第13話
大泣きしたイーナを何とかあやしていると、レンファさんが帰ってきた。レンファさんに事情を話し、子守りを交代してもらった。俺がいると、絵を思い出させてイーナを怖がらせてしまうからな。ちなみにイーナが読んで欲しかったのは、精霊にまつわるお伽話らしい。なお、行商人が持ってきた情報は、家に帰って夕飯を食べている時に、とーちゃんから聞くことができた。
「最近、街周辺ではモンスターが増えてきたらしい。数だけじゃなく、今までに見なかった強い種類のやつも出てきているそうだ。」
「物騒ね。パパ、気を付けてね。」
とーちゃんはこの村の自警団のような仕事をしているらしい。周辺に現れるモンスターの種類を調査したり、倒したりしているようだ。今までに見なかった種類のモンスターか……本当に物騒な話だな。
「そうそう、タリウス教のやつら、ついにドラゴンを退治したらしいぞ。」
「あら? あれまだやっていたのね。」
ドラゴン退治!? とんでもない偉業のように聞こえるが、とーちゃん、かーちゃんの会話からはそうでもない雰囲気が出ている。
「ドラゴン倒したんだよね? それってすごいことじゃないの?」
「あぁ、実はな。……」
そう言ってとーちゃんから聞かされた内容は”冒険”っていうよりは、”駆除”だった。
■三人称視点
時間は僅かにさかのぼる。
エセキエル王国の北の森の遺跡にはドラゴンがいる……。冒険者なら誰でも知っている有名な話だ。100年前、とある冒険者が北の森の中で遺跡を発見した。この中を探索したところ、地下5階の最深部に大きな広間があり、そこにドラゴンがいたというのだ。真偽を確かめるために国から探索隊が派遣され、やがてドラゴンの存在が公式に確認された。富と名声を得ようと討伐を目論む冒険者が、一時は大挙して押し寄せたものだが、ドラゴンの圧倒的強さの前にことごとく敗れ去っていった。
国も当初は討伐に対し、積極的に動いていた。何せ、いつ王国の領土が襲われるとも知れないのだ。しかし、ドラゴンは最深部の大広間から一切移動しない、という事実が分かると、存在を無視するようになった。どういった理由でその場を離れないのか、それ以上の調査を命じることもなかった。
そんなさなか、30年程前のことだ。タリウス教は王国に対して1つの申請を出し、受理された。簡単に言ってしまえば、ドラゴン討伐を我々に任せてほしいという内容だが、そこには大掛かりな計画が記されていた。
魔素濃度を下げるための、周辺の森林の大規模な伐採。周囲に生息する大型モンスターの駆除も同時に行い、遺跡自体も、地上部分から近い階層を徹底的に破壊して、雨風の通りを良くし、魔素を散らしやすくした。周辺の地面も遺跡を中心にすり鉢状に広く掘り返され、遺跡の前にはドラゴン討伐用のベースキャンプが建設された。ベースキャンプには膨大な物資――討伐に使う攻城兵器のバリスタや、ブレス対策の防具や魔術具類、回復用のポーションはそれこそ数万本は用意された。どのように許可を取り付けたのか、最新兵器の火薬を使った大砲もあったほどだ。
そこまでの準備を終えるとまず、ドラゴンがどの程度の防御力を誇るのか、どれくらいで回復するのかの調査が行われた。安全マージンを取った衝突を何度も繰り返し、ドラゴンの情報を集めていく。その結果、バリスタや大砲での攻撃はドラゴンの防御力を上回り、有効なダメージを与えることがわかった。回復速度にしても、徹底して周辺の魔素を散らしたのが功を奏し、かなりの減衰を確認できた。波状攻撃を仕掛ければ倒しきれる、とタリウス教は確信を得た。
そこで、各国にいる天級冒険者をかき集め、総勢100名の討伐隊が組織された。冒険者にはタリウス教から莫大な報酬と、”龍殺し”の称号が授けられる栄誉を約束された。
最奥の広間への通路は当初は1つであったが、今は壁を掘り進め何本も存在している。各々の通路には門が作られており、ドラゴンのブレスが来ればすかさず、対ブレス用の壁が落ちる仕組みとなっていた。各通路には攻城兵器が配置され、冒険者は広間の中で、門や攻城兵器が破壊されないよう立ち回っていた。
若くして天級冒険者となったイバンは、遺跡の中で後方に配置されていた。入隊当初、自信に満ち溢れていたイバンは、指揮官に前線入りを志願したが、聞き入れられなかった。なりたてとはいえ、天級の実力を持ちながら後方支援を命じられている理由は、力の程よりも寧ろ、集団戦闘に向かない鼻っ柱の強さによる。年齢的に若いせいもあり、血気にはやるあまり隊列を乱されないように、というのが年嵩の指揮官の狙いだ。
周辺のモンスターが前線へ行かないよう見張るのがイバンの役割だ。持ち場に戻り、仲間に愚痴を言っていた。
「なんだよ、ケチ臭ぇなぁ。若輩者に手柄はやれねぇってのかよ。俺のバスターソードなら、バリスタや大砲なんかよりも強力な一撃をドラゴンにかませるのによ。」
「別に無理して前線に出なくても、”龍殺し”の称号はもらえるんだろう? なら楽でいいじゃないか」
そう笑ったのは杖を持った少年だ。回復と補助の力を上昇させる杖を持っていることから、神聖術の使い手であることが伺える。服装はローブだが、あちらこちらを縛り、動きを阻害されないよう工夫されていた。
