第103話
■シンク視点
(ふぅ、何とか倒せたな。)
かなりギリギリの勝利だった。
剣気の競り合いが2対8になった時は、内心かなり焦った。
まさかあそこまでの実力を隠していたとは……。
俺はグスタフという強者と戦えたことで、急速に経験を積めた。時間にすればほんの僅かの間だろうが、その内側は恐ろしく濃密だった。言葉で表すのは難しいのだが……『剣の境地』という形のないものに指先が届き、少しだけ触れる……そんな感覚を得られたように思う。
俺はひと息つき、皆を振り返った。
「――凄い! 凄いよ! えっと、戦い自体はよく分からなかったけど……。」
駆け寄ってきたルイスは、酷く興奮しながら笑顔でそう言った。
「流石はシンクだな。」
マリユスは、さも当然であるかのように頷く。
「強くなり過ぎだぞ、お前。」
カッツェは少し悔しそうな顔をしている。
「遅れて登場して、全部持っていくとは……やりますね、シンク。」
サムズアップして、ニヤリと笑って見せるノーネット。
皆が口々に、俺の勝利を喜んでくれる。
「シンク。」
フィーが俺の目の前に立つ。
少し潤ませた瞳で、じっと俺を見つめてくる。
「シンク……生きててくれて、本当に良かった……。」
「大丈夫だ、って言ったろ?」
「でも、……シンクは死んじゃったから……もう、何も伝えられないって……。」
ぽろぽろと涙をこぼし、辛そうな顔をする。
……あの時はあれしかないと思ったし、今でも、その判断は間違っていなかったと思う。
だけど、残された方は辛いよな。
立場を置き換えて想像してみる。フィーが命を張って俺達のために時間を稼ぎ、そして死んでしまう……。うん、ダメだな、こりゃ。もしそうなったら、自分の無力さに死にたくなる。
「辛い思いをさせて、ごめんな。」
「一番辛いのは、あなただもの。……死んでしまったあなたが、一番辛かった筈よ。」
そう言うとフィーは大きく頭を振り、涙を払った。
「おかえり、シンク。」
フィーの笑顔は、まだ少しぎこちない。だが、声は明るかった。
「ただいま、フィー。」
俺はなるべく安心させてあげられるよう、はっきりと落ち着いた声で返した。
その後、カレンさんから改めて「息子がいつもお世話になって~」と友達のオカンにありがちな挨拶をされ、「こちらこそいつもお世話に~」とありがちな返しをした。
フェリクスからは「母子共々、救ってもらった。この借りは必ず返す。」と硬い言葉を掛けられ、「自分のためにしたことだ。気にしないでくれ」と緩い感じで返した。
ベンノさんには、俺から話しかけた。
「ベンノさん。」
「うん?」
「俺の父親の名前は、アルバといいます。母はセリアです。」
「――な!?」
驚愕に目を見開くベンノさん。
「では、やはりあなたは元、暁の……俺の両親とパーティを組んでいたベンノさんで、間違いありませんか?」
「あぁ……、で、では、俺は目の前であいつらの子を……!」
何ということだ、と呻くベンノさんの手が、動揺で激しく震えている。
「ベンノさん!」
俺はベンノさんの両手を取り、強く握りながら顔を見上げた。
「俺は自分の意思で冒険者になり、あの場で戦いました。全て自己責任です。誰かにどうこうして欲しかったわけでもないし、どうこうできるものでもないです。全部、俺だけの物です。」
あの事でフィーのように傷ついた人がいたなら、それは俺の責任だ。
それと同時に、仲間を命がけで守れたという誇らしさもある。それも俺の物だ。
どちらか都合の良い方だけ得ようなんて思わない。そして、どちらも無かったことにするべきじゃないだろう。
「し、しかし……!」
「もし、俺の事について気に病むのなら、どうか父と母に会ってもらえませんか? そして2人の前で罪だと思うことを告白し、裁定を受けてください。」
あの2人なら全てを許すだろう。そして上手いこと納めてくれるに違いない……丸投げとも言う。
俺自身としては本当に、たまたまグスタフと会った時に居合わせただけ、という印象でしかない。
グスタフはそもそもフィーやノーネットに用があったみたいだし、どう考えてもベンノさんは巻き込まれた側だろう。
「……分かった。」
