第70話

 朝食はどうするのか尋ねると、小さな声で「食べる」と返ってきたので、ノーネットの分も用意する。フィーを待たせているのもあって俺は手早く食べ終えたのだが、ふと振り向くとノーネットは焦点の合わない目つきでぼへぇ~とした顔をしたまま、サラダをゆっくりとつついていた。

 冷めてしまったコーヒーを淹れ直し、フィーの元へ向かう。ノーネットの状況を伝えると、理由を教えてくれた。


「ノーネットは朝が弱いから、起き抜けは役に立たないのよね。でも騎士学校ではそんなこと言ってられないから、起床時刻の1時間前には無理やり起きて、ちょっとずつ身体を目覚めさせていたのよ。自由騎士になってからもずっとそうやって起きるようにしているから、6時頃にはシャキッとしているんじゃないかしら。」


「となると、夜間の襲撃時にノーネットは当てにしないほうがいいのかな?」


「緊急の時は魔道具を使って覚醒できるみたいよ? ただ、魔道具に頼り切りだと体に悪いからって、普段は使っていないみたいね。」


 成る程、合点がいった。そんな話をしているうちに、周囲はすっかり明るくなっていた。野営地のあちこちで出発の準備が始まり、賑やかになってきている。


「おはよう、シンク。」


 後頭部に寝癖をつけたルイスがテントから出てきた。


「おはようルイス。今、飯作るから、少し待っててくれ。」


 テントに戻り、ルイスの分を作り始めようとしたところでマリユスとカッツェも起きてきたので、まとめて残りの分を作ることにした。食事については全員から美味しいと言ってもらえたので一安心だ。

 食後、指輪をつけたマリユスが片付けを買って出てくれたので、俺は護衛に戻る。するとルイスも剣を抱えてついてきた。


「シンク。護衛しながらでいいから、素振りを見てくれないかな?」


「あぁ、良いぞ。」


 俺の横で柔軟をした後、剣を振り出すルイス。スキルが無いため、お世辞にも上手くできているとは言えない。しかし、本人は真剣に取り組んでおり、わずかながら進歩も見える。頑張っている姿というのは見ていて気持ちがいい。あくまで身内は……ということになるが。


「おはようございます。」


 トルルさんとパッソさん、ポロルちゃんがやってきた。ネメナさんは朝食の準備だろうか。


「おはようございます。夜間は異常ありませんでした。」


 フィーが報告し、出発時間や今日の道程に関する軽い打ち合わせを行う。穀倉地帯を抜けるためモンスターの襲撃が予想されることなどを話した。打ち合わせが終わると、トルルさんは戻っていった。

 ルイスは素振りを再開させ、俺は護衛を続けつつ、ルイスのダメなところを指摘する。

 そんなルイスの素振りをちらりと見たパッソさんが、「ハッ」と小馬鹿にしたような笑いを浮かべ、立ち去っていった。追いかけるポロルちゃんも、小馬鹿にまではしないものの、非常に厳しい視線をルイスに送っていた。

 ルイスの手が、止まる。


「ルイス、集中だ。」


「で、でも。」


「ああいう反応をされるのは分かっていただろう? それでも練習しなければ、いつまで経ってもこのままなんだ。武術の練習に休みはない。1日怠れば、3日前に戻ると思え。」


 スキルで定着する前の技術というのは、簡単に衰えてしまうものなのだ。勿論、技と技の繋がりだったり、駆け引きなんかはスキルがあろうがきちんとやっていないと衰えるのだが、スキルの補助がある範囲……剣の握り、踏み込み、振りといった基礎の部分については、一度スキルを会得してしまえば衰えることは無い。

 別に、毎日練習しなければ技術は絶対に身につかない、とは言わない。週1回の習い事だって、ある程度はできるようになるだろう。しかし、そこで身についたとしても、ある程度までなのだ。そこから先は、目的意識を伴っての毎日の反復が欠かせないものとなる。才能があっても、花開くまで続けることができるかどうかなのだ。そうなるとやはり、好きなものに取り組む方がより到着点は高くなるんじゃないかと思う。


 その後、ルイスは『剣を上手く使えるようになりたい』という気持ちを何とか奮い立たせ、練習を再開させた。出発の準備もあるので僅かな時間になってしまったが、ゼロと1では大違いだからな。何事も積み重ねだ。



 さて、出発である。ルイスの剣術を目にしたためか、俺達(例によって俺、ルイス、ノーネット)を見るポロルちゃんの視線が、更に厳しさを増した気がする。本当に、早くモンスター出てきてくれないかなぁ……。


 ……しかし、そう願えば願う程出てこないのはどこの世も一緒なのか、穀倉地帯を早々に抜けたというのにモンスターには一向に出会うことなく、今日の移動も無事に終了してしまった。普段は呼ばずともどんどん湧いて出てくるのに、何故だ? 


