第58話

 俺は代官の屋敷を探し回った。流石に表門や玄関から近い場所に大人数を収容しているとも思えない。”隠密”で身を隠しながら敷地内を移動していくと、離れに繋がる蔵のような建物から複数の気配を感じた。僅かに開いている格子窓から中を確認すると、案の定、新人冒険者達が囚われていた。13名、全員いることを確かめて、その場を後にする。彼らから潜入がばれてしまったら目も当てられないから、現段階ではまだ接触できない。パッと見ではあるが、命に関わるような怪我を負った者がいるようには見えなかった。


(救出まで、もうしばらく頑張ってくれよ。)


 俺はそう念じながら慎重に歩を進め、ラグさんと共に無事に屋敷から脱出した。



 持ち帰った情報を全員で共有し、計画を練る。肝心の、代官の悪事を露呈させる作戦には、いたってシンプルな方法を採用した。代官が言い逃れできないタイミングで踏み込み、証拠をがっちり押さえ、そのまま捕らえるというものだ。

 新人冒険者が屋敷内にいるのだから、すぐに突っ込んでも言い逃れできないのでは、という意見も出たが、『ボルテク商会が勝手にやったことだ』と言い張られてしまう危険性がある。かなり苦しいが、それで押し通せてしまうのが権力者だ。そうならないように詳細を詰めていく。途中いろいろあったが、何とか形にできた。


 1週間も経つと代官の言葉通り、南門に詰めている衛兵と騎士の顔ぶれが変わった。その間も、代官とボルテク商会会長の面会は2度あり、いずれも俺が偵察に行った。その時に聞いた会話の中で、冒険者達を移動させる日時が、今日から3日後の夜に決まった。

 フィー達には囮としての捜査を継続してもらい、衛兵や騎士への聞き込みを続けてもらっていた。そして本日、代官の息がかかった衛兵と騎士が門に詰めている時間帯にわざと赴き、『2週間ほど、領地内のモンスターの討伐に出掛ける』と伝え、街から一度出てもらった。邪魔者がいなくなったと思い込み、さらに油断してくれればしめたものだ。勿論、フィー達にはすぐ帰ってきてもらう段取りになっている。信頼できる騎士に協力を頼んだようで、その人が詰めている時間帯を狙って街に戻ってくるそうだ。


 ルイスは対人戦の訓練をしている。今度の作戦行動では、睨まれてビビッていてはお話にならない。それに、そもそもルイスの精霊の力は、人間に対して使うには強過ぎるのだ。そこで、雷の威力を弱めて網目状に広く展開させ、一気に麻痺させるという技を練習している。精霊へも、キーワードとなる言葉で指示することにしたようだ。因みにこの効果の場合は「サンダーネット」といって、数メートル四方の網目状になった雷が、スタッフを指した方向にまとわりつくように迫っていく。他にもいくつか、効果とキーワードと動きをセットにして精霊と共有したようだ。

 俺もなるべく付き合い、殺気に対応するための訓練もした。すぐに十全と動くには難しいようだったが、最初の頃に比べかなりマシになった。


 そして、移動の当日。予定通りフィー達も戻り、準備は全て整った。代官とボルテク商会の会長も、屋敷の中にいる。

 日は既に沈み、夜が更けてきた。いよいよ作戦決行だ!


 ■三人称視点


 代官の屋敷の中庭。夜陰に紛れ声を潜めてはいるが、人の動きは多く、この時刻にしてはやけに慌しい。

 離れの蔵から連れ出されているのは、猿ぐつわを噛ませられ、腕を拘束された新人冒険者達だ。俯いた彼らは屋敷の者に背を押されながら、中庭につけた幌馬車へ次々と乗せられていく。

 ボルテク商会の会長と代官は、2階の広いテラスに立ち、その様子を悠然と見下ろしていた。


「ふむ、順調のようだな。」


「ハッ、全て滞りなく。」


「南門の責任者には、ボルテク商会の馬車は特別に通すよう言ってある。しかと所定の場所まで届けよ。」


 ボルテク商会の会長は「抜かりなく」と頷き、ふと、周囲を憚るように声を落とす。


「……しかし、今更のようで恐縮ですが、人身売買は一度の実入りが大きくとも、継続するにはいささか、リスクが大きく思われます。いかがでしょう? 他のご禁制の品、そう……麻薬の類の方が、安全に、より多くの利益を得られるのでは?」


「そう思うか、ボルテク屋? それは違うぞ。……麻薬などには無い利益があるのだ。利益が、我々にな。」


 独り言のように代官はそう呟くと、歪んだ笑みを浮かべた。見慣れた筈の代官の横顔に、不意に薄ら寒いものを感じたボルテク商会の会長だったが、「自分の与り知らぬところで、他にも利益があるのだろう」と勝手に納得した。

