第56話

 女の子は多少戸惑う様子ながらも、「なら早速、歓迎会をせねば!」と張り切る『黄金の聖なる騎士団』連中の勢いに勝てず、ぐいぐいと連れ去られていく。

 見送った俺たちが席に戻ろうとすると、ルイスが駆け寄ってきた。


「ごめん。僕は何もできなかった。」


 ルイスが泣きそうな顔をして、そんなことを言った。


「男は女の子を守るものだって言われてたのに、動けなかったよ……。」


 あぁ、俺がペッレの町で語って聞かせたあの話か。


「いや、今回の場合は俺が暴走しただけだ。あいつら『ヒールが遅い』とか言ってただろう? もしかしたら、あの女の子のほうが生死に関わるようなミスをしていたのかもしれない。そういう事があったとしたら、多少手が出るのも……分からんでもない。俺個人の心情としては、絶対に許せないがな。」


「で、でもぉ……。」


「そんなに気にするなよ。俺がいるときは俺に任せておけ。ルイスは後衛だしな。全員が前に行く必要はない。1人ぐらい後ろにいて、全体を見ていてもらう必要がある。」


 一度言葉を区切り、ルイスを正面から見据える。


「その代わり、1人のときは命懸けで守れよ。」


「うん。分かった!」


 そんなことを話しながら席に戻ると、フィー達は眉を下げて困ったような、しかし口元は笑っているような表情で迎えてくれた。


「あー、その、すまなかったな。睨みつけてしまって……」


 我を忘れた行動ではあったが、フィーに制止された時に、睨んだ記憶がある。


「気にしてないわよ。それより、その手の血、拭いたら?」


 そう言ってハンカチを差し出してくれた。あ、そうか。相手の返り血が付いたままだった。


「いや、汚れてしまうだろう? 手は後で洗ってくるよ。」


「いいからいいから。」


 強引に俺にハンカチを渡してきた。せっかくの心遣いだから、遠慮なく使わせてもらうか。


「それよりも、フィーは良く我慢できたな。」


 フィーは答えず、複雑そうな顔をしている。おっと、もしかして嫌味と取られただろうか?


「いや、悪い意味じゃなくて。冷静な判断ができるようになったと思うよ。冒険者の暗黙のルールで保たれている秩序もあるだろうからな。俺は……感情をしっかり制御できなかったよ。」


 失礼な言い方になるが、もうちょっと後先考えずに動くタイプだとばかり思っていたので、感心したのだ。


「……その時は正しいことをしたと思っても、結果として、余計に状況を悪くしてしまうかもしれない。そう思うと、動けなかったのよ。」


 フィーがぽつりぽつりと口にした言葉は、俺にとって耳の痛い話だ。本当に、この後悪い状況にならないよう、ちょいと注意が必要だ。あの女の子にも、折を見て話をしないとな。


「いや、その通りだと思うよ。俺も、迂闊な行動だったとちょっと後悔している。別の方法で助けられたかもしれないんだからな。……フィーは上に立つ者として、しっかり判断できるようになったんだな。」


 俺としては純粋に、立派に成長しているなと思っての発言なのだが、捉えようによっては皮肉だよな。伝わっているかな? フィーの表情を見ると、非常に辛そうにしている。うーん?


「……何だか、辛そうだな? 何かあったのか?」


「えっと……。」


 フィーは俺から視線を逸らし、言葉を濁した。フィーもそりゃあ助けたかったのだろう。しかし、領主の娘という立場で、ルールを無視するわけにはいかないという事情も理解できる。その板挟みで苦しんでいる、ってところかな? 


