第91話
オリバーは何が起きたのか分からないようで、ポカンと口を開けて自分の膝下を見つめている。
「あれ? 脚が……脚が、ある?」
「シンク、これは!? どういうことなんだ?」
トビアスは驚きと疑問が合わさった表情を浮かべている。
「神聖術Lv9の”再生”という魔術だ。効果はだいたいアムリタと一緒、だな。」
「「アムリタと一緒!?」」
驚きをあらわにする2人。衝撃が大き過ぎて、今が戦闘の最中であることを忘れているようだ。俺は戦闘の行方も確認しているが、今のところは大丈夫そうだな。
「神聖術Lv9って、お前、一体……!?」
そこに驚くよねぇ。
「まぁ、これについては、なるべく内密に頼む。一応、命の恩人ってやつだろう?」
今、そっち方面で忙しくなってしまうと、ラキ達の今後をどうにかするほうに支障が出るからな。いずれオープンにするにせよ、タイミングがある。今は黙っていてくれると助かる。
「あ、あぁ……、そうだな……。」
オリバーは俺の言葉で納得してくれたようだ。トビアスは黙って俺をじっと見つめている。お? どうした、惚れたか? 俺はノーマルだよ?
「シンク、終わったわよ。」
フィーが剣を鞘にしまわず、あちらこちらの角度から眺めながら歩いてきた。歪みを確認しているようだ。
「バカみたいに脚が硬かったわ。ジャンプ力を生かしたストンピングも凄い威力だったし。剣で受け流したけど、姿勢を崩されちゃった……うん、刃の状態は大丈夫そうね。」
フィーが苦戦する程か。あの緑色のオオトカゲ、技がかなり多彩だったようだな。
「さすが変異種、といったところでしょうかね。噂通り、ドロップは良いものでしたよ。」
ノーネットが手にしたネックレスを掲げて見せてくれた。どんな効果があるアイテムなのか、確認するのが楽しみだな。
ボスを倒したことで場の空気が弛緩し始めたところで、トビアスは突然、俺に土下座をしてきた。
「シンク、頼みがあるんだ! 実は――」
トビアスが語ったところによると、妹さんの怪我を俺に治して欲しいらしい。怪我の原因はトビアスにあるようで、それでアムリタを求めていたとのこと。魔術の練習を然るべき場所でやらなかったために、物陰から出てきた妹さんに当たってしまったのだそうな。……それは何というか、妹さんが気の毒の一点に尽きるな。
「俺からも、どうか頼む! ナタリーちゃんを助けてやってくれ!」
オリバーもトビアスに並び、土下座しながら訴えてきた。
「……分かった。とりあえず、その子に会わせてくれ。」
俺達はトビアス達を連れて、ダンジョンから出た。
出るにあたって、40層で1泊、途中で1泊したので、地上へ出るのは約3日振りとなる。
「済まないが、先に冒険者ギルドへ行かせてくれ。」
ドロップ品の売却と、ラキとリズを拾うためであることを軽く説明し、冒険者ギルドへ向かう。
「道案内か? それなら家の者を手配するが?」
トビアスが提案してくれたが、それではラキとリズにお金を渡す口実がなくなってしまう。
「そちらの面子もあるだろうけど、ここは譲ってほしい。」
ドロップ品の売却を終え、ギルドの前で客寄せをしていたラキを捕まえ、一緒に来てもらうようお願いする。行きはともかく、帰りの道は分からなくなるだろうからな。
トビアスはラキが隻腕だと気づくなり、小声で俺に尋ねてきた。
「なぁ、シンクはこの子を治してやらないのか?」
「治す……か。費用は誰が払うんだ? 見て分かると思うが、この子達じゃ払えないぞ?」
「費用? 魔術を使うだけじゃないのか?」
まったく……こいつ、妹もタダで診てもらうつもりじゃないだろうな?
