第122話
■邪神――光の女神視点
「ふぅ……。」
状況の悪さに、思わず溜息が漏れる。
(女神様、大丈夫ですか? お顔の色が優れませんが……。)
「心配かけて済まねぇな、ラグラティーナ。」
善神はシンク達を狙っていたが、どうやら上手くいかなかったと見える。そのせいだろう、奴は狙いを移し、このアタシの神域へ侵入しようとしている。アタシはそれを防ぐため、長年貯めこんだ力で結界を張り、抵抗している――今はそういう状況だ。
本来、アタシと善神の神格は等しく定められている。完全に同格の存在なのだから、いきなりカチコミかけられたところで負けはしない。
だが今のアタシは、行使できる神力のほとんどを人間達のために割り振ってしまっている。
スキル、ステータス、モンスターのドロップアイテム……これらを顕現させるため、ほとんど使い切っているのだ。
過去に善神を封じ込めることに成功したのは、立場が逆であったからだ。
あの頃、善神は人間を滅ぼすために世界に魔素をばらまき、モンスターや魔人を生み出していた。アタシのほうはといえば、善神と共同でエルフを作り出しただけ……神力に余裕があった。
そのため、善神を一方的に封じることができたのだ。
善神の封印をより強固なものにするため、アタシは地上に神殿を建て、守護龍を生み出して守らせた。
善神が生み出したモンスターや魔人は厄介だが、生憎、神格の等しいアタシにはそれらを直接排除できる権限はない。そこで人間に、モンスターや魔人どもに対抗する術としてスキルとステータスを授け、さらにモンスターからドロップアイテムが手に入るようにした。
そういった方策をとるために神力を使った結果、アタシはかなり弱体化してしまった……封印の中にあった善神が、エルフを作り替えることを許してしまうほどに。
地上では魔人が善神の封印を解くために活動しており、奴らの目的が成就するのは時間の問題だった。来るべき時に備えて少しずつ力を溜めてはいたのだが、もはやそれも底をつきかけている。そう遠くないうちに、アタシの神域を護る結界は破れ、善神の侵入を許してしまうことだろう。
善神は魔人を生み出した分の神力を取り戻している。真正面から善神と戦えば、今度はアタシが封じられることになるだろう。
「ラグラティーナ、お前はシンクのところへ戻れ。」
シンクは善神の策略をことごとく覆している。
善神が神命を使い、魔王の――シンクの討伐を命じたが、シンクは魔王スキルを巧妙に使い、討伐判定後に復活するという裏技で乗り切って見せた。神命は元来、乱発できる性質のものではない。どうにかして再度の神命を下せたとしても、同じ方法で対処されるだけだろう。
……あいつの傍にいれば、ラグラティーナも安全だ。
(いえ、私は女神様のお傍に。)
ラグラティーナはかつて人間であった頃、過酷な道を歩み、魂までも切り刻む苦痛の中で短い生を終えた。アタシのせいで、だ。
それなのに恨み言のひとつも漏らさず、『自分達の魂を救ってくれた』と感謝し、アタシに仕えてくれている。
「善神の野郎は、アタシを封じるつもりだろう。ここに留まれば、お前もどんな目に遭わされるか分からない。それに……誰かがシンクのカルマ値の判定をしてやらなくちゃいけないだろう?」
(あの子のカルマ値の判定なら、この場所からでもできます。地上をくまなく見渡すのに、神域ほど優れた場所はありませんでしょう?)