神妙に頷くベンノさん。恐らく真剣な顔でとーちゃんとかーちゃんに話をするのだろう。しかし、しかしだ! かーちゃんのあのド天然に当てられ、いつまでもシリアスを通せるとは思えない。最後には笑い合っている姿が想像できる。本当にかーちゃんは偉大だ。
さて、用事もないのでダンジョンから脱出する。
皆実力者ばかりなので、その日のうちに出ることができた。
「紋章院に1ヶ月分の報告をしないとな……。」
「ギルドにタッツとネソルの死亡報告を出さねば……。」
「私も実家に連絡を入れないとなのです。」
「私も定時連絡を怠っていたからしないとな。」
聞けば、皆もエルフの施設にこもって修行していたため、外界から隔離されていたそうな。1ヶ月も世間から取り残されていたのならば、色々とやることもあるだろう。
周りが忙しなく動いていると、自分も何かしなくっちゃって気分になるな。えーっと、俺は足袋工場がどうなっているか確認を……
「皆!」
忙しく動き始めた各々に、フィーが声をかけた。
「それ、明日じゃダメかしら? 今日は……今日だけは、ここにいる皆で勝利と無事を祝いたいの。」
フィーがそんなことを言い出すのは珍しい。特に騎士学校を出てからのフィーは報・連・相をしっかりしていた。
「命がけの日々だったこの1ヶ月……体感では2年くらいになるのかしら? 結果として私達だけじゃグスタフは倒せなかったけど、こうして皆で生き残れたんだもの。」
エルフの施設で時間が引き延ばされるのは聞いていたが、体感で2年もか!
俺の方は1,000倍のスキルで楽して強くなったなんて、ちょっと言い出し辛いな。
「少しくらい、自分で自分を褒めてあげたいっていうか……それに明日、何かトラブルが起きるかもしれない。ゆっくりできるのは今日だけかもしれないって思うと、できるときにしておきたいんだ。」
……確かに。フェリクスを助けに行くと決めた時は、自分がそこで死んでしまうなんて考えてなかった。
「もう、後悔はしたくないの。」
フィーの言葉を受け、皆、それぞれ感じ入るものがあったようだ。
「……報告が1日遅れるくらい、今更か。」
「そうだな。私に異論はない。」
「……便りが無いのは元気な証拠とも言いますし、きっと気にしてないでしょう。えぇ。」
「……そうだな、フィー様。後悔しない選択をしないとな。」
「僕もフィーさんに賛成!」「私も!」
「私も賛成だ。」
「シンクも、いいよね?」
「勿論だ!」
そして俺達は1階が酒場、2階が宿屋という店に直行し、部屋を押さえた。簡単な身支度だけ済ませて、早々に階下の酒場に集まる。
「それでは、勝利と皆の無事を祝って! 乾杯!!」
「「「「「「「乾杯!!」」」」」」」
オーダーした料理が次々と運ばれてくる。
こんがりと焼けた肉の塊が刺さった串。蒸かしたジャガイモの上に数種類のチーズをたっぷり削って乗せたもの。大振りのエビと香味野菜を蒸し焼きしたもの。ピリリと辛めに味付けされた具沢山なスープ。それらがテーブルの上に所狭しと並ぶ。
各々好きなものを手に取り、ガブリとかぶり付き、酒で流し込む。
「「「「「「「「美味い!!」」」」」」」」
こういう料理らしい料理は1ヶ月ぶりだ。修行中の食事は果物や木の実を中心に、簡単に済ませていた。常春の園には外敵となる獣がいない代わりに、獲物になりそうな動物もいなかったからな。
小川には魚がいたので修行の合間に釣りはしたのだが、釣った先からどこからともなく猫が現れて掻っ攫っていく。
最後の方は、初日に会ったハナという小麦色のスコティッシュフォールドが毎日俺の前に現れ、いっそあざといぐらいに可愛く小首を傾げながら「お魚は? まだ?」と聞いてくる始末であった。
「皆、エルフの施設にいたっていうけど、修行中はどんな食事をしていたんだ?」
「……あれは食事と言っていいのかな?」
俺の質問にルイスが眉根を寄せて答えてくれる。
「何か……ドロッとした液体? それと、あんまり味のしないビスケットのようなもの、かな?」
「あれらは個々の身体に不足している栄養が濃縮されたものだ。スキルレベル上げに必要な処置だったんだ。」
マリユスが捕捉する。なるほど、プロテインみたいなもんかな?
