第44話

 翌日も続けて訓練だ。今日はポーションの作成を教える。1人、”調合”の適性があったのでそれを有効活用しようと思う。回復ポーションを自前で作れると常備しやすくなるので、安全性がかなり増すのだ。

 作り方は全員に教える。何をどのようにして作るものなのかを理解できていれば、採取や運搬時にどうすればいいか分かるからだ。”調合”は有用な技術であるので、そのうち全員にできるようになってもらいたい。1人しかできないと、万一そいつが大怪我して離脱でもしたら、まずいことになるからな。分散できそうなリスクはさっさと分散しておくに限る。

 素材の生育している場所の特徴や、具体的な採取のやり方を先に説明し、あとは森の中に入ってモンスターを討伐しながら、実地で採取を行う。採取後は、全員でポーション作りだ。作成にはいくつか必要な器具があるため、場合によっては採取後に一旦村に戻ることも考えていたのだが、調合の適正があった者がひと揃い持っていた。聞いてみると、両親の遺品らしい。多少の傷みはあったが、俺が修繕できる範囲だったので問題はない。

 幾度かの失敗を経ながらも、ある程度の効用があるポーションを、各自作成できた。ポーションができたら、次はそれを使う訓練だ。使い慣れていなくていざという時に手間取ると、間に合わなかったり、十分な効果を得られない可能性がある。とりあえず、怪我人が出たら躊躇わず使うように指導する。怪我の度合いによって使用するしないを決めると、只でさえ不測の事態に備えねばならない戦闘中に、いちいち思考しなくてはいけなくなる。『怪我=ポーション』で覚えておけば、迷わない。

 採取、ポーション作成、モンスター討伐、ポーション使用、と繰り返す。全員が卒なくこなせるようになったところで、本日の訓練は終了となった。


「なぁ、えっと、シンク……さん。」


 バンが俺に話しかけてきた。訓練するようになってからというもの、自警団の連中からは『さん』付けで呼ばれることが多い。呼び捨てでも一向に構わないのだが、教わる側の姿勢として自発的にやっているようだから、敢えて否定しないようにしている。


「どうしたんだ? バン」


「ルイスの奴なんだが……、昨日、何かあったのか?」


 声をひそめて、少し離れたところに佇むルイスをちらりと見る。ルイスは今日の訓練中、ずっとぼんやりしていた。そのせいでミスも目立っていた。

 俺は頷き、バンに合わせて声をやや落としながら答えた。


「マンティコアの件が片付いたら、一緒に冒険者をやらないか、って誘ったのさ。それからずーっと、あんな調子なんだ。」


「あぁ、成る程……。」


 それだけ呟いて、バンは離れていった。この村の最大戦力を俺が連れて行こうとしたことについて、何か言われるのかと思ったが、『成る程』……か。バンにはルイスが何故ぼーっとしているか、理由が分かるようだな。


 どうやらルイスは悩みを先送りにしたようだ。昨夜寝る前に、俯き加減で目を潤ませながら、まるで告白された女子中学生みたいな雰囲気で「返事はもう少し待って欲しい」と言われてしまった。別に急いでもいない。一応、命懸けの職業だし、何なら数ヶ月くらい迷ってもらってもいい。寧ろ、悩まないで即OKをもらえても、それはそれで怖い。『こんな筈じゃなかった』とかならないよう、今のうちにしっかり考えて、悩んで欲しい。先に俺が冒険者デビューしてモイミールで待っているから、そこに合流してもらう、ってのでも良いしね。


 訓練日程を順調に消化しながら、予定していた2週間が過ぎていった。自警団の錬度は俺が想定していた以上のものとなり、バンについては剣術を地級まで修めるに至った。約2週間、周辺のモンスターを狩り続けたおかげで、村への襲撃が予測されるルートもだいぶ範囲を狭めることができた。付近の地形を調べたところ、マンティコアのいる場所から村への経路の要所となる地点は、川や丘の位置などから最終的に2箇所まで絞られ、それらを重点的に守れば村への侵入を防げると判断できた。

 さて、その2箇所のチーム分けだ。人数を均等にすべきか迷ったが、バンからの申し出もあり、ルイスとバンの組み合わせで1箇所、他の自警団員で1箇所とした。最初はルイスが1人で1箇所を守ると主張したのだが、俺とバンが反対したのだ。……反対したということは、バンもルイスの弱点に気がついたのだろう。弱点については、まぁ、正直そこまで難しい話ではない。普通に考えれば分かる内容だ。ここ2週間での訓練をこなすうちに、バンにも客観的に戦力を判断する技術が身についたということだろう。全体を見ずに感情に任せて、ルイスだけで戦いに行けと指示していた頃とは見違えたようだ。


