第41話

 ルイスが泣き出した気持ちも、分からなくはない。やればいいだけなのだが、その最初の一歩を中々踏み出せないというのは、俺も前世で経験がある。既にできている人は簡単に言ってくれるのだけどね。自分でも、どうしてしないのか、何故できないのかが分からない状態だったりするんだよな。そして実際やってみると「何で今までやってなかったんだろう?」ってなるやつだ。自分でも今のままではダメだと理解しているだけに、他者から他意なく『何でやらないの?』と聞かれると、結構堪える。


 ルイスを何とか宥めつつ食事を終えて、一緒に自警団の詰め所までやってきた。ラグさんは相変わらずパーカーのフードの中だ。


「邪魔するよ。」


 そう言って、俺は詰め所の中に入っていく。


「てめぇ! 何しに来やがった!」


 椅子を蹴って、バンが俺の前に立ち塞がった。他の自警団の連中もいきり立つ。


「村長から正式にマンティコア討伐の依頼を受けた。それにあたって、詳細を自警団と協議するために来たのさ。」


「……何だ? 1人では戦えないから、俺達に協力してくれとでも言うのか?」


 ……どうしてそうなる? 自警団では戦えないって自分達で言ってたじゃないか。


「マンティコアは俺だけで倒しに行く。問題は、討伐した後だ。マンティコアの魔素により集まっていたモンスター群が、周辺に散っていくことが予想される。もちろん、この村にもだ。そうなると、それなりの数のモンスターの襲来を受けることになる。」


「え!? シンク、1人で行くの? ぼ、僕は?」


 ルイスが大げさに驚き、聞いてくる。


「うん? そりゃルイスは村でお留守番だろ? 自警団でもないんだし、お前が戦う必要はどこにもないだろ?」


 ルイスが戦うのが当たり前って思考が、ルイス本人にもあるんだな。


「お、お前、本当に1人で戦う気なのか?」


 バンが驚き聞いてくる。何でお前まで驚く?


「別にマンティコアなんて、俺にとっては大した魔物じゃない。俺は剣術も風術も天級まで修めている。楽勝だ。」


 マンティコアと戦った経験はないし、俺の現在のレベルは20だ。とはいえ、各種UP系のスキルのおかげで素のステータスは30レベルのそれと同等くらいある。そこに神聖魔術の”ブレス”をかけて底上げし、風術の”スピードアップ”を重ねがけしてドーピングする。最終的に、ステータスは40レベル相当になるだろう。実際は”剣術・極級”を使うのだから、接近戦でも余裕だと思われる。


「「天級!?」」


 自警団の面々も声を上げる。そこまで驚くことか? 天級ならそれなりに数はいるだろう。15歳だと珍しいかもしれないけど、皆無じゃないだろう。ヒロだって15歳の時点で天級だったしな。


「し、シンクは、何でそこまで強くなろうとしたの?」


 ルイスが俺に聞いてくる。先ほど、俺がルイスにした質問だな。


「そりゃ必要だから、としか言いようがないな。俺は冒険者になって旅をしたい。それにはモンスターを倒す力が必要だろ? どれくらいの強さが必要かなんて、敵次第なのだから上限なんてないよ。9年前みたいに、突然強いモンスターが現れることがどこでもあるんだ。毎日、できることを少しづつやって、強くなり続けるのさ。何より、死にたくないしな。」


 ハッとしたルイスが、俺の顔を見つめる。


「9年前、その、シンクの故郷でも被害があったの?」


 おずおずとルイスが聞いてくる。6歳の時に経験した強いモンスターの襲来が、うちの村の付近だけでなく、かなり広域に及んでいたという話は後に聞いて知っていた。


「あの災害とも呼べるモンスターの襲来で、被害が出なかったところなんてあるのか?」


 うちの村の被害といえば、ベジタリアンベアーに遭遇した時に俺が照明代わりに燃やした藁束と、それを入れていた小屋だけだがな。ここは敢えて勘違いを誘って”誘導”しよう。”演技”スキルを使って、いかにも辛い過去を思い出している風を装う。


