第2話

「起きろ!このカス!」


 ゲシッ!


 ゲフッ!! 腹に突き刺さるような痛みが……!

 蹴られたのか……?

 目をうっすらと開けてみると目の前、こちらを見下ろしている凄い美女がいた。

 透き通るような白い肌、そして緩やかなウェーブのかかった長い金髪。

 それらの中にひときわ目立つ 真っ赤な赤い瞳。

 その赤い瞳がものすごーく蔑みの目をしてこちらを見ている。

 服装は古代ギリシャの女神のような白いゆったりとした布を体に巻いている。

 なぜかすごいミニだ……。


 肝心なところが見えそうで見えない!! むっつりな俺は思わず視線がそちらにいってしまった。 


 っと。あぁ……、横たわっているのか、俺は。

 ゆっくりと起き


「どこ見てんだ!このクズ!!」


 ズゴッ!!


 あ痛っっっ!!


 思いっきり顔面を蹴られた。

 見られたくないならそんなミニで寝転がっている人間の前に来ないでほしい。


 何とか起き上がり、周囲を見渡す。


「ここは……」


 何というか、いかにもな場所だった。

 黒光りした黒曜石のような床。上は星空だろうか?遠くに光が瞬いているのが見える。

 床は直径50メートルほどの円形で、その先は上を見上げたと同じように星空が広がっている。中央は一段高くなっており、黒い水晶で出来たイスが置いてある。

 イスには豪奢な装飾が施されているが、周囲と素材が黒いためにどうにも邪悪な印象を受ける。

 イスの横には全体が黒光りした金属でできた杖が宙に浮いている。杖の先端には真っ赤に輝く宝石がついており、怪しく光っている。


 いかにも……ゲームのラストダンジョンのボスの間っぽい。


 そうすると、目の前のこの美女は魔王とか邪神とかそんな人か。


 美女は俺に蹴りをくれた後、つかつかと中央のイスまで行き、腰を下ろした。


「いいか?善良なる光の女神たるこの俺様がテメェのようなクズに時間を割いてやっているのだから手間取らせんじゃねぇよ。」


 うん?今この人光の女神とか言ったぞ?光要素が一切ないんだが。

 あれか?背が小さい子が大きなものに憧れるとかそんなノリで、自身が光っていると黒いものを集めたくなるとかか?

 って言うかめっちゃ口悪いな。光の女神なのに。まるでヤンキーみたいだな。


 それはそれとしても……


「いきなり蹴ったり、クズとか呼ばれたり、一体何なんだ!?」


 俺は思わず口調を強めて言ってしまった。

 一部の方にはご褒美でも、残念ながら俺にはその属性がない。美女に罵られ、蹴られるのは初めての体験だが、性的興奮はない。……たぶん。


「あぁん?」


 ギロッ!


「ひぃぃい……」


 思いっきり睨まれた。ビビりなのでめっちゃ怖い。

 これだからヤンキーは嫌いなんだ。


「何なんだ?じゃねぇだろ?お前何やらかしちゃったか覚えてないの?」


 ハイ、脇見運転して事故りました。


「あー……、覚えてます……。」


「ここはお前がいた世界とは別の世界。要するにお前は犯した罪により異界流しにあったってわけだ。」


「異界流しってのは字面的に、島流しの異界版でしょうか?」


「まぁ、そういうことだな。飢えも凍えもしないヌルい生活からモンスターの跋扈するリアルなサバイバル世界で罪を償ってもらうってわけだ。」


 確かに……日本での生活はヌルいと言われたらそれまでだ。

 飢えた経験もなく、寒さに震えたのもスキーをやりに雪山へ行った時くらいだ。

 分業が進んでいたので自身で3K労働を行う必要もなかった。

 モンスターがいる世界か。確かに厳しそうだ。普通の獣被害や、天災だけでも農業なんてきつそうだ。台風でせっかく育てた作物をダメにするなんてよくニュースで聞いている。

 死んだらなんでも帳消しって思ってたけど、違ったのか。

 死後の世界ってのは死んでみないとわからないもんだ。

 でもあれだ。汚職政治家とかも罪を問われているなら世の理不尽も解消された気がする。


「償う……。あ、でも私のいた世界の島流しだとその島から出ずにそこで死ねって意味だったんですけど。どちらかと言うとあっさり死刑になるより辛いような……。そこで苦しんで死ぬってことが償いですか?」


