第45話

 俺は道すがら、ルイスに話しかけた。


「そういえばルイス。さっきすっ転んだけど、その眼鏡って、度は合ってるのか?」


「転んだのは、ちょっと緊張しちゃって……。あんな風に送り出してもらったの、初めてなんだもの。」


 ルイスは慌ててそう言い繕って、少し笑った。


「この眼鏡はね、実は伊達なんだ。っていうか分厚過ぎて、ぼんやりとしか前は見えてないんだよね。」


「え? それじゃ、どうやって歩いているんだ?」


「うーん、目で見えてなくても、感覚で何となーく地形が分かる、というか。」


 ルイスの”空間把握”のスキルレベルが異常に高いのは鑑定紙で把握していたが、日々スキル頼みで行動していたせいだったのか……てっきり、精霊術は”空間把握”を駆使しないと使い辛い、とかそういう理由があるんだとばかり思ってたよ。


「しかし、前がろくに見えないような眼鏡をかけていたら、不便なだけじゃないか? 何か事情があるのか?」


 俺は思った疑問を口にしてみた。ルイスは、少し言い辛そうにしながらも答える。


「えっと……僕、精霊召喚している時、赤い眼になるでしょ? それが『気持ち悪い』とか、『縁起が悪い』って言われて……。」


 さっと目を伏せる自警団諸君。君らか……。


「だから、シンクに出会った時、『綺麗な眼だな』って言ってもらえたの、嬉しかったんだ。眼鏡はまぁ……不便な時もあるけど、そんなに困ってないかな? 女の子みたいな顔も隠せるし、最近は結構気に入っているんだ。」


「ふーん。しかし、『縁起が悪い』……かぁ。何か、赤い眼に纏わる不吉な話でもあるのか? 俺が知る限り、善良なる光の女神様も赤い眼なんだけどな。」


「えっと、モンスターを世界に放った邪神の眼が赤い、って話だったかな?」


 ルイスもはっきりとは知らないようだな。バンがルイスの言葉を受けて話し始めた。


「あぁ、その話か。それは俺が、死んだ親父から聞いたんだよ。俺もはっきりと覚えてないけどな。」


 バンはしばらく俯いて、意を決したようにルイスの方を向いた。


「その、不吉なんて言って、悪かったな。ルイス。」


 ルイスはポカンとし、次にびっくりした顔をして言った。


「え! いや、大丈夫だよ。この眼は自分でもちょっと気持ち悪いもの。……えっと……どうしたの、バン?」


「別にどうもしねぇよ! ……ただ、『悪いことをしたら謝るもんだ。しっかりケジメは付けねぇとな。』って、親父が言っていた言葉を思い出したんだよ。」


 照れ臭そうに言い、バンはルイスから顔を背ける。「済まなかった」「悪かった」と、他の自警団の連中も口々に謝罪する。


「……いい親父さんだな。」


 そう言って、俺はバンの肩を叩いた。


 家庭環境が荒れることで、子供の心が荒むというのは、良くあると思う。前世で小学校時代、特に理由もなく暴力を振るう奴がいて、俺は毎日のように1発殴られていた。そいつは体格も良く、力も強かった。俺は殴り返すことはできなかったが、『何で殴るんだよ』と毎回聞いていた。そいつの答は決まって『何となく、むしゃくしゃしたから』だった。時は流れ、大人になり、小学校の同窓会でそいつと再会した。俺は許すつもりなど欠片もなかったのだが、そいつは開口一番に『あの時は済まなかった!』と謝罪してきたのだ。あまりに真摯な態度に、俺は思わず『過ぎた事だ、気にしてないよ』って言ってしまった。

 その後、話を聞いたところ、そいつの家の過程環境は当時、荒れに荒れていたようだ。父親の暴力、母親の夜逃げ……幼い弟と家の中でびくびく過ごしていたらしい。うちも似たような環境だったが、俺は漫画や小説で培った妄想力で逃げていた。そいつには、そういう逃げ方ができなかったのだろう。衣食足りて礼節を知る、という言葉があるが、子供が礼節を知るためにはまず、家庭環境の安定が必要だと思う。

 バンや自警団の連中も、決して根が悪いやつらではない。しかし、親の死や、それによる環境の変化に戸惑い、捌け口を求めた結果として、ルイスが槍玉に挙がってしまったのだろう。ルイスからしたら、たまったものではないだろうが……。

 しかしルイスもまた親を亡くし、同年代の子供から疎まれてきたというのに、驚くほど真っ直ぐに育っている。俺はこういう奴こそ、真に強い人間なんじゃないかと思うのだ。


 ルイスや自警団の連中は、心のつっかえが取れたような顔をしている。ここ最近、お互いの関係が改善してきたが、謝ろうにもなかなかタイミングがなかったのだろう。戦闘を前に、気懸かりな事を無くせたのなら良かった。


