第59話
(シンク! 魔人は殲滅よ!)
ラグさんが突然、めっちゃ過激なことを言い出した。見れば、全身の毛を逆立て、尻尾も3倍くらいに膨らませている。どうやら、ものすごく怒っているようだ。
(絶対に、生かして帰しては駄目! もう”龍殺斬”よ! ボーナスも出すわ!)
(”龍殺斬”ってラグさん……ん? ボーナスって何?)
(ボーナスはボーナスよ。カルマ値よ。1万くらいあげるわよ?)
(え、カルマ値!? ラグさんがくれる、ってどういうこと!?)
(あー、今の無し。忘れて! ……コホン、とにかく倒しなさい。きっと1万くらいカルマ値が入るから!)
怒りのあまり、ちょっと残念な感じになっているが、ラグさんはやはり、善良なる光の女神の関係者ということなのだろうか? ちょっと変わった猫だなぁと思いつつも、ファンタジーな世界だからあまり気にしてなかったんだが……やはりおかしな生き物だ。
まぁそれは後でゆっくり考えよう。今は目の前の問題だ。
魔人……。簡単に言うと、人類の敵である。知恵ある人型のモンスター、と考えると分かりやすいかもしれない。人類に対して非常に強い殺意を持っていて、魔人の悪行は古くから物語として広く伝えられている。曰く、モンスターの群れを先導し、スタンピードを発生させ、村々を襲った。曰く、たった1人の魔人の襲撃により、一晩で小国が滅ぼされた。曰く、術で大国の大臣に変身し、政治機能をずたずたにした……。
そして、有名な英雄譚に出てくる悪役もまた、大抵は魔人である。そんな物語上の悪役が目の前に現れたことで、妙なテンションになっている娘達がいた。
「魔人ですね。」「そうね。魔人ね。」「フィー様、魔人だ。」
ノーネット、フィー、カッツェの3人が口々に同じようなことを言う。仮面をつけていた2人は、いつの間にか外したようだ。
「これはあれです。国家の……いやいや、人類存亡の危機ってやつですね。」
「そうね。だから、仕方ないわよね?」
「そうだな。フィー様。仕方ない仕方ない。」
いや、何が仕方ないんだ? テラス上の3人が、自分達に言い聞かせるように、更にぶつぶつと呟く。
「特一級緊急事態に該当するのです。」
「そうね。だから、全力を出しても問題ないわよね?」
「そうだな、フィー様。問題ない。怒られない。」
怒られる? 誰に? そして全力って?
「何をごちゃごちゃと……恐怖のあまり気でもふれたか? だが、この姿を見せたからには、お前達の死は絶対だ。せいぜい良い声で鳴く事だな。さすれば、お前達の魂が恐怖と絶望に染まる前に、楽にしてやらんこともないぞ。」
魔人の物騒な言葉を一顧だにせず、フィーがカッツェに言った。
「ここだと動きにくいわ。中庭に叩き落しましょう。」
「了解、フィー様。」
カッツェはハルバードを両手でしっかりと構え、大きく息を吸い込んだかと思うと、その場で大きく叫んだ。
「はぁぁぁっ!! ブーバー家を守りし御霊よ! 邪悪なる魔の眷属を討ち滅ぼさんがため我が身に宿れ! 封印開放! 」
家名の名乗りを上げた途端、カッツェの持っているハルバードに薄っすらと輝く紋章が浮かび上がるのが見えた。ブーバー家の紋章だろうか? 同時に、カッツェの全身に魔力が巡る。揺らめく陽炎のような魔力をその身に纏いながら、一気に魔人に向けて突進した。
「バカめ! 正面から来るとは。これでも食らえ!」
魔人の掌から、黒い魔力の塊が放たれる。傍目には、人を害するに十分な威力があるように見えた。
ボン!
破裂音と共に、カッツェに着弾する。
「何!?」
魔人から驚きの声が漏れる。確かに攻撃を真正面から食らったように見えたのに、カッツェは、身じろぎ一つしていないどころか、何事も無かったかのように、走る速度を全く緩めない。魔人が驚いている間に一気に距離を詰め、獰猛な笑みを浮かべながらハルバードを構え、下方からすくい上げる。
「”龍牙”!」
「グッ!」
ハルバードの刃が魔人に届くより一瞬早く、魔力の障壁が現れて攻撃を防いだ。しかし……
「オラァ!!」
何と、カッツェはその障壁ごと魔人をかち上げた。そして自身も高く飛び上がり、上段からハルバードを一気に振り下ろす。
「ドリャ!」
ガツン! ドシン!