 作業は滞りなく進み、新人冒険者の最後の1人が乗せられる。幌の後部の幕が下ろされ、いざ出発という時に突如、凛とした声が響き渡った。


「そこまでだ!」


 代官達が声のした方を見ると、後方の屋根の上に3つの人影があった。1人はマントと長い金髪を風になびかせ、騎士の鎧を着ている。もう1人は長身で、毛皮を硬い皮で繋ぎ合わせたような鎧を纏い、手にはハルバードを持っている。最後の1人は小柄で、猫の頭のように見える帽子を被り、大きな杖を抱えている。

 3人とも、顔には揃いの銀色の仮面をつけていて、表情は全く見えない。


「何奴!」


 誰何する代官の声に、金髪の者が堂々と答える。


「悪党に名乗る名は無い! とう!」「「とう!」」


 銀仮面の3人組……金髪と長身と小柄が、掛け声と共にテラスに降り立つ。金髪が代官とボルテク商会会長に向けてビシッと指を突き出し、高らかに言い放った。


「代官、並びにボルテク商会会長! 手下の冒険者や衛兵達を使い、モンスターに殺害されたとの偽りの証言を以って新人冒険者達を拉致監禁したこと、あまつさえ、ご法度の人身売買を行おうとしていることはすでに明白である! お前達の悪事はまるっとお見通しよ! 神妙にお縄につけぇい!」


「ふっ! 誰だか知らんが、そこまで知られていては生かして帰すわけにはいかんな。曲者じゃ! 出合え出合え!!」


 不敵に笑った代官が叫ぶと、屋敷の扉という扉から人相の悪い男達が現れ、たちまちテラスと中庭を埋め尽くさんばかりとなった。男達は手に手に持った武器を振りかざし、銀仮面の3人組を威嚇している。


「スケさん! カクさん! 懲らしめてやりなさい!」


「「ハッ!」」


 金髪が声を上げると、残りの2人はそれに短く答え、男達に立ち向かっていった。

 長身はハルバードを振りかざすが、刃は使わずに柄を巧みに操り、数人まとめてフッ飛ばしていく。小柄は次々と水属性の魔術を放ち、打ち倒していく。金髪も負けじと鞘ごと抜き放った長剣を使い、素早く、苛烈に打ち据えていく。


 次々と倒される味方の姿に慌てた中庭の男達は、新人冒険者を人質にしようと幌馬車へ迫るが、そこへ黒い影が立ちはだかった。小柄な2人と、見上げるような大柄な者が1人。いずれも目だけを出した黒装束姿だ。その3人もまた、素手で、魔術、メイスで次々に周囲の男達を倒していく。


 屋敷から出てきた男達は最初こそ勢いのあったものの、一方的に打ちのめされることで完全に気勢を削がれていた。その様子を確認した金髪が言う。


「スケさん! カクさん! もういいでしょう。」


 金髪の声を受けた長身が叫ぶ。


「静まれぇい!」


 続いて小柄も、場を制するように隅々まで声を響かせる。


「静まれ! 静まれぃ!」


 金髪を中心に、2人が控えるように付き従う。気圧された代官達が、中庭にせり出したテラスの突端まで後ずさると、長身は懐に手を入れた。おもむろに取り出した物を片手で高く掲げ、厳かに、そしてはっきりと告げた。


「この紋所が目に入らぬか!」


「そ、それは、アイルーン家の紋章……、何故それが!」


 代官が目を剥き、慄きながら呟く。金髪が仮面をぱっと脱ぎ去った。長身の者は続けて声を張り上げた。


「こちらにおわすお方をどなたと心得る! 恐れ多くもアイルーン家がご息女、フィーリア・ロゥ・アイルーン様であらせられるぞ! 一同の者、頭が高い! 控えおろう!」


「フィ、フィーリア様……ははぁーっ!」


 代官は片膝をつき、頭を垂れた。それに続くように会長が、男達が、打ち寄せる波のように次々と膝を折っていく。辺りにはようやく、静寂と秩序がもたらされた。


 ■シンク視点


 俺とルイスとマリユスは”錠前術”を使い、裏門から侵入した。身バレしないよう、3人とも黒装束を着込み、顔を隠している。どうしても避けられない位置にいた見張りは”暗黒術”で眠らせ、”捕縛術”で縛り上げて建物の影などに転がした。ちょっと荒いが短時間なら大丈夫だろう。今はもう見つかって騒がれても問題ない。何せ殴り込みのようなものだからな。

