第47話

 ■シンク視点


 俺はマンティコアを倒した後、ドロップ品を回収し、村の方角以外へ散っていったモンスターを倒して回った。広範囲の攻撃魔術を駆使し、ある程度の間引きにどうにか成功すると、次に向かったのはルイス達の受け持つ防衛拠点だ。自警団のほうは人数がいるので、ある程度のミスもお互いにカバーし合えるだろうが、ルイスたちは2人きりだ。もし片方が致命的なミスを犯すと、一気に厳しくなる。

 ”気配察知”を使いながら向かう。ほとんどのモンスターは討伐し終えたようだな。

 森を抜けると、すぐに2人の姿が確認できた。バンがルイスを抱き起こしているようだ。


「やはり、ルイスはMP切れになったか。」


 俺はそう呟きながら、2人に近づいた。よく見ると、バンは満身創痍だ。


「お、シンクさんか。そっちはどうだったんだ。」


 バンが聞いてくる。俺はバンに回復ポーションを振りかけながら答えた。


「こっちは問題なく倒せたよ。そっちも、何とかなったみたいだな。」


「ギリギリだったけどな。」


「バン、ごめんなさい。僕がMP切れになってしまったばかりに……。」


 草の上にちょこんと座るルイスは、身を更に小さくして謝った。


「……あぁ、その、何だ。分かったことがある。」


 バンはルイスを見ながら、ぽつりぽつりと言った。


「誰かを守りながら戦うのは、とても大変だ。」


「うぅ、ごめんなさい。」


 ルイスは更に小さくなってしまった。バンは慌てて手を横に振る。


「いや、そうじゃない。9年前の話だよ。……親父達がルイスを戦わせなかった理由が、良く分かった、ってこと。」


 バンは考えを整理しているのだろう。ゆっくりと、言葉を選ぶように続けた。


「さっき戦闘に入るまで、俺は正直、ルイスを守りながらでもそれなりに戦えるんじゃないか、と思っていた。だが、実際守ろうとすると、どうしても自分の防御が疎かになって、敵の攻撃を避けられなかった。守るってのは、こちらが数で勝っていればいいが、相手が多いとどうしようもないんだな。」


 何かを思い出すように、少し苦しそうに、バンはルイスを見る。


「9年前は、親父達だけでも生き残れなかった。モンスターに必死で抗い、最後は相打ちのようにして倒したと聞いている。あの時ルイスがいたら、最初の1匹こそ楽に倒せただろうが、その後はMP切れで倒れたルイスを守りながらになる。誰かが担いで避難させるにしても、その間は1人欠けることになる。戦力を総合的に考えれば、ルイスはお荷物にしかならなかった筈だ。」


 バンはきっちりとルイスに向き合い、姿勢を正して頭を下げた。


「ルイス、改めて済まなかった。俺は、両親の死を受け容れられなかったんだ。あの時何かが違っていれば、生きていたかもしれないと思いたかったんだ。でも違ったな。俺の両親はあの時、最善の選択をしていたんだな。」


「ルイス。お前はどう思う?」


 俺はルイスに『答えは見つけられたのか?』という意味も込めて聞いた。


「僕は……僕は……。」


 ルイスは俯き、喉の奥から声を絞り出すように答えた。


「……もしあの時、お前も戦えって言われたとしても……怖くて、何もできなかった。」


 涙ぐみながら、今度はバンのほうを向く。


「でも、バンが、皆が『お前が戦っていれば』って言うから……だけど、そんなこと言われたって、絶対に、あの時の僕には何もできなかったよ!」


 大きな声でそう叫んだ。そして、泣き出してしまった。ずっと、そう、ずっとそれを言いたかったのだろう。しかし、胸の奥に澱む罪悪感が圧し掛かり、周囲にも、吐き出させてもらえるような空気はなかったのだろうな。自分の中で、ずっと溜め込んでいた言葉なんだろう。

 バンの胸を借り、しばらくわんわんと泣いていたが、泣き疲れたのか、そのまま寝てしまった。戦闘や、MP枯渇による疲労もあったのだろう。バンは黙ってルイスを背負い、もう1つの防衛拠点へと移動する。

 自警団の連中と合流後、お互いに情報交換する。自警団も問題なく防衛できたようだ。バンがルイスを守ることで苦戦し味わった、守ることの難しさを伝えている。そして、ルイスの悲痛な叫びもまた、バンは自警団の連中へ隠さずに伝えた。その言葉を全員が受けとめ、それぞれ考えているようだ。


 村に着くと、もう大騒ぎだ。討伐できたことも勿論だが、全員無事に帰ったことが最も喜ばれた。さっそく宴会の準備が始められ、俺達はそれまで休息をとった。準備が整う頃には、ルイスも復帰できたようだ。

 そして、宴が始まる。村全員から感謝され、次々と村人が俺の元へ酒を注ぎに来る。断るわけにもいかず、どんどん飲んでいった。ルイスや自警団の連中も、宴の中心となって盛り上がっている。楽しそうにはしゃぐ姿を眺めながら、ふと夜空を仰いだ。星が、ふわふわと瞬いて見える。

 明日、俺は旅立つわけだが、ルイスはどうするかな? 俺についてきてくれるだろうか?