「体感的にだけど、2年間ずっとその食事だったからね~。」
「本当に久しぶりだわ。ああ、美味しい~!」
……どうしよう。経験が1,000倍になるスキルで楽に強くなったことが更に言い辛くなった。
皆の苦労話は続く。
「施設が死ぬギリギリ手前で止めてくれるんだが、本当に、死ぬギリギリ手前であったな。」
フェリクスがしみじみと言う。
「私は、酷寒の中でも魔術の集中を切らさない訓練が一番辛かったです。吹雪で視界は悪いわ、手も足もかじかんで感覚が無くなるわ、モンスターもじゃんじゃん襲ってくるわ……」
ノーネットが思い出した寒さを紛らわせるように、熱々のスープを口にした。
「僕はやっぱり”精霊降ろし”の訓練かなぁ。誰かを守るためにやるならともかく、訓練であれだけ痛いのは辛かったなぁ……またあの辛い思いをするのか、って思うと憑依されるのを躊躇しちゃうんだよね。……でも! シンクが作ってくれた時間だから、無駄にしちゃいけないって思って頑張ったんだ。」
キラキラした目でルイスが語っている。
「そうそう、守られるだけの立場は味わいたくない! って気持ちで頑張れたなぁ。」
カッツェは自分の努力を噛みしめるように、ぐっと手を握りこんだ。
「同じ舞台の上に立つことさえできないというのは、とても惨めだったもの。……私は、次こそは見ているだけじゃなくて一緒に戦う! って一心だったわ。」
フィーの言葉からは日々、無力さを噛みしめ、努力してきたことを窺える。
「まあ、シンクには結局、私の更に上を行かれちゃったけど。」
「あれほどの剣気を放つグスタフに勝ってしまうんだからな。」
「本当ですよ。私の極級魔術を物ともしないグスタフに、あっさり勝ってしまうなんて。」
「僕とお母さんの精霊魔術もほとんど効かなかったよ。」
「極級の技を以って4人掛かりでも、あっさりと躱されてしまったからな。」
「「「「「どんな修行をしたの?」」」」」
声を揃えて、フィー、カッツェ、ノーネットにルイスとフェリクスが聞いてくる。年長組とマリユスも、声には出さないが興味津々といった目を向けてくる。
「え、えっと~……。」
どうしよう……、本当に答え辛い……。
「「「「「経験値1,000倍!?」」」」
結局、黙っていることができず、教えてしまった。
最初は輝虎師匠や、スキルより強い甲斐成田流の話で誤魔化そうとしたのだが、やはりそれだけじゃ説明がつかない。……まぁ、あれだけの力を手に入れてくれば、気になるよな。
「それって、一体どういう……?」
フィーが代表して聞いてくる。もっともな質問だ。
「素振りを1回練習すれば、1,000回練習した結果を得られる、って感じだ。」
「それだと1ヶ月で……80年以上の効果? ……と、途轍もないわね。」
フィーは若干、呆れ顔だ。
「それも凄いですが、スキルより強い甲斐成田流剣術というのもとても気になります! 魔術でも、そういったことが可能かもしれませんね~。……ノーネット流魔術。うん、良い響きです。」
ノーネットは最後の方を小声で付け足した。
「人もエルフも、一部の天才はスキルを超える力を手にしている。エルフの施設を動かしている仕組みも、そういった天才達の英知の結晶と言っていいだろう。スキルというのはあくまでも、厳しい世界を生きる人間達への恩寵だ。個々の力の限界を示すものではない。」
マリユスがスキルについて捕捉してくれた。確かに、生産系のスキルを幾ら身につけても、空に島は浮かべられないよな。
「……僕の”精霊降ろし”は、凄く強いけど、痛かったり、しんどかったりする。シンクのその、経験が1,000倍になるっていうスキルには、何かデメリットとかないの?」
ルイスが鋭い指摘を上げてきた。全員がバッと俺の方を向く。