 ヤンキーには逆らわず、低姿勢でいこう。


「楽なわけねーだろ。死はまぁ、それ自体が償いになる場合もあるが、お前の場合はそういうわけにはいかない。」


「脇見運転って死後の世界だとそんなに罰が重いのですか?」


 罪人が罰が重すぎるってどの口が言っているのか、と思うかもしれないが、つい言ってしまった。


「脇見運転ね。確かにそれだけなら罪なんてねーよ。危ないだけだ。しかし、お前はその結果事故を起こしている。その事故の内容が問題だ。」


 女神はやれやれっと首を振りながら続けた。


「お前が突っ込んだトラックの運ちゃん。運転席がつぶれて片足を失ったぞ。」


「え……」


 部位欠損。とんでもないことをしてしまった。


「それだけじゃねぇ。お前の後ろを走っていた車に乗ってたにーちゃんは親の死に目に会えるかどうかの瀬戸際だったのさ。しかも片親で、若い時は寂しさからヤンチャしていたらしい。さんざん親に苦労かけてな。真っ当に働くようになってようやく親孝行しようって矢先に、親御さん、長年の苦労がたたって突然倒れちまったのさ。急いで病院に駆けつけようって途中だったのよ。事故の後処理にかまけている間に結局間に合わず亡くなってしまってな。死に目に会えず終いさ。」


「おぅ……」


 ず、ずるい。その話は泣けてしまう。否が応でも罪の意識が刺激される。


「トラックの運ちゃんは一家の大黒柱だ。事故で働けなくなって収入がなくなりゃ、家族全体が困るわけだ。そりゃ保険だなんだもあるだろうが、働かなくて食っていけるわけでもねぇ。家族は障害を持った運ちゃんの世話も必要になる。」


「もうほんと殺してください。」


 人生を狂わせてしまった運ちゃんとにーちゃんが幸せになる図が想像できない。

 なんてことをしてしまったんだ。


「いや、お前もう死んでるからな。それに死んで終わりなんて楽させるわけにもいかない。お前が死んでも被害にあった連中は救われるわけでもねぇ。心情的にすっとすることはあっても実利で誰も得をしない。そこで”償い”ってわけだ。」



「……”償い”。償えるのですか」


 うなだれていた俺は、ハッとして女神を見た。


「お前はこれから転生する。そしてその生を人のために尽くせ。善行を積み、カルマを貯め、それを供物として捧げろ。」


「カルマ?捧げる?」


「善行を積めば、それに見合ったカルマ値という対価を与える。それを捧げられた分だけ、お前が不幸にした者たちに幸運が訪れるようにしてやる。その者たちが”人生捨てたもんじゃない”と思えるかどうかはお前次第ってわけだ。」


 女神はニヤッっと笑い

「お前が罪を忘れないよう一つ工夫をしよう。これから転生する世界には神の祝福として人々にはスキルを与えている。そのスキルをもって劣悪な環境での生活や、凶悪なモンスターと対抗できるようになっている。お前は自身の努力では一切スキルが身につかないよう呪いを受けてもらう。」


 女神は俺に何かを放り投げてきた。

 それは俺の携帯だった。


「お前が罪を犯した原因ともなった携帯だ。ガチャだったか?カルマ値を携帯を通して捧げることで、ガチャが引けるようにしてやろう。そのガチャによってスキルを得られるようにしてやる。転生する世界では何よりモンスターの被害が大きい。善行を積むにもモンスター討伐は避けて通れないだろう。カルマを貯めてガチャを引き、スキルを得てモンスターを倒し、人々の平穏の助けとなれ。」

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