第31話

 とりあえず、安全とはいえない場所でレオを1人にするのは危険だ。レオを追いかける。フィーもついて来ている。


「レオ、待って! 単独行動は危険だ。」


 レオを追いながら声をかける。


「ついてくるなよ! 独りにさせてくれ!」


「気持ちは分かるが、危険だってば!」


「お前に私の気持ちが分かってたまるか! 私がフィーリア様を想っているのを知りながら、目の前でいちゃついていたくせに!」


「いや、本当にすまんと思う。それについては謝るから、一旦落ち着こう!」


 レオの説得を試みるが上手くいかない。こうなったら最悪、単独にすることも考え、レオに補助系の神聖魔術をかける準備をする。走りながら、かつ、説得しながらなので、印術で詠唱を行なう。


「”ブレス”」


 ”ブレス”は身体能力・物理防御・魔法防御をいっぺんに上昇させてくれる神聖魔術だ。強化魔法は各属性魔術にも存在する。例えば、火術”マイトアップ”は力上昇、風術”スピードアップ”なら素早さ上昇、といった具合だ。属性魔術による強化は、1つの能力のみに留まる代わりに効果が高い。神聖魔術の”ブレス”は全ての能力を上昇させるのだが、それぞれの効果は属性魔術の強化に比べると低くなる。

 レオと距離がぐんぐん開いていく。あ……、補助魔法で素早さが上がったからだな……追いつこうとしてたのに、相手の素早さを上げてしまうという……。


「ちょっと! シンク何やっているのよ!」


「いやほら、独りになっても大丈夫なようにって思って……」


 そんな会話をしているうちに、レオの背中は滝の裏側に回り、ダンジョンの中に消えてしまった。


「レオがダンジョンに入ったわよ。どうするの?」


 呼吸を整えながらフィーが聞いてきた。うーん。どうするかな……。


「フィー。俺がレオを追いかけるから、フィーはとーちゃんとステナさんを呼んできてくれ。」


「ちょっと待って! 私も行くわよ!」


「仮にあの洞窟が本当にダンジョンだった場合、探索の準備もないのに突っ込むことになるんだ。罠にはまって動きが取れなくなるかもしれない。そうなった時に、助けが来るようにしておきたいんだよ。」


 一度言葉を切って、フィーの目を見ながら話をする。


「今回は攻略するわけじゃない。レオを連れ戻して、準備を整えたら、3人でここを攻略しよう。」


「……本当に、連れ戻すだけでしょうね? 抜け駆けして2人で攻略したら怒るわよ? 3人でここを攻略する、って約束しなさい。」


「わかった。約束する。」


 フィーは、満足そうに頷いた。


「じゃぁ、私はステナとアルバさんを呼んでくるから。」


「ちょっと待って。」


 フィーにも”ブレス”をかける。これなら、森に出現するモンスター程度、なんとでもなるだろう。


「”ブレス”って神聖魔術Lv4の魔法じゃない……。はぁ、どうやったらそこまであれこれ出来るようになるのよ……」


 すんません。ガチャです。自分にも”ブレス”をかけて、ダンジョンの入口に向かっていく。


「シンク! 気をつけなさいよ。」


「ああ。フィーも気をつけて。」


 フィーは小さく手を振り、森をキャンプ地の方角へ走っていった。さて……、探索系のスキルを使ってレオを追いかけるとするか。レオの足跡を確認し、追跡を始める。奥に続く通路は緩やかにカーブしているようで、先を見通すことができない。これが只の洞窟だったらすぐに行き止まりになる筈だが、しばらく歩いてもまだ先の見える気配はない。内部の幅は大人が3人並んでもまだ余裕がありそうで、高さはだいたい2メートル半といったところだろうか? 剣を振り回すにはちょっと狭いくらいだな。”暗視”で視界を確保し、”気配察知”で周辺を警戒。”罠術”で罠を探しながら進む。レオは走っていると思うが、まさか俺まで走って追いかけるわけにもいかない。ミイラ取りがミイラになるってやつだ。

 慎重に歩を進めていると、道が左右に枝分かれする場所に出た。うん? 何か音が聞こえる。”鋭敏聴覚”を使い、慎重に音を拾う。どうやらレオが戦闘しているようだ。右の通路から聞こえる。それと同時に、左の通路の奥から接近する足音が聞こえた。


 カチャ、カチャ。


 なにやら軽く硬いもののぶつかるような音が、複数聞こえる。十中八九、モンスターだろう。レオとすぐ合流したいところだが、このまま行くとモンスターも引き連れていってしまう。どうしたのものか? 俺で倒せるモンスターだろうか? ”気配察知”で探る感じだと、結構弱めのモンスターのように感じる。倒してから、レオを追いかけたほうが良いかもしれない。思案しているうちに、モンスターが視認できる距離まで近づいてきた。

 骨だ。スケルトンってやつだ。それが3匹だな。武器は錆びた剣を持っているだけだ。確かモンスターのレベルも1桁台だった筈だから、これならかなり余裕だな。ただ、武器の相性が悪い。骨は槍で突くべき肉がない……まぁ石突で叩けばいいか。俺はさらに魔術の詠唱をすることにした。