「魔術使うだけって、お前な……それを言ったら、全ての技術による対価は発生しないだろう?」
ダンジョンから戻る道中、トビアスが商業ギルドのお偉いさんの息子だという話は聞いている。なのに、何故そんなことも理解していないのだ。
日本でもたまにネットで見かけたが「友達なんだからタダでやってくれ」と言われた、という話。友達なら、その技術を習得するために費やした時間と労力とその技術力に敬意を払って、寧ろ多めにお金を払うべきだと思う。
断った相手にケチ呼ばわりされたという話も聞くが、依頼者のほうが『正当な対価』を出し渋ったケチのくせに、とんでもないブーメラン発言である。
「技術そのものや、習得するために費やした労力に対して対価が払われないなら、誰もその技術を修得しようとしなくなるだろう? そうしたら、困らないか?」
「確かに……。」
「高い技術には高い費用が発生すべきだよ。例えば、だ……俺が無償でほいほいと病人や怪我人を治療して回ったら、この街でお金を取って治療している医師や神聖術師はどうやって生計立てるんだよ。」
「うーん……皆、食うに困るだろうな。」
「それに、しばらく治療を続けたとして、俺がこの街を離れた後はどうなると思う? その頃にはもう、もともといた医師や神聖術師は仕事を求めて別の街へ移住しているかもしれない。そうなると、この街では誰も治療を受けられなくなるんだぞ?」
「そうか、そうならないためには……」
「そうだ。お前の立場なら、無償での治療行為はむしろ規制すべきだな。これが災害時や、緊急時の一時的な協力なら問題ないだろうけど。……因みにだが、トビアス。オリバーの治療費についてはどう考えている?」
「……俺にできるだけの事は、させてもらう。」
「そうしておけ。トビアスのミスを取り戻すために協力してくれたんだろう? そのために発生した損失ならば、補填分はトビアスが払うのが道理だと俺も思うよ。……まあ、話は振ったけど、こちらから請求する気はないんだ。しかしな、命を助けてもらって礼をしない奴は、信用を失うぞ。次に同じ状況になった時、誰も助けてくれなくなるだろう。どれだけ楽勝に見えたとしても、モンスターと戦うのはいつだって命掛けなんだからな。」
請求する気はないけど、後半は完全に請求しているように聞こえるな。……でも実際そうじゃん? 見返りは求めてないけど、助けた後にそれが当たり前だと振る舞うような奴を助けたいと思うか? って話なのだ。
こういうことは社会人になると誰も表立って指摘してくれない。しかし、影で噂話として挙げられ、見えないところでだんだん信用を失っていくのである。
「……ラキとリズについては世話になっているし、別にこっそり無償で治しても構わないんだ。だが、おそらく本人が望まないだろうからな。」
「望まない? そんな筈ないだろう。何故だ?」
「……本人に聞いてみるといいかもな。」
トビアスはあれだな。いい奴だが、ちょっと世間を知らないな。そして何で貧民のラキをここまで気に掛けるんだ? この街に住んでいるなら、そこら中にいるだろうに。
トビアスはラキに近づいていくと、こそこそと話し始めた。内容が気になったので鋭敏聴覚を使い、聞き耳を立てる。
「ラキ。仮の話だが、その腕を治せるとしたら治したいか?」
「……何だい? 兄ちゃん、アムリタ詐欺師の人?」
「いや、違う。どうしてそうなるんだ?」
「だってそれ、アムリタ詐欺師の常套句だよ?」
「そうだったのか……いや、済まん。あくまで仮の話だ。治った方が、妹……リズのためにも、良い仕事に就けるだろうと思ったんだが。」
ああ……トビアスがラキに感情移入している理由は、『妹のために頑張っている』という、自身との共通点にありそうだな。
「……無いよ、仕事なんて。」
「無い?」
「あぁ、そうだよ。五体満足な大人だって、まともな仕事が無いんだ。力が弱くてみすぼらしい子供を雇ってくれる場所なんて無いよ。」
「それは……。」
「五体満足なスラム仲間に、たまに言われるよ。『お前は腕が無くてよかったな』って。『それで憐れんでもらえる』って。実際、こういう腕の方が案内の仕事がいっぱい貰えるんだ。」
「……そうか。つまらないことを聞いて悪かったな。これは情報量だ。」
そう言って、トビアスはラキに小銭を渡した。