「まぁ、立場のせいで思うように動けないってのは、ままあるよな。貴族となれば、それに付きまとう責任も多いだろう。ただ、そんなに気になるならフィーの場合、解決する策がひとつあるぞ?」


「え?」


「いや、パーティの内輪もめに口を出す、出さない以前にさ。アイルーン伯の領地ではそもそも、婦女子への暴力を容認しているわけじゃないだろう? 一般人相手ならどんな理由であれ、暴力を振るうという行為は逮捕案件じゃないか。だからさ、訓練所などの特別な状況を除いて法律を遵守するよう、ギルドへ要請すればいいんじゃないか? 」


「あ!」


「法律やルールを破るのが良くないのであって、法律やルールが運用上、上手くいってないせいで不幸が発生しているのなら、それを変えればいいだけだろう? 」


「そうだわ! そうよね!」


 フィーは吹っ切れたように明るい表情になった。

 思い詰めるあまり、視野が狭くなっていたんだろうな。俺なんかは裏道ばかり探してしまうぜ。ここらへんが年の功ってやつさ。伊達に前世から数えて半世紀以上生きてないぞ。


「よし、早速行くわよ!」


 そう言って立ち上がったフィーは、俺の襟首をひっ掴んだ。そのまま、引き摺られるように階段を上らされる。うん? ど、どこへ行くの? あれよあれよで、2階の廊下を奥へ奥へと進み……



 ……そして今、俺はギルド長の部屋にいる。



 突然フィーが俺を引っ張って連れて行ったものだから、ルイスは大いに、マリウスも少し慌てた様子で後ろに着いてきてくれたのだが、その後に続いたノーネットとカッツェは平然としている。流石、フィーの仲間。こういう展開、慣れっこなのかもしれないな。


「フィーリア様、どういった御用でしょうか?」


 そう尋ねたのは、ギルド長だ。50歳くらいでお腹の出っ張りが目立つ、優しそうな人だ。冒険者ギルドのギルド長は、商業ギルドからの出向というパターンが多い。この人も恐らく、冒険者からの叩き上げではなく、元は商人なのだろう。


「コホン。私から当ギルドへ、要請があります。」


 フィーはそうやって、先ほどの話を切り出した。ギルド長は『はい、はい』と相槌を打ちながら話を聞いている。


「成る程、分かりました。確かに、暴力沙汰を放置するのはギルドの怠慢と言われれば、それまででしょう。法令を遵守するよう通知を出します。破ればそれなりの罰則も適用できるよう、規律を整備致しましょう。」


「では、そのようにお願いします。」


 鷹揚に頷くフィー。


「ところでフィーリア様、そちらの方々はお知り合いで?」


 俺達に視線を向けたギルド長に、フィーが再び頷く。


「そうです。彼は私の冒険者仲間……といったところでしょうか。」


「そうでしたか。あの……誠に申し上げ難いのですが、先ほどのようなことは、今後ご遠慮願えませんでしょうか?」


「先ほどのこと?」


 俺が聞き返すと、ギルド長は気まずそうに頷く。


「はい。下で発生した暴力沙汰については、こちらにも報告が来ております。職員からの話でも、一方的に女性が暴行を受けていたことは確認できております。しかしですね、武力を背景にパーティを解散させるのは、どうかお控えください。」


「……何故、駄目なのかしら? あのまま、暴力を振るう者と同じパーティにいたほうが良いと?」


 眉を吊り上げてフィーが言った。ギルド長は、慌てたように首を振る。


「いえいえ、そうではございません。今回の件に関しましては、こちらも黙認するつもりであります。しかしですね、前例がありますと、それを利用して悪いことを企む輩というのが、どこにでも現れるものでして……。」


「どういうことかしら?」


「実はですね。以前、有能な若手冒険者や、見目麗しい女性冒険者などを引き抜こうとする際、身分や武力を背景に、脅しのような手段をとって所属パーティを解散させようとした者がおりまして。そういった事象の場合は、パーティの解散を受理しないよう、職員には通達を出しているのですよ。」


 言外に自由騎士……貴族の所業について言っているのだろうな。フィー達も渋面を浮かべる。


「……確かに、そういうこともあり得るわね。」


「パーティ内での悩み事は、多かれ少なかれどこにでもあると思いますが、暴力や不当な扱いを受けている等の相談窓口を、こちらでも開設しようと思っております。今しばらくお待ちいただければ、と。」


