第124話
(力がみなぎる……。)
手に持つ刀は、女神様の杖が変化した物のようだ。使用する者に応じて、適切な姿へと変化するらしい。別に教えられたわけでもないのに、自然とそう理解できた。この刀が、伝えてくれたのかもしれない。
黒い刀身を掲げて検めると、艶やかな面に俺の姿が映った。思わず二度見する――映り込んだ俺は金髪で、真紅の瞳をしていた。まさかこれが、女神様の力を受け取った証なのだろうか?
「馬鹿な……人間ごときが、神の全権代理者になり得るだと!?」
狼狽する善神の言葉は無視し、俺は刀を一振りして具合を確かめる。
ヒュンッ!
しっかりと手に馴染む。刀そのものが、「切れぬ物など何もない」と語りかけてきているような……そんな心強さを感じる。
正直、何が起きたのか理屈はさっぱり分からない。分からないが、これだけの力があれば――善神に勝てる。
「……さて、仕切り直しだ。」
俺は刀を善神に向けた。俺の言葉に、善神も剣を構え直す。
「ふん……神同士の戦いとなれば、神気がモノを言う。邪神の力の残滓を得ようが、所詮貴様は急拵えの神に過ぎん。我に勝てるなどと、思い上がらぬことだ。」
「善神……お前はどうあっても、人類を滅ぼすという考えを変える気はないんだな?」
「無論よ!」
善神は俺を侮っていた。そして、いつでもステータスやスキルを奪い取れるという安心があった。つまり、絶対強者であり、俺とは対等な関係ではなかったのだ。それでは交渉は成り立たない。
しかし、その絶対が今、揺らいでいる。俺が今得た力を奪うことはできないだろう。『邪神の力の残滓』という言葉から察するに、まだ善神が有利な状況にあるという認識のようだ。
今、剣を納めれば、まだお互いに対等な状況で交渉ができる……そう思って選択を善神に示したのだが、拒否された。明確に拒否された以上、全てを奪ったとしても恨むまい……いや、この手の奴はどうあっても逆恨みは不可避だな。
対等な交渉というのは、立場が平等で初めて成り立つ。前世の世界でもそうだったが、一見、平和的に話し合っているように見えても、強大な軍事力を有する国相手には交渉事で妥協せざるを得ないのだ。
握りしめた刀から滲み出すように、神の世界の理が俺の脳内に染み込んでくる……やはり、善神を殺してしまうのはまずいようだ。殺した瞬間に世界が崩壊する、なんてことはなさそうだが、時間の経過とともに世界に綻びが生じ、広がっていくらしい。俺個人でどうにかできる問題でもなさそうだ。
となれば、再度封印するしかないだろう。この刀――神器を使えば可能なようだ。この際なので、封印から出ようなんて2度と思わないくらい、ボッコボコにしてやるかな。
「行くぞ。」
この戦いの目的――それは、善神の心を折ることだ。そのため奴に『俺には絶対に敵わない』と思わせる必要がある。徹底的に実力の差を知らしめるには、相手が『全力を出し切れた』と実感する状況を作り出さねばならない。消化不良の状態では『たまたま相手の運が良かっただけ』と勘違いされ、ワンチャンあれば勝てるだとか思われかねないからな。
相手を殺せない以上、後々の禍根を断つためにも、ここで徹底的に叩き伏せるしかない。
俺は何も工夫せず、ただ一太刀を入れる。慌てて防御する善神。
キン!
剣と刀がぶつかり、澄んだ金属の音を立てる。
俺の踏み込み、刀を振る速度は明らかに増している。今の一合で善神も理解した筈だ。先ほどのようなフェイントを使って攻撃されれば、最早防ぎきれないと。
先ほどの戦闘では、鍔迫り合いなどできなかった。力のステータス差が開き過ぎていたからだが、今は違う。
俺は刀に力を入れ、善神が防いだ剣ごと押し込んでいく。
「何故だ!? 邪神の全件代理に過ぎないお前が……力を借り受けただけのお前が! 何故、邪神をも超えるほどの力を持つのだ!」
押し込まれる剣を必死に押し戻そうとしながら、善神が疑問を口にする。
「そんなこと、俺が知るか。」
力任せに善神を弾き飛ばす。
「くっ!」
数メートル後方へ飛ばされたが、何とか体勢は保ったようだ。
「おのれ! 神の力を知るがいい!」
善神が左手を突き出し、何か力を放った。
ドン!
俺は直感的に大した威力ではないと判断し、正面からその攻撃を受け止めた
体の芯に響く衝撃を感じたが、それだけだ。痛みなどはない。花火を近場で見た時に感じる音の衝撃のような感じだ。
「うん? 何かしたか?」
無駄に強者アピールっぽい台詞になってしまったが……本当に何をしたんだ?
「ば、バカな! 無傷!? 貴様の神気が、我を上回るというのか!?」
善神が何やら慌てている。実感は湧かないが、どうやら神気とやらで奴を圧倒しているようだ。
まぁ、俺のやることは変わらない。俺はわざと大振りの一撃を出す。
先ほどの戦闘から、善神は傷つくことに恐怖を覚えている。追撃される可能性のある回避や、失敗する可能性があるカウンターを狙ったりしない。より確実な方法でこちらの動きを止めようとしてくる。ゆえに正面から攻撃を受ける。しかし、それは悪手だ。
ガン!
