第57話

「『血塗られたブラッディ・聖夜祭サンタクロース』って、そういうことだったんだな……。」


 と、思わず呟いてしまった。瞬時に、フィー、カッツェ、ノーネットの3人の視線が俺に集まる。


「何故、シンクがそれを知っているの?」


 何やら底冷えするような声でフィーが聞いてくる。こ、怖い……怖いので友を売ることにした。


「はい、レオからの手紙に書いてありました。」


「「「レオか!!」」」


 顔を歪めた3人の声が綺麗に揃う。済まん、友よ。


「フィーリア。配下の貴族の教育が、なっていないのでは? 騎士学校内で起きたことは全て、原則として守秘義務がある筈なのです。」


「あ~、一応弁明すると、俺も名称だけしか知らないんだ。守秘義務があるから、って詳細は教えてもらえてない。しかし、何で『血塗られた』なんだ? 聞いている限りじゃそんな要素は無さそうだけど。」


 俺の問いに、カッツェが身を乗り出す。


「それはな、フィー様がぶっ飛ばした取り巻きの血が、奴に――」


「カッツェ!」


 フィーの鋭い声に遮られると、カッツェはあからさまに俺から視線を逸らした。


「……何でだろうな? 私にも分からん。」


「そうか……まあ、その話は一旦置いておいて。」


「置かないで忘れてくれていいわよ……。」


 フィーがボソッとそんなことを呟いた。さて。


「フィー達はこれからどうする? 代官を何とかしたいんだろ?」


「え? ……そう、そうよ! 勿論、そんな代官放置しておけないわ!」


 何か一瞬、間というか驚きがあったような? まぁいいか。


「そしたらフィーは、知り合いの騎士の伝を辿って、死亡した者の名簿を作ってくれないか?」


「名簿?」


「そう、死んだ筈の人が生きて捕まっていれば、それだけで動かぬ証拠となるだろう? 人数も正確に分かれば、捕らえられていそうな場所の候補を絞れる。まだ、この街は代官に完全に掌握されていない。そうなると、ある程度の人数を捕まえておける場所は、自ずと限られてくると思うんだ。」


「分かったわ。シンクはどうするの?」


「俺達は、ボルテク商会とやらに出入りしている人間を洗うよ。そいつらの行動範囲を確認すれば、奴らの拠点とする場所や、交友関係も見えてくるだろう。」


 俺達はもう一度ギルド長に会いに行き、捜査の協力を求めた。表向きはフィーの父親が動くための証拠集めだが、別にそちらを頼むつもりはない。この街のトップである代官が敵なのだ。封建社会において、上が黒と言えば白いものでも黒となる。そうなれば、奴らはいちいち細かい物証を消すところまで気が回らないだろう。何せ、使っている末端があの3人組レベルだ。『決定的な証拠さえ押さえられなければ、権力でどうとでもなる』。そう思って油断してくれているうちに、勝負を決めたい。



 そんなわけで今、俺はボルテク商会の斜向かいの建物の2階にいる。ボルテク商会の出入りが良く確認できる場所として、ギルド長に部屋を用意してもらったのだ。そして、この街の詳細な地図も貰ってきた。他には大量の紙を用意し、”器具作成”で作った潜望鏡を準備した。

 物資の搬入にはマリユスの”空間収納”を使わせてもらった。大量の荷物を抱えて出入りするのは目立つからな。

 商会を出入りする人間を潜望鏡で確認し、”瞬間記憶”で覚え、”絵画”で似顔絵に描き出していく。ルイスの精霊を用いて尾行し、その人間がいつどこへ行ったかを、地図と似顔絵に書き込んでいく。人手が足りない時はラグさんにも頼み込み、尾行だけ協力してもらった。猫の手を借りるとは、まさにこのことか。

 フィー達には引き続き、騎士団や衛兵への聞き込みを任せている。フィー達には済まないが、囮である。向こうもフィー達の行動は察していることだろう。派手に動いてもらい、その間にこちらの調査を完了させるのだ。こちらが得ている情報は騎士団と衛兵への聞き込みのみ、と油断してくれると良いのだが。



「……となりまして、代官やボルテク商会の拠点となりそうな場所は、城か代官の屋敷ですね。」


 1週間ほど張り込み、ある程度情報が集まったところで、ギルド長の部屋に再び集合した。地図や出入りの情報と似顔絵を元に、俺とルイスとマリユスで導き出した仮説を説明する。

 この街には、規模こそさほど大きくはないが頑丈そうな造りの城があり、代官の公務を行う場所となっている。また、そことは別に、代官には住まいとして屋敷が用意されている。


「ここまで緻密な情報を集めてくださるとは。似顔絵付きなのはありがたいです。こちらでも、提供できる情報は進呈しましょう。」


 ギルド長はそう言って、新人が死亡する件に関わっているとみられる冒険者を、似顔絵の中からピックアップしてくれた。


「死体の見つかっていない新人が全員生きているものと仮定すると、捕まっている人数は13名。……それだけの人数となると、やはり代官の屋敷しかないでしょうな。」


「えぇ。騎士達の話によると、城のほうはまだ完全に掌握されてないようです。となれば、全員息のかかった人間だけで固められる代官の屋敷が、候補としては最有力でしょう。」


 フィーが総括した。だいぶ情報は集まったが、決め手に欠けるな。


「それじゃあ、自分が屋敷に忍び込んで、さらに情報を集めてきましょう。」


 俺が行くのが一番良いと思って提案する。


「……それは危険では?」


 訝しげな視線をギルド長から受ける。


「自分の”隠密”はLv7ですし、”錠前術””罠術””暗視”も高いレベルで持っています。魔法系の罠があっても、”魔素視”があるので回避可能です。”鋭敏聴覚”で聞き逃しを防ぎ、”嘘看破”で発言の内容の真偽も確認できます。」


