第五章 王都へ
第104話
グスタフとの戦闘から数日が経ち、各々活動を始めている。
フィー、カッツェ、ノーネットは実家に連絡を取っている。魔人と遭遇し、呪いをかけられた為に連絡が取れなかったが、撃退の末、呪いは無事に解けたと伝えたようだ。
『神殿騎士団長グスタフ』が魔人であったことについては、各々の実家には伏せている。
あれが騎士団長本人だったのか、それとも魔人が擬態していただけだったのか……おそらく本人だろうと思うが、教会側に真偽を問い合わせたところで、グスタフが俺達によって倒されたことを教えてしまうだけだろう。メリットはない。
ただし、ベンノさんとカレンさんからは紋章院へ報告してもらった。
その紋章院から、ベンノさんとカレンさん、そしてフェリクスは、どこかに身を隠すよう指示されたそうな。何故、という顔をした俺達に、フェリクスが説明してくれた。
「我々がここで死んだことにしてしまえば、とりあえず狙われることは無くなるからな。下手に動いて、せっかく助かった母上まで狙われてしまっては事だ。」
確かにそれはそうだ。魔人側はカテジナ様も呪いで死んだと思っているだろうし、潜伏した方がいいだろう。
そんなわけで、フェリクスもベンノさん達と同じようにローブのフードを目深に被っている。
グスタフの件に関してはそのまま冒険者ギルドへ報告するのも危険と判断し、トビアスの親父さん(商業ギルドの理事)に直接説明した。倒して早々に考えなしのどんちゃん騒ぎをしてしまったので、フェリクス、ベンノさん、カレンさんの目撃情報や噂話もあるだろうが、確実な情報源からの情報のほうが信頼されるだろう。
情報分析のプロがいたら逆に怪しまれるかもしれないが、それでもある程度の時間は稼げる筈だ。その間に雲隠れしてしまえばよい。
ベンノさん達は当面、ルイスの生まれた村に身を隠すらしい。ド田舎で人の出入りも少なく、辺境ゆえに噂が街まで届きにくいから、身を隠すにはちょうど良いそうだ。あそこなら俺の両親もいるし、カレンさんにしてみれば暮らしていた家もあるしな。
3人は出立へ向け、身を隠しつつ準備を進めている。3人とも死んだことになっているので、慎重に動いているようだ。必要な物の買い出しは俺達が代行している。偽の身分証の用意やギョンダーから抜け出る手筈やらは、紋章院が進めてくれているらしい。
俺はというと、ギョンダーでの日常へ復帰していた。治療が目的でやって来た人に治療を施し、その合間に工場の手伝いをしている。
トビアスは俺が不在だった1ヶ月で大きく成長していた。誰か頼れる人がいる状態より、自分で全て決定する立場になればやはり覚悟が違ってくるのだろう。工場に関しては今後、トビアスに全て任せても問題はなさそうだ。
問題があるとすれば公爵の件だろうが、これは紋章院や王様が良い感じに対処することだろう。ただ「倒せ」と命じられたなら俺が行って切り捨てて来てもいいんだが、そんな単純な話じゃないだろうしな。
フィー達も『どうにかしなければ』とは思っているようだが、そうは言ってもどう動いたら良いかが分からない、というのが現状だ。俺達も魔人側に既に命を狙われている。グスタフを撃退したのはいいが、次なる刺客が送られてこないとも限らない。とりあえず公爵に会うため、と王都にのこのこ出向いた結果、もし大勢の人を巻き込んでの戦闘となってしまえば……俺達はともかく、巻き込まれた人達の命は無いだろう。
ギョンダーにいるのなら良いのかといえば、勿論そういう訳ではない。ただ、何か次の一手を動かすきっかけになる情報が不足している。よって、現在はフィー達の実家からの情報待ちだ。
フィー達は全部自分の手でやろうとしているが、俺は頼れる大人がいるなら頼る派である。
正直『お前達、全員その場で待機!』とか命じられないかなぁと期待している。
そんな折、俺達の想像とは違う方向に、事態は動きだした。
「……えーっと、王都の貴族様で?」
「ハイ。わたくし、ニコライ・アンプロワーズ・タラセンコと申します。男爵位を拝命しております。」
