第101話

 ポチ、ポチ、ポチ……


 俺は無心になって携帯の画面をタップし続けている。


「ねぇラグさん。これ、いつまでやるの?」


「出るまでに決まってるでしょ? ほら、さっさと手を動かす。」


 ラグさんに促され、-12,000と書かれたカルマ値を横目に見ながら、ガチャを引く作業を再開した。




 ――話は少しだけ遡る。


「成長速度1,000倍のスキルを得るためにガチャを引け」とラグさんに命じられた俺は携帯を取り出し、表示を見るなり手が止まった。


 カルマ値がゼロなのだ。


 目を疑った。カルマ値は何かあった時のため、必ず1,000は残すようにしていた。それに、命を懸けて仲間を助けたばかりだというのに、その分が加算されていないのもおかしい。

 とにかく、ゼロはない筈だ。ゼロは。


「どうしたの? さっさとガチャを引きなさい。」


「いや、引きたいんだけど、何故かカルマ値がゼロになっててさ……。」


「そりゃ、そうでしょうね。あんたを生き返らせるのに全部使ってしまったもの。」


「え? あれって、これまでに捧げたカルマ値を使う、って話じゃなかったっけ?」


「それだけじゃ足りなかったから、携帯に残っていた分も使ったのよ。それでもまだ少し足りなかった分に関しては、サービスしたのよ?」


「あれ? そーすると、俺ってもう生き返っているの?」


「当たり前でしょ? 魂だけの状態で訓練してどうするのよ?」


「え!? いつの間に!?」


 これといって思い当たる節がない。神聖術Lv9の”再生”があれだけ派手だったのだ。死んだ状態から生き返るのだから、それ相応のエフェクトがあるものだと思っていた。


「いつって……、神域で女神さまが『話は決まった』っておっしゃった時があったでしょ? その瞬間よ。」


 いや、あの時、誰も何も言ってくれなかったし、それっぽい効果も何も起こらなかったよね? ……そんなの分かるわけないじゃん。


「でもさ、それだとガチャ引けないよね?」


「そうね。だから今回は特別に、カルマ値を貸してあげるわ。」


「それって、借金ってこと? ……借金って凄く苦手なんだけど。いや、金じゃないから借カルマか?」


 個人的にすごくモヤモヤするんだよな。ローン組んで買ったとしても、借りているって感覚が全額払い終わるまでずっと居座っていて、スッキリしない。所有している喜びを感じることができないんだよね。


「そんなの、グスタフを倒せばすぐ返済できるわよ。」


 グスタフを倒せば返せます、って……それ、返せないと同意じゃないの? 返せるアテがあるならともかく、返すアテのない借金は窃盗と同じだ。

 それに、カルマ値がマイナスのまま人生が終わったらどうなるんだろう? 何だかものすごく……ろくな事にならない気がする!


「う~ん……借金はちょっと……。」


「じゃぁどうするの? 頑張って地道に修行して倒す?」


 ……それは無理だ、と結論は出てるしな。

 やるっきゃないか~。



 こうして、俺は非常に後ろ向きな気持ちでポチポチしている。

 ガンガンスキルが手に入っているが、目的のものは一向に出ない。

 ガチャで欲しいものが出なくて苦労する、なんて初めての経験だよ……。そういえば前世で、俺は限定キャラをログインボーナスだけでさくっとゲットできていたのだが、同じゲームをやっていた会社の同僚は6万円課金してようやく手に入れていたっけな。

 ……カルマ値-60,000、とかシャレにならないぞ。いつになったら返済できるんだよ……。


 ■フィーリア視点


 ラグさんとシンクが消えた後、とりあえず、残された全員でダンジョンを脱出することにした。とはいえ、皆それぞれ疲労していて、すぐに移動できる状態ではない。なので、35層でそのままキャンプをすることになった。