「一応あるぞ。ひとつは、寿命が10分の1になる。」
「「「「「「「「……え!?」」」」」」」」
全員が一瞬ポカンとした顔をした後、凄い勢いで詰め寄ってきた。
「ちょっと! 何でそれを早く言わないの!」
「またお前はそうやって! もっと自分を大事にしろ!!」
「何を考えているのですか! あなたは!」
「シンク……!」
「もっと僕達を信頼して! あぁ、でも、勝てなかったけど……。」
「シンクちゃん! ご両親が悲しむわよ!」
「そのようなデメリットのスキルなぞ! 授けたのはどこの悪魔か!?」
「アルバ……セリア……、あぁ、あの2人に何と言えばいい……。」
「い、いや、ちょっと落ち着いて! 俺はもともと”老化遅延”のスキルで寿命が10倍だったから、ちょうどいいんだって! 相殺されて普通の人間と変わらないよ!」
自身の言葉足らずを悟って、慌てて言いつのる。……こんなに怒られるとは思わなかった。
「「「「……はぁ~、何だぁ……」」」」
皆に、脱力したようなため息をつかれてしまった。脱力しないまでも、年長者やマリユスは、ほっと息を吐いている。
「……紛らわしい。」
「……ちょっと今のは頂けませんよ?」
「……凄くびっくりしたよ。」
「……何事もないのは良いことなんだがな。うん。」
口々に安堵の声を上げている。そんな中、フィーは無言で立ち上がった。
俯いているので表情を窺うことができない。ツカツカと歩き俺の後ろに立つと、襟首をむんずと掴んだ。そして、俺を引き摺るようにして歩きだした。
「ちょ、ちょっと、フィーさん?」
「……。」
俺の声に無言を返すフィー。助けを求めて皆を見るも、それぞれ納得したように頷いている。
「今のはシンクが悪いのです。」
「そうだな。きっちり怒られて来い。」
「ちょっと今のはフォローできないかな?」
「シンク殿、骨は拾ってやるぞ。」
年長者とマリユスは苦笑いを浮かべている。皆に見送られギョンダーの街に出る。日が傾き、夕日が街を茜色に染めている。
フィーは襟首からは手を放してくれたものの、俺の右手首を掴み直してどんどん引っ張っていく。
俺は抵抗せず、フィーに合わせ歩くことにした。
賑わう繁華街を抜けて住宅街に入り、そこも横切って、たどり着いたのは街の外壁の一角だった。
普段は歩哨がたまに歩くだけで、ほとんど使われていない場所なのだが、俺達はモンスターの異常発生時に、街の防衛のため何度か訪れたことがある。
フィーに引かれるまま階段を上がり、外壁の上に立った。
そこからは街が一望できる。日は沈んだばかりで西の空にはまだ明るさが残るが、東の山際は既に夜空が色濃く、星々が瞬いている。
フィーは俺の手首を掴んだまま、眼下に広がる街を眺めている。風が吹いて、フィーの長い髪がなびいた。
「この街へ来て、色々あったわね……。」
どこか懐かしむような声でそんなことを言った。どうやら、怒っているわけじゃないみたいだ。
体感で2年も修行していたのなら、この街へ来た当初のことはかなり前のことになるだろう。
「ラキとリズに出会って、何とかしようとして……結局全部、シンクが何とかしてくれた。」
「皆も意見をたくさん出してくれたじゃないか。」
「ううん。私達だけじゃ無理だったよ。私ね、シンクから『工場を作って足袋を売る』って大まかな方針を聞いただけで、もうそれで何とかなるって気持ちでいたんだ。……でもシンクが工場を作って、私達じゃ考えも及ばない本当に細かなところまで指示して決めていくのを見たときに、1から10まで決められる人がいないと物事は決して動かないんだなって実感したの。」