「弱者を救う対策を講じているのなら、異論はありません。」


 コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。「入れ」とギルド長は入室を促した。


「失礼します。ギルド長、先ほどの件、報告に上がりました。」


 恐らく職員なのであろう男の言葉にギルド長は短く頷くと、フィーのほうに向き直り言った。


「フィーリア様。宜しければ、この者の報告を私と一緒に聞いては頂けないでしょうか? 勿論、お連れの方々も。」


「私達が?」


「はい。ぜひ、お耳に入れたいことがありまして。」


「分かりました。」


 フィーは怪訝な表情を浮かべながらも承諾した。


「ありがとうございます。よし、報告を。」


「ハッ! 先ほどの3人組ですが、やはりボルテク商会と関わりがあるようです。ギルドを出た3人を尾行したところ、商会に入っていく姿を確認しました。」


「やはりか……。」


 どうも話が見えず、俺達は顔を見合わせる。フィーのパーティの面々も同様だ。


「どういうことかしら?」


「実はですね、先ほどフィーリア様ご一行の方と揉めた3人組は、ギルドとしても以前から目をつけていた者達なのです。というのも、あの3人と同じパーティに所属した新人が、何人も死亡しているのです。」


「死亡!?」


「はい。奴等からの報告によると、モンスターの戦闘で死亡した……というのですが、死体が見つかっていないのです。」


「死体が無い?」


「はい。事件性の有無を確認した衛兵や騎士様が言うには真実だとのことなのですが、どうにも怪しくてですね。このように、調べておりました次第です。」


「ギルド長は、騎士や衛兵の証言に疑問を持っている……と?」


「はい。非常に申し上げにくいことなのですが、検分を行った衛兵や騎士様は、最近就任されたこの街の代官様の息がかかった者ばかりでして。」


「だ、代官!」


 その言葉に表情を変えるフィーと、さっと目を逸らすカッツェとノーネット。何だ、その反応は?


「3人組と関わりのあるボルテク商会も、代官様が赴任されたのと同時期に王都から連れてこられた御用商人です。……どうにも代官様と繋がりのある者達は皆、きな臭いのですよ。ひょっとしたら、死亡したという冒険者はどこかで監禁されているか……もっと言えば、禁止されている人身売買の可能性も否定できない状況なのです。」


「そんなことに……。」


 フィーの顔が青い。どうした? そんな胡散臭い代官なら、フィーの親父さんに言って辞めさせてしまえばいいだろうに。


「良くぞ知らせてくれました。父上に相談し、対応を考えることとします。」


「何とぞ、よろしくお願いします。」


 そう言ってギルド長は深々と頭を下げた。

 ギルド長の部屋を出た後、先ほどから様子がおかしいフィーを捕まえ、事情を訊いた。


「じ、実は……。」


 観念したように話し始めた。それによると、騎士学校時代にフィーが公爵家の人間と揉め、その始末の条件として、公爵側の采配による人事をある程度受け入れざるを得ないことになったそうな。中でも特に大きかったのが、この街の代官だという。……こんな大きな街の代官の斡旋が許されるとか、一体フィーは何をやらかしたんだ? 疑問に思ったので聞いてみた。えらく渋っていたが、最後には白状した。


「いやその、女の子が襲われそうになったから、救い出して……そいつをお仕置きするために、えっと、……ちょーっと裸にひん剥いて紐で縛り上げて、学校の正門に吊るしただけなのよ? たったそれくらいのことで、心が狭いと思わない?」


 ……そこまでやってこの程度なら、寧ろ広いだろ?


「フィーリア、裸じゃありませんよ。あの日は聖夜。お情けで帽子と靴下残したはずなのです。」


 とノーネット。つまりそれが『血塗られたブラッディ・聖夜祭サンタクロース』の顛末なのか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る