第90話
【前書き】
一部残酷な描写があります。
ニンテンドースイッチでヨッシークラフトワールドというゲームがあります。これが非常によくできたゲームで難しくなりがちなアクションゲームを子供から大人まで楽しめるよう随所に工夫があります。4歳児の娘でも楽しく遊べました。
ヨッシークラフトワールドはヨッシーが敵を食べると卵を産んで、それを敵やらオブジェクトやらにぶつけて攻略していくゲームです。
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トビアス少年達は休憩しているようだ。一応面識があるし、挨拶しておくか。
「えーっと、トビアス。試験のときはどーも。」
「……お前は、シンクだったか?」
俺は頷く。トビアスは相変わらずの暗い表情をしている。それにしても、主席とはいえ天級の実力があるようには見受けられなかったのだが、こんな層まで進んできて大丈夫なのだろうか?
「シンク、この先に行くのか?」
「あぁ。一応、50層を目指しているよ。」
「……ひょっとして、アムリタ狙いか?」
トビアスが警戒しているような表情を見せる。うん? ということは……。
「トビアスもアムリタ狙いなのか?」
「だったらどうする?」
一際、厳しい表情で俺を睨む。何をそんなに威嚇してくるのよ?
「どうするもこうするも、お互い頑張ろうぜ。何せ50年以上も出てないんだろう? 相当の運と根気が必要だろうから。まぁ、俺らはダメ元ってところだけどな。俺が冒険者を目指した理由のひとつでもあるから、挑戦するだけ挑戦してみようかと思って。」
「……アムリタを求めて冒険者に……それはつまり、身内に?」
「あぁ。母親が冒険者時代に受けた傷が、普通のポーション類では治せなくてな。」
「そうか……あぁ、そうだな。お互い頑張ろう。」
トビアスの表情にあった厳しさは薄れ、納得の色が浮かんだ。
ひょっとしたら、トビアスにも身内に重病、重傷の人がいて、それでアムリタを求めているのだろうか?
「トビ――」
「なぁ! あんたら、トビアスの知り合いなのか? こんな事を頼むのは申し訳ないんだが、ポーション類を売ってくれないか?」
トビアスの事情を聞こうとしたのだが、横合いからトビアスのパーティメンバーが口を挟んできた。とりあえず、パーティリーダーにお伺いを立てる。
「フィー、どうする?」
ダンジョン内ということで、節約は心がけてきた。しかし、ここまでルイスとノーネットが少し使ったくらいで、大して消費していない。野営時に自前でせっせと作っているので、うちのポーション類のストックは普段からかなり余裕があるのだ。
それに加えて、探索に備えてしこたま物資を持ち込んでいるため、現在はモンスターからのドロップを入れるための隙間のほうが心もとない。少し荷物を開けないと、ドロップ品を持ち帰れなくなりそうだ。
ここでポーションをいくらか処分したところで、50層までは余裕で行動できるだろう。フィーも俺と同じ考えのようで、速やかに頷いた。
「いいんじゃない? 困ったときはお互い様、ってね。」
俺達はトビアスのパーティにポーション類を売り、お返しにとボスの権利を貰った。……まぁ、若干押し付けられた感はあるが、待たなくて良いのは助かるな。
話が途切れてしまい、トビアスがアムリタを求める理由は結局、聞きそびれたままだ。……次会った時にでも、それとなく聞いてみるかな。
ボスはオーガが3体。3メートル程の半裸の巨体が、棍棒を振り回しながら迫ってくる。1匹をルイスの魔術で遠距離から安全に処理し、壁役のカッツェとマリユスが1体ずつ抑える。カッツェは素早い動きで翻弄し、重量を伴うハルバードの一撃で動きを止め、マリユスはメイスで余裕を持ってオーガの一撃を受け止めていた。その間に俺とフィーが背後に回り、スキルによる一撃を加え、オーガ3体を危なげなく倒したのだった。
「次の層……36層から、宝箱を探してみませんか? マジックアイテムが手に入るかもしれませんし、シンクの”激運”が宝箱の中身にも影響するか、確かめてみたいです。」
ノーネットの提案を受け、この先は下層へ直行するのではなく、宝箱を求めて過去の出現位置を見回ってみることにした。
■トビアス視点
ダンジョン基礎講習試験の1週間前。
俺は修得したばかりの火術・地級の術を試すため、自宅の裏庭にいた。少し奥に進めば魔術の練習場があるのだが、早朝の時間帯だし、起きているのは自分くらいのものだろうと思った俺は、キチンと練習場へ行かず、裏庭に出てすぐの場所で魔術を使おうとしていた。
(どうせなら、動く的に……。)
そう思い見回していると、風に流されてきたのか、宙を舞う1枚の鳥の羽根が目に留まった。
(あれでいいか。)
はらはらと舞い降りてきた羽根に狙いをつけ、魔術を放った。その時。
「兄さん、魔術の練習ですか?」
そう言って、妹が……ナタリーが建物の陰から顔を出した。今、まさに魔術が飛んで行っているその先に――!!
