第69話

 この後、使い勝手の良さそうな技を考え、幾つか試した。わざわざこんなことしなくても、精霊術だけで戦えば良いといったらまあそうなのだが、後々に繋がる何かがあるかもしれないしな……そんな気持ちでやっていると、早くも新たな発見があった。一部の技に限られるが、精霊に指示を出さなくてもルイスの意思だけで使えるようなのだ。

 軽く麻痺させる程度の電流を剣に纏わせるのは、精霊さえ召喚していれば可能なようだ。何も知らずにルイスと剣を交えれば、すかさず電流が剣を伝い相手を麻痺させる、という具合だ。

 小さいが強めの電流を指と指の間で流す、という技も編み出した。見た目も効果もスタンガンのようなもので殺傷能力は期待できないが、使いどころは色々と考えられる。まあ、これは剣、必要ない技だけど……。

 ゲームや漫画の知識を総動員してできそうな技は他にもいくつか思いついたものの、原理がさっぱり分からないものが多い。例えばレールガンとかね……あれ、電気が何をどうして一体どうなったらできるものなんですかね? うーん、もの凄くググりたい。

 ……とまあ、剣術としての進歩は無かったものの、精霊術の新しい可能性を発見できたのだから、結果としては有意義な時間であった。


 そうしているうちに2日が過ぎて、護衛当日、パーティ一同が集合場所に揃った。フィー達は空いた時間を利用し、装備に加工を加えていたようだ。パッと見、高級に見えないようにツヤを消したり、皮や布を巻いて金属部や装飾が露出しないようにしている。高級さを隠しながら、慣れた装備で戦うために工夫していたんだな、成る程……俺の使っているプラチナの剣も、少しは偽装したほうが良いだろうか? ルイスの大剣も結構な値段がしたし、あからさまではないがそれなりに高価そうには見える。後で考えるか。


 しばらく待っていると、トルルさん一行がやってきた。


「やぁ、お待たせしました。皆さん、どうぞ宜しくお願いします。」


「いえ、こちらこそ宜しくお願いします。”暁の空”のパーティリーダーを務める、フィーです。目的地まで、皆様をお守り致します。」


 フィーはフルネームではなく愛称を名乗った。この地域の領主の娘である。顔はともかく、名前を知っている者は多いだろうから、そのためだな。


「こちらのメンバーを紹介しますね。まず、家内のネメナです。」


 そう言ってトルルさんは20代後半ぐらいの女性を紹介した。トルルさんもそうだが、ネメナさんも物腰が柔らかく良い人そうなオーラを出している。……内面はどうか知らないが、商人なんぞやっていると、対面する相手の警戒心を下げるという特性は大事なんだろうな。


「こっちが今、私が面倒を見ている下男のパッソです。」


 パッソさんは俺とほぼ同じくらいの歳に見える男性だ。若干目つきが悪く、少しこちらを侮っているような印象を受ける。


「そして最後に、私の娘のポロルです。」


 と、8歳くらいの女の子を紹介された。女の子は大きくまん丸な眼で俺達を見回すと……


「パパ、子供が3人もいるけど、この人達で本当に大丈夫なの?」


 顔をしかめながらそんな事を言った。


 俺(160cm)、ルイス(150cm)、ノーネット(145cm、靴底の厚さ込み)の精神にクリティカルダメージ!!

 俺の心にそんな文言が浮かび、3人して『がーーん!』という太文字が似合いそうな、ショックを受けた顔をして固まったのであった。


 固まっている間に、こちら側の紹介も終わった。ポロルちゃん(130cm)にはトルルさんが頑張って説明し、最後には『フィーさんがカッコいいから、この人達で良い』ということで納得してもらった。フィーは子供受けがいいよなぁ……。


 モイミールの南門を出ると、豊かな穀倉地帯が広がっていた。7月も終わりに差し掛かり、そろそろ収穫時だろう。金色の麦の穂が、風が吹く度にざわざわと音を立てている。

 このような大規模な畑を維持できるもの、大きな街ならではだ。冒険者や騎士の数が多いから、周辺のモンスターを討伐しやすい。こういった都市周辺には農村がいくつか存在していて、農民は普段そこで暮らしている。有事の際は都市の城壁の中へ逃げ込む、というわけだ。

