第89話

 あれですわ。天級じゃなくて……いや天級もなんだがそれよりも、スキル後の硬直無しで動いていたことに驚いていたようだ。

 そういえば”錬魔”も”集魔”もSR+でしたね。極級と同じ領域のスキルだ。伝説とまでは言わないが、使える者はかなり限られるだろう。

 モンスターハウスの件で、パーティ内でトビアスの評価が下がり、俺の評価が上がったようだ。

 この後、5層のボスも難なく倒し、試験は終了した。


 因みにボスはグール3体と、正式名称は分からないがゾンビ犬が3匹ほどだった。グールはゾンビの上位互換みたいな敵で、力も素早さも高かった。名前の分からんゾンビ犬はそこそこ素早く、牙に毒があるようだった。トビアスも流石に冷静さを取り戻したのか、ボス戦ではキチンと指揮をしており、皆が連携して立ち回ることができた。



 ■3人称 試験官たちの会話


 冒険者ギルド内、会議室。

 今回の試験結果をまとめ終えた試験官達は、会議室の一角で雑談に興じていた。


「今回の試験、15歳で天級を扱う子がいたぞ。」


 中年の男性がそう言うと、20代半ばの女性が続けて言った。


「こっちには凄い威力の精霊術を使う子がいましたね。その子も15歳でした。」


「俺の組にもいたなぁ、天級使う奴。しかもそいつ、スキル使用後の硬直無しで動いてましたよ。そいつも確か15歳だったな。」


 隣に座る同年代の男性も、そう言って腕を組むと目を細めた。硬直無しで連続でスキルを放った光景を、思い出しているようだ。

 試験官のまとめ役である老齢の男性が質問する。


「もしやそれは、外部生でエセキエル王国から来た子達ではなかったかの?」


「あぁ、そういえば。そうだったように思います。」


 中年の男性が代表して答えると、まとめ役の男性は手元の資料を捲り出した。


「……アイルーン家とミロワール家の一行じゃな。両家の子供と、そのお供らしい。パーティ名は”暁の空”、だったかの。」


「あぁ、『姫騎士の世直し』の!? 今回、試験受けてたんですね。」


「確か、盗賊団『ハゲタカ』を捕まえた奴らですよね。……天級の使い手ばかりのパーティでしたか。それじゃ、流石の巨剣使いのマラートも負けるわけだな。」


 反応したのは若い女性と男性だ。中年の男性は記憶を探りながら呟く。


「天級の使い手は、10年以上冒険者稼業をしている奴の中にはそこそこ存在するが、15歳で、というのは本当に珍しい。10年に1人くらい、じゃなかったか?」


「才能に恵まれた人間が1人おっても、ダンジョン攻略となると簡単には行かん。若くして天級ともなれば、なおさらパーティを組むのに苦労する。実力差からパーティ内で軋轢を抱え、結局、能力を活かせずに燻る場合も多いからのぅ。」


「その点、”暁の空”は既に実績があります。捕らえた盗賊団は数十に上るし、あちらこちらの支部で討伐に苦労していた高難度のモンスターも、かなり倒しているようですよ。」


 若い女性が近くの資料を見ながら期待を口にすると、隣の若い男性も頷いたものの、渋い顔をして頭を掻いた。


「ギョンダーに居座ってダンジョン攻略してくれるとありがたいんだけど、貴族じゃ難しいか……。」


「武者修行の類だろうからな……アイルーン家の現当主であるジョアキム様も、ここに滞在したのは1年程度だった筈だ。」


 中年の男性の言葉に、まとめ役の男性は当時を懐かしむように目を細めた。


「あのパーティも、ずいぶん記録を更新してくれたものじゃったがな。確か、当時到達できていた最深層である65層の攻略は、彼らが初めて達成した筈。」


「鑑定の結果判明した、ギョンダーのダンジョンの深さは108層……現在攻略が済んでいるのが70層まで、でしたか。」


 中年の男性がまとめ役の男性の言葉に付け足した。若い女性がふと、少し辛そうに目を伏せる。


「70層攻略の達成者は去年、土術・極級のオーバンさん達のパーティでしたよね。その時に、壊滅的な打撃を受けたとか。オーバンさん本人は無事だったようですけど、そこからは仲間の怪我を治すためにアムリタを求めて、50層のボスに連続でチャレンジしているらしいですね。」


「50層……あそこでアムリタが出たのは、もう50年以上も前のことなんだがな。それに、かなり前にも同様に、アムリタを狙って年単位で潜っていた奴がいたが、結局手に入らなかったらしい。その後どうしたのか、とんと話を聞かないな。確か名は……何といったか。」