「俺はリズのために、憐れみでも何でも金にするって決めたんだ。それしか無いからさ……俺にはもう、リズしかいないから。」
小銭を受け取りながら、苦虫を噛み潰したような顔でラキはそう呟いていた。
そういえば出会った当初、隻腕を憐れんだ俺の顔を見て積極的に売り込みに来ていたっけな。憐れみをかけてきた者を突き放すこともできるだろうけど、生きるためにそれを使うしかない。……ひょっとしたら、ラキには何かやりたいことがあるのかもな。ラキの表情を見る限りだが、今の自分を心の底から受け容れられてはいないんじゃないかと思えた。
(何とかしてやりたいな……。)
俺達のスラム救済のアイデアは、ここ数日でまとめた。実現するためには、権力者の存在が重要である。どう繋がりを作るか頭を悩ませていたのだが、まさかトビアスがチャンスを運んでくれるとは思わなかった。トビアスの父親の存在が鍵となるだろう。気合入れて交渉しないとな。
俺達はトビアスの家に着いた。この街の中ではとりわけ大きな建物だ。応接室でしばし待たされた後、トビアスの父親と対面した。一応、この場にはパーティメンバー全員が揃っているが、皆は俺から2歩分くらい後ろに下がり、俺が中心となって話を進める態勢を作っている。
「その方が、アムリタと同じ効果の神聖術を使えるという人物か。」
「はい。確かに、アムリタと同じ効果の術を俺は使えます。」
嘘看破で調べる前提の会話だと察し、明確に答える。
「ふむ、トビアスより報告を聞いた。オリバーの脚も治療してくれたそうだな。まずはその礼を言わせて欲しい。友人の息子を失わずに済んだ。ありがとう。」
トビアスの父親は深々と頭を下げた。
「いえ、それについては冒険者同士の助け会いのうちですので。」
「そう言ってもらえると助かる。そしてトビアスから依頼を受け、ナタリーの治療のためにここへ訪れてくれた……ということで、間違いないだろうか?」
「間違いありません。」
「分かった。では先に、報酬について話をさせてもらいたい。オリバーの件についてはこちらで支払おう。また、ナタリーについては成功報酬でも構わないかね?」
「問題ないですよ。俺もこの術でどこまでできるのか、まだ正確に把握できていませんので。」
「ふむ。では2人分の報酬についてだが、如何ほどをお望みか?」
「……その事なんですが、お願い事がありまして。」
「願い事? ……それは、商業ギルド理事としての私に対して、かね?」
トビアスの父親はギロリと探るような視線を送ってきた。
「そうなります。」
「商業ギルドの理事としての立場は、決して私事に使って良いものではない。個人の蓄えである金銭を支払うのと違い、内容によっては一切聞き入れることはできないが、構わないかね?」
「構いません。とりあえず、内容を聞いて頂きたいのです。そこにはこの街のメリットとなるものがある筈です。」
「ほぅ……この街のメリットか。分かった、まずは聞かせてもらおう。」
俺はまず、この街のスラムの状況について話し始めた。スラムの中には憐れみを買うため、親に腕や、脚を切り落とされた者達がいること。貧富の差が激しく、貧民向けの労働が少ないこと。合わせて、食べることにも困窮し、それが引き金となり、治安が悪化していることなどを話した。
トビアスの父親は、表情を変えることなく頷く。
「ふむ、それで?」
まぁ、ここまでは俺に言われるまでもなく知っていることだろう。
「そこで改善案ですが、まずは工場を作ります。次に働き手として、部位欠損が見られるスラムの者達を集めます。彼らから希望者を募り、治療を希望する者には治療費分の借用書を書かせ、治療を行います。借用させた治療費は、工場で働いた工賃から差し引いて回収すればいいでしょう。また、工場で働いている間は衣食住の最低限の保証を行い、それによって治安の安定を狙います。そして工賃を渡すことで、新たな納税者と消費者を作ります。」
「……新たな納税者と、消費者?」
「今のスラムの人間は税を納めていません。とても納められる状況にないからです。そこでキチンと仕事を与え、工賃からそもそも税を天引きしてしまうのです。また、僅かばかりでも工賃を受け取れるので、消費者にもなります。」
「ふむ。」