「皆に、聞いてほしいことがある。」


 キャンプの準備がひと段落したところで、マリユスが皆を集めて話し始めた。


「いろいろ疑問に思うことがあるだろうが、まずは最後まで聞いてほしい。質問に関しては、後でまとめて受け付ける。」


 マリユスが話してくれた内容は、以下の通りだった。

 マリユスはエルフの生き残りであること。

 ラグさんの言っていた『修練場』とは、エルフの施設のひとつであるということ。

『修練場』は管理者の死亡によって、本来は使用できなくなっている設備であること。

 しかし、ラグさんは「私の権限で許可を出す」と言っていたので、使える可能性が高いということ。

 そして一番大事なのは……『修練場』で修行すれば、グスタフに勝てるかもしれないということ。


 マリユスに皆、色々と質問をしている。「どうしてエルフは姿を消したのか?」「そもそもエルフとは何なのか?」「修練場とはどこにあるのか?」などなど。

 特にノーネットの質問は尽きない。

 そのおかげで、私もエルフの現状をだいぶ理解できた。マリユスが食べ続けている理由に、そんな事情が隠されていたなんて……。

 エルフは人間を導くため、女神様によって作られた種族だという。

 人間は容易に道を踏み外すため、導く者が必要だとお考えになったそうだ。


「邪神が魔素とモンスターを作り、善神がスキルを人間に与えたとありますが、それは本当なのでしょうか?」


「……。」


 どの質問にも歯切れよく答えていたマリユスが、その問いにだけ間を置いた。


「……その質問には、我々エルフは答えることを許されていない。済まない。」


「い、いえ! マリユスが悪いわけじゃないので! 変なことを聞いてすいませんでした!」


 その答えに、質問したノーネットも気まずい顔をし、慌てて言い繕っている。


「いや、ノーネットの質問は尤もだと思う。自分達が使っている力――スキルは一体何なのか、と疑問に思うのは当然だ。私が言えることは……スキルとは、厳しい世界で生きるために人間に与えらえた、神の祝福なのだ。」


 夕食を作る段になって、うちのパーティは誰も料理ができないことが発覚する。

 ルイス君のお母さん、カレンさんが見かねて私達の分も作ってくれた。何だか恥ずかしい……とりわけ、カッツェは『穴があったら入りたい』といった体だった。

 カッツェはやはり、ルイス君のことが好きなんだろう。本人は隠しているつもりのようだがバレバレだ。……恥ずかしがる気持ちは分かる。好きな人のお母さんには、やはり良い印象を持ってもらいたい。

 私の場合だと、セリアさんか……子供の頃からの付き合いなので、色々と胡麻化しようがない。あの人は誰にも分け隔てなく接する。それだけに、そこから頭一つ抜き出た付き合いをするというのは難しい。

 一夜明け、カレンさんに朝食を作ってもらい、出発する。ルイス君は時折、カレンさんと手を繋いで歩いている。顔も雰囲気もそっくりだから、親子っていうよりも仲の良い姉弟に見える。暇ができたら是非、若さの秘訣を伝授してもらいたい。

 戦力は揃っているので、行きと同じように1日で駆け抜けられた。ベンノさんが索敵をしてくれたけど、シンク以外の人がそのポジションにいる事実に、どうしようもない違和感を覚える。

 ダンジョンから出た後、そのまま宿で一泊した。

 翌朝、マリユスの指示に従い、ギョンダーを出てしばらく歩いた。


「周囲に人はいないな……。」


 シンクがいないので、マリユスは手話をしていない。

 ……ほんの些細なことなのに、何かにつけてシンクの不在を思い知らされてしまう。そのたびに心がシクシクと痛む。本当に、シンクを生き返らせることはできるのだろうか? ……今は、ラグさんを信じて待つしかない。


「全員、私の近くに集まってくれ。」


 皆が囲むように集まるのを確認したマリユスは、おもむろにクリスタルのような石を取り出した。


「行くぞ。」


 マリユスがそのクリスタルを握り潰す。同時に足元に、マリユスを中心とした輝く円状の文様が浮かびあがった。

 魔法陣だ――と意識した時には、既に周囲の景色が変わっていた。

 草原にいた筈なのに、今、私達がいるのは小部屋だ。足元に魔法陣が彫られている以外は、何もない。


「ここは『研究所』と呼ばれる施設だ。移動するための中継点として、一度ここへ移動した。……本来なら皆にここも案内したいところなのだが、時間がない。すぐに『修練場』へ移動しよう。」