 いざ、マンティコア討伐。その日、出発前に、村全員で集まって出立式をやることになった。

 会場となった村の広場には、幕のかかった大きなものが運び込まれていた。自警団の連中は訓練に明け暮れていたため、それが何なのかは分かっていないようだ。

 村長が前に出てきて、声を上げる。


「皆、よく集まってくれた。本日、シンク殿がマンティコアを退治しに行かれる。シンク殿は、確実な討伐を約束してくれた。」


「あんな若い子が?」「相当強いらしいぞ。」「え!? 天級!」


 村人の中から驚きの声が聞こえる。村の主要メンバーには俺の実力は伝わっており、了承も得られているとのことだ。


「しかし、シンク殿から懸案事項を指摘されている。それはマンティコア討伐により、村にモンスターが押し寄せる可能性があるというものだ。」


 この言葉を受けて、村人はまた、ざわめき始める。9年前のこともあり、モンスターの襲撃に敏感になっているようだ。


「それについてだが、自警団が村の防衛を担ってくれることとなった。マンティコア討伐に行かれるシンク殿と、村の防衛のために戦う自警団の武運を祈り、本日、出立式を行いたいと思う。」


 村長が俺の方を向いて話しかけてきた。


「大した見送りができるわけではありませんが、どうぞご無事で。」


「必ずマンティコアを討伐してみせます。……そうですね、本日中に全て終わらせるので、夜は討伐を記念した宴会をお願いしますよ。」


 俺はちょっと冗談めかして言った。


「えぇ、是非に。」


 笑顔で村長が答えてくれた。次に村長は、自警団とルイスの方を向いて話し始めた。


「自警団の諸君。訓練の様子は、わしも何度か見せてもらった。……まず、謝らせてほしい。わしらが不甲斐ないばかりに、十分な訓練をつけてやることができなかった。シンク殿のように教えられていたら、もっと早く成長できたのにな。済まない。」


 村人の中から「頑張り、見てたぞ!」とか「強くなったよな」とか、声が掛かる。


「そして、もうひとつ。諸君らの父母がこの村を命懸けで守ってくれたにも関わらず、これまで十分に報いていなかった。わしら自身、ただ守ってもらったという負い目があったのだ。あの当時、死ぬならばこの老いぼれであったともな……。未来ある若者達を死なせてしまったのは、村長であるわしの責任だ。」


 場はシーンと静まり帰った。自警団の連中は真っ直ぐに村長を見つめている。村長は続ける。


「遅くなってしまったが、その行為に報いたいと思う。」


 そう告げて、村長は手を振った。合図を受けた村人が、幕を取り払う。

 現れたのは、黒曜石で作られた綺麗な石碑だ。石碑には、9年前のモンスターの襲来のこと、それに対し命を賭して勇敢に立ち向かった者達の名前、そして、彼らを英雄と称える言葉が深く、はっきりと刻み込まれていた。


「英雄が襲撃を退けた日は今後、慰霊祭を執り行いたいと思う。」


 その碑を見た村人達の表情には、様々な色が浮かんでいた。守ってもらった感謝の気持ち。しかし、その代償として大切な仲間を失ってしまった悲しさ、悔しさ。人命こそ多く守れたものの、村に出た被害は甚大であり、それらの復興で苦労したことを思い出しているのだろう。


「慰霊碑に向かい、皆で黙とうを捧げよう。」


 脱帽し、皆が碑に向かって黙とうをした。自警団の連中も、熱心に祈りを捧げている。


「皆、無事に帰ってきてくれ。」


「気を付けて!」「生きて帰って来いよ!」「死ぬんじゃないぞ!」


 村長も、村人達も、それぞれの心からの思いを込めて、自警団を見送った。


「全員無事で、必ず生きて帰る! 今回襲ってくるモンスターは、9年前と違って弱い! 俺達だけで十分に戦えると判断した! どうか気を楽にして、待っていてくれ!」


 力強く、拳を突き上げながら返答するバンと共に、俺たちは出発した。


 防衛地点に向かって歩きだした俺たち。その直後、ルイスが盛大にすっころんだ。

 どうやら式典で緊張していて注意力が散漫になったようだ。村人全員が注目している中、すっころんだルイスは耳まで真っ赤になって立ち上がり、そそくさと歩き出した。……なんというか持っているやつだな。こいつは。

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