「俺はこうして生きている。ただ、妹がな……。たまたま、村の外れの畑にいたためにな……」


 襲われたけど、俺とヒロの活躍によって無事でした! までは言わない。因みに実の妹ではないが、妹分には違いないので構わないだろう。


「……それで、そこまでの強さを……」


 沈痛な面持ちで、ルイスが言う。さすがにバンの奴も自警団の連中も、暗い表情だ。まぁ、俺が強くなろうって思ったきっかけがあの事件なのは、間違いないからな。


「3歳の頃から振っていた剣は、まるで役に立たなかったよ。モンスターの分厚い毛皮に阻まれて、傷ひとつ付けられなかった。当時6歳だったからとか言い訳はできるが、それをしたところで、死んだ人間は帰ってこない。」


 剣は役に立たなかったけど魔術で勝てたよ。そして誰も死んでないよ。今話したのは一般論って奴だ。

 しかし、周囲の人間はまた別の勘違いをしたようだ。「6歳であの時のモンスターと戦闘したなんて」「よく生き残れたもんだ!」「ということは、目の前で妹をモンスターに……」とか聞こえてくる。


「俺は毎日剣を振っていたけど、あの事件以来、もっと色々考えるようになったよ。例えば、空を飛ぶモンスターから攻撃を受けた時はどうするか? どうやって守りたいものを守るのか? とかね。」


 護衛依頼とかでそのパターンがあった場合の想定を、ヒロやフィーと話し合ったもんだ。結果として魔術を鍛えるしかなさそうだ、ってなったけどね。今の俺なら弓を使うのも有りなんだが、極級の技に耐えられる弓を持ってないんだよな。


「いざその時が来たとして、普段から鍛えているもの以外はどう足掻いたって使えないんだ。だから、自分に何が必要か考えて、日々鍛えるしかないだろう?」


 めっちゃ空気が重くなってしまったな。だが、喧嘩腰だった雰囲気は今はない。これなら協力してもらえそうだ。


「……話を戻すぞ。マンティコアを倒した後の、モンスターの襲来についてだ。」


「そ、それならルイスが戦えばいいんじゃないのか?」


 自警団の1人がそんなことを言う。俺は真面目な顔をして首を振った。


「それじゃダメだな。仮にルイスが戦ったとしても、守れるのは村の一面だけだ。四方から押し寄せてきたらとても対応できない。何より、自警団じゃない人間を単独で戦わせるのか? なら村人全員に声を掛けるべきだろう。村全体の問題なのだから、ルイス1人でどうにかする必要なんてないだろう?」


「いや、それは……」


 ここにいる自警団の連中は全員若い。そして経験が浅い。何かとルイスに頼ってきたのであろうツケが今、回ってきているな。本人達は押し付けているつもりなのだろうが、村長が言ったようにルイスに依存しているのだ。


「襲ってくるモンスター達は、マンティコアよりもずっと低レベルだ。9年前の襲来とは全然違う。お前達が戦って勝てない相手ではない。」


 ここで一拍、間を空ける。言葉の意味が、個人個人に浸透するのを少し待つ。


「9年前は、家の中で震えることしかできなかったかもしれない。だが、今はどうだ? バン。お前の腰に提げている剣は、何をするための物だ?」


「これは……この剣は……。」


 バンの手が震えている。今までは、幾らでも言い訳できたかもしれない。しかし、それが通じない、俺という相手がいる。悲劇に見舞われてもそこから立ち上がり、自分の力で戦う決意をした……ように見える人間がいる。そして、言い訳して逃げるわけにいかない状況がある。


「バン。お前の父と母の名を教えてくれ。」


「え? カリストとミラナだが……?」


 バンは戸惑いながら俺に名前を伝える。俺は声を張り上げ堂々と語る。


「9年前、カリスト殿とミラナ殿を含む英雄達によって、この村は救われた! 命を賭して、この村を! 何より、愛する自分の子供を守ったのだ! しかし今、再びこの村に危機が訪れている。英雄達の手によって守られた平和が、崩されようとしている!」