 ノーネットの眼が『研究所』という音の響きにらんらんと輝いたと思ったら、『すぐ修練場へ移動する』と聞くなり、この世の終わりのような表情になった。


「ノーネット。グスタフを倒したら、またここへ案内しよう。」


 マリユスが諭すように提案する。


「……そうでしたね。シンクが作ってくれた時間を、一秒たりとも無駄にはできません。」


 ノーネットは浮ついた心を戒めるかのように、両手で頬を叩いた。……加減を間違えたのか結構いい音がして、痛そうに目を細めていた。


 小部屋を出て、隣の小部屋へ移動した。やはり床には魔法陣が彫られているが、さっきの部屋のそれとは形や文様がかなり異なっている。


「ここが『修練場』へと繋がる部屋なのだが……本来ならば、私の権限では『修練場』への転移はできない。だが、ラグ殿の言葉を信じて、一度試してみようと思う。」


 全員が部屋の魔法陣の中に入ったことを確認し、マリユスは言葉を発した。


「我は全権管理者代行マリユス・アロイジウス・フェッセル。認証コード「S27194」、『修練場』への転移を要請する。」


「要請受諾シマシタ。ナオ、『修練場』二関スル権限ハ、全テ、マリユス・アロイジウス・フェッセル、へ移譲シマス。転移開始5秒前、4、3、2、1、――転移。」


 マリユスの言葉に答えるようにどこかから無機質な声が響いた。そして一瞬、景色が揺らいだような感じがした。


「……どうやら、無事に転移できたようだ。」


 私には、先ほどまでいた部屋と今いる場所の違いが全く分からない。でも、マリユスが言うならきっとそうなのだろう。


「『修練場』は非常に効率よくスキルのレベルを上げることができる施設だ。対象者のステータスや身体の状態を正しく把握し、足りない部分を補うよう試練を課していく。課せられた試練をこなすことで、スキルのレベルが上がっていく。施設内では生命の安全は保障されているから、難易度を最大に設定すれば、死ぬギリギリの非常に困難な試練を体験することも可能だ。上手く活用すれば、短時間でも劇的に成長できるだろう。」


「ハイ! そのような設備があるのでしたら、エルフは魔人との闘いで非常に有利に戦えたのではないですか?」


 ノーネットが元気よく手を挙げて質問をした。

 エルフの施設ということと、好きなマリユスについて知ることができるというダブルだもんね。シンクのことが無かったら、きっとはしゃぎまわっていることだろう。


「その質問は尤もだ。それに関しては、2つの理由が存在する。」


 そう言って、マリユスは指で1を表し、続けた。


「1つ目が、心情的な理由だ。この設備は対象者のスキルレベルを効率良く上げることができる……しかし、効率が良すぎるのだ。エルフの存在理由は、人々を善き方向へと導くことにある。人間が苦労し、試行錯誤しながらスキルのレベル上げを行っている中、我々だけが近道を通るようにスキルレベルを上げていては、人間とエルフの考え方に相違が生まれ、溝になりかねない。そうなれば、導き手として失格になってしまうのではないか、という懸念があったのだ。それゆえ、この設備の利用は最低限に留められていた。」


 マリユスは指で2を表した。


「2つ目の理由だが、この施設を稼働させるには膨大なエネルギーが必要なのだ。エネルギーをチャージするのに時間がかかり、そう頻繁に使用することはできない。というのも、この施設では対象者の修練の効率を更に上げるため、体感時間を遅らせることができるのだ。対象者の知覚をそのままに保ちながら時間を遅らせることによって、施設内での時間は最大で数十倍まで間延びする。知覚的には、外での1日が中での数十日に相当する、というわけだ。……それだけの天術を行使し続けるため、非常にエネルギー効率が悪い。」


「「「成る程~!」」」


 今の説明だけでも、エルフという種族がいかに人間に寄り添い、導こうとしてくれていたのが分かる。エルフにより統治されていた時代は、平穏で穏やかな暮らしができていたのだろう、と想像に難くない。


「さて、訓練を始める前に、皆に武器を見てもらいたい。特に、フィーとカッツェは自分の武器を失っているので、代えが必要だろう。」


「エルフの武器!?」「是非! 是非! 見せてほしいのです!!」


 マリユスの言葉に、皆が大興奮だ。

 だけど、私は――


「……私にはこの剣があるから、要らないわ。」


 シンクが残したこの剣を使いたい。シンクの剣を使うことで、シンクが一緒に戦ってくれている――そんな気持ちになれるのだ。


「フィー、それはシンクの剣だ。シンクが戻ってくれば、手になじんでいるそれを当然使いたいと思うだろう。君の武器は、別に用意する必要がある……そうじゃないか?」


 マリユスは前半は真面目な声音で、最後は少しおどけた様に言った。

 あぁ……、確かにそうだ。ラグさんを信じると言っておきながら、気持ちが後ろ向きになっていた。


「そうだよ、フィーさん。シンクが戻ってきたときに剣がないと、きっと困っちゃうよ。」


「そうだぞ、フィー様。絶対シンクは戻ってくる。絶対に……!」


「フィーリア、信じましょう。それに、まだメテオスウォーム見せてもらってないのです。必ず戻ってきてもらわないと、私が困ります。というか、戻ってこないなんて許さないのです。」