「キャ!」
ナタリーは目の前に迫る魔術に驚き、咄嗟に右腕を出して魔術から自分を守る。
魔術が……妹の手に当たり弾けた!
「ギャッ!!」
頭が真っ白になった。その後の事はよく覚えていない。気が付けば俺は、自室のベッドの上で放心していた。
ナタリーは一命は取り留めたものの、右腕は肘から先を失い、顔の右側には酷い火傷の跡が残ってしまったらしい。……らしいというのは、ナタリーと話せていないからだ。意識が戻ってからというもの、身の回りの世話をする者や医者以外の人間と、一切接触していないという。自分の醜い姿を家族に見られたくない……そう言っているらしい。
父から呼び出され、当時の状況を聞かれた。
「トビアス。するとお前は、誰もいないと思い込み、練習場ではなく裏庭で、そして的以外の物を魔術で狙った。その結果、ナタリーに酷い怪我を負わせた。それで間違いないか?」
父は感情を殺し、淡々と事実を確認する。
「……はい。」
消え入るような声で返事をする。
「……トビアス。ルールは守らねばならない。100回ルールを破っても、99回は何も起こらないかもしれない。だが、たった1度だけでも何かが起きてしまえば……その1回が取り返しのつかない事態を生むのだ。今のお前なら、分かるな?」
「……はい。」
「人間はミスをするものだ。年齢も性別も、悪人も善人も関係ない。どのような人間でも、必ずミスをする。しかし、ルールや約束事を守ることで、致命的な失敗にならないよう工夫できる。トビアス、ルールを守った上でミスをするのは構わない。何事にもイレギュラーはあるだろうし、危ないと思うことがあれば、それを防ぐためのルールを新しく作ればよいのだから。……しかし、守るべきルールを破っての行いは、ミスとは言えない。そんなことをするのは、ただの愚者でしかない。」
「……はい。」
「さて。方々手を尽くしているが、片腕を治せるほどの薬は今のところ手に入れる方法がない。医師の話では、アムリタでもなければ治せない、とのことだ。」
父はギョンダーを治める商人ギルドの中枢で、理事の1人を務めている。商人の間で知らない者はいないほどの人物で、各方面への影響力もかなり強い。その父の力ですら入手できない薬……それはつまり、その薬自体がこの世に存在していないに等しい。
……無いのなら、取ってくるしかない。アムリタが過去、50層のボスからドロップしたという話は、授業でも何度も聞いた。ダンジョンに潜る冒険者の間では、もはや常識と言ってもいい事実だ。
「俺が……」
「うん?」
「俺がダンジョンに入り、アムリタを取ってきます。」
俺がそう宣言すると、父は準備を整えてくれた。道中のボスに有効な武具、特にドラゴンゾンビに有効な聖属性の武器は、ミスリル製を用意してくれた。うちが専属で雇っている、護衛用の冒険者もつけてくれた。
「冒険者はあくまで隊商の護衛用で、ダンジョン探索のエキスパートではない。トビアス、お前がリーダーとしてパーティをまとめ、アムリタを入手してくるのだ。」
父はそう告げて、送り出してくれた。
強い護衛をたくさん集めれば、安全にドラゴンゾンビを討伐できる。しかし、それでは俺自身が納得しないと考えてくれたのだろう。
「トビアス!」
ダンジョンの入り口で俺に声をかけたのはオリバーだ。俺の幼馴染で、冒険者学校にも一緒に通っている。オリバーの家も、うちと同じくギョンダーの理事を務めている。
「……ナタリーちゃんを治すために、アムリタを取りに行くんだろう? 俺も一緒に行くぜ。」
「オリバー、いいのか?」
オリバーとナタリーは仲が良い。小さい頃から、うちに来るといつも妹を交えて一緒に遊んでいた。
「お前のためじゃないぞ? ナタリーちゃんのためだ。……そうだな、アムリタを持って俺がナタリーちゃんに求婚する、というのも悪くないだろう?」
オリバーはこんな時でも冗談を混ぜてくる。……冗談、だよな?