 煽るぜ。めっちゃ煽るぜ。俺は自警団の面々に順に声をかけ、9年前に戦った者を英雄として持ち上げる。


「バン、ここにいる多くの人間が、モンスターに両親を殺された。あの日を知る者達の抱えてきたであろう苦しみや辛さ、俺などには察するに余りある。しかし、しかしだ。英雄の子であるお前達は、そのままでいいのか? バンよ! お前はその手で! その剣で! 何を守る?」


 もうこんなフリの質問、答え1択しかないのだけどね。そう言うしかない状況を作っているわけだ。辛いからと何もしてこなかった過去を一旦肯定し、そこから英雄の息子と持ち上げて、一気にこちらの望む答えに”誘導”する。


「俺は……、この剣で、この村を守る!」


 バンは声を張り上げ、剣を掲げた。


「お、俺もやるぞ! 俺だって英雄の息子だ!」「私のお父さんも、9年前に戦った英雄だもの! 私だって!」


 自警団の連中から次々と声が上がる。よしよし、上手くいった。しかし”誘導”スキルは効果でかいな。多少強引なところがあったと思うんだが、スキル補正なのかどうにかなったな。ここにいる自警団の連中は、自分を定義づけできていなかった。役割といえる物がなかったのだ。いや、ひとつだけあるか。それは、「9年前の被害者」という役割だ。周囲がそのような目で見るからそう振る舞ってしまう、といった事は、ままあるものだ。しかしその役割はたった今、「被害者」から「英雄の子」へと上書きされた。とはいえ長いこと被害者をやっていた彼らでは、具体的にどう動けばいいか分からないだろう。熱が冷める前に、次の段階へ進むとしよう。


「流石は英雄の子供たちだ! 諸君の決意に敬意を表する。差し出がましいかもしれないが、もし良ければ俺に、未来の英雄達を指導する栄誉を与えてはくれないか? 多少ながら、今の俺になら教えられることがあるだろう。」


「あ、おぉ、いいのか?」


 ここは流石にわだかまりがあるか。


「勿論だとも! 諸君らには指導者がいなかったようだ。ならば、戦う技術に迷いが出てしまうのは仕方がないことだ。俺は幸いなことに、冒険者だった両親から学ぶことができた。授かった技術や知識を、可能な限り教えよう。」


 まぁ基礎教えて、ある程度自分で鍛えられるようになるまでやってやるか。だいたい2週間ってとこかな。地道な体力強化訓練は全部すっ飛ばして、技術訓練オンリーだ。体力強化ってのは必須ではあるものの、地味でしんどい。目的意識が芽生えた奴はきちんと取り組むようになるが、無い奴は結局やらなくなるからな。せっかく自警団の士気が上がったんだ、なるべくテンションを下げず、いい流れを保ちたい。体力強化訓練は最後にちらっと教えればいいだろう。


「し、シンク!」


 黙っていたルイスが、突然大声を上げた。意を決した様子で、俺のほうを向く。


「どうした? ルイス」


「僕は、剣を習いたいんだ。バンのお父さんが振るっていたような剣を。子供の頃、バンのお父さんが練習していたのを、よく見ていたんだ。凄くかっこよくて、その時からずっと憧れていた。僕はスタッフの……棒術の才能しかないけど、剣をやっちゃだめかな?」


「ルイス、お前……親父の事を、そんな風に思ってくれてたのか……。」


 バンが何やら感動している。俺は頷いた。


「良いんじゃないか? 全然ありだと思うぞ。」


「え!? いいの?」


「やりたいことと才能のあることが別なのは、良くあるだろ? スキルって形で才能が分かりやすく見えるから、そっちに引っ張られちゃう気持ちもわかるけどさ。やりたいことの方が長続きするからな。結果として到達地点を高くできるのは、やりたいことのほうだと俺は思うよ。」


 何せ、ずーっと反復練習しなくちゃいけないのだ。好きでもなければ続けられない。ただ、上手くできるから好きになる、ってことが多いので、合わないことをやるのはあまりお勧めはしない。伸び悩んだ時に迷う原因にもなるしな。