 フィー達の役割は、代官とボルテク商会会長の身柄の確保。俺達は新人冒険者の保護である。所定の位置につき”隠密”で身を潜めていると、屋根の上に仮面姿のフィーとカッツェとノーネットが現れた。口上を述べ、テラスに舞い降りて生き生きと暴れまわっている。今までされた公爵家の行いに、相当フラストレーションが溜まっていたんだろう。

 しかし、「スケさん、カクさん」って……作戦立案の際、うっかり水戸黄門の話を出してしまったことが失敗だった。つい「乗り込んで名乗りを上げて現場を押さえるんだよ。水戸黄門みたいに……。」と例えたら妙に食いつかれ、詳細を説明するハメになったのだ。結果、フィー達は俺のことを弥七とか呼び出すし、ルイスに至っては八兵衛にされていた……別にルイスはうっかり者じゃないのだが。マリユスはというと、役をもらえなくて若干寂しそうだった。まあ、残る役といえば由美か〇る……じゃなくて疾風のお娟で、女だしな。更に、口上をまとめるにあたっては、俺が前世で好きだったヒーローものやドラマの見せ場をイメージしながら説明したんだが、フィーの中で見事に色々とごっちゃになってしまったようだ。

 展開は佳境に入る。カッツェが印籠を取り出し、掲げた。印籠の材料はギルド長に用意してもらった。貴族の紋章を入れた品物を作るには厳密なルールがあり、素材の指定もあったからだ。印籠そのものは俺がせっせと”器具作成”で作った。しかし、ああいう品を紋章院に無許可で作るのは犯罪だったような気がしないでもない。アイルーン家の人間が作れと言ったのだからセーフなのか? まぁ、怒られるのはフィーなので気にしないでおくとしよう。

 最初に「悪党に名乗る名は無い」って宣言したくせに結局バッチリ名乗っちゃったな……あれも、俺が挙げたインパクトのあるシーンの説明が混ざったせいじゃないかと思うのだが……ともあれ、ズバッと名乗りを上げて一同を跪かせたフィー達は、とてもすっきりとした良い顔をしている。ひと暴れもしたし、犯人を追い詰めたし、このネタで公爵家との交渉も今後は有利にできるだろうから、先行きも明るい。言うこと無しだな。こっちに言うことは無くても向こうにはあるだろうけど。

 フィーが代官に問いかける。


「代官、お前の罪は先に述べた通り。何か申し開きはあるか?」


 フィーがやけに渋めの声を出している。なるべく貫禄を出そうと頑張っているのが伝わってくる。片膝をついたままの代官の背中は、ここから見える限りでは動いていない。すると、ボルテク商会の会長が横から口を出してきた。


「フィーリア様、私はこの代官めに命令され、仕方なく協力していただけなのです。どうかご慈悲を、ご慈悲を~!」


「うむ、悪逆非道であるものの、死者は出ていない。罪を証言し、心より反省すれば減刑も叶うであろう。」


「ああ、ありがとうございます! ありがとうございます!」


 平伏し、土下座状態になりながら感謝を伝える会長。そのやり取りを黙って聞いていた代官が、重く告げた。


「……もはや……これまで。」


 階下の俺達の耳にも声が届くや否や、周囲に魔素が集まり始めた。瞬く間に濃くなり、渦となって代官の体を包んでいく。これは一体?


「代官! この期に及んで何をするつもりだ!」


 動揺が滲んだフィーの問いに、代官は低く笑いながら答える。


「フフフ、小娘と侮り油断してこの様か。計画は失敗した……が、このままでは済まさぬぞ! お前達の命、手土産に持ち帰らせてもらう。……ぬおぉぉぉお!」


 代官の叫びに応じるように、魔素は代官の体に凄い勢いで吸い込まれていった。代官の体が黒く光る! 辺りに禍々しい気が満ちていく。


「くッ!」


 俺達は目に刺さる黒い光を咄嗟に手でかばった。パッと一際強く光り、次第に収まっていく。指の隙間から様子を窺うと、黒い光の中心だったテラスの端には、代官とは似ても似つかぬ生物が佇んでいた。

 基本的には人型だ。しかし体毛が無く、ツルっとした黒い光沢のある皮膚をしている。背にはこうもりのような翼があり、頭には小さな角が2本生えているのが見えた。血のように赤い目は吊り上がり、同じく真っ赤な口は耳の辺りまで裂けている。右手に握られているのはデスサイズだろうか……黒く怪しい光を放っている。


「その姿は……まさか『魔人』!」


 ノーネットの緊迫した声が辺りに響いた。


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