第48話

 ■フィーリア視点


「ほら! みんなもっと急いで!」


 私は走りながら、連れの2人を振り返って声を掛けた。


「はぁはぁ、フィーリア……、私はあなた方と違って、繊細なのです。はぁはぁ、こ、これ以上は、無理なのです……。」


 息も絶え絶えに答えたのは、つばの広い黒のとんがり帽子をかぶった小柄な女の子だ。身長は140cmくらい。黒いマントに黒いローブを着ていて、目も髪も闇夜を思わせるような漆黒で、とても綺麗。帽子のとんがりは2つあって、クラウン(頭を覆っている部分)の正面に猫の目のような模様がついている。とんがりを耳とすれば、猫の頭のように見える帽子だ。手に持っている大きな杖が、見るからに重そうだなと思う。


「ノーネットはもうダメそうだぞ、フィー様。」


 長身の肩にハルバードを担ぎ、息を切らすことなく悠々と走っている女の子が言った。毛皮を硬い皮で繋ぎ合わせたような鎧を着ているけれど、所々露出している肌の下には引き締まった筋肉の存在が見える。鍛え上げられた身体は逞しいのに動きはしなやかで、どこか品がある。毛皮の模様と相まって、まるで豹が走っているみたいだ。


「カッツェ、ノーネットを背負える?」


「背負われるなんて、はしたない! 子供じゃないのですから! そんなことされたら魔術の大家、ミロワール家の名が廃るというものです。」


 カッツェは無言で、ハルバードを支えていないほうの肩にノーネットを担いだ。


「こら! 何をするのです!」


「早く行かないと! マンティコアによる被害者が出たらどうするの!」


「まぁ、急ぐ気持ちは分かるのですけど。……ふぅ、これは背負われるよりはマシですね。」


 カッツェの肩の上で、ノーネットが大人しくしている。要は、子供扱いしなければ良いのだ。”子供っぽい”のが問題なのであって、荷物のように扱われるのはセーフなのである。見方によっては、担がれるのも十分はしたない気がするけど、そこは気にならないようだ。まあ、そんなことよりも。


「まさか、エリアボスモンスターの報告まで握り潰しているとは思わなかったわよ。」



 さて、どうして私が今、仲間とともに領内をこうして走っているのか。それには、少々事情があるのだ。


 端的に説明すると、私達は騎士学校で公爵家の人間と揉めてしまい、今でも目をつけられている、ということになる。

 公爵家は、この国の軍全体に大きな影響力を持っている。いち貴族が自領の中、自前の騎士団を動かすのさえ、規模が大きくなると軍の許可が必要だ。ここ最近、アイルーン家の騎士団の行動は何かにつけ、許可を先延ばしにされたり、あれこれ理由をつけて不許可となることが多くなっていた。また、いつの間にか騎士団の中枢にも公爵家の者が入り込み、重要な情報を握り潰されてしまうということが、度々発生していた。


「普通に考えたら、ありえないのですよ。モンスターは人類全体の問題です。放置すれば最悪、国の滅亡にも繋がりかねません。」


 ノーネットが憤慨している。カッツェは難しそうな顔をして、担いでいるノーネットを見た。


「犯人を見つけ出して、締め上げた方が良くないか?」


「カッツェの言うことは尤もですけど、例え犯人を特定できたとしても、『未処理の書類が処理済みに紛れ込んでしまっただけ』ってなるのが関の山だと思うのですよ。要するに、どう足掻いてもお咎め無し、なのですよ。」


「それに、今締め上げても、そこから騎士団の派遣となると更に時間がかかるわ。民の直面している危機を考えれば、悠長にやってる時間はないのよ。」


「しかし、街でたまたま、マンティコアの噂を聞けて良かったよな。もし耳にしてなかったらと思うと、ぞっとする。」


 カッツェが真剣な様子で言った。全くだと思う。その噂を聞けたのは、本当に偶然だった。街に入るために並んでいたその時、目の前にいた隊商がしていた噂話だったのだ。


「9年前のモンスターの襲来で、どこの開拓村も疲弊しているわ。マンティコアを倒せるような冒険者を雇う余裕なんて、あるとは思えない。だから急ぐの!」


 そう告げてから、1つの例外を思い出した。


「余裕がある開拓村なんて、『暁』がいるあの村だけよね……。」


 私の呟きを、ノーネットが耳聡く拾う。


「ああ、フィーリアの、背の高いイケメンで剣の腕が凄いという彼氏がいる村ですね。確か、今向かっている村からそう遠くないと聞きました。……まさかとは思いますが、彼氏に会いたくて急いでいる、とかではないですよね?」


「そんなわけないでしょ! それに彼氏違うし!」


 現在の私達は、冒険者のような立場にある。公爵家に睨まれ、騎士団は動かせない。しかし、モンスターは待ってはくれない。

 公爵家と揉めたことは後悔していない。あの時、私が動かなければ、何の非もない女性が、公爵家の者によって矜持を踏みにじられていただろう。しかし、その報復によって領内の民が苦しんでいる事実が、私の精神を蝕んでいる。

 このまま手をこまねいているだけではいけない、と私は考えた。この問題の発端は自分だ、ならば自分の手で何とかしよう、と。

 そうして私はお父様とお母様を説得し、自由騎士の身分となったのだ。


 自由騎士というのは、国に縛られない騎士――己が信念で、人々を守る存在である。まあ、要は貴族がなる冒険者だ。元々は、冒険者に憧れた貴族の子弟用に作られた位らしい。普通の冒険者になれば、平民と同じ扱いの地位になる。そうすると、貴族からクレームが来る。それを避けるため、このような建前の組み込まれた身分ができ上がった。