 ……と、そんな話を御者台に乗ったトルルさんがしている。どうやら隣に座るパッソさんに、商人としての手ほどきをしているらしい。

 駆け出しの商人は、まず農村で不足しがちのものを都市で仕入れ、徒歩で輸送し、手間賃を得る。それを何度か繰り返して、次はマジックバッグを購入する。そこからは徒歩で稼げる金額が跳ね上がるので、地道に稼ぎながら、マジックバッグよりも更に大容量であるマジックボックス付きの馬車の購入を目指す。そして最終目標が、自分の店を持つことなのだそうだ。やがて話は、今の時期の農村では何が不足しているか、それらはどこで仕入れるのが良いか、徒歩での運搬時の注意事項等へと移っていった。


 パッソさんは最初こそ真面目に聞いている風ではあったが、だんだん集中力が落ちていったのか意識が散漫になり、曖昧な返事が増えていった。そんな態度のパッソさんを見て、トルルさんは苦笑しながら「ゆっくり覚えていけばいいさ」と肩を叩いてやっていた。


 ネメナさんとポロルちゃんは馬車の中だ。時折、ポロルちゃんがひょこっと顔を出し、俺達の仕事ぶりを眺めている。ポロルちゃんが俺達――子供認定を受けた背の低い俺とルイスとノーネット――へ向ける視線はまだ厳しい。モンスターでも出てくれば十分戦えることをアピールできるのだが、今はまだ穀倉地帯である。管理されているエリアなため、モンスターの気配などまるで無い。ここを抜けるには今日いっぱいかかりそうだ。こんなにモンスターの出現を願ったのは初めてだよ……。


 初日は何も問題なく野営地に到着できた。さて、いくらスキルがあるから大丈夫といっても、いつものように全員で寝るわけにはいかない。依頼者に安心を与えるのも護衛依頼の仕事のひとつなので、ちゃんと不寝番をつけて、依頼者に分かりやすく見張りをする。何事も伝わらなければ意味が無いのだし、評価を得るためには上手にアピールする技術も必要なのである。ここらへんは冒険者とはいえ、サラリーマンとあまり違いがないな。

 不寝番をつける目的はもう1つある。野営地を使うのは俺達だけじゃないし、中には手癖の悪い者もいるかもしれない。スキルという目に見えない監視より、目視での監視のほうが圧倒的に抑止力になるのである。


 トルルさん一家は馬車の中で、パッソさんは自分用のテントで寝るそうだ。そういえば、このパーティになってから野営するのは初めてだな。男性陣は俺が持っている大型のテントで寝ることになる。設営しているとフィーがやってきて、不思議そうな顔をした。


「このテントって、レオのじゃないの?」


「ああ、旅立つ時に、餞別にってレオから貰ったんだ。まぁ、相変わらず鏡は置いてないけどね。」


 フィーはテントをじーっと見つめる。


「……確かこのテント、部屋数が結構あったわよね?」


「うん。全部で5部屋あるかな?」


「5部屋か……ねぇ、私達もこのテントで寝ていいかな? あ、私はリビングでいいから。」


「え!? いやー……それは流石にまずい……のじゃないだろうか?」


 男女7歳にして同衾せず! いや、同じ布団では寝ないけども、皆成人しているわけだし、テントは分けておいたほうがいいような気がする。


「大丈夫、大丈夫。鏡は手持ちのを置けばいいもの。」


「いや、鏡の話じゃなくて……その、倫理的にアウトじゃない?」


 別に同じ部屋で寝るわけじゃないといっても、家族でもない男女が一つ屋根の下で寝起きするのは躊躇されるもんじゃないか? えっと、これは俺がおかしいのか? 世間ではそれくらいなら問題ないのか? 童貞には難しい。分からん……分からんぞ!


「でもほら、キッチンついてるでしょ? このテント。」


「まぁね。」


 どうしてキッチンの話題に飛ぶのかは謎だが、確かにある。


「シンクは”料理”スキルあるじゃない。」


「あるね。」


「つまり……そういうことよ。」


「うん? いや、どういうことだよ?」


 全く話の方向性が見えない。するとフィーは遠い目をして語りだした。


「……子供の頃、野営しながら食べるご飯は美味しかった。……でもね、騎士学校へ行って知ったの。毎日焼いた肉だけだと、飽きる……って。」


 あー、つまり食事の問題なのね。何でも野営訓練は騎士学校で散々やったそうだ。食料は原則、現地調達で行うそうで、そうなると内陸部、しかも大きな水場の無い場所では、野草か肉くらいしか手に入らない。

 あのバーベキュー好きだったフィーが飽きる程か……相当な日数やったんだろうな。


「そうだな、フィー様。毎日肉だけだと、流石に飽きるんだよな。」


「そうですね、フィーリア。良い提案だと思います。せっかくパーティになったのですから、助け合わなくては……。」


 いつの間にかやってきたカッツェとノーネットも賛同の意思を示す。ちょっと待て、3人とも料理できないのか? まぁ貴族なら仕方ないのかもしれないが、いやいや、まず何よりも……。


「その、君ら、淑女としてどうなのかな?」


 俺は思わず尋ねてしまった。貞操観念とでもいおうか、そこら辺はどうなんだろうか?