カルマ値の判定だけなら確かにここでも可能で、わざわざ地上に降りる必要はない。そもそもカルマ値はある程度、自動で判定がなされる。
しかし、それでもラグラティーナを神域から出してシンクのもとへ派遣したのは……ラグラティーナに今度こそ、地上で楽しい生活を送って欲しかったからだ。
「それもそうだが、シンクは転生者だ。事情を知っている者が近くにいたほうが、心強いだろう?」
(それもご心配には及びませんよ。あの子はこの世界で家族と、信に足る仲間を得ました。それに、恋人も……何も問題はありません。)
この世界の人類は、ある意味、詰んでいたのだ。善神の封印がいずれ解かれれば、今度はアタシが封じられる側に回るのは確かだった。魔人どもを全て駆逐すれば善神の封印を長引かせることはできただろうが、形あるものはいずれ壊れる。地上にはもう、導き手であるエルフは存在していない。数百年もすれば、他ならぬ人類の手によって、善神の封印は解かれてしまうことだろう。
そんな先行きの暗い現実に落ち込んでいた時、アタシはふと、いつか創造神様より賜った言葉を思い出した。
『困ったことがあれば、地球の、日本という国にいる神に相談してみなさい。』
いくら何でも、異相の世界の神に縋ってまで相談することではない。そうは思いつつも、創造神様のお言葉だ。しかもわざわざ、アタシの神域から日本の神に連絡する手段を残しておいてくださった。そこまでされては、何もしないのはむしろ不敬であろう。
かの国の神は何とも騒がしい方々だった……そう、1人ではないのだ。彼らの言葉を信じるならば八百万もいるらしい。誰が数えたのか知らないが、万物に神は宿るとのことだから、実際はもっと多いのかもしれない。いずれにせよ、そんな神々のおわす日本という国は、凄まじく神力に溢れた場所なのだろう。
アタシの相談を聞くや、何が琴線に触れたのか『それなら異世界転生だ!』と、神々に盛り上がられてしまった。日本の神々が仰るには、転生者は『新しい風を取り入れる』とか、『人類の可能性が広がる』とか『閉塞された状況を打開する切り札になる』だとかで、強く勧められたのだ……アタシのほうはどうも理解が追いつかなかったのだが、あれよあれよという間に『日本で罪を犯した魂をそっちへ送るから”償い”をさせてやってくれ』と連絡が来た。
そうして送られてきた魂が、シンクだ。
「そうか……シンクはきっちりこの世界で生きてきたんだな。」
(えぇ、女神様が守護された世界で、あの子は生きています。)
『軽い気持ちでの相談が、1人の人間の魂の行方を歪めてしまった!』と後悔したこともあったが、シンクは本当によくやってくれた。シンクの誕生自体が、「子ができない」と絶望していた夫婦の助けになった。与えられた力を正しく使い、困っている人々を助けて回ったようだ。貧困で喘ぐ者達へ救済の道も示した。さらに、魔人の討伐……。
確かに、この世界に新しい風は吹いた。創造神様のお言葉は正しかったのだろう。魔王にされてもめげず、善神の野望も打ち砕いてくれた。
この神域で、シンクと初めて向かい合って話したときのことを思い出す。……脇見運転からの事故。その内容に打ちひしがれていたシンクには悪いが、アタシに言わせれば正直、世界を越えてまで”償い”をさせねばならないほどの悪事には思えなかった。悲劇であり、シンク自身が引き起こした結果であるのは疑いないのだが、シンクを異界に流さねばならないなら、この世界にも野盗や民を虐待する権力者など、それこそ別世界に渡ってもらわねばならない人間がごまんといる。
日本の神々がどういう基準でシンクを選んだのかは今も分からない。『”償い”の対価はガチャで』と指定してきたのも、実を言うと日本の神々だったりする。
ビシッ ビシッ
不吉な音に、舌打ちしながら目を上げた。色のない結界に、白く亀裂が走っている。
「――来たか。」
バリーン!
アタシの張った結界は、音を立てて砕け散った。
「邪神ッッッ!!」
現れたのは善神だ。1枚の黒い長い布――トガを体に巻き付けた格好をしている。闇夜を思わせる色合いをした長い髪に、月の輝きのような銀の瞳。肌の白さがそれらを一層際立たせている。
左手に見えるのは、創造神様より授けられた神剣だ。
切れ長の眼は吊り上がり、憤怒の表情を見せている。
「お主、よくも我を封じてくれたな!」
アタシは神杖を構えた。創造神様から賜ったもので、先端には赤い宝玉を戴いている。
「当然だろうが。てめぇが人類を皆殺しにしようとするからだ。」
「フンッ、当然とは我にこそ許される台詞よ。奴らを滅ぼすことに何の障りがあるというのだ!」
「人類の行く先は、エルフによる管理で様子を見るという話に落ち着いた筈だ。テメェも同意したのを今更忘れたとは言わせねえぞ! なのに何故、いきなり魔人やモンスターを生み出した!?」
善神が人類に対する疑問を口にするようになったのは、いつからだろうか?