「本日もモンスターに出会いませんでしたね……。」


 ノーネットが悔しそうに呟く。するとトルルさんがこんなことを言った。


「ここはまだ人通りも多いので、先行している隊商が討伐するのでしょうね。明日からは時間短縮のために、あまり人が通らないルートを通ります。モンスターが出ましたら、その時は宜しくお願いしますね。」


 成る程なあ。明日、明日か! ポロルちゃんは眉間に皺が寄っている顔しか見ていない。我々の活躍を見て、ぜひとも子供らしい笑顔を取り戻して欲しいものである。


 昨日と同じように野営の準備をしていると、パッソさんが一行から離れ、ふらりと近くの森へ入ろうとしているのに気づいた。俺は慌てて追いかけ、声をかけた。


「パッソさん、1人で出歩くのは危険です。何か用があるようでしたら、俺が代わりにやってきますが?」


 別に大声は出していない。ごく普通に呼び止めたつもりだが、パッソさんはやけに大袈裟に驚いた。うん? 何故そんなに驚く?


「い、いや、えーっとだな。そ、そう! 旦那様に頼まれて、水を汲みに行く途中なんだ。」


 確かに、俺の”水源探知”のスキルも、この先に川があることを告げている。


「飲み水でしたら、俺が魔術で出しましょうか?」


 俺の提案にぎょっとした表情を浮かべ、パッソさんは言った。


「え? その、何だ……、護衛の貴重なMPを水汲みごときで使ったとあっちゃぁ、俺が旦那様に叱られちまう。大丈夫、大丈夫だから。」


「そうは言いましても……では、万が一のことがあるといけないので、川までご一緒しますよ。」


「あー、もう! 俺には”隠密”スキルがあるから大丈夫だ! あっち行ってろ!」


 俺が言い募ると、パッソさんは怒り出してしまった。ちょっと殺気を感じたんだが、何もそんなに怒らなくてもいいのに。何か気に障ることでも言っただろうか? 

 よく見たら、パッソさんは腰にククリナイフも装備している。丸腰ってわけでは無さそうだし、ここまで強く言われてしまっては引くしかないか。”隠密”スキルがあるって言ってたしな。

 ……あー、そうか。”隠密”スキル発動させているのに俺が声をかけたもんだから、あんなに驚いたのか。それは悪いことをしたな。


 野営地に戻ると、フィーから声をかけられた。


「シンク、どうしたの? 森の方から出てきたようだけど……。」


「いやー、パッソさんが1人で森に入ろうとしていたから呼び止めたんだ。そしたら……」


 フィーに先程の状況をかいつまんで説明する。


「ふーん、水ね……でも、護衛を断るのはちょっと妙ね。」


「だよな。」


 気になったので”気配察知”でパッソさんの行動を追ってみる。すると、川があるらしい場所で立ち止まった。うーん、やはり水汲みか? そう思っていると、別方向からパッソさんの方へ向かう人の気配を見つけた。……敵意は感じないな。2つの気配は一箇所に留まり、しばらくそのまま移動しなかった。何か話でもしているのかな? 


 ■パッソ視点


 誰にも見られずに待合わせ場所まで向かうつもりが、護衛のガキに見つかっちまった。俺の”隠密”スキルはLv4だ。”気配察知”で見つけるのは困難な筈……きっと、たまたま俺の行く方向を見ていたとか、そんなところだろう。チッ、運がねぇ。

 どうにか誤魔化そうとしたってのに、しつこく食いついてきやがる。一瞬、殺ることも考えたが、明日の襲撃の前に商人一家や護衛達を警戒させるわけにはいかねぇからな。何とか追っ払うことに成功し、川へ向かう。


 しばらく待っていると俺の本当の仲間、盗賊団で伝令役をやっている兄貴がやってきた。


「よう。上手く潜伏しているか。」


「へぇ、順調っす。バレずに例の道へ誘導できそうっすよ。」


 あの商人一家はとんだお人よしだ。俺が頼み込んだら簡単に弟子にしてくれた。何でも、死んだ弟が俺と同じ歳だとかなんとか言ってたな。目的地までの抜け道を知っていると言ったら、疑いもせずにそこを通るようだ。ちょろいもんだぜ。しかも……