 こうやって並べてみると我ながら酷いな。


「それは……本当ですか? あ、いや、疑うわけではないのですが……。」


 ギルド長だけでなく、ルイス、マリユス、カッツェにノーネットも驚いている。


「気持ちは良く分かるわ、ギルド長。だけどシンクの言うことは本当よ。彼に任せましょう。」


 さもありなんと頷くフィーのフォローもあり、俺が潜入し、情報を集めてくることとなった。ギルド長からの情報によると、ボルテク商会の会長と代官は定期的に面会しているらしい。そこで、次の接触を狙って進入する運びとなった。


 ルイスの精霊に全て調べてもらう案も出たが、精霊はそこまで融通は利かなかった。「こいつの後をつけろ」と指定すれば、追跡し、行った場所を教えてくれる程度まではできるのだが、館の内部を捜査して詳細を報告しろ、っていうのは難しいようだ。


 そして進入当日……俺は衣擦れが起こりにくいよう加工された、忍者のような黒装束を着込んだ。顔も布を巻いて、目だけ出すようにする。ぎりぎり剣の範疇に入る長さのショートソードを、邪魔にならないよう背中に密着させ携帯する。あとは小型のアイテムポーチにポーション各種を用意し、準備完了だ。

 緊急時の連絡用としてルイスの精霊に同行してもらっているのだが、何故かラグさんまでついてきた。まあ、ラグさんは猫だから見つかっても怪しまれないか、多分……ちょっと野良にしては豪華な毛並みだけど。ラグさんにはパーカーのフードのようになった場所を首裏に用意し、そこに収まってもらった。


 さて、結論から言うと、難なく進入できた。まぁ、そもそも城ではなく屋敷なのだ。見張りの数こそ多かったが、罠などは普通の泥棒を想定したものに留まっていた。屋敷の間取りも奇抜なものではなく、点検等に用いる屋根裏への入り口も簡単に見つけることが出来た。”構造把握”と”建設”スキルのおかげだな。

 そして今、代官とボルテク商会会長が会談を行っている部屋の屋根裏に潜み、盗み聞きをしているわけだ。天井のわずかばかりに空いた隙間から、部屋の中の様子も確認できた。


「お代官様、どうぞこちらをお納めください。」


 そう言って会長は、布の包みを代官の前に差し出した。


「ボルテク屋。これは何だ?」


「お代官様のおかげで、この街での商いも順調に進んでおります。こちらはそのお礼の品……黄金色の最中にございます。」


 それを受けて代官は、手に持った扇子で布をちらっと持ち上げ中身を確認した。そこには積み上げられた金貨があった。

 代官はニヤッといやらしい笑みを浮かべた。


「ふむ。ボルテク屋、おぬしも悪よのぅ。」


「お代官様ほどでは。」


 ふぁっふぁっふぁっと笑いあう2人。

 何、こいつら……いつの時代のやり取りやってんだよ! 前世で時代劇を子供の頃から見ていた俺は知っているけど、たぶん最近の若い子は知らないぞ? それに最中と表現するならやはり紙で個包装にされた小判じゃなければダメだろ!


「して、ボルテク屋。最近何やら騒がしいようだな。」


「えぇ、お代官さま。毛並みの良い子猫が何やら嗅ぎ回っている様子で……、しかし、まだ衛兵や騎士から話を聞いている程度。碌な情報は掴めていないでしょうな。」


「……領主の娘とはいえ、所詮まだ15の小娘。あやつには情報収集を器用に行う真似などできまい。何せ、公爵家に真っ向から歯向かうような愚か者だからな。」


 フィー達を甘く見て、大して警戒をしてないようだ。大助かりだな。


「時に、冒険者ギルドの動向はどうだ?」


「若い冒険者どもは死亡……ということで一応の納得は見せているようです。表立っての反抗は今のところありませんな。」


「ギルド長には注意しておけ。奴は以前、王都でも指折りの商会で番頭を任されていたほどの切れ者だ。表の態度で騙されないようにな。」


「”荷”の方はいかがしましょう?」


「万が一に領主であるアイルーン伯が出張ってくると面倒だ。奴はこの国唯一の”剣術・極級”に至った達人。領主になる前は高レベルの冒険者だったと聞く。領地経営も卒なくこなしているようだ。娘のような無能ではあるまい。……うーむ、いっそ”荷”を処分してしまうか?」


 なんとフィーの親父さんすげぇな! チートなしで極級かよ! それはそうと処分?


「いえいえ、お代官さま。仮に娘がアイルーン伯へすぐ連絡をしていたとしても、ここへ来るまで1ヶ月はかかりましょう。さすればそれまでに”荷”を売り払ってしまえば良いだけのこと。処分するにも、死体の処理には手間がかかります。」


 証拠隠滅で、監禁している冒険者を殺すってことか。


「そうさの。あと1週間もすれば、南門の警備は全てこちらの手勢で押さえることができよう。それを待って運び出せば、十分間に合うか。」


「では、そのように……。」


 よし、十分な情報を仕入れた。あとは捕まっている冒険者を確認したら、さっさと帰るとしよう。

 そう思い、体勢を少し動かしたその時、足元でギシッと音がした。


「何奴!」


 誰何する声が代官より放たれた。まずい、と思うと同時にラグさんがひらりと舞い降りると、「にゃーん」と一声鳴いた。


「何だ猫か。人騒がせな。」


 それで納得してくれるんだ……。

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