 私はそれを利用し、自由騎士となっている。いわゆる冒険者……とは厳密にはちょっと違うのだが、だいたい一緒だ。冒険者ギルドで依頼を受けたり、未到地域の探索もできる。

 お父様を説得するにあたり、『騎士団を動かせないならば代わりに私が自由騎士となり、モンスターを倒す!』と説明したところ、苦笑しながら許可をくれた。その後、お父様から『妹と弟だったらどっちが欲しい?』と妙な質問をされた。私は妹ならイーナがいるから弟が欲しいと伝えたのだが、あの質問は一体何だったのだろう?


 そうそう、同行者の紹介が遅れてしまった。

 ノーネットは私と同様に冒険者に憧れており、騎士学校で意気投合した仲間である。彼女の実家も私の家と同じような状況で、両親の説得も同じ手法を用いている。うちと違うのは、情報伝達に魔道具を多用していることだ。そのため、今のところ、うちほど酷い状況にはなっていない。

 カッツェは、アイルーン家と深い繋がりのある男爵家の娘だ。何代か前のアイルーン家の当主が、カッツェのご先祖の危機を救ったそうな。そこから、恩返しにとアイルーン家に仕えるようになり、凄まじい働きを見せ、遂には男爵まで上り詰めたのだ。カッツェの生家であるブーバー家は、事ある毎に『我らは国に仕えているのではなく、アイルーン家に仕えている』と公言している程である。当初は私のことをフィーリア姫様などと呼んでいたけれど、何とか今の呼び方まで修正した。私が自由騎士になると告げると、当然のように後を追ってきたのだった。



 走り続けていると、やっと目的の村が見えてきた。入口に門番らしき人影が見える。私達はそこへ向かい駆けつけた。門番の若い男が、ぎょっとした表情を浮かべる。


「こんな田舎の開拓村に、何の用だ?」


 身構えながら、そう質問してきた。大柄な女戦士に担がれた小柄な女魔法使いに、女騎士の組み合わせが全力疾走で来たのである。確かに、何事かと思われたとしても無理はない。息を整えて、咳払いする。


「この村に、マンティコアが出たと聞いたのだけど?」


「あぁ、マンティコアを倒して名を上げようって冒険者か? だとしたら、ひと足遅かったな。もう倒してしまったぞ。」


「「「倒した!?」」」


 男の自慢げな言葉に、私達はそれこそ、心の底からの驚きの声で返した。

 門番の男にアイルーン家の人間であることを伝え、村長宅まで案内してもらう。居間に通されると、村長は相当驚いた様子で声を上げた。


「フィーリア様! わざわざこんなところに、いかがされましたか?」


「道中、マンティコアが出たという話を聞いたものだから、急いでここに来たのです。しかし、既に討伐されたとか?」


 私がそう訊くと、門番の男は憤りを隠さずに呟いた。


「何を今更……。何回も騎士団に願い出ていたこと、知らないわけ無いだろうに。」


「バン、わきまえぬか! フィーリア様、村の者が失礼しました。何卒、お許しください!」


 慌てて村長が頭を下げる。いや、むしろ頭を下げなければいけないのは私の方なのだ。


「いえ、構いません。その者の言う通りですから。」


 村長は恐縮した様子ながらも、同席したノーネットとカッツェ、私の顔を順に見回し、不思議そうな顔をした。


「しかし、何故騎士団ではなく、フィーリア様が直々にいらっしゃったのですかな? いえ、フィーリア様の剣の腕は、この村にも聞こえてきておりますが。」


「……じ、実はですね、村長……。」


 そこで私は、公爵家に睨まれている今の状況を説明した。


「そのような事情が……。何かあるのではとは思っておりましたが、まさかモンスターの被害に関しても揉み消そうとするとは。」


「信じられねぇな。……バカじゃないのか。」


 2人とも、呆れ果てているようだ。対モンスターに関しては、例え他国と交戦中だったとしても、停戦し協力して対応に当たるのが世界の常識だ。


「だけど、どうやってマンティコアを倒したのですか?」


 門番の男に聞かされてから、ずっと疑問に思っていたことを尋ねた。村長と門番の男が、顔を見合わせて笑う。


「この村に、冒険者を目指して旅の途中だという若者が立ち寄りましてな。『まだ冒険者じゃないから』と、非常に低額で請け負ってくれたのですよ」


「シンクさんって人なんだけど、その人が1人で倒しちまったのさ。しかも、受け取った報酬は全部村の中で使っていってくれたからよ。実質、うちの村は損失がないんだ。」


「シンクが!?」


 私は思わず大きな声を出してしまった。……シンクが。最近、公爵家との問題で精神をすり減らされることが多かったけど、あのシンクがマンティコアを――領内の問題を解決してくれたということが、とても嬉しい。久しぶりに、晴れやかな気持ちになれた。

 そういえば、シンクが言っていたっけな。『モンスターを倒すついでに冒険したっていい筈だ』と。

 ……償いのために戦うシンクが、それを楽しみながらやると決めたように、私もへこたれてばかりはいられない。前向きに、モンスターと戦っていこう。

 そう、決意を新たにすることができた。

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