「あのな、ハシント。一度もドラゴンと戦ってないのに、そんなのもらっても名乗れねぇよ。しかし、ずいぶん気前いいよな。称号に加えて、1人につき1000万の報酬なんてよ。しかも拘束時間も2カ月の期限付きだしな。」
「ポーションの数や武器防具も異常だよ。一体いくらかけているのやら。ドラゴン討伐してそれ以上の報酬が得られる見込みなんてないのにね。」
ハシントと呼ばれた少年は、呆れた顔をして言った。
「タリウス教のやつらは、スキルの会得方法を集めて、秘匿としている。それを売ることで十分資金も集められるし、権力者とのつながりも得られているというのに、これ以上何を狙うってんだ?」
「善神の力の一部が、邪神によってこの遺跡の奥に封じられている、とか言っていたけどね。まぁ、それは表向きの目的っぽいよね。」
「善神が封じられているってのに、なんでスキルが使えるのかって話だよな。善神が人間に与えたものなんじゃなかったのかよ。神なんて結局は神話の中だけの話って、自分らで肯定しちまうとはお粗末なこった。」
「あれじゃないかな? 金も地位も手に入れたら名声が欲しくなる、ってありがちなやつ。」
「かぁー! やだねぇ。名声は自分の力で勝ち取るもんだろうに。」
「バカな話してないで仕事に集中したら? 誰が聞いてるかわからないわよ?」
そう言って現れたのは、動きやすそうな軽装の女性だ。上質な皮の胸当てに、腰には二本のダガーを挿している。髪はバンダナを巻いて覆っていた。
「パウラか。戻ったのか。」
「ああ、周辺にモンスターはいないよ。」
「あ、そうだ! パウラはいいスキルを持っていたよな? あれ使えば、前線の連中に一泡吹かすことができるかもしれねぇな。」
「やだよ! 恨みを買うような真似はご免だよ。」
「俺の報酬の半分をやるよ。それでどうだ? 協力しないか?」
「うっ!」
パウラは賭け事に興じ、結構な額の借金があることを思い出していた。それこそ、返済だけで今回の報酬の大半が飛んでしまうほどだ。
「決まりだな。シモン、ここは任せて大丈夫だよな?」
イバンは、先ほどから黙って話を聞いていた様子の金属鎧の大男に声をかけた。
「ああ、どうせ雑魚しか出ないだろうしな。一人で十分だ。」
……前線。指揮官は長いこと、このドラゴン討伐に関わっていた。かれこれ10年以上になる。最初の頃はまだ、地級になりたての冒険者であった。生まれ故郷の村が遺跡の近くだったこともあり、タリウス教の発令するドラゴン討伐の準備戦闘に、積極的に参加していた。そんな折に教会関係者の目に留まったのをきっかけに、楽ではない月日を過ごしてきた。それでも、流した血と汗と共に信用を勝ち得て、前線の指揮官を任されるまでに至った。
最前線からやや離れた場所で、ドラゴンの様子をうかがう。爪は折れ、翼は破れている。体中にバリスタの矢が刺さり、片方の目もつぶれていた。大砲の砲撃であちらこちらの鱗が弾け飛び、肉があらわになっている。それらの傷を癒すMPは、もはやドラゴンにはない。終わりは見えた。あと少しで、この長い長い討伐作戦も終わる。そんな指揮官の考えが現場に伝わったのか、弛緩した空気が流れた。まだ、ドラゴンを討伐できたわけではない。改めて気持ちを締め直そうにも、一度緩んだものは中々もとには戻らない。そんな中、遂にドラゴンが足を折り、地に倒れ伏そうとしていた。『やったか!』そんな言葉が指揮官の頭の中をよぎる。その時!
ドラゴンは最後の力を振り絞った。四肢で地を蹴り、破れた翼に集めた魔力を推進力として、一気に指揮官までの間合いを詰めた。血に塗れた顎を大きく振り、せめて道連れにせんとばかりにかぶりつこうとする!
一瞬の出来事から即座に反応し応戦するには、僅かな気の緩みが致命的だった。前線の冒険者達は皆、目の前の光景をただ、眺めているしかできなかった。その時。
「
パウラのスキルで前線に隠れていたイバンだ! ハシントからの潤沢な補助を受け、バスターソードに渾身の魔力を乗せて、必殺のスキルをドラゴンの首に叩き込んだ!
指揮官に噛みつかんとしていた首は伸びきって柔軟性がなく、首を守っている鱗の殆どは大砲で弾け飛び、肉をさらしていた。ドラゴンが誇る特殊な防御壁もすでにMPが付き、展開できていない。
バスターソードは抵抗なくドラゴンの首を切断していた。指揮官の真横に、頭がどぉんっと落ちた。
『……女神様、……すみません。』
ドラゴンの死体が魔素となり、ゆっくりと消えていく中で、指揮官の耳にそんな声が聞こえた気がした。
「どうだ! 俺が真の”
イバンは指揮官を見ながら高らかと宣言した。
「あ、あぁ、すまん。助かった。」
指揮官は心ここにあらずといった様子で、うわの空のような返事をした。イバンはてっきり、獲物の横取りについて叱責されるものと思っていたから、予想と違う反応に鼻白んだ。
ドラゴンが完全に魔素となり消え去った跡には、山のような財宝が現れていた。煌びやかな光の中心、台座の上に、一際真っ白に輝くオーブが鎮座していた。指揮官は、そのオーブから目が離せなくなっていた。異質なほどに白い輝きを見ていると、何故だか心がざわついた。何か、取り返しのつかないことをしてしまったような気がしていた。ドラゴンが最期に残したであろう言葉が耳の中で繰り返し響いて、離れなかった。
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