「”ホーリーセイバー”」


 ”ホーリーセイバー”は神聖魔術Lv3の魔法で、武器に神聖属性を付与してくれる。神聖属性はアンデット系モンスターに特効だ。準備も整ったので、さくっと倒すことにする。相手はカチャカチャ骨を鳴らしながら向かってくるが、動きはかなり遅い。普通に石突での攻撃1発で、1匹倒せた。残りも同様に片付ける。叩かれたスケルトンは魔素になって消えていった。この程度のモンスターなら、レオ1人でもかなり余裕だろう。罠が怖いのでそれだけ気をつけて追いかけよう。

 しばらく進むと、また戦闘音が聞こえてきた。戦闘している間は足が止まるだろうから、その間に追いつきたい。はやる気持ちを抑えて、慎重に罠を探しながら歩く。すると先のほうに明かりが見えた。そうか。レオは”暗視”スキルを持ってないのだろうな。何かしらで明かりを確保したのだろう。

 俺に気がついたらまた逃げ出しそうだな。”隠密”スキルを使ってこっそり近づこう。


「レオ」


 戦闘を終え、ひと休みしていたレオに、背後から声をかけた。


「うわぁ!」


 まぁ、そりゃびっくりもするか。


「レオ、ここは危険だ。出よう。」


「っ……いいから一人にしてくれ!」


 半ば叫ぶようにそう言うと、奥へずんずん進んでいく。


「レオ、止まれ! ここは明らかにダンジョンだ。罠があるかもしれないじゃないか。」


 一瞬ぴたっと動きを止めたが、また歩きだした。


「罠があるのならそれでもいいさ! もう私には夢も希望もないのだから。」


 小走りでレオに追いつきながら話を続ける。レオは歩をゆるめることなく進み続けている。


「待て、冷静に考えてみてくれ。レオと戦って勝利した、景品としてのキスだぞ。好き嫌いの話じゃないと思わないか?」


「他でもないフィーリア様が、嫌いな奴にキスなどするものか!」


「レオも言っていたじゃないか。『自分のために戦ってくれた騎士にする態度ではない』って。その謝罪の意味もあったんじゃないか?」


「あれだけ雰囲気出しておいてか? まるで恋人同士だったぞ!」


「ま、まぁ雰囲気はそれなりにあったかもしれないけどさ。それに、レオに声かけられたから、キスはまだしてないんだぞ。」


「そうだったとしても、時間の問題だろ? また機会があればできるじゃないか。」


「さっきダメだったからもう1回キスしよう、なんて言えるわけないだろう! それに……どうせ俺は平民なんだ。フィーのことを好きになっても、結ばれることは絶対ない。」


 ずんずん進んでいたレオの足が止まり、俺のほうを振り返った。


「……シンク、お前、本当に知らないのか? 極級へ至れば、この国では貴族に取り立ててもらえるんだぞ? しかも男爵や子爵じゃない、伯爵級の貴族に、だ。一代限りのものだが、極級に至った者の血を一族に取り込みたいという貴族は多い。そうなれば、フィーリア様との結婚も可能だろう。」


「え?」


「シンクはそれを知っていて、貴族社会に入るためにわざわざ”礼儀作法”のスキルとったんじゃなかったのか? 極級に至って、フィーリア様を迎えに行くためじゃないのか?」


 ……フィーが言っていたのは、これなのか? 俺が諦めなくちゃいけないってのは、フィーのことか? 待て、えーっと、そうするとフィーは、俺が頑張っているのを肯定的に捉えていたような気がするから、つまり、フィーは俺のこと好きなのか? ……いや、そう勘違いして失敗するってパターンじゃないかな? 男同士で『あいつ絶対惚れてるって!』なんて話すときは、だいたい妄想か勘違いなんだよな。


「シンク、お前は私より槍が巧いし、魔法も達者だ。それに、探索で使える様々なスキルも持っている。背も高くて男らしい。悔しいが、私がシンクに勝てる要素はない……もう私は隠者となって、このダンジョンの奥で暮らすのがお似合いなのさ。」


「いやいや、そこは発想が飛躍し過ぎだと思うぞ? 背なんかまだ11歳なんだから、これからどうなるか分からないだろう? 実力だってまだまだ伸びると思うぞ。」


 必死に宥めようとしていたら、横合いから強烈な気配を感じた。俺とレオは、気配を感じた方向へ素早く身構えた。洞窟の澱んだ空気にいつの間にか、異質な強さの腐臭が混じっている。


「な、何かいるぞ! シンク」


「話に夢中で気がつかなかった……。いつの間にか、通路じゃない場所に出ているぞ。」


 そう。今俺達がいる場所は、先程までの狭い通路ではなく、かなり広い空間だ。広さにして学校の体育館の2倍程はあろうか? 俺達はその空間の、中程にいる。


「”ライト”」


 レオが光術の魔法を使い、照明を作った。光の中に浮かびあがったのは――


(ドラゴン……!?)


 息を呑んだ。西洋の物語に出てくるようなドラゴンが、そこにいた。

 ……ただ、どこかおかしい。よくよく見てみると、表皮の一部は削げ落ち、肉が露わになっている。胴体には肋骨が見えている部分もあり、腐った膿が体のあちらこちらから垂れ出ていた。片目は落ち窪み闇を覗かせていて、もう片方の目にはモンスター特有の強い黒紫色の炎が揺らめいている。

 足元から這い上がってくるような酷い腐臭に、思わず顔を歪める。


「ドラゴンゾンビだ……。まさかこんな浅い場所に、ダンジョンボスが?」


 レオが畏怖を込めて、そう呟いた。

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