ああいうのは指示待ちになりがちだからな。ほったらかしにしても出来上がりはするのだが、速さを求めている時は何でもいいからパパっと決めてあげると皆が動けるのだ。
「何が大事で、何に注意したらいいのか想像もつかなかった。床の色ひとつとっても、私じゃ決められなかったよ。」
言われてみれば確かに俺は、『人が歩くところは緑で、段差があるところや危険な箇所は黄色と黒の縞模様で!』とか、やたらと細かく指示を出していたっけな。
前世の世界ではレトロで単純な工夫だが、この世界では非常に有効だと判断したから実践していた。
こと工場に関しては前世の知識があるから、正解だと断言できるものを持っていた。
「う~ん……今にして思えば、仲間でやろうって決めたことなのに俺が独断先行していたな……ひとつひとつ、皆に説明してからやっていけば良かったな。」
俺の後悔の言葉に、フィーは顔を横に振る。
「そうじゃなくてね。えーっと……うん、そう。シンクはいつも、困っている私を助けてくれてるって話。」
「フィーを助ける?」
「ラキとリズをどうにかしたいって、言いだしたのは私。けれどシンクは、どうしたらいいか全く分からなかった私に『こうすればいい』って手順を示してくれたばかりか、商業ギルドの理事を説得して、工場作って、仕事を提供して、貧民が上へ上がれる仕組みまで作ってしまった。」
街を見下ろしていたフィーは頭を上げて、空を見上げた。そこには薄明りの中でもはっきりと輝く星があった。
「シンクはあっと言う間に、全部1人で解決してくれたの。……この街のことだけじゃないよ? 遺跡では倒れたルイス君を助けてくれたし、モイミールでは悪い代官を倒す道筋をつけてくれた。ルイス君の村のマンティコアだってそう。私がどうにかしなきゃって思ったことを、いつも理想の形で解決してくれた。」
フィーは視線を落とし、自分の手を見つめている。
「いつもいつも助けられてばかりで、あなたの横に立つには相応しくない。だから努力して追いついて……と考えてたのだけど、あなたはもっと先に行くし、……それに突然終わりが来ることもある。何も伝えられず終わってしまうことが、当たり前にあるんだって思い知った。だから、伝えられる時に伝えなきゃって思ったの。」
フィーはくるりと振り返り、俺を正面から見つめて微笑んだ。
いつかの夏の終わり、村を一望する丘の上で見た笑顔が、目の前のフィーに重なる。
「私はあなたのことが好き。……恋愛とか、今もあの時と同じでよく分かっていないけれど、シンク。あなたのことが大好きよ。」
フィーもまた、あの丘で口にした言葉を覚えていたようだ。騎士学校に入る前の少女ではない、現在のフィーの言葉に、同じ時を過ごす俺もキチンと答えなければならない。無い頭で考えても、気の利いた言葉は出てこない。素直に思ったままを口にする。
「フィーはいつも真っ直ぐで、正しく在ろうとする姿が俺には眩しく映る。俺はとても怠惰で、いい加減な人間だ。俺だけだったらモイミールでも、この街も、起きた問題に見て見ぬ振りをしていたかもしれない。フィーが先陣を切って意思を示してくれることで、俺はいつも勇気をもらっていたよ。」
我ながら情けないが、偽りなき本心だ。
俺だけだったらラキとリズに小銭を渡すだけで、雇うことは無かっただろう。
モイミールで若い冒険者が失踪していると聞いても、早々にモイミールから離れただけだっただろう。
「フィーの望む未来が、俺にとっても好ましいものであることが凄く嬉しい。これからも、フィーと一緒に描く未来が、俺達2人にとって好ましいものであったらと願ってやまないよ。」
幸せを共有できるというのはとても嬉しい。