35層まで何とか来られた。ここは中層、天級の領域だ。話には聞いていたが、30層までとはまるで違う。魔術を使うな、などと言っていられない。
35層のボス戦を前に、試験の時に一緒になったシンクと出会った。彼もまた、母親のためにアムリタを探しているのだという。……アムリタを求めてやまない人はたくさんいるが、誰もが金のために求めているわけではない。多くは、俺のように大切な家族のために欲している。俺と同じ人間が目の前にいると分かると、少し気持ちが落ち着いた。
そういえば、極級で有名なオーバンも、怪我を負った仲間のためにアムリタを求め、50層に籠もっているとか。シンクも言っていたが、50年以上出ていないアイテムだ。何故だろう? 俺は行きさえすれば必ず手に入ると思っていた。先を越されるものかと焦っていた。
「不幸な妹は必ず救われるべきだ! 俺の努力は報われるべきだ! そうなる筈だ!」と考えていたのかもしれない。不幸な人間も、努力している人間も星の数ほどいて、その誰もが救われ、報われるわけではないと頭では分かっているのだが、いざ自分の立場になると、そう思い込みたくなるのかもしれない。
焦った気持ちは隙を生むな……それが大切な人のためなら、猶更だ。ギョンダーには、そこにつけこもうとはびこるアムリタ詐欺師共が大勢いる。何と悪質なことか。徹底的に駆除しないとな。ダンジョンから帰ったら父に進言しよう。
ポーション類を売ってもらえたのはありがたい。31層以降は戦闘も厳しく、ペースを掴めなかったため、全力で戦っていた。そのためポーション類を予定より多く消費してしまったのだ。護衛の天級冒険者も、中層へはまだ来たことがないらしく、全員が初体験だ。
そんな状況だから、35層のボスを倒してもらえれば非常に助かると思い、お礼と称して権利を譲ったのだが、部屋に入った彼らは瞬く間にオーガ3体を倒してしまった。……凄く強いパーティだ。
同じ目的を持ったシンクの戦闘を見て、少し頭が冷えた心地がした。50層を目指すならば、あれくらいの実力は必要だろう。悔しいが、俺とオリバーが同行する冒険者の足を引っ張っているのは痛感している。ここでまたミスをして、アムリタがもうひとつ必要になってしまったら目も当てられない。今回は様子見とし、切りの良いところで引き返すのが賢明だろう。ちょうど35層だから、すぐに帰還しても良いところだが……
(40層のボスは、サラマンダーだったな。)
ならば、持ち込んだ水属性の武器や、水術・天級を付与されたスクロールで、簡単に倒せる。35層のボスを倒してもらい、ポーションも補充できたから、体力的にもいけそうだ。40層のボスを倒して休憩してから、折り返し戻るとしよう。
パーティにその方針を伝えると、護衛の冒険者は明らかにほっとした様子で、オリバーも「ようやく冷静なトビアスが戻ってきたな。次も付き合うから、声かけろよ?」と笑ってくれた。
40層のボスの間の前で小休止を挟み、ボスに挑む。そろそろ外は日が暮れる頃だろうか。
「既に先ほどのパーティ、シンク達が倒しているかもしれないが、一応中を確認しておこう。」
俺はそう宣言し、中に入る。炎を纏ったオオトカゲのサラマンダーがいる筈のボスの間には……緑色のオオトカゲがいた。しかもそいつは2本の足で立っていた。……これは、サラマンダーなのか? 聞いていた見た目とは違うが、40層のボスはサラマンダーの筈だ。まぁ何にせよ、やることは変わらない。冒険者に合図し、水術・天級の術が封じられたスクロールを発動させる。水の刃が、緑色のオオトカゲに向かっていく――
するとオオトカゲは口を大きく開け、何と魔術をパクリと食べてしまった! 馬鹿な!?
魔術を嚥下したオオトカゲはすかさずフンッ! と力んだかと思うと、ぽこりと音を立てて卵を産んだ……理解が及ばない。何故だ? 何故、今、卵を産む?
更に信じ難いことに、オオトカゲは産み落としたばかりの卵をむんずと掴むと、こちらに向けて投げつけてきた! どんな攻撃方法だ! 卵とは本来、繁殖のために産むもので、中には子供が入っているものじゃないのか?