確かに奴の言う通り、人類は至らないところが多々ある。だが、それを含めてこの世界の一部なのだ。ただ管理を任されているだけのアタシ達が、どうこう言う問題じゃない。
『至らないと分かっているなら、導けばいい』
そう善神を諭し、共にエルフを生み出した。共に、といってもほとんどアタシが作り、神力だけ半々で出し合ったわけだが……
「同意? お主がどうしてもと縋るから、渋々力を貸してやっただけだ。エルフが導いても人類の醜悪さは変わらなかった。いや、むしろ酷くなったとも言える。導き手がおるにも関わらず、己らの定めた法すらろくに守れぬ者共がいる。」
「それは一部の者だろう? 人類全てがそのような存在というわけではない。」
「一部? お主の言う一部の者達こそ、人類の本質を現した姿とは思わんか。卑劣で醜く、周囲に害をなすばかりの不快な存在……その姿は見るに堪えぬ。ゆえに滅ぼすことにしたのだ。」
「傲慢な! それにエルフまであのようにする必要がどこにあった!」
「傲慢なのは人間よ。知恵がある癖に相手を思いやることにかける。その上で、知恵の無い者を見下す。エルフについては、我が貸していた神力を返してもらっただけだ。」
善神は両手を広げ高らかと宣言した。
「我は善神なるぞ! 我の行いはすべてが善! 全てにおいて我は正しいのだ! 人類ごときに肩入れし、我を封じるなど、言語同断! 邪神よ、その罪を償え!」
これだ――この発想がこいつを歪めたのだ。創造神様から与えられた善神という立場。それ故に、自身の行いに対して絶対的な自信を持っている。
善神は神力を集め始めた。
(女神様! お退がり下さい!)
善神の前に躍り出たラグラティーナは「シャー!」と声を上げ、尻尾を膨らませて全身で威嚇する。
「無礼な! 下賤の身で我が前に立ち塞がるとは!」
善神が荒く手を振ると、ラグラティーナの身体は闇の球体に包まれた。
(あぁぁ!)
ラグラティーナから苦し気な思念が伝わってくる。
「ラグラティーナ!」
呻き声がアタシの呼びかけに答えた。殺されてはいないようだが、思念が細くなっていく。
「次は貴様だ、邪神よ!」
善神は神剣を抜き放ち、切りかかってきた。
アタシは手に持った神杖でそれを受ける。
ガキン!
クソっ、重い! 神力の密度が段違いだ!
「ハァッ!!」
善神から放たれた神力にアタシは弾き飛ばされた。分かっていたことだが、ここまで差があるとは――
「ぐぅ!!」
神域を転がるアタシの手から神杖は離れ、地面から一定の高さで浮いている。
「この程度で済まされると思うなよ。」
善神は神剣を鞘に納めた。そして手から黒い光を放ち、アタシの両手両足を縛りあげると宙に張り付けにした。
「な、何を!?」
「己の罪を償え!」
ドカッ!
「ぐッ!」
善神はアタシの顔を殴りつけた。ラグラティーナが闇の中で息を呑む。
(め、女神様に何ということを……!)
「人類などに肩入れしたお主が悪いのだ! 我にこのような手段をとらせるのも、お主の招いた結果よ! 我がお主の邪なる心を正しく導いてやろう。善なる我に従うことこそ正しき道、正しき義よ……これは言わば教育なのだ!」
そう言いながら、善神はアタシに何度も何度も拳を振るう。
「グハッ ひぅッ カハァッ!」
(――あぁ誰か、シンク、女神様を助けて!)
善神の声、殴りつける音、アタシの呻き声、ラグラティーナの悲鳴。
それらの音は神域に響き、他の誰にも受け取られずに消えていった。
■シンク視点
カルマ値を稼ぐため、せっせと魔王業に精を出した結果、どうにかガチャ1回分のカルマ値が溜まった。
さて早速引くべきか、いやいや11連できる分まで溜めるか……そこで迷いが出てしまい、決心がつかないままに、俺は魔王としての日常を繰り返していた。
――そして俺は今、ちょっと困っている。
「クハハハハ! よく来たな! 勇者とその仲間よ!」
魔王城にやってきた冒険者の前に、いつものように姿を見せた時だった。
「我は”魔王”! ”魔王”シンク! 世界を滅ぼす者……って、あれ? お前ら確か――」
口上を述べつつ見下ろすと、何と、そこにいるのは知った顔だったのだ。
「お前が魔王だぁ!? するってぇとてめぇ、仲間を裏切りやがったのか!?」
「見損なったよ、シンク! 何があったか知らないけれど、魔王になっちまうなんてね!」
「フッ! 我が智謀により目を覚まさせてやろう!」
「シンクさん……あの時の恩返しをさせていただきます!」
「「「「我ら『黄金の聖なる騎士団』が相手だ!!!」」」」
モイミールの冒険者ギルドで、登録試験を同じ時期に受けたロドリク、アデール、ラウノと、後から加わったサーシャの4人である。
当時は中古のレザーアーマーを装備した、いかにも駆け出しといった風情だったが、今は一部にミスリルの使われている鎧や、上質なローブを身にまとっている。武器も、純度は低そうだがミスリル製と思われるものを装備していた。
黄金――かどうかはともかく、騎士団と名乗って遜色ない恰好だ。
そして彼らは一様に義憤に燃え、こちらを睨むように見ていた。
「……えーっとね、あんた達、ちょーっと話を聞いて欲しいんだけど。」
