の層にはいわゆるボスの間が存在するという。といっても、1~5層まではまだまだ弱いモンスターばかりで、地級であれば余裕をもって対処ができるそうだ。ボス戦では流石に連携が求められるようだが、苦戦はしても死ぬことはほとんど無いという。各パーティには試験官が2名同行し、各員の採点を行う。同時に、何かあった際には補助に入ってくれるとのこと。
俺が入ったパーティは俺の他に少年が5人、計6名の男パーティだ。
「お前もこのパーティか。」」
「おぅ、お前もか。よろしくな。」
「外部生は1人だけのようだな。邪魔なおっさんじゃなくて良かったぜ。」
「トビアスがいる! こりゃ楽勝だな。よろしくな、首席様よ。」
首席? テンションが高めの一同と比べ、トビアスと呼ばれた少年はどんよりとした表情を浮かべており、「あぁ」と短く答えるだけだった。
そんなトビアスの様子に皆、訝し気な顔をしたものの、誰も突っ込んでその理由を聞こうとはしなかった。知り合いではあるが友達ではない、って感じの距離感かな?
とりあえず、気になったので聞いてみた。
「なぁ、あんたらは知り合い同士なのか?」
「あぁ、俺達は冒険者ギルドが経営している学校に所属しているんだよ。今回は授業の一環でこの試験を受けているのさ。」
「成る程、そうなのか。」
「外部生は俺達の後ろで見ていればいいさ。それにお前、運がいいぞ? 学校で首席のトビアスがいるからな。」
外部生ってのは俺のことかな? 見ているだけでいいのなら楽でありがたい。でもこの試験、個人評価じゃなかったっけ? ……まぁ、下手にチームワークを崩しても良くないだろうから、最初は後方から見学していよう。
一同でダンジョンへ移動する。ダンジョンへは、冒険者ギルドを出て少し先にある地下道から行けるらしい。ギョンダーの街から地下へ伸び、ダンジョンを囲う壁の中までを繋いでいて、ダンジョンからモンスターが溢れた場合にはここを崩落させて時間を稼ぐそうな。
地下道はギョンダーの建築様式とは違い、無骨な石造りで、古めかしく見える。何でもこの地下道は元々あった遺跡を流用しているらしく、これから行くダンジョンも、そもそも千年以上前からあったという人類の文明による遺跡が大元らしい。この遺跡があった時代はまだ、モンスターも存在せず、エルフや魔人もいなかったと考えられている。
そんな話を道すがら、同じパーティになった世話好きの少年から聞いた。少年っていっても皆同い年で、背は俺より高いんだけどね。
彼らの通う冒険者学校は6歳から入学可能で、戦闘の基礎を長い時間かけて学ぶようだ。15歳まで通い続け、試験に受かると、冒険者ギルドから地級の資格とダンジョン探索の許可をもらえるそうな。少年達はまさにその試験中で、卒業までに普通は10層攻略を目指すものらしい。
地下道を抜け地上に出ると、目の前に大きな丘のようなものがあった。独特な形をしている。丸と台形がくっついた形、そう、デフォルメされた鍵穴のような形だ。これは……まさに前方後円墳だ。ダンジョンの入口は台形の底辺に当たる部分の中央にあるようで、俺達もその入口から少し離れた場所に集合した。
「それでは試験を始める。最初のパーティが入ってから10分後に、次のパーティに入ってもらう。各パーティは地図にある所定のチェックポイントを経由し、5層攻略を目指すように。」
どうもパーティ毎にチェックポイントの場所が違うようだ。5層まではそこまでエリアは広くない。ダンジョン内でパーティ同士がバッティングをしないよう、チェックポイントが設けられているのだろう。
さて、我々の番である。パーティリーダーは主席のトビアスに決まった。彼の指示で動くことになる。俺は後方で後方索敵にあたることになった。各層の広さは、5層までなら長くても1キロくらい。それなら”気配察知”のスキルを使えば、後方どころかエリア全体も索敵可能であろう。まあ、所詮は試験なのだから、きっちり合格さえ取れればいい。軋轢を生むことなく無難に終わらせよう。
前方の索敵担当に選ばれた少年を先頭に、ダンジョン内を進む。ダンジョンの1層目は地下道と同じく石造りで、通路の幅は4人程度並んで歩けるくらい広い。高さもそこそこあり、剣を振り回すにも困らないほどだ。試験官2人は俺の更に後方、数メートルの距離を保ってついてくる。
ダンジョン探索にあたり、全員が光源を持っている。俺は魔術で出したが、他のメンツはそれぞれカンテラを用意していた。何でも、道具で代用できるところは道具を使い、MPの節約を図るそうだ。ふむふむ、成る程ねぇ……でも、カンテラは明るさが足りなくて暗いんだよね。俺個人としては”暗視”のスキルがあるから明るさはそれほど必須ではないのだが、パーティで行動するには照明はあった方がいいだろうな。
先頭の少年は10フィート棒を手に持ち、気になる場所をコツコツ叩きながら進む。ああやって罠を探しながら進んでいるようだ。
「1層だと雑魚ばかりだから、緊張感がないよなぁ。」
「出てきてもスケルトンやゾンビだっけ? 動きも遅いし、これといって状態異常攻撃もしてこないしな。」
「宝箱も期待できないからサクサク行こうぜ。」
……コイツら、無駄話が多い。そして、索敵担当がちょいちょいそれに参加して前方から目を逸らすのがすごーく気になる……あ、そこは!