投げられた卵はそこそこの勢いで飛んできたが、俺達には一歩届かず、オリバーの目の前に落ちると、ぺちゃりと割れ――その瞬間、割れた卵から何と水の刃が飛び出してきた!! これは、スクロールで放った水術・天級の魔術!
水の刃は、オリバーの両脚を容赦なく切り飛ばしていた。
■シンク視点
宝箱には”激運”が作用するようだ。俺以外のメンツが開けた場合、出てくるのは上級ポーションなどのちょっといい消費アイテム止まりだったのが、俺が開けると高確率で魔道具や武器などが出てきたのだ。
『そろそろ、日が暮れるな。』
宝箱探しに夢中になっていた俺達に、マリユスから冷静な指摘を頂いた。ダンジョン内で昼夜があるわけでもないのだが、生活のリズムを崩さず、しっかり休憩をとることは重要だ。
急ぎ、40層のボスの間へ行くと、開いた扉の中から怒号が聞こえてきた。……誰かが戦闘中のようだ。このダンジョンのボスの間は開け閉め自由である。ボスから逃げ出すことも可能だ。
中を覗くと、トビアス達のパーティが二足歩行する緑色のオオトカゲと戦っていた。……あれ? この層のボスって、サラマンダーじゃなかったっけ?
「あれはもしや、変異種ですかね? 珍しい……変異種は属性も違えば、戦闘パターンも大幅に違うとか。その代わり、討伐後のドロップが良いと聞きますね。」
俺の脇から中を覗き込むノーネットが言った。ほうほう、そんなのもあるのね。
……む! よく見ると、トビアスが抱きかかえている少年は両脚が切断されている。他のパーティメンバーは2人をかばうように立ち回っており、攻め手に欠けていた。
「シンク、どうする?」
フィーが俺に問いかける。こういう時の対応はもう決めている。今更迷う必要もない。
「この間決めた通りさ。」
そう答え、ボスの間へ入る。
「トビアス! 助けはいるか?」
大声で問いかけると、トビアスは俺の姿を認めるなり「頼む!」と叫んだ。
「皆、済まないがボスを頼めるか。俺は負傷者を治してくるよ。」
「えぇ、任せて。」
フィー達はボスに、俺はトビアスに向けて走りだす。フィーは走りながら相手パーティに「そのまま防衛! こちらで攻めるから!」と指示を出していた。相手パーティは「そいつは魔術を食べるぞ! 魔術は使うな!」と返している。……食べる? まぁそれは後でいいか。
トビアスが抱えている少年を覗き込む。……よし、気を失っているようだが生きている。
「シンク! 確か神聖術を使えたよな!? こいつにヒールしてやってくれ!」
「任せておけ!」
とりあえず、ヒールを使い止血する。
「うぅ……トビアス? ……はっ! 脚が!! 俺の脚が!!」
「オリバー! 落ち着け!」
「畜生! 夢じゃなかったのか、何だ、あのモンスターは――」
「ちょっといいか? その脚、治してもいいか?」
2人の会話に割って入る。2人はポカンとした顔をしたあと、怒りを顕わにして言いつのった。
「治せるものなら治している! 手持ちの上級ポーションでは部位欠損は治療できない!」
「お前、何を言っているんだ? こんな大怪我、アムリタ以外で治療できるわけないだろう! ヒールなんかじゃ治せない。知らないのか!」
おっと、世間知らずと思われてしまったようだ。
「分かった分かった。治していいんだな?」
俺はそのまま詠唱に入る。2人は訝しげにしていたが、俺の詠唱が明らかにヒールと違うことに気が付いたようで、困惑を浮かべている。詠唱が進み、光の環がオリバーを囲むと何事かと身構え、次にオリバー自身が宙に浮いて光り出すと、狼狽し始めた
「”再生”」
魔術を解き放つ。欠損部分に光が集まり、補っていく……鐘の音のような音が響いて光が収まると、膝辺りで切れたズボンの下に、オリバーの素足が指の先まで現れていた。
「どうだ? 違和感はあるか?」
俺は神聖術Lv9 ”再生”の被験者1号くんに問いかけた。いや、ネズミにしか使ったことがなかったからね。感覚とか、運動機能までちゃんと元通りになったのか、情報が欲しいのだ。頭でそんな下種なことを考えつつ、心配した風を装い、オリバーに話しかけたのであった。
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【あとがき】
前書きは作者がやったゲームの紹介で、作中に出てきた緑色のオオトカゲとは一切関係がありません。
お読みくださりありがとうございます。
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