第40話
俺は村長宅へ招待されていた。ルイスを部屋に運んで寝かせ、改めてモンスター討伐に関する打ち合わせをするため、リビングで村長と向かい合って座っている。
「先ほどは村の者が、失礼を致しました。」
そう言って、村長は頭を下げた。
「いえいえ、こちらが彼を挑発したので。」
「あなた様の実力は十分に分かりました。ルイスと一緒に行ってくだされば、確実にマンティコアを倒すことができるでしょう。」
村長は勘違いをしているようだな。正しておこう。
「あぁ、ルイスは置いていきますよ。戦うのは俺だけです。」
「何と!?」
村長は本気で驚いた顔をしている。当然ルイスが一緒に行くもの、と頭にあったようだな。自警団連中だけじゃなく村長自身も、依存とはいかないまでも、戦力的に相当ルイスを頼りにしているようだ。
「ルイスがどうしても戦いたいと言うのなら別ですが、彼は望んでいないでしょう。今回1人で行ったのも、責任感や義務感ではなく、罪悪感だと思います。……事の経緯を横で聞いただけの人間の、勝手な憶測ですけどね。」
「うぅむ。」
村長は唸ってしまった。思い当たることがあるのだろう。
「戦う気持ちがない人間を連れていくのは、危険です。それに、報酬を受け取る以上、これは俺の仕事です。依頼主側の戦力を当てにして、仕事を受けたりはしませんよ。」
「実力は分かったと申しておきながら、こう尋ねるのもどうかとは思うのですが……ルイス抜きで、マンティコアに勝てますか?」
まぁ、当然の疑問だよね。マンティコアはかなり強いモンスターの部類に入る。レベルは30程度。人間の頭に獅子の体を持ち、強力な毒針が付いた尾の攻撃には特に注意する必要がある。普通に考えて、多少腕に覚えがあるとはいえ、冒険者未満の人間が単独で倒せるとは思わないだろう。
ルイスの精霊術はかなり強力だ。派手なので素人目にも強さが分かりやすい。俺は背も低いし、パンダーパーカーだし、何より若い。村の腕自慢を圧倒した程度では、心配にもなるだろう。
「剣術と風術の2つは天級まで修めていますので、1人でも問題なく倒せますよ。」
正直、遠方から風術を最大威力でぶっ放せば、それだけで倒せそうなんだよね。
村長は黙り込むと、眉間にわずかに皺を寄せ、俺をじっと見つめた。緊張した様子の目元が数秒後、ふっと弛む。
「……失礼ながら”嘘看破”スキルで調べさせて頂きましたが、どうやら本当にそれだけの実力をお持ちのようだ。まだお若いのに、大したものですな。」
村長は本気で感心し、そして安心したようだ。俺に言わせれば村長も、若造相手に丁寧な態度で接してくれているので、とても出来た人だと思う。こういう人の依頼だと、良い成果が残せるように頑張りたくなるよな。
「俺の父母は冒険者で、だいぶ鍛えられましたからね。マンティコアよりも問題なのは寧ろ、集まった魔素から湧いているモンスターです。まだそこまで強くはないと思いますが、数が多くなると厄介です。」
マンティコアのようなレベルが高いモンスターが定住すると、それを中心にさらに魔素が集まるという悪循環が産まれる。放置しておくとどんどん凶悪なモンスターが集まってきたり、中心となっているモンスターのランクが上がってしまったりと、大変なことになる。本来なら、ダンジョン発生に次いですぐ対処しなくてはいけない事案だ。
マンティコアのような強いモンスターは一度拠点を構えると、ゲームのエリアボスのように居場所から動かない。魔素が集まる仕組みを理解し、それを利用している節があるのだ。とーちゃんたちが倒したヒュドラも、元々はグレーターパイソンという大型の蛇のモンスターだったのが、濃度の高くなった魔素によって進化したものらしい。
「まずはマンティコアの排除。その次に、周辺モンスターの間引きになりますね。別に急いでいないので、しばらく安全に過ごせる程度に間引くまで、協力しますよ。」
「ありがたいことですが……そこまでして頂いても、十分な報酬は払えませんよ。」
俺にしてみれば、”償い”が進むという何よりの報酬があるのだが、それをこの村長に説明するつもりはない。とはいえ、無報酬の善意ってのは信用されない場合が多いからな。何か分かりやすい理由をつけないとな。