フィーが台本と違う台詞で彼らに話しかけている。
「分かる! 分かるぜフィーリアさんよ! 勇者の使命とはいえ、元の仲間と戦う辛さはよ!」
「あぁ、何も言わなくていいさ! ここはあたし達に任せな!」
「フッ! 安心してそこで見ているといい!」
「そうです、フィーリア様! 私達がきっと……!」
彼らはどうやら、俺が本当に魔王になってしまったと考えているようだ。そして以前の仲間であったフィーが勇者として立ち上がり、俺を止めに来ている……『シンクの命を奪うことになろうとも! 私は使命を果たす!』的なストーリーが、彼らの中で展開されているようだ。
「いや、だから、えっと……あぁもう! いいからこの剣を一緒に手に持って!」
部屋の中央にある、岩に刺さった柄の長い剣(パーティ全員で握れるように柄を長くしているのだ)を指しながら叫ぶ。だが、『黄金の聖なる騎士団』はフィーに従ってはくれなかった。
「動揺する気持ちも分かるが、そんな使えるかどうか分からない武器を頼ってちゃ駄目だぜ!」
「そうさ! それに目を覚まさせてやるだけさ。きちっと手加減できる使い慣れた武器じゃないとね!」」
「フッ! 既に我らは魔王と……シンクと相対している。その剣を抜きにかかれば当然、妨害されるだろう。」
「そうですよフィーリア様! 今は隙を見せてはだめです!」
こいつら……相変わらず言うことが尤もだな。そして驚くべきことに、本当に隙がない。4人とも、相当腕を上げているな。
フィーが「あぁ、もう、そうじゃなくて!」とやや取り乱して頭を振っている。
俺も正直、頭を掻きたい気分だ。さてこの展開、一体どうしたものか……。
あ、そうだ!
「うグぅッ、頭が痛い! お、俺は……! どうやらお前達に会えて、魔王の闇の力が少し弱まり、正気を取り戻せたようだ。」
我ながら何という説明口調……まぁ、この際それは仕方がない。
「おい、おめぇ!」
「あんた大丈夫かい!?」
「くっ! 闇の力……だと!」
「い、今、神聖術を!」
ラウノが闇の力というフレーズに何か反応してしまっているが、それは放置して続けよう。
「だが、まだ完全ではないようだ。頼む、そこの岩に刺さった剣を使って、俺にまとわりつく魔王の闇だけを叩き切ってくれ~。」
こいつらの行動を誘導するために臭い演技をする。
自分で言っててちょっと恥ずかしくなってきたので、若干棒読みになってしまったよ。
「そういうことなら!」
「あたし達に!」
「任せておけ!」
「です!!」
俺の演技を疑うことなく、一同揃って剣を握ってくれた。
「「「「これでもくらえ! ”魔王”!」」」」
「……。」
ロドリク、アデール、ラウノとサーシャの4人に台詞を奪われたフィーが、何も言えずに憮然とした表情で一緒に剣を振るった。
シャオン シャオン シャオン
いつものように、聖剣から放たれた光が俺を包む。
「ぐ、ぐわぁぁああ!」
ちなみにこの部屋では、あの剣が振られると俺は即死するという条件になっている。光は関係ない。ただの演出である。
毎度のことながらここで1回死ぬ。……まぁたぶん死んだ筈だ。
というのも、死ぬのに慣れすぎて復活に遅延を感じないからだ。以前は死んでいるときに多少は『死んだ』という、何とも例えがたい喪失感のようなものがあったのだが、今は無い。……慣れって凄いね。
「ありがとう! 黄金の聖なる騎士団! 皆のおかげで魔王の呪縛から解かれたようだ!」
すくっと立ち上がって適当なことを言う。
「当然のことをしたまでよ。」
「あたし達にかかればこんなもんさ。」
「フッ、これが運命(さだめ)というもの。」
「シンクさん……、良かったぁ。」
どうにか、話をまとめることができた。
今後のためにも、話が通じない知り合いが来るパターンへの対策を考えておく必要があるな……。
「魔王からの解放と再会を祝して飲みに行こう!」と誘ってくる『黄金の聖なる騎士団』の連中を強引に出口から押し出して、本日の業務は終了となった。
「う~ん……。」
「シンク、どうしたの? 難しい顔をして。」
片づけをしながら、フィーが聞いてくる。
「カルマ値がガチャ1回分溜まっているんだ。それを引くか引かないかで、迷ってるんだよね。」
「え? 引けるなら、さっさと引いたほうがいいんじゃないの?」
「いや、1回100カルマ値なんだけど、1000カルマ値溜めると11連を引けて、1回ぶんお徳なんだ。」
「ふーん、そういう仕組みなんだ。1000カルマ値まで溜まるのには、どれくらいかかりそうなの?」
「この調子だと、……1年くらい?」
「……だったらすぐに引いた方がいいと思う。ラグさんの状況が分からないのだし、1年も待っていられないかもしれないじゃない。」
「……確かにな。」
言われてみればそれもそうだ。ガチャで何を引いたら終わりか分からない。だけどトライしないことには始まらない。
何万つぎ込んだって、出ないときは出ない。逆に、たった1回のガチャでポロリと欲しいものが手に入ることもある。
魔の116が頭をよぎる。しかし、前世の俺はガチャ運だけは良かった……そんなことを考えていたら突然、微かな声が頭の中に響いた。
(――シンク、女神様を助けて!)