「ちょい待ち!」
後方から一足で索敵担当の背後まで接近し、襟首を掴んで止める。
「うっ! お前、いきなり何するんだよ!!」
俺の突然の行動に、索敵担当の少年から抗議の声が上がる。
「そこ、罠があるぞ。」
と、俺は地面の一点を指し示す。索敵担当の少年は訝し気にそこを見ていたが、すぐ罠に気付いたのか、気まずそうな表情で「あぁ、すまん、助かった。」と言った。
「……皆、油断するな。小さなミスで取り返しのつかない事態になる場合もあるんだ。そう……取り返しのつかない事態にな。」
リーダーのトビアスは先頭の少年を一瞥し、めっちゃ陰気な声でそう言った。ど、どうした? 君、そういう根暗系のキャラなの?
「す、済まん。気を付けるよ。」
それからは索敵担当の少年も、ミスなく自分の役割をこなしてくれた。きちんと集中しているのが背中から伝わってくる。1層目が終わり、2層目に移動してしばらくした後、俺はモンスターの接近に気付いた。このまま進めばもう少しで戦闘になるなー、とぼんやり考えながら進む。だいぶ近づいてから索敵担当の少年から注意が飛んだ。
「モンスターだ! もう少しで遭遇するぞ!」
その言葉に皆、各々の武器を構える。俺も後方から魔術でも使おうかと詠唱を始めると、途端に振り返ったトビアスから鋭い制止の声が飛んできた。
「魔術は使うな! フレンドリーファイアの危険性がある!」
怒気すら含んでいるような声に、俺はびっくりした。
「皆も攻撃魔術は使わないように!!」
続けて注意をする。まぁ確かに、慣れないパーティで魔術の連携を狙うのも危険か。それは分かるんだが、込められている感情がどうもそれだけではないように感じる。以前、何かあったのかな?
「リーダー、補助魔術なら問題ないか?」
トビアスに質問する。
「……補助か。補助なら問題ない。何を使うのか、先に言ってからかけてくれ。」
確かにそれもそうだ。俺は「ホーリーセイバーかけるぞ。」と宣言し、広域化を使って全員へ一気にかけた。それを見た一部から「ホーリーセイバーって範囲魔術だっけ?」「違ったような? でも全員に一気にかけていたな。」とか言っているのが聞こえた。
こっちに向かってきているモンスターは、スケルトンが3体のゾンビ2体程度。地級の実力にホーリーセイバーがあれば、1人でも余裕で対処可能だろう。俺の予想通り大した手間もかからず、数分のうちにモンスターは処理された。
しばらく、特にこれといって問題なくダンジョン探索は進む。3層、4層と進み、今は5層だ。気配察知で5層を眺めると、1ヶ所、やたらモンスターの密集している部屋があった。モンスターハウスって呼ばれるやつだな。そこはチェックポイントへの通り道にあたるので、普通に進めば接触は避けられない。……だがまぁ、問題は無いか。所詮スケルトンやゾンビ、吸血蝙蝠が多少いるくらいだな。地級の実力があれば、いくら数がいようが、囲まれないよう立ち回れば怪我もせず倒せるだろう。
そう思っていたのだが……
「この数だ! それに飛行型のモンスターもいる! 攻撃魔術で対処しよう!」
「ダメだ! 攻撃魔術は使うな!! 絶対にだ!」
何か、えらい揉めてる……索敵担当の少年はモンスターには気が付いたのだが、モンスターハウスであることには気付けなかったようで、いざ踏み込んで目の当たりにしたモンスターの群に、パーティは一気に混乱してしまった。
数が多いので範囲魔術で対処した方が効果的な筈なのだが、トビアスは頑としてそれを認めない。言い合っているうちにモンスターが距離を詰めてきており、それが一層混乱に拍車をかけていた。
トビアスも認めないなら認めないで、陣形を組ませるなり、冷静になるよう指摘するなりすればいいのに、何故か攻撃魔術を使わせないことばかりに気を取られているようだ。
少し落ち着けば大した問題ではないことが分かると思うのだが……まぁ仕方ない。さくっと処理しよう。
「リーダー。攻撃魔術さえ使わなければいいのか?」
「そうだ! 絶対に使うな!」
「分かった分かった。」
俺は後方からてくてくと歩きながら剣を抜き、”錬魔”で魔力を練りつつパーティの先頭に立った。
「お、おい。何をするつもりだ?」
索敵担当の少年の質問には答えず、俺はモンスターに向かって横薙ぎに剣を振った。
「
”広域化”で範囲を拡大した剣閃は真一文字に飛び、部屋中にいたモンスターを切り飛ばしながら、最後は部屋の3方の壁にビシリ! と傷をつけた。
「もういっちょ!」
”錬魔””集魔”を使い、スキル使用直後の硬直をキャンセルして、次の行動に移る。飛び上がり、今度は剣の刃ではなく、腹で横薙ぎに振るう。部屋の中空をキィキィ鳴きながら飛んでいた吸血蝙蝠達は、まるで強風に飛ばされたように勢いよく壁に叩きつけられ、ベチャリ! と音を立てて潰れた。
「よし、モンスターは倒したぞ。チェックポイントへ行こう。……うん?」
そう言った俺を、試験官の2人も含む一同が、ぽかんとした顔で見ていた。
いや、極級じゃないよ? 天級だよ? そこそこいるでしょ……え? ……そんなにいないの?
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