「護衛の連中は地級上がりたてのようです。初めての護衛依頼とか言ってやしたからね。中でも、メガネをかけた小さいガキは本当にお粗末な腕でしたぜ。」


 あのメガネのガキ、剣術修行中らしいが、それにしたって弱過ぎるだろ。あんな剣、子供だって避けられる。いざとなりゃ商人一家の娘同様、人質にも使えそうだな。


「ほう、そいつは朗報だな。御頭は天級の実力者だ。うちの盗賊団には他にも地級の手練れがいる。今回の仕事は楽勝だな。」


「それに兄貴、護衛には女が3人いるんですが、どいつもえらい上玉なんっすよ。」


 俺は兄貴に女達の特徴を教えた。


「ほう、そいつは大いに期待できそうだな。へっへっへ、上手く無力化できりゃ、色々と楽しめそうだぜ。」


「俺にも回して下さいよ~。あいつら連れてきたの俺なんっすから。」


「あぁ、御頭には俺から言っておいてやるよ。」


 あの上玉たちを好きにできるのか。こりゃあ、明日がますます楽しみになってきたぜ。



 ■シンク視点


 パッソさんは程なくして戻ってきたのだが、フィー達をじーっと見つめ、何やら薄ら笑っていた。


「パッソさんは誰と会っていたのかしらね?」


 テント前に集まった俺達は、不寝番の打ち合わせをする振りをしながら、パッソさんの行動について話し合っていた。

 フィーが口にした疑問は、他の皆も思っていたところなのだろう。それぞれが首を傾げ、考え込んでいる中で、俺はそっと手を挙げた。


「みんな、ちょっと聞いてくれるか。あくまでも俺の推論なんだけど……」


 川で誰かと会い、話していた様子について、ちょっと思い当たったことがあったのだ。

 皆の視線が集まる中、俺は咳払いし、夕方からずっと考えていたある仮説を、ここで初めて口に出した。


「ひょっとしたら、これ……護衛講習の最終試験の続き、なんじゃないかな。」


 前世で読んだ漫画に、ある試験を受けた主人公が晴れて合格したと思わせたあと、実は裏試験が存在した、というものがあったのだ。俺はその話を、以前物語で読んだことにして伝えた。


『……確かに、護衛講習の試験は何故か途中で突然合格を言い渡され、中途半端な場所で終わっていたな。』


 マリユスの指摘に、全員がハッとする。カッツェが勢い良く頷いた。


「変だな、とは思っていたんだ。途中で盗賊が出るという話だったのに、シンクが索敵でそれらしい気配を見つけた途端にいきなり終了だったからな。護衛講習のシメの試験なのに、あんな半端な地点での判断でいいものなんだろうか、って。」


「きっと、冒険者ギルド側で何らかの事情があって、あそこで試験を中断したのです。その試験をここで再度実施していると考えられる、ということですね。けれど、それにしたってこんな風に、だまし討ちのように実施するものでしょうか……あ。」


 考えながら疑念を呟いたノーネットだが、何かに気づいたように口元を押さえた。


「……もしかすると、私達3人は自由騎士、つまり貴族ですから、冒険者ギルド側の不手際で再試験になったとは言い辛かったのかも。それで、このような事態になっているのかもしれませんね。」


「パッソさん、その、僕らをちょっと小馬鹿にしたような態度とることがあったけど、あれはわざとそうやって反応を見ていたのかな?」


 とルイス。そうか、依頼者が失礼な奴でもきちんと立てられるかどうか、引き続き俺達は試されていたんだな!


「パッソさんは実は試験官で、人目につかない森へ向かったのは、他の試験官と会って打ち合わせをするためだった……そう考えると、確かに辻褄が合うわね。」


 フィーが全員の考えをまとめて答えを出す。


「そうすると……これからの道中、盗賊に扮したギルド職員の襲撃があるかもしれない。いいえ、間違いなくある、わね。」


 そういうことなら、気を引き締めていかないとな。俺達はこの後、ギルド職員が扮した盗賊をいかにして殺さずに無力化するか、入念な打ち合わせを行った。……色々と事情があるとはいえ、試験ごときで殺されちゃ、職員もたまったもんじゃないだろうからな。


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