「私みたいなでかい女に興味ある男なんて、いないだろう?」


 カッツェが事も無げに言う。いやいや、でかいといっても極端にマッチョだったり太っているわけではない。確かに気は強そうだし、毛皮となめし皮を合わせた装備は野性的かもしれないが、俺に言わせればスラっとした長身の美女だ。興味ある男がいない筈ない、というか寧ろ相当いるのではと思うんだが、この言い方から察するに、過去に男からそういう文句でからかわれたんだろうな。……断言しよう! からかったその男子は、カッツェに気があったと!

 自分の過去を振り返ってみても、中学生くらいの頃は俺もクラスメートの男子も、気になる女子に上手にアプローチできていなかった。むしろ、構って欲しさに目的を見失い、悪口を言って気を引こうとしたものだ。……普通の会話でいいじゃないかと思うだろ? その普通の会話すら、気になる子を意識してしまうと無性に恥ずかしいのだ。普通の会話でさえその始末なのだから、褒めるなんてとんでもない。下手に褒めて冷めた目を向けられたら立ち直れないし、周囲に囃し立てられて卒業まで、場合によってはそれ以降もネタにされるのも、だいぶ辛いものがある。


「個室に鍵は掛けられるのでしょう? なら問題は無いじゃないですか。」


 ノーネットも、全く気にしていない様子でそんなことを言う。ノーネットは子供扱いされたくないと言っている割には自分自身を子供扱いする時があるな……いや、そもそも同年代の男子にあまり興味が無いのかもしれない。ノーネットみたいな子は、理知的で分別のある落ち着いた大人の男に惹かれそうな気がする。うちのメンバーで言うとマリユスなんだが……しかし、マリユスは絶えず食べているという、びっくり人間状態だ。恋の相手に、と想像することは無さそうだな。


 男性陣の意見も聞いてみる。


『どんな人間が野営しているか知れない場所で、女性だけでテントを構えるのは危険であろう。女性陣が気にしないというのであれば、一緒の方が安心なのではないか?』


「みんな一緒のほうが連絡もしやすいし、賑やかで楽しそうだよね。えっと、何が問題なのかな?」


 紳士とピュアボーイに聞いた俺が間違いだった。何故だろう? 俺はいつも常識的なことを言っている筈なのだが、このパーティだと少数派になるようだ。

 流石にフィーにリビングで寝起きさせるのは問題があるので、俺がリビングで寝ることにした。索敵やっているのも俺だし、朝食作るのも俺だ。誰かが寝ている横でガサゴソと食事の準備をするのは忍びない。プライバシー確保のために、後で衝立くらいは用意しようか……。


 見張りは最初がカッツェとノーネットのペア、夜間がルイスとマリユスのペア、そして早朝がフィーと俺のペアである。一番しんどい夜間を”疲労耐性”のある俺がやろうとしたのだが、『朝食を作る必要があるでしょ?』という全員の意見のもと却下された。夜間を女性に担当させるわけにはいかないという紳士なマリユスの意見と、それに同調し、女性を守るという俺の教えを必要以上に実践しようとするルイスが夜間の担当となり、俺は早朝担当ということもあって、夕食を終えると早々に休ませて貰った。


 早朝になり、見張りを交代した。夜間の見張りはこれといって問題はなかったようだ。フィーも交代の時間前に起きてきた。


「おはよう、シンク。」


「おはよう、フィー。」


 フィーはマリユス、ルイスのペアと引継ぎを行い、すぐに護衛にあたる。俺はキッチンでお湯を沸かして、コーヒーを2つのカップに淹れて持ち出し、片方をフィーに渡す。

 辺りは静寂に包まれている。野営地を利用している他のグループも見張りを立てているが、この時間に無駄話をする人はいない。あちこちにある焚き火から、パチパチと薪が燃える音が聞こえるくらいだ。

 やがて、遠くの山間の空が白み始めた。時刻を確認すると4時頃。旅立ちの頃に比べ、日の昇りも随分と早くなっている。俺はフィーに断りを入れて、朝食の準備をするためにテントに引っ込むことにした。