 中年の男性が思い出そうと眉根を寄せる。


「元”暁”のベンノ、じゃなかったかの?」


 まとめ役の男性が伝えると、女性がポンっと手を打ち、声を上げた。


「その人、確か捜索依頼が出ていましたよ?」



 ■シンク視点


 試験の後、冒険者ギルドに戻った俺達は、大きな会議室のような場所に通された。そのまま待機していると、試験官達が入ってきて、結果が発表された。


 俺達のパーティは全員合格だった。晴れてダンジョンに挑戦できるようになったわけだ。今後の予定についてパーティの全員で相談していると、俺は試験官のまとめ役だという男性に呼び止められた。


「ベンノという人物を捜しているのは、お主かの?」


「あ、はい。そうです。」


「わしは立場上、幾つか情報を持っておる。しかし、それを教えるには先に、事情を聴かねばならん。何故その人物を捜しているのか、理由を尋ねても良いかの?」


 おぉ!! これは有力な情報が聞けそうだ。成る程成る程、確かに迂闊にほいほい個人情報は話せないよな。業務上知り得た情報となれば、尚更だ。


「父と母が冒険者時代に同じパーティにいたそうで、伝言を頼まれているのです。『アムリタのことはもう気にしなくていいから、顔を見せに来てくれ』と。」


「ふむ、成る程のぅ……。一応じゃが、お主の父と母の名を聞いても良いかの?」


「父はアルバ、母はセリアです。”暁”というパーティで、一緒に活動していたそうです。」


「ふむ! やはりそうであったか。ならば問題なかろう。散々勿体ぶっておきながら済まないんじゃが、今現在の情報ではないんじゃよ。えーっとのぅ……。」


 そう言いながらも結構な情報を教えてくれた。確かにベンノさんに直接繋がるものではなかったが、ここしばらくギョンダーで活動していない、というのは有益な情報だ。捜索の範囲を変更する必要があるだろう。


「知り合いからの話で、わしが直接見たわけじゃないんじゃが……彼は女性と一緒にこの街を後にした、と聞いた。アムリタこそ発見できとらんかったが、単独で50層のボスと戦い、倒し続けておったからの。かなり稼いでおったはずじゃ。憶測になるが、その女性とどこぞで平和に暮らしとるんじゃないかの?」


 それが、10年以上前のことだという。ふむふむ、直近で冒険者として活動していなかったのか。


「情報ありがとうございます。えーっと、謝礼ですが……。」


「いや、業務上知りえた情報で金を受け取るわけにはいかんよ。その、何じゃ……血縁じゃなくとも、強い絆を持った連中はおるからな。ギルドとしては血縁者にしか詳細に情報を明かせぬが、せめて生き死にだけでも伝えられたら、と思ったんじゃ。その代わりと言ってはなんじゃが、この情報についてはここだけの話にしてもらえないかの?」


 確かに個人情報は慎重に取り扱わねばならないが、大事な仲間を案じて必死に捜している人にも教えられないというのもな。このまとめ役の人も、長く冒険者ギルドで勤めているようだから、きっと色々と見てきたのだろう。


「それは勿論! わざわざありがとうございました。」


 俺は深々と頭を下げた。


「何、気にせんでくれ。それより、ダンジョンの攻略、期待しておるぞい。……期待してはおるが、くれぐれも仲間と命を大事に、無茶はせんようにな。」


「はい!」


 俺は忠告をくれたまとめ役の人に元気に答えた。

 ベンノさんはきっと『アムリタが手に入らなくて顔向けできない』とか、そんな気持ちなんだろうな。ソロでボス攻略か……どれくらいの敵か分からんが、随分と無茶をする。

 でも、アムリタを手に入れたとして、使用が目的なのだから仲間内で報酬を分割できない。アムリタを仮に売った場合に得られる金銭で置き換えるにしたって、途方も無い額になることだろう。攻略の選択として、最初からソロしか選べないわけか。


 さて、試験から2日ほどの準備期間を挟み、いよいよダンジョンアタック開始である。


「まずは目標として、50層を目指しましょう。ダメそうなら途中で引き返す、ということで。」


 フィーの発言に全員が頷く。50層を目標にしたのは、そこでアムリタが出たと聞いたからだ。かなりドロップ率は低いようだが、当初の目的でもあったし、万が一手に入れることができれば権力者との繋がりも作れるだろう。

 それに、50層のボスは何とドラゴンゾンビらしいのだ。11歳の時に倒した相手だが、今回は条件が違う。50層もダンジョンを潜った後に戦うことになるのだ。当時と同じように龍殺斬を使うにしても、その時までにMPを十分確保しておく必要がある。継続戦闘能力が試されるのだ。


「30層まで一気に行くわよ。」


 俺たちのレベル、スキルを考えた場合、実力は天級冒険者並だ。現役の天級冒険者が活躍しているのが、30層から下だという。あまり他のランクの狩場を荒らすのも良くないしな、ということで各層のマップを購入し、最短ルートで30層を目指すことにした。


 フォーメーションは俺が先頭。次がカッツェ、フィー。その後ろにルイス、ノーネット。最後がマリユスである。俺が広範囲索敵、罠発見。カッツェとフィーが左右の索敵。魔術師組とマリユスは後方警戒だ。