そう名乗ったのは、立派な服を着た40代前半の男性だ。治療院の前に高そうな馬車を横付けするなり従者に伴われて入ってくると、恭しく俺に礼をして名乗りを上げたのである。
「ニコライ男爵、お久し振りです。」
「おぉフィーリア様、お久し振りにございます。……お噂通り、シンク殿はフィーリア様と懇意にされているご様子ですな。ふむふむ。」
ニコライ男爵はニコニコと笑い、頷いている。
「それで、ニコライ男爵はシンクに何用で?」
「わたくしは本日、王国の使者として参上致しました。」
「使者?」
「ハイ。ギョンダーの地で奇跡の治療を行う者がいる、という噂は既に王都まで届いております。聞けば、その者はアイルーン家に縁があると名乗っているというではありませんか。当初はアイルーン家の名を騙る俗物か、と疑う声も多かったのですが、情報によれば何と、近くにフィーリア様ご本人がいらっしゃるという。そこで、諸々の確認も含めた王命が下されまして、アイルーン家の派閥の末席におりますわたくしめに白羽の矢が立ったというわけでございます。」
「な、成る程?」
「早速で申し訳ないのですが、わたくしのこれを治療して頂けないでしょうか?」
そう言って、男爵は手に嵌めていた白い手袋を取り、右手を差し出してきた。……親指がない。
「恥ずかしながら若輩の頃、剣の修行の際に下手を打ちましてな。既存のポーションでは治せない怪我です。こちらの治癒を以って、奇跡の治療の証明をお願いしたく存じます。」
証明? まぁ、治療すればいいのかな?
「えっと、分かりました。では治療させて頂きますね。」
”再生”の詠唱をし、ニコライ男爵を治療する。
「……おぉ!!! 指が! 何と!!」
ニコライ男爵は蘇生した指の存在を確かめるように、左手で何度もさすっている。
「確認いたしました。いやはや、見事ですな……それで、シンク殿。王都へはいつ頃いらっしゃる予定ですかな?」
「へ? 王都ですか?」
急に話が飛んだな。
「ハイ。シンク殿はこちらで治療院を開いている間、士官の話がある度に『アイルーン家に仕えている』という旨の説明をされていると伺っております。その為にですね、エセキエル王国は国内は勿論、各国から治療に関する問い合わせを受けているのでございます。」
「……あぁ、そうでしたか。」
これはやっちゃったかもしれない。フィーも頭に手を当てている。
ノーネットは「そりゃそうですよ」って顔をしている。……気付いたなら指摘して欲しかったよ。あ、そういえば何度か『どういう意味か分かっているか?』的な質問されたっけな……。
「アイルーン家に仕えているということは即ち、エセキエル王の家臣でもあるということです。奇跡の治療を行う者をただの平民としておけば、国としても信用を失いましょう。陛下はその働きに相応しい身分をお与えくださると明言されました。そのためにも、一度登城をお願いします。そして、今後の治療行為も国内で行って頂きたい、というのが陛下の強いご希望でもあります。」
こうなってはもう、行くしかないか……。
観念し、準備が整い次第出立する旨を伝えると、ニコライ男爵は治療費と、王から預かったという支度金を置いて帰っていった。
去り際にニコライ男爵は「8月に行われます、皇太子殿下の成人の儀に間に合うようご登城願います。」と言っていた。
「8月までに登城か。……そういえば今、何月だ?」
慣れない土地ですっかり季節感を見失ってしまっている。
「今は6月ですね。」
……気付けば5月12日の誕生日が過ぎており、16歳になっていた。
ともあれ、約2ヶ月で王都まで行かねばならない。ギョンダーから王都までの道は整備された街道が続いているので、普通の旅支度で向かえば1ヶ月ほどだろうか。準備に、道中の天候なども考慮すると、それほど余裕はない。
「何事もなく、無事に着けるといいね。」
ルイスがぽつりと呟いた。何事もなく……か、これはフラグというやつだろうか?
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