 そんなこんなで自警団とルイスは防衛拠点へ、俺はマンティコアのもとへ向かうため、途中で別れる。

 防衛拠点には、守りやすいよう軽く手を入れてある。柵を設置してモンスターの動線を制限したり、見通しをよくする目的で、ある程度の伐採も行った。罠もいくつか仕掛けてある。”幻影”を使ってのシミュレーション訓練も実施し、最後には”挑発”で俺がモンスターを誘導し、実戦訓練もしてある。備えは万全の筈だ。


 ……ここで俺がマンティコア討伐をしくじると、準備してきた全てが無駄になる。気を引き締めていかないとな。まぁ、万が一勝てそうになければ、情けないが出直すとしよう。マンティコアが生きているうちは、モンスターの大規模な襲来もないからな。

 実は防衛拠点の整備のついでに、前もってマンティコアの棲み処を偵察に来ている。位置は把握できているので、一歩手前という辺りまで接近してから、各種補助魔術を使う。むやみに急ぐ必要はないが、今日中に終わらせると村長に言ってしまった手前、そうのんびりもしていられない。

 ちなみに、やはりというか、ラグさんもついてきている。俺が補助魔法をかけているうちに木の上に登り、一帯を見渡せる位置に移動しているようだ。何がしたいんだろうな……。

 さて、時間的にも自警団が防衛拠点やアイテムの最終確認を終えている頃だろう。俺はマンティコアの棲み処に向かって進み、遂に肉眼で姿を捉えた。人の顔、獅子の身体。尻尾の先端は大きな針、いや、杭と言っていい大きさに尖っている。

 マンティコアのほうも、俺を見つけたようだ。目には黒紫の炎のような揺らめきがある。マンティコアは俺という侵入者の力を見定めるためか、ゆっくりと弧を描くように俺の周りを歩き出す。最初のうち、俺はマンティコアの攻撃をある程度観察するつもりだ。速さに物を言わせて、しばらく回避に徹する。作戦は一応考えてあるので、その発動タイミングを待つ。

 マンティコアが唸り声を上げた。地面を蹴り、飛び掛かってくる。鋭い爪が俺の頭を狙う。


 ゴォッ!


 俺はその攻撃を、横に避けて躱す。マンティコアの尻尾が俺を貫こうと、本来は死角となる頭上から真っ直ぐに射抜いてくる。”空間把握”と”行動予測”で相手の動きが分かる俺は、今度は前に前転しながら躱す。急いで立ち上がり、マンティコアに向き直る。


 マンティコアは、尻尾で連続の突きを放ってきた。それを俺は剣でいなしたり、避けて躱す。その攻撃で俺の動きを縫い留めたマンティコアは、口からブレスを放ってきた。それに合わせて俺は、唱えていた魔術を解き放つ。


「”天級・ウィンドシールド”」


 圧縮された風が幕となり、俺を中心に展開される。ブレスは揺らめく風の前に拡散し、瞬く間に掻き消された。


 キン!


 ブレスに紛れて尻尾の攻撃も来たようだが、風の守りを突破できなかったようだ。しかし、なかなか攻め方が巧みだな。さすがボス級のモンスターだ。

 この後の何度かの攻防で、大体の行動パターンを把握できた。どうやらマンティコアは尻尾による攻撃が主体のようだ。前足の攻撃や、ブレスも決して侮れるものではないが、尻尾はそれより一段上だな。攻撃速度も精度も自由度も高い。

 俺は剣をしまい、印術での魔術詠唱を始める。ついでに口でも同じ魔術を詠唱する。今唱えているのは、最近何かと使った暗黒術の”幻影”だ。口で詠唱している魔術はそのまま発動するが、印術での魔術は”魔力強化”を行い、威力――幻影にかかる確率と、幻影自体のクオリティ――を上げる。

 魔術が完成し、口で唱えていた方を先に放つ。


「”幻影”」


 生み出した幻影は、まさに俺自身が一直線にマンティコアに向かうものだ。すかさず、もうひとつ放つ。


「”幻影”」


 印術と口の詠唱による、俺流連続魔である。ひょっとしたら連続魔というスキルが存在するのかもしれないけど、持っていないから工夫したのだ。2つ目の幻影は、2段ジャンプをして空中からエアドライブという剣技の技を使ってマンティコアに突っ込むように見せている。

 そして実体の俺は極級の付随技”天駆”を使い、さらに上方にいた。上空でマンティコアの後ろに回りこみ、技を放つ


「”極級・エアドライブ”」


 丁度この時、マンティコアは正面から来た幻影を軽く前足で弾き、2段ジャンプからのエアドライブをしている幻影を尻尾で貫こうとしていた。マンティコアには、空中の幻影こそが本命に見えた筈だ。何せクオリティの違う幻影2つが同時に飛んでくるなど、普通はありえないからな。

 マンティコアが勝利を確信したであろう、その瞬間。剣先から魔力をまとった俺が、ギュンっと加速してその胴体に突っ込んだ。


 ドッッッゴーン!!!!!!


 一撃は地面を揺るがし、炸裂した衝撃波が大きなクレーターを作った。中心にあったマンティコアの身体は粉々に砕け散り、魔素となり消えていった。

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