 皆シンクが戻ってくると信じている。……信じようとしている。

 そうだ。後ろ向きに考えても結果が変わるわけじゃない。私も信じよう。ラグさんとシンクをこの世界に呼んだ神様を。


「……そうね。そうよね! せっかくだから、シンクの分も私が勝手に選んじゃうわ。この剣だけじゃ、グスタフと戦うのに心もとないかもしれないし。」


 私達はマリユスの案内で、武器庫へと向かった。

 ……ええっと、ルイス君? ”精霊の恩寵”と金属武器は相性悪いって言われたのに、まだ自分用の剣探すの?


 ■シンク視点


「ああ……。」


「どうしたんじゃ? 引けたか?」


 俺が思わず漏らした呟きに反応し、輝虎師匠が聞いてくる。


「いえ……ついにカルマ値が-60,000になってしまったな、って。」


 日本で企業などが自主的に取り組んだガチャの規制がある。それによると、大体6万円課金すると、どんなに引きが悪くても目当ての物が出るように調整されているらしい。

 ちなみに、俺はこれを全く信用していない。

 長いこと続いているゲームではそれだけ分母が増え続けているのだから、6万円で全てが排出されるわけでもない。となれば、何を狙っているかにもよるが、目当ての物が手に入らないのは当たり前なのだ。

 新キャラなど、ピックアップされていて出やすくなっていることも多いが、表向きに表示されている比率なんて、普通に遊んでいるユーザーには検証しようがないからな……。

 前世では勿論こんな課金をしたことがない。そして、業界での線引きである6万円を超えることに、非常に抵抗を感じる。


(前世で、ピックアップキャラがどうしても出なくて泣く泣く課金し続けていた同僚よ。あの時、軽い気持ちで『出るまでやっちゃえ』とか言って済まなかった。こんなに抵抗感を覚えるものだったとは……。)


 だが、今の俺は命がかかっているので止める訳にはいかない。何か1人でチキンレースしているみたいな気分になってきた。もしくは1人ロシアンルーレット……いや、1人でロシアンルーレットやったら確実に死んじゃうね。まぁそんな気持ちってことで……。


 心理的抵抗を強引に捻じ伏せ、携帯をタップする。


(これで出てくれ!!)


 ある一定まで課金してしまうと、止めるに止められなくなる。何せ出なければ、それまでの課金が丸々無駄になってしまうからだ。私見だが、だいたい2万円課金すると後に引けなくなる。

 こんなに悲壮感を背負いながらガチャを引くのは初めてだ。


 ラグさん曰く、狙っているスキルはURらしい。というわけで、最上位演出の赤い宝石が出てくるの以外、結果はろくに見ていない。

 案の定というか、URどころかSR+の演出も発生することなく、61回目の11連は終了した。


「だと思ったよ~! だよね~、出ないよね~。」


 思わず、そんな愚痴が口から出てしまった。


「あんたにはもう、ポチる以外の選択肢はないのよ。諦めて次、さっさとポチりなさい。」


 ラグさんから専門用語っぱい単語混じりの発破がかかり、俺はポチポチを再開させた。


 ……結局、目的のスキル”一粒万倍いちりゅうまんばい”を手に入れた時、カルマ値は -116,000となっていた。

 116回目の11連でようやく手に入った、ってわけだ。

 それにしても、成長速度1,000倍というスキルの筈なのに『万倍』とはこれ如何に?


「そのスキルはね、成長速度を1,000倍にしてくれる代わりに、寿命が10分の1になるのよ。」


「へ?」


「あんたは”老化遅延”のスキルがあるから、合わせてトントンよ。」


 1,000倍の経験値が手に入って、寿命が10倍の速度で流れていくわけか。

 合わせて万倍? 笑えん!! 何て生き急いだスキルなんだ!


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