「その消費を当て込み、低所得向けの産業を支援することで、また新たな雇用を期待できます。案としては、飲食関係、屋台が良いと思います。低所得者向けとなるので、全体としての質は低いものになるでしょう。必然的に、そこで提供されるものは栄養を補える最低限のものになります。上流や中流層向けの飲食店では使えない、質の劣る食材をそこへ流してもらえれば、僅かですが仲買としても新たな利益が見込めるでしょう。」
トビアスの父親は少し考え込むように眉根を寄せ、ゆっくりと口を開いた。
「理論は把握したが、肝心の工場で利益が出ねば成り立たない構想だな。何を作らせるつもりかね?」
「今考えているのは、『足袋』です。」
「……タビ? タビとは、何かな?」
足袋……簡単に言うと、親指と他の指が分かれた靴下だな。親指が分かれているだけで非常に動きやすい。長距離歩くことの多いこの世界では、重宝されることだろう。また、踏み込みやすいというのは戦闘でも役立つ。日本でも戦国時代に武士が使っていたくらいだからな。
消耗品であるということも重要だ。行きわたった後も需要があり続ける。
何より重要なのが、既得権益を阻害しないということだ。靴下より少し高めの価格設定にすることで、戦闘や長距離移動を生業としている者たち向けに売り出す。
「成る程、需要はありそうな商品だ。しかし、構造が簡単だ。それはすぐ真似されてしまうのではないか?」
「工場では品質を追求するつもりです。戦闘に使う道具の一部なので妥協は許さず、研究し改良しながらしっかりとしたものを作り続ける。そうすれば、多少真似されても需要はあるでしょう。」
「確かにな。」
「……そこで最初のお願いに戻るのですが、工場建設などの初期費用と、それらの事業に対する後ろ盾となって頂きたいのです。」
「ふむ……それだけなら、2人分の治療費としてはだいぶ安いんじゃないかね。」
「一般への治療費はだいぶ抑え、工場で10年、真面目に働けば返せる額にする予定です。そちらからだけ多めに貰う訳にもいきません。」
普通の治療費としては安過ぎず、かと言って安易には依頼できない額にするのが重要だ。安過ぎては現在の医師や、神聖術師の経営を圧迫してしまうからな。
「もし失敗しても損をするのは、借用書が効力を失い治療費を回収できなくなる俺だけ、です。」
「成る程な。話は理解した。しかし、ひとつ疑問が残る。君は何故そこまで、この街のスラムのために尽くすのかね?」
もっともな疑問だな。
「……この街で、ラキという隻腕の少年と出会って、俺には治せる力があるのにすぐ治すわけにはいかなかったのが歯痒かったから、ですかね。理由としては、そんなもんです。」
本当に、理由としてはそれだけだ。
「彼を治そうと考えた時に障害となったのが、労働なのです。隻腕であるからこそ、街の案内という仕事で食べることができている。腕を治しても、真っ当な職へ就くことは難しい状況でした。」
一拍置いて、俺はトビアスの親父さんの目をしっかりと見据えて話す。
「この街は、貧民に落ちるとそこから浮上する手段が無さすぎます。貧民に生まれた子供は、将来に希望を持つことすらできない。」
正直、日本を思い出して辛いのですよ……せっかく異世界にいるのにさ。日本はいつまで経っても不景気で、ニュースを見れば暗い話ばかり。これで子供に夢を描けというのは無理な話だ、と思っていた。
「俺の個人的な意見ですが、子供が夢を描ける社会にする必要があると思っています。将来に希望を持てる社会にすべきだと。それは、現在の社会を形成している大人の責任ではないでしょうか? 今より良くなる未来を描けるから、今が辛くても頑張れると俺は思うのです。」
どんなに頑張っても報われない社会というのは辛い。今辛いだけで、この先良くなる。そうであれば、犯罪に手を染める前にブレーキがかかると思うのだ。
今辛くて、この先はもっと辛いだったら、頑張れないよ。心折れちゃうよ。
「……君はトビアスと同じ15歳と聞いたが、そうは思えないな。まるで同年代の者と話しているようだ。分かった……協力させてもらおう。」
どうやら俺の言葉でトビアスの親父さんを動かすことに成功したようだ。いやー、良かった良かった。こっそり”誘導”スキルを使ったのは、ここだけのヒミツヒミツ。
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