 ■ルイス視点


 あんなことを言ってしまったのに、バン達の態度は変わらない。むしろ、優しく接してくれる。あの言葉を言ってしまったら、もっと嫌われると思っていた。

 シンクは『一緒に訓練を受ければ答は分かる』と言っていたけど、その通りだった。……いや、僕は前から分かっていた。僕なんか、足手まといでしかなかったことを。……ただ、それを口に出すことができなかっただけだ。

 でも、『これからどうすればいいのか?』の答は、まだ得られていない。訓練の中に、ヒントはあっただろうか?

 思い出そうと唸っていると、バンが僕の隣へやってきた。


「ルイス、身体の調子はどうだ?」


 優しく気遣ってくれる。それだけでとても嬉しい。


「ありがとう。大丈夫だよ。」


「お前は無理して溜め込むから、そう聞いても安心できねぇよ。」


 バンは笑いながら、手にしたグラスをあおった。


「ルイスは、これからどうするんだ?」


「これからって?」


「明日から、何やって過ごすのかってことさ。自警団に入るか?」


「うーん……。」


 僕は、答を出せないでいた。何をしたらいいんだろう? 黙っていると、バンが少し俯いて、静かに口を開いた。


「ルイス。俺はお前に、もうひとつ謝らなければいけないことがある。」


 今日はもう、たくさん謝ってもらった。他にバンから謝ってもらうことなんて思い当たらないのだけど、何だろう?


「昔、親父達がまだ生きていた頃。お前の両親が行方不明になった時に、『俺が冒険者になって探してきてやる』って、約束しただろう。それが、できなくなった。済まん。」


 バンはまた、僕に頭を下げた。


「俺は、親父達が守ったこの村で、自警団としてやっていきたい。今度は俺が、村の皆を守りたいんだ。」


「……うん。それが良いと思うよ。」


 そうか、そんなことを言ってもらってたっけ。バンには悪いけど、すっかり忘れていた。


「それでな、ルイス。お前、シンクさんに、一緒に行かないかって誘われているんだろう?」


「え? どうしてそれを?」


「シンクさんから聞いたんだよ。そう言ったらお前が考え込んでしまった、って心配してたぞ。」


 バンは僕をしっかりと見つめて続けた。


「お前は、シンクさんと一緒に行け。」


 僕はハッとしてバンを見る。


「俺達に遠慮する必要なんてない。お前の両親は今も、どこかできっと生きている。探しに行けよ。」


「そんなの、分からないじゃないか。もう、ずっと、何の便りも無いんだもの。それに、僕がこの村を出て行っちゃったら、戦力が下がっちゃうでしょ?」


「俺達はもう、お前がいなくても戦える。……お前は、それを言い訳にしてないか? 俺達が、親が死んだことを言い訳にしていたみたいにな。」


 バンは諭すように僕に話しかける。


「いいか。お前は、俺達のようになるな。怖いのは……分かると思う。お前のことだ、両親が生きていて連絡をよこさないのだとしたら、それは自分が捨てられたからじゃないか、とでも考えているんだろう。……だけどな。」


 目に力を込めて、バンは言った。


「だけど、親ってのは、子供のために命を懸けられるんだ。親父達が俺達を守ってくれたように、お前の親だって、きっと……。」


「……お父さん達は、僕を嫌ってないかな?」


「嫌ってないさ。」


「僕のことを、今も、好きでいてくれているかな?」


「勿論。」


 眼鏡を外し、ローブの袖で目を擦る。


「……生きてくれているかな?」


 バンが、優しく、力強く、僕の背中を叩いた。


「お前の助けを、待っているかもしれないぞ?」


「……ありがとう、バン。」


 僕は、決意を固めた。



 ■シンク視点


 翌日、朝。晴れやかな顔をしたルイスが、俺を起こしに来た。背には大きな荷物を背負っている。身を起こした俺に向かって、はっきりとした声でこう言った。


「僕も、一緒に連れて行って欲しい。両親を探したいんだ。」


 少しずれた眼鏡の向こう側から、強い意志のこもった瞳で、しっかりと俺を見据えている。


「……ルイス、済まない。」


 俺は一言侘びを入れる。ルイスが心配そうな顔をする。


「出発……明日でもいいかな? 準備万端のところ悪いんだけど、二日酔いで、ちょっと今日は、動くの無理そうなんだ。」


 俺は情けない理由を告げて、再びベッドに身を預けたのだった。


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