「……俺は”償い”をしなければいけない人間で、素晴らしい両親のもと育ち、素晴らしい仲間に囲まれている。俺はこのことを後ろめたく思わないで済むくらいに、前世で不幸にした人達を幸せにしたいと思う。そのために善行を積み、カルマ値を捧げる必要がある。フィーにはどうか見ていてほしい。怠惰な俺が、幸せに溺れずに、キチンと善行を積めているかどうかを。」
フィーからしたら、こんなお願いされるのは嫌かもしれないけど、全部本音で話したいのだ。
「俺もフィーが好きだよ。大好きだ。ずっとずっと、一緒にいたい。」
「……そう思うなら、私を独りにしないでよ? 私だって、ずっと一緒にいたいのだから。」
「うぅ、ごめんよ。」
「うん、そこはちゃんと反省してもらうわよ? さっきだって、シンクの寿命が10分の1になったなんて聞いて、居ても立っても居られなくなったんだからね。」
フィーは目を潤ませ、悲しそうな表情を見せた。
「本当に、独りにしないでよ?」
「あぁ。」
「シンク……。」
「フィー……。」
辺りは夜の帳に包まれ、天からは2つの月が俺達を眺めている。柔らかな月の光が、そっと重なる俺達の影を、石畳に映していた。
……ここで終われば、美しい思い出だったのだけどな。
俺とフィーは皆がいる酒場へ帰ってきた。
「イヨッ、ご両人! お帰りなのです!」
すっかり質の悪い酔っ払いと化したノーネットに、早速絡まれる。
「随分と遅かったですね~。ムムム! ……分かりました! 分かっちゃいましたよ? やっちゃいましたか? やっちゃったのですね!」
何をだよ……と俺は心の中で冷静に突っ込みを入れていたのだが、フィーは違った。
「な、な、な! やるって何よ! き、キスしかしてないわよ!!」
「「「「おぉ~~~!」」」」
どよめく一同。
「やってるじゃないですかぁ~!」
ケラケラと笑うノーネット。
「も、もう! 知らない!」
フィーは恥ずかしさを隠すためか、席に戻ると口いっぱいに食べ物を詰め込んでアルコールで流し込み始めた。
それを見ていたら、妙に小腹が空いてきた。俺も席に戻って、手近な料理に口をつける。
「シンク殿。戻ってきて早々に申し訳ないが、気になったことがあってな。先ほど『デメリットのひとつ』と言っておられたが、もしや他にもあるのか?」
フェリクスから質問が来た。
「あぁ。もうひとつは、スキルを得るための女神様への捧げものを大量に前借りしたんだ。でもまぁ、これはグスタフを倒したことでチャラになっている筈だから、デメリットと呼べる程のものじゃないかもしれないけど。」
「……うーむ、詳細は分からんが、とりあえず問題はないという認識でいいのか?」
「あぁ、大丈夫だ。心配かけて済まないな。」
そういえば、グスタフを倒してからカルマ値がどうなったのか、まだ見ていなかったな。
(確認してみるか……。)
俺は携帯を取り出して、カルマ値の画面を呼び出した。
”-60,000”
……12万に迫ろうかというマイナスだったのだから、半分弱は返せた計算になる。が。
(グスタフ倒せばすぐ完済できる、とか言っていた奴はどこのどいつだ!)
向かいの席、背のない丸椅子を重ねた上にちょこんと座って酒を舐め……いや、深めの小皿を両手で器用に支えながら呑んでいるラグさんを、俺はじとっとした目で見つめた。
(何よ?)
小さく切り分けられた肉を酒の合間に噛みながら、思いっきりガンを飛ばしてきた。ラグさんも久し振りのお酒だからか、ゆっくり楽しみたいようだ。邪魔すると後が怖そう……。
「あぁ~……。」
俺は思わずテーブルに突っ伏した。
グスタフという強敵を倒し、フィーという恋人もできた。だが、俺の旅はまだまだ続くようだ。
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