「……え、ラグさん?」
俺は慌てて周囲を見回した。ラグさんの姿は見えない。
「どうしたの?」
「……今、ラグさんの声が聞こえたような気がした。」
「え!?」
同じように周囲を見回すフィー。
「……いない……わよね?」
正直、全力で身を隠すラグさんを発見する術を、俺達は持っていない。しかし、今は隠れる理由もない筈だ。……幻聴だったのか?
「ラグさん、何て?」
「えっと、『女神様を助けて』って聞こえたような――」
「ちょ、何ノンビリしているの! すぐに行かなきゃだめじゃない!」
フィーの剣幕に気圧され、及び腰になってしまう。
「い、いや、確かにそうなんだけど、どこへ行ったらいいのか……。」
「すぐにガチャ引けばいいじゃない!」
「……まぁ、それしかないよな。」
「そのガチャっていうのは、女神様が授けてくださったものなんでしょ? ”女神様を助けに行くんだ”って念じれば、きっと何か良いスキルが出るわよ。」
確かにそうだ。俺は携帯を取り出した。
(この携帯を通して俺と女神様は繋がっている、とも言えるわけだ。フィーの言う通り、助けが必要な状況なら、それを挽回できる手段が出るかもしれない。)
目を閉じて念じながら、俺はガチャを引いた。
真っ黒な画面に真っ赤な宝石が降ってきた。宝石がひび割れ、その演出とともに携帯が振動する。真っ赤な光と共に、宝石が弾け飛んで――
レアリティUR ”極・オラクル 神域侵入”
「……。」
ガッツポーズとか、万歳とか、ハイタッチとか。
そういう喜びの表現を全部どこかに忘れ去って、俺はただ、食い入るように画面を見つめていた。
フィーが固唾を飲んで見守っている。ようやくそれに気づいた俺は、ゆっくり顔を上げて、安心させるように笑いかけた。
「……出た。女神様のところへ行ける。」
「ほ、本当に!?」
流石にフィーも、本当に1回で出ると信じてはいなかったようで、目を丸くして声を震わせている。だが、暫しの沈黙の後、どこか迷うような声を上げた。
「行けるのは、シンクだけだよね。その力は皆を……私を、一緒に連れて行けるものじゃないんだよね?」
フィーは俺よりも、自分自身に言い聞かせるように問いかけてきた。
俺がゆっくりと頷くと、肩を落として俯く。
……何せ相手は神だからな。戦うと決まったわけじゃないが、不安にもなるだろう。
「あのラグさんが珍しく困っているみたいだからさ。早いとこ向かってやらないと、きっと怒るよ。ひとまず俺が行って、ご機嫌とってくるから。」
俺は努めて明るく振舞う。黙っていたフィーが、つられたように小さく笑ってくれた。
「うん……分かった。ラグさんによろしくね。」
「あぁ。ささっと行って、帰ってきて、ラグさんも連れて『黄金の聖なる騎士団』の飲み会に顔出すさ。そうじゃないと、あいつら後で五月蠅そうだしな。」
俺の言葉にフィーが声を上げ、「そうかも」と笑う。
しばらく響き渡った2人の笑い声が、薄暗いホールを明るく照らすようだった。
「行ってらっしゃい。」
フィーの静かな、だが力強い言葉が、俺の背中を優しく押してくれる。
俺は手に入れたばかりのスキルを使い、”神域”へ侵入した。
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