「……俺は冒険者になって、モンスターで困っている人を助けるのが夢だったんです。それに、モンスターの問題は人類全ての問題です。この村だけの被害に留まるものでもありません。俺の生まれ故郷の村はここより更に奥地にありますが、この村がモンスターの被害で潰れでもしたら、物流が滞り、故郷にも影響が出るでしょう。決して他人事ではありません。」
「……分かりました。こちらも、可能な限りの謝礼は用意させていただきます。何か村の中で欲しい物がありましたら、言ってください。できるだけ便宜を図りますので。」
村長も、俺の話で納得してくれたようだ。その後報酬の取り決めを行い、幾ばくかの金銭と、この村に滞在している間の食事と宿の提供が条件となった。
打ち合わせがひと段落するとちょうど昼時となり、そのまま村長の奥さんの手料理を頂く。並んだ皿を前に手を合わせていると、ルイスが眼を擦りながら起きてきた。
「もう目が覚めたのか? もう少し寝てた方が良くないか?」
「”MP超回復”のスキルがあるから、MP切れからの回復は、人よりだいぶマシなんだ。」
何そのスキル、超欲しい……あれ? ルイスの顔をよくよく見てみると、メガネの奥の瞳の色が先ほどと違って見える。今は青っぽい色に見えるな。
「ルイス、眼の色どうしたんだ? さっきまで赤かったのに。」
「あぁ、これね。僕の精霊との契約紋は、瞳にあるんだ。そのせいで、精霊を召喚している間は赤くなってしまうんだよ。」
本気出すと瞳の色が変化するとか、漫画の主人公みたいな奴だな!
ルイスも席につき、一緒に食べ始める。
「シンクは、ご飯食べたあとはどうするの?」
「自警団の連中にもう1度会ってくるよ。」
ルイスがスプーンを持つ手を止めて、不安そうな顔をする。
「バン達に? それは……危なくないかな?」
同じ村民なのに、えらい言い様だな。
「あいつらが俺をどうこうできるわけないだろう? もしできたら、奴らだけでも十分マンティコアに勝てるさ。」
肉団子のスープを口に運びながら俺が自信満々に答えてやると、ルイスは憧れたような視線を送ってきた。
「僕も、それだけの自信が持てるといいのだけど。」
うーむ……今のルイスの様子だと、永遠に自信を持つことはできないんじゃないかと思うが。どうしようかな? あまり深入りしてもどうにもならないけど、ちょっとアドバイスくらいしておくかな。俺は食器を置いて、姿勢を正した。
「ルイスは、強くなりたいのか?」
「……なりたい……かな?」
そこは疑問系なのか。
「強くなりたいのなら、それ相応の努力をしないとな。肉体的にも精神的にも、スキルがあるんだから、やったらやった分だけ強くなれる。ただ、ルイスの場合はその前に、ひとつ考えなくちゃいけないことがあると思うぞ。」
「考える?」
「そう。何のために強くなるのか、だよ。腕っぷしの強さなんて、手段のひとつでしかないからな。別に、お金持ちになって冒険者を沢山雇うのだって、モンスターを倒すって目的はちゃんと達成できるだろう?」
「何のために……。その……弱いから強くなりたい、じゃダメなの?」
上目遣いで泣きそうな顔をしながらそんなことを言う。メガネの隙間から潤んだ瞳がこちらを見ている。か、可愛い……! って、俺にショタ属性は無い筈だ。そんな俺にすらこの威力……なんて攻撃力なんだ。恐ろしい。
「ルイスの言う『弱さ』って、何だ? ルイスが雷の精霊召喚したら、大抵の相手には勝てるだろ? それこそ殺し合いなら、バンってやつは一撃だ。」
「そ、それは精霊さんの強さであって、僕の強さじゃないもの。」
「うん? 精霊術師なんだから、精霊の強さはルイスの強さだろう。……まぁそれにしたって簡単だよ。ルイスの得意武器がスタッフなら、それをずーっと振り回していればいい。やっていればスキルレベルが上がる。地級になれば、先ほどのモンスターの群れくらい、1人で何とでもなるよ。」
「むぅ……」
今度は眉根を寄せて考え込んでしまった。
「何をそんなに難しく考えることがあるんだ? やればいいだけだろう? そこで考え込むってことは、どうして強くなりたいのか、自分でも分かってないってことじゃないか?」
……ぐす。
ルイスは泣き出してしまった。いや……こんなことで泣くなよ……キュンって来ちゃうだろ! もう!!
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