「何か要望はあるか?」


「うーん……、お任せで。」


 それ一番困るやつ……困るやつではあるが、俺は割り切るタイプなので自分が食べたいものを作る。嫌なら自分で作るべし。

 さて、今の気分だとホットサンドだな。それにスープとサラダを添えよう。

 スープの具材はジャガイモ、キャベツ、ウインナーだ。ウインナーから良い出汁が出て、旨味が増す。

 サラダはレタスにトマト、玉ねぎのスライスなど野菜の盛り合わせだ。ドレッシングは塩胡椒にワインビネガーと菜種油、隠し味に蜂蜜を少量加え、即興で作る。予め野菜にかけてしまうと浸透圧で水分が出るので、食べる時にお好みでかければよいだろう。

 ホットサンドの具はハムとチーズだ。ただのホットサンドだと面白くないのでひと工夫するか。まず、厚めに切ったパンに深く切れ目を入れ、そこにハムとチーズを挟む。そして、それらをまとめて卵液に浸し、油を引いたフライパンでこんがり焼いて、フレンチトーストにするのだ。そうすることで、ほんのり甘みのあるフレンチトーストと、ジューシーなハム、とろっとろのチーズをいっぺんに味わえる、という塩梅だ。

 ホットサンドを1人前焼いたところでフィーを呼び、代わりに俺が護衛につく。せっかく作ったのに食べる姿を見られないのはちょっと残念だな……喜んでもらえるといいのだが。護衛に立つこと数分、非常に短い時間で食べ終えたフィーが戻ってきた。


「シンク、ごちそうさま。美味しかったよ。」


 満面の笑みでそういった。


「口に合ったのなら良かったが、食べるの早過ぎないか?」


「あ~、護衛中は早食いするようにしているの。騎士学校でもそう習ったから、もう癖になっちゃって。食事する時間は、どうしても隙ができるから。」


 前世でも警察や消防、自衛隊は非常に早食いだと聞いたことがあるが、それと同じか。


「そうか。じゃぁ俺も手早く済ませるとしよう。」


 テントに戻り、今度は自分の分を焼く。その片手間で、フィーと自分用にコーヒーのおかわりを淹れる。そうしているうちにリビングに面した扉のひとつが開き、ノーネットがのそのそと出てきた。ノーネットは普段の恰好からマントと帽子を取っただけの服装だ。何かあったらすぐに戦闘に移れるよう、装備を着たまま寝たんだな。


「おはよう、ノーネット。」


 俺が挨拶するが、小さく頷くだけで返事がない。そのままぺたぺたと歩き、ダイニングテーブルの椅子にストンと腰を下ろした。小さな背中をやや丸め、目を細めてぼーっとしている。……朝に弱いんだな。


「まだ起きるには早くないか? 眠いなら寝てていい時間だぞ?」


 そう声をかけるも、ゆっくりと首を横に振るだけで返事がない。起きてきたのは何か理由があるんだろうが、本人は眠さのあまり口を開こうとしない。


「コーヒー飲むか?」


 俺の言葉に、ノーネットは僅かに頷いた。

 よし、いっちょ爽快に目覚めるような、とびきりのコーヒーを用意してやるか! 俺はお湯を沸かし直し、新たに豆を挽いて丁寧に淹れる。うーん、やはり挽きたては立ち昇る香りが段違いだな。

 俺の渾身のコーヒーをノーネットの前に置く。するとノーネットは、耳をすませてやっと聞こえるぐらいの小さな声で、こう言った。


「砂糖、ミルク。」


 せっかくのコーヒーなのでできればブラックで一口飲んでみて欲しいところだが、苦味をどうしても受け付けないという人もいるし、好みを押し付けるのは良くないか……角砂糖とミルクの容器を置いてやると、ノーネットは角砂糖をゆっくりとした動作でコーヒーに落とし始めた。1つ、2つ、3つ、とどんどん入れる。最終的に7つ入れていた……ちょっと多くない? これまたゆっくりとした動作で砂糖をかき混ぜて溶かすと、ミルクをカップの縁すれすれまでどぼどぼと注ぐ。


(ああ、そんなにミルクを入れるとせっかくの風味が……!)


 俺的に許し難い暴挙に及ぶノーネット。それにしても、カップの容量ぎりぎりまで入ったコーヒーをどうやって飲むんだろうか? 見ていると、ノーネットはカップを持たずにゆっくりと口を近づけ、そのまま「ずずーっ」と啜ったのであった。貴族とは……淑女とは……。俺は唖然としてしまったのだが、俺の思いとは裏腹に、ノーネットの表情はほんのり幸せそうであった。


 嗜好品はそもそも個人の好きにすべきものなのだから、砂糖やミルクについては何も言うまい。飲み方についても、プライベートスペースでのことだからいいだろう。

 しかし、しかしノーネット! お前のコーヒーは、明日からインスタントにしちゃうからな!!

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