 場所を変え、村の広場に移動した。さっそく武器を使っての訓練を開始する。ざっと全員の実力を把握した上で、今後の方針を決める予定だ。それと、もう1つ狙いがある。

 自警団の連中はバンを含めて6人。それとルイスで合計7人だな。ラグさんはフードから降りて近くの木の上に登り、こちらを眺めている。


「ではバン。適当に打ち込んでくれ。俺から反撃はしない。」


 数歩距離を置いて、お互いに武器を抜いて構える。今回も真剣だ。


「ハァッ!」


 バンが勢い良く切りつけてくる。その攻撃を受けながら、バンが次の攻撃をしやすいよう後ろに退がる。


「勢いの乗った、良い一撃だ! 流石だな! どんどん来い!」


 バンの攻撃に対して、褒める。どんどん攻撃させながら、その都度褒める。もちろん粗を探せばいくらでもある。しかし、今は褒めて、バンを認めてやることが大事なのだ。

 この子らは恐らくだが、褒められた経験が少ない。なんせ子供を手放しで褒めるのは本来、親の仕事だ。親と死別し、周囲の大人も日々の生活を立て直すのに必死となれば、孤児となった者をじっくり相手するのは難しいだろう。

 人は褒められることで自分を認められたと考える。そこからさらに「もっとやってやろう」と前向きな気持ちを生み出す。俺は親ではないので、どこまで効果があるか分からない。”誘導”でも”育児”でもどのスキルでも良いから、プラス方向に補正がかかることを祈ろう。

 今、俺がやっているやり方は前世で読んだ漫画や小説の知識が大きい。前世での俺の親は放任……というか、あの人達から何かを教えてもらった記憶がない。漫画や小説から学んだことが本当に多い。


 さて、どうして俺はこんなに頑張って自警団の連中を盛り立てているのかというと、理由が2つある。1つは、アイルーン家の領地内が安定するように、この村には自立してもらわねばならないから。もう1つは、モンスター被害によって孤児となったこいつらを、単純に、可哀想だと思うからだ。前世からの年齢を足すと俺は52歳……自警団の連中は、孫でもおかしくない世代だ。エゴかもしれないけどさ。俺はこの世界が厳しい場所だと頭では分かっていたが、強く優しい両親に囲まれ幸せに暮らしていたせいで、理解はできていなかったのだ。こいつらの身に起きたような悲劇はきっと、この先どこにでも転がっているのだろう。全てを何とかすることはできないが、せめて自立する手伝いくらいはしてやりたいと思ったのだ。


 自警団の連中を次々と相手にしていく。俺が予想していたより、全体のレベルは高めだ。1桁台ではあるもの、8とか9辺りに思える。スキルも地級には届いてないもの、これも8、9辺りのレベルには達しているようだ。全員地級まで上がれれば、この近辺で倒せないモンスターはいないだろう。今の状態でも、集団で確かな戦術を組めば問題なく戦える。

 最後に、ルイスの番になる。


「ルイス、これを使ってみるか?」


 そう言って、バンは自分の剣をルイスに差し出した。


「こ、これは! 君のお父さんの形見じゃないのかい?」


「剣を持ってないだろう? 貸してやるよ。」


 バンはぶっきらぼうに剣を鞘ごと突き出した。


「で、でも……」


「いいから、使えって。」


 バンは強引にルイスに持たせる。先ほどのルイスの言葉で、バンも感じ入るものがあったようだな。

 ルイスは受け取った剣を抜き、構える。……うん、全くなってない。スキルが無いのだから当然だな。


「や、やぁぁぁ!」


 弱々しく掛け声を出しながら、剣を俺に向かって振り下ろしてくる。構えや型はでたらめだが、意外と力強い振りだ。しかし、ルイスの握りがかなり甘かったためか、振った勢いのまま剣がすっ飛んでいってしまった。


 ビュッ! ズド!


 すっぽ抜けた剣はあらぬ方向に飛んでいき、バンの横を掠め、後ろにあった建物の壁に突き刺さった。


 ……言うまでもなく、この後ルイスがバンから剣を貸してもらうことは、2度となかった。

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