障壁で防いでいるから肌に直接刃は受けていないものの、攻撃の威力を殺すまでには至らず、魔人は凄まじい速度で中庭の中央に叩きつけられた。
「シンク、カッツェの回復をお願い。それと、冒険者達を退避させて。」
フィーは中庭に飛び降りながら、俺達に指示を飛ばす。俺はカッツェに神聖術をかけるため、ルイスとマリユスは新人冒険者達を退避させるために動きだした。
カッツェはダメージを食らっているように見えなかったのだが、近づいてみると血を流していた。カッツェの使っている力にはダメージ減衰の効果はあるものの、無効にできるわけではないようだ。恐らくだが、攻撃の衝撃を一切受けない力なのかもしれない。だとしたら、とんでもない力である。蹴ろうが、武器で攻撃しようが怯まない。カッツェに狙われたら、その命を瞬時に絶たない限り、確実に一撃をもらうことになる。ノックバックしない相手なんぞはゾンビよりたちが悪い。あいつらは蹴とばせば倒れてくれるからな。
ノーネットもテラスから飛び降り、着地を待たず詠唱を始めている。
「ミロワール家に伝わりし守り神よ! 悠遠の彼方より此方へ来たりて魔を滅ぼし給え! 封印開放! 召喚! クロ様、シロ様!」
恐らくミロワール家のものであろう紋章が杖に浮かび、それとともに2つの魔方陣が空中に現れた。魔方陣は魔力を帯び、光りながら回転する。次第に魔力が渦となり、渦の中心にあった空が揺らぎ、歪み、別の場所へと繋がっていく。やがて、そこから魔力の塊が2つ現れた。
魔力の塊の片方は真っ白で、背中に天使のような羽が生えた猫の姿をしている。もう片方は真っ黒で、こうもりのような羽が生えた猫の姿だ。ノーネットが杖を振りかざす。
「シロ様は風を! クロ様は火を!」
「「にゃ~」」
「魔術合成 ”フレイム・ストーム”」
火と風、両方の魔術が混ざり、魔人に襲い掛かる。魔術とは基本的に、異なる属性を同時に唱えても、より魔力の強い方に上書きされてしまう性質を持つ。だから本来、場に発生する魔術の属性は1種類だけの筈だ。ノーネットがやっているのは、その常識を覆すものだ。火の熱と風の切り裂く効果を同時に発動している
「ぐぉ!」
中庭の中央で炎と風が吹き荒れ、魔人を切り刻みながら燃やしていく。魔人は障壁を展開し耐えているようだが、その障壁の所々にはヒビが入っているように見えた。
「馬鹿な! スキルによる攻撃は、障壁で防ぐことができる筈なのに!」
魔人から驚きの声が漏れる。
「馬鹿はあなたよ!」
フィーが言葉と共に、ノーネットの魔術の効果が無くなったタイミングで切りかかる。
「あなた達魔人は、100年おきぐらいに災厄をもたらす。人間が、為政者が、それを知っていながら何も対策をしないと、本気で思っていたの?」
ガン!
フィーの剣は障壁で完全に止められたが、全く動じる様子はない。攻撃を防いだ魔人のほうがうろたえているように見える。
「あなた達は非常に勤勉なようね。神の恩寵たるスキルを熟知している。そしてその対策も……。普通にスキルに頼って攻撃すれば、いとも簡単に防がれてしまう。だから人間は、それに頼らない術を見つけることにしたのよ。スキルとは違う魔素の使い方をね。」
フィーはそう告げると、パッと魔人から距離を取り、剣を正眼に構えた。
「アイルーンの血よ! 磨き鍛え抜かれし技の記憶よ! 銘銘集いて魔を切り裂け! 封印開放!」
剣にアイルーン家の紋章が浮かび、青白い光が刀身を包む。
「ハッ!」
フィーは気合と共に魔人へ切りかかる。さすがに魔人もここまでやられれば障壁任せにはせず、デスサイズで受ける。
ザン!
輝く剣は魔人の障壁を易々と切り裂き、受けたデスサイズは大きく欠けていた。
「まだまだ行くわよ! 守るべきものや人々を守れなかった先人達が、苦しみの中から編み出した秘儀。その身に刻みなさい!」
次々に繰り出される剣閃。防戦一方になる魔人。ついにフィーの刃が魔人を捕らえた。
「グワァ!」
魔人の傷口から、黒い靄のように魔素が垂れ流れる。
「こ、この程度では!」
魔人が呻く間に、傷はみるみる塞がっていく。
「えぇ、私もその程度で倒せるなんて思ってないわよ? さぁ、続けましょうか。」
フィー達が微笑みながら武器を構えなおす。魔人が一歩、後ずさった。
魔人はフルボッコになっている。カッツェに吹っ飛ばされ、ノーネットの魔術になめられ、フィーに切り刻まれる。そんなのを繰り返している。その度に傷は塞がっていくものの、体内の魔素をガンガン消費していっているのは明らかだ。
どうやらこの魔人、同程度のステータスの相手と戦うことに慣れていないようだ。……いや、魔人の話だと、人間のスキルをほとんど無効化できるようだから、一方的な蹂躙しか経験が無いのかもしれないな。
俺はカッツェの傷を神聖術で癒したあとは、”ブレス””スピードアップ””グローアップ”をフィー達にかけている。”グローアップ”はLv7の神聖術で、レベルを一時的に上げるものだ。”ブレス”との最大の違いは、最大HPやMPも上昇することだな。あとは主にカッツェ相手にだが、傷を負った者に”ヒール”をかけるのも忘れない。
「ねぇ、シンク。」
新人冒険者達を避難させたルイスが戻ってきた。何でも、門の外に待機していたフィーの知り合いの騎士達や、冒険者ギルドのギルド長達に任せて戻ってきたらしい。魔人の出現で、そこかしこに転がっていた代官の手先も我先にと逃げ出していたが、騎士達やギルド長達に捕らえられているとのことだ。
「何だ、ルイス?」
俺は印術で詠唱しながらルイスに答える。
「女の子は、守らなきゃいけないんだよね?」
「あぁ、そうだな。”ヒール”」
「あの子達を守らなきゃいけない場面が、想像できないんだけど……。」
「うーん……。」
どう答えたものやら……魔人を容赦なくボコっている姿を目の前にすると全く説得力は無いけど、一応言っておこう。
「それは違うぞ、ルイス。”ヒール” 確かに彼女達は強い。だが、これは一面だけの話だ。」
「一面?」
「そう。殴る蹴るに強くても、それだけで解決できないことってあるだろう? ”グローアップ” 例えばだが、心ない一言で心に傷を負うこともある。そういった場合にだな……。」
「うん? でもシンク、男は力が強いから女の子を守るんだよね? それって、物理的な強さの話じゃないの?」
うぐぅ! 確かに! ズバッときた。ルイス、切れ味鋭いね。ここは……、逆切れでごまかそう! 勢いだ! 先輩風を吹かし続けるにはそれしかない!
