第3話

 意識の覚醒と眠りを繰り返していることはわかる。


 目はぼんやりと光をとらえている程度で音は何やら反響したように聞こえ、はっきりとしない。


 空腹と不快感を感じ、その都度意識とは関係ないところで本能的な危機を覚え、泣き声を発している。


 意識して何かをするという状態ではない。生きるために本能全開だ。


 いくらか時間が過ぎたようだ。意識がはっきりする時間が少しづつ伸びていく。

 思考できる時間ができてきた。どうやら転生したらしいな。

 赤ん坊の体なのだろうと想像するが、こんなにも不自由なものなのか。

 おっぱい飲んで、寝て、泣くだけだ。目も耳も聞こえなけりゃ体も動かせす筋肉もやり方もわからない。そんな状態だ。赤ん坊が必死に泣くのも理解できる。親に見捨てられたら終わりなのだ。


 ジタバタもがくだけでも重労働だ。まず、体を動かすことを相当意識しないとできない。利き手じゃない方で字を書くといったような不慣れな動作をやるときの感覚に似ている。


 どれくらい時間が流れたのだろうか。だんだんと目が見えるようになり、音もはっきりとしてきた。だが、まだまだ意識と体が乖離しているような感覚を覚える。手を上げるのですら非常にもどかしい気持ちになる。


 目の前にいる女性に向かって手を伸ばす。この女性は母親だろうか?穏やかな笑みを浮かべて微笑んでいる。なんだかこの女性を見ているととても安心する。幸せな気分になる。

 母親は肩までの茶色の髪で内側にちょっと巻いている。目元が垂れていてとても優しそうな印象を受ける。目の色も茶色だ。


 にこーっと笑ってみる。母親もにこーっと笑ってくれる。なんだかとても楽しいし、うれしい。これも本能だろうか。しかし、赤ん坊から目を離さないのは当たり前かもだけど、本当にずっと見てるな。この人。


「xxxxxxxx、xxx」


 何やら語りかけてくれているが、言葉がわからん。うーん、早いところ現状把握のためにいろいろしたいのだけど、どこか行ってくれないものか。特にカルマを捧げてガチャを引くっていうのをどうやってやるのか。女神からは最後に携帯を投げてよこされたが、当然今は持っていない。まぁカルマ稼ぐために善行を積もうにも赤ん坊だから何もできないか。あれこれ考えていたら眠くなってきたな……


 ハッと目が覚めると母親はまだこちらを見ていた。

 あ、そうか。こっちが寝ている間にあれこれ用事を済ませて赤ん坊から目を離さないようにしているのか。そりゃそうだ。これはしばらく行動を起こすのすっぱり諦めて、赤ん坊であることを堪能しよう。


 しばらく時間が流れた。どうやら俺の名前はシンクというらしい。こちらを見てそのように呼びかけているからそうなんだろう。

 少々自分で体を動かせるようになり、寝返りを打つことに成功した! いや、冗談みたいに聞こえるかもだが、寝返り一つが本当に大変なのだ。体の向きを変えられるのは大きい。少なくとも部屋の中を見渡せる。そして見渡せるようになって気が付いたことがある。

 この家・・・猫を飼っている。ちょっと離れたところからこちらをじーっと見ていることが多い。長毛種で目の周りと耳のあたりが黒っぽく、他はグレイの入った白だ。尻尾も長い。とてもラグドールに似ている・・・というかラグドールだ。

 これにはテンションが上がった。俺は猫が好きだったのだが、なんせ前世では一人暮らしということもあり、猫を飼うことが出来なかった。仕事行っている間に一匹にしておくのもかわいそうだし、長期入院になんてなった日には、飢えて死なせてしまうことになる。そう考えると怖くて飼うことが出来なかったのだ。実際、事故って帰れなくなったわけだからその判断は間違ってなかったというわけだ。


 それはともかく猫である。さわりたい。もふもふしたい。俺はベビーベッドの上で寝ているのだが、その周囲には近づいてこない。残念だ。早く大きくなってこちらからさわりに行けるようになろう。


 大きくなるためにも体を鍛えるか。といっても出来ることが非常に少ない。足に力が全く入らない。膝も怖いくらい柔らかい。ばたばた動かすことはできるので、掛布団になっている布を蹴っ飛ばしている。蹴っ飛ばしては引き戻し、蹴っ飛ばしては引き戻しを繰り返す。結構疲れる。飽きたら猫を探して観察だ。かわいい。


 父親を話に出していないがちゃんといる。ただ、こちらが起きているときに家にいる時間が短いだけだ。きっと仕事に出ているのだろう。体はがっちりとした体格で、かなり短めの茶色の髪をしている。瞳の色は黒っぽい。

 父親に抱っこされると母親とは違った安心感がある。守られているーって気持ちになるのだ。これはこれで非常に良い。


「xxx」


 父親が何か言っていたので真似て発音してみる。


「xxx」


 とても驚いた顔をしていて、何やら焦っている。リアクションが面白かったので繰り返し言ってみる。母親が聞きつけてめっちゃ父親を怒っていた。どうやら下品な言葉だったようだ。

 あれだな。子供が「う○こ」を連呼する気持ちが少しわかった。親がリアクションしてくれるのは非常に楽しいのだ。きっとそれを言った時の親のリアクションが面白くて好きな言葉になるんだろう。


 起きている時間が伸びたためか、さすがに母親もずっとそばにいなくなってきた。家事をしているのだろう。チャンスが巡ってきたので、ようやくガチャについて試すことが出来る。まず、携帯がどこにあるかだな。ステータスオープン的に音声認識で出てくるとかだろうか。まだ、こっちの言葉しゃべれないのだが。とりあえず念じてみよう。携帯~、携帯~。


 適当に携帯、携帯思っていたら目の前に携帯が現れた。うぉ! びっくりした~。

 さっそくトップ画面を表示してみる。そこには時刻と……カルマ値という表示の値が存在していた。ちなみに表示言語は日本語だ。カルマ値の値がすでに361もある。何でだ?

 アプリは二つ入っており、片方はメールでもう片方がガチャだ。メールに1件の受信を示す表示がされてあった。


 メールの中身を確認してみると送信者が「善良な光の女神」とあった。善良を強調する意味がよくわからん。勘違いとかされるのかな?ヤンキーに。それはともかくメールの中身を確認してみよう。


『伝え忘れたことがあったので伝えておく。まず、お前が転生した先だが、本来なら子供ができない予定の夫婦の子として転生している。俺が転生先を探していた時に丁度強く子供を願っている夫婦がいたので、意思確認を行った上で転生先とさせてもらった。意思確認はちゃんと夢でお告げとして「どんな子でも良いか?」と聞いているので安心するように』


 まったく安心できないのだが……どんな聞き方しているのよ……

 まぁ誰かの命を乗っ取った訳ではないのね。そこは非常に安心しました。


『それと転生前の記憶を保持する都合上、赤ん坊の体と精神のアンマッチが生じる。そのまま放置していると精神が崩壊してしまいそうだったので、それに対する処置として、”精神耐性”のスキルを付与している。これは3年間有効でそれ以降は効果を失う。3年あれば、問題は解消されているはずだ。』


 ”はず”とかちょー怖いのですが。


『あと、これはやった後に気が付いたのだが、期間限定のスキルを与えた都合上、効果を失うまで新たなスキルを得ることが出来ない。ガチャは3歳まで待ってくれ。』


 えっ!?

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