 このダンジョンは元となったのが墳墓らしいだけあって、浅い層はひたすらアンデッドが出てくるようで、30層までは雑魚もボスもアンデッドである。弱点属性が統一されているため、ホーリーセイバーを使える神聖術の使い手は売り手市場なのだとか。

 ホーリーセイバーだけで10層ボスのミイラも、15層ボスで様々な武器をもったスケルトンウォーリアー達も、20層ボスで物理耐性の高いレイスも、25層ボスで咆哮にて状態異常・恐怖をばら撒く犬っころのブラッド・ハウンドも、30層ボスのスキルに似た武器攻撃をしてくるドラゴントゥースも、サクサクと倒せるのである。


 ちなみにボスの部屋は、一度ボスを倒すとリポップするまで素通りできる。浅い層ほどリポップまでの時間は短い。5層のボスなら20分ほどだ。

 無視できるボス部屋は無視してずんずん進む。10層までを2時間程度で突っ切った。その後は罠の解除などで多少時間がかかり、20層までは更に4時間。層が進むにつれ、モンスターの数も増え、処理に時間がかかるようになっていく。更に6時間ほどかけて30層まで到達し、本日の探索を終了した。

 この世界のダンジョンには、セーフティエリアのような場所は無い。しかし、ボス部屋のリポップ時間はほぼ固定である。それを利用し、ボス部屋で休息するのが一般的だ。複数パーティが1つのボス部屋に留まる場合、倒したいパーティで順番待ちをする。誰も倒したくないような面倒なボスの場合は、そこに留まる全員で倒すことになる。

 30層に留まるパーティは俺たちの他にもいたが、倒す権利を主張してくれたため、俺達はゆっくり休むことができた。

 袖振りあうも他生の縁ということで、ボス退治を頑張るパーティにホーリーセイバーとブレスをかけたところ、大変感謝された。何だかオンラインゲームの辻補助を思い出したよ。いや~、懐かしいなぁ。


 31層からは少しダンジョンの様子が変わる。30層までは床も壁も石造りで真っ暗闇の迷路であったが、31層からは足元は整備されておらずでこぼこで、壁も天然の洞窟を思わせる場所と人工物が織り交ざっている。壁や天井には蔦や細い木があちらこちらに這っており、それらの植物はぼんやりと発光していた。景観としてはまるで人工の建物が、風雨にさらされて自然に埋没したかのように見える。通路の広さも高さもかなりあり、槍を振り回しても余裕があるくらいだ。


「30層までのアンデッドエリアと違って、31層からはゴブリンやオーク、スライム、悪魔の蔦とかが出てくるわね。」


「悪魔の蔦は普通の植物に擬態しているし、スライムは上から降ってくるから要注意だな。」


 31層からはもうひとつ難点があった。通路や部屋の形が歪なので、非常にマッピングし辛いのだ。暗さという難点は無くなったのだが、それは生息するモンスターのためと思われる。

 さらに、光る植物は微妙に気配察知のスキルに反応する。気配察知のレベルが低いとモンスターとの区別がつかず、苦労することになるだろう。

 色々な意味で、31層からは難易度が高い。天級以上推奨という話も頷けるというものだ。

 因みに。ギョンダーで活躍する天級パーティは30組ほどあるらしいが、休養していたり、活躍する層もばらけているようなので、31層を進んでいても通路で出会うことはあまりない。

 32層に降りた地点で、いったん小休止とした。


「モンスターの数が多いですね。それにエリアに高さや広さがあるため、敵に囲まれやすいです。範囲魔術も、敵がばらけがちであまり効果的ではありませんね。」


「そうね……ルイス君の精霊術で、遠距離攻撃してくる敵をピンポイントで叩いて貰って、ノーネットの魔術は敵の増援に対応する形にしましょう。通路から入ってくる敵の出鼻を挫くようにしてちょうだい。戦闘はなるべく壁を背にして、囲まれないように。多少数が多くても、継続戦闘を考えると武器攻撃でちまちま削ったほうが良さそうね、」


「ポーション類の所持数の確認も忘れないようにな。誰かが3分の2を切った時点で、一度進むか戻るか決めよう。」


 うちのパーティは全員マジックバッグ持ちである。今回、初めてなのにいきなり50層を目指そうとしたのも、マジックバッグで豊富にアイテム類を持ち込める点が大きい。

 ダンジョン内のモンスターは食料をドロップしない。外では食料をドロップするモンスターも、ダンジョン内では別のものをドロップする。そのため大量の食料の持ち込みも必要になり、深い層へ挑む場合、高性能なマジックバックは必須になる。


 じっくり連携を確認しながら進む。35層には昼前に到達した。食事は休憩の度に携帯食料をちょいちょいつまんでいる。ハンガーノック対策だな。

 ボスの間の扉前に到達すると、そこには何と”首席”ことトビアス少年と、彼のパーティと思しき一団がいた。

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