「細けぇことはいいんだよ! いいか、甲斐性だ! 男は背中で女を守るんだ!」
しまった、我ながら意味不明だ。しかし、ルイスには何かが響いたようだ。
「成る程、背中で……。」
しきりに頷いている。凄いな。勢いって、大事だな。何事も、自信を持って言われると正解みたいに聞こえるよね。逆に、不安そうに言われると、正解なのに間違っているように聞こえてしまう。不思議なものだ。
アホな話をしている間に、魔人はぼろぼろになっていた。角は欠け、翼は破れ、片腕はもはや再生できていない。
「さて、魔人さん。あなた達の仲間が今どこで何を企んでいるか……話してくれるなら、魂が恐怖と絶望に染まり切る前に、楽にしてあげなくもないわよ?」
先ほど受けた言葉をそのまま返しながら剣を向けるフィーに、魔人の表情が激しく歪む。
「誰が話すか! 終わらん、このままで終わらんぞ……、そうだ、回復役さえ潰せば!」
そう言って、何を思ったか魔人は俺に突っ込んできた。口から何だか良くわからん黒っぽいものを唾のように飛ばしながら来たので、俺はめっちゃびっくりした。
「うわぁ! 汚っ!」
びっくりしたもんだから、思いっきり全力で剣を叩き込んでしまった。
バコン!
豪快に吹っ飛んでいく魔人。俺はつい疑問を口にしていた。
「あれ? 普通のスキルは効かないんじゃなかったっけ?」
(シンク、極級は別なのよ。あいつら、サンプルの多い天級までしか解析できてないの。裏でこそこそ動いているのも、この国にいる、シンク以外の2人の極級の使い手を恐れてのことでしょうね。)
俺の呟きを拾って、ラグさんが教えてくれた。成る程、と頷くのも束の間。
「ちょっとシンク! 何やっているのよ!」
「そうですよ! 冒険者ギルドの規定でも、獲物の横取りは禁止行為ですよ!」
「そうだそうだ! この魔人は私達の獲物だぞ!」
フィーとノーネットとカッツェにえらい勢いで怒られてしまった。え~、俺のせいじゃないじゃん。
「シンクは情報収集で散々活躍したじゃない! ここは譲りなさいよ!」
「そうですよ、フィーリアの彼氏! 偵察も1人で全部やってたじゃないですか!」
「そうだそうだ! 戦うことしか能がない私達に譲れよ!」
カッツェがさらっと凄いこと言った気がするが、2人とも突っ込まないのね。しびれを切らしたのか、ノーネットが振り返る。
「フィーリア! どうせ尋問しても無駄です。ここはあなたの家の領地。譲りますから、横取りされる前にさっさとトドメを刺してしまいましょう。」
「ありがとう、では遠慮なく。」
「ぐぬぬ、コケにしやがって! 返り討ちにしてくれるわ!」
魔人が全身の魔素を一点に集め始めた。一方、フィーリアも刃の光を剣先に集めていく。
「これでも食らえ!」
集めた魔素を魔人が解き放つ。巨大な魔素の砲弾とも呼べるものを、フィーに向けて撃ち放った!
迎え撃つ体勢のフィーは、ぐっと力を溜めるように全身に魔力を満たす。まるで引き絞った弓を見ているようだ。
「”
叫びと共に、魔人めがけて突きを放った。己自身を剣もろとも一つの矢となし、魔人に突っ込んでいく。剣先から放たれる強い光は帯を引き、残像を濃く残す。
スン……
巨大な力が放たれたとは思えない、静かに澄んだ音が辺りに響く。一瞬後に、フィーの技は巨大な魔素の砲弾を消し飛ばし、魔人の胴を抉り去ったのであった。
四肢と頭だけその場に残された魔人は、「バカな……」と呟き、魔素となり消えていった。
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