「ぐ!」
重い一撃を受けたことにより、筋肉は収縮し、次の行動に移れなくなってしまう。
俺は、動きを止めている善神の腹をめがけて思いっきり蹴り込んだ。
ドカ!
「がはァっ!」
善神は「来る」と分かっていても回避できなかった筈だ。
床を転がる善神。それでも剣は手放さないまま、顔を上げ、こちらを睨んでいる。
「何故自分がこんな目にあうのか理解できない、って顔だな。」
善神は腹を押さえながら立ち上がり、唾を飛ばして叫んだ。
「我は神だ! 神なのだぞ! このようなことが許される筈がない!」
善神のその様子が「親に向かってその口の利き方は何だ!」と言っていた前世の父親の姿と重なる。
「それだ。……お前の言う『神』とは何なんだ? 『肩書』か? 『役割』か?」
前世の父親に「『親』とは何だ?」って訊いてみたかったな……。
「『神』は『神』だ。絶対なる存在で、万物の頂点に立つものだ。」
あぁ、そうだな。前世の父親もそう答えそうだ。『親』は『親』だと。だが、そういうことじゃないんだよ。仕方ない。訊き方を変えよう。
「その理屈なら、女神様も『神』なのだから対等の存在だよな。お前が女神様より上だと言い張る、その根拠は何だ?」
もう1人の女神様を比較対象に出せば、具体的な話が出てくるかな?
「フン、邪神という役割を考えれば自ずと理解できよう。邪とは道理に能わず。対して我は善。善とは道理。故に、我が上位の存在なのだ。」
この発言は俺の前世の父親が母親にしていたのと変わらない。「家事、育児は大した手間ではない」と、頭から決めてかかり、軽んじていた。「自分の方が忙しい」「自分の方が大変だ」という状況を、決して譲ることはなかった。
「つまり、『役割』ってことね。『神』とは道理の体現者で然るべきで、お前は善神だから立場が上……そういうことでいいか?」
「違うな……道理とは我! 我こそが『善』そのもの! 故に我は『神』なのだ!」
こいつの発言はいちいち俺の前世の父親を思い起こさせる。
前世の父親をまとめるとこうだ。「家で一番偉くて大変なのは俺だ。だから何をしても良い」。善神からも、同じにおいを感じる。
俺は前世の父親の発言について、こう思っていた。何故支配しようとするのか? 何故愛をもって接しようとしないのか? ただお互いに、お互いの仕事を労えば良いだけではないのか?
忙しさ、大変さを比較し、結婚した相手が自分より忙しく大変な状況であって良い、というのか?
そんなわけはない。
結婚する時、相手を幸せにすると誓ったのであれば、自分の方が大変で忙しいのは当たり前なのだ。
父を見ていて、俺は親とは何か、父とは何かについて、幾度となく考えた。
遺伝子の話をするならば、前世の父親は間違いなく親であり、父であった。しかし、それだけで親と、父と言えるのだろうか?
法的解釈で考えるなら、民事的にも間違いなく親であろう。ただ、憲法まで考えればどうだろうか? 12条にはこうある。「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。」と。
親としての法的な権利を主張するならば、それ相応の努力をせねばならない……そういうことなんじゃないのか?
結論として、責任から逃れ、努力らしい努力をしていなかった前世の父親は”親”ではなかった。
ならば、善神は『神』なのだろうか? 善神は自分こそが道理であり、ゆえに『神』だと言った。
……簡単なことだな。
「……分かった。お前が道理なんだな?」
「そうだ、ようやく理解したか! 貴様の数々の無礼を恥じ、頭を垂れて許しを請うがいい。」
「つまり、お前の考えを改めれば、道理を――神の存在定義を変更できる、ということでいいな?」
「……へ?」
キン! ドカ!
俺は全力で踏み込み、善神の剣を弾いて、刀の柄を握ったままぶん殴った。
「ぐは!」
床を転がる善神。相当堪えたのか、震える手をついてどうにか身を起こした。
「な、何をする!」
「今からお前が考えを改めるまで殴る。」
「ちょっと待て!」
ドカ!
俺は善神の言葉を無視し、顔面に蹴りを入れた。
「ちょっ」
殴る。
バキ!
「まっ」
蹴る。
ドス!
「どうだ。考えは改める気になったか?」
ヘロヘロと立ち上がった善神は、恐怖を顔に浮かべていた。
「ぼ、暴力で相手を従えようとするなど、間違っている!」
お前が言うか?
「何、問題ない。愛のムチだからな。」
俺の言葉に、流石の善神も口を噤んだ。まぁ、愛なんてこれっぽっちも無いけどな。
しばらく俺が善神を殴打する音が響いた。
別に拘束しているわけではないので善神も反撃をしてくるが、その都度、真正面から受け止め、効果がないことを善神に印象付けている。反抗的な態度を取ったときは「お仕置きだ」と言いながらかなり強めに殴る。そのためか、次第に反撃は減っていった。
既に気を回す余裕がなくなったのか、女神様とラグさんの拘束は解けている。2人は俺のするさまを、何か言いたげに見ていた。
おそらく俺のこの行為を止めたいのだろう。しかし、これに代わる代案の提示ができないのだと思われる。女神様としては、俺を全件代理に任命した手前もある。俺に全てを任せたのだから、手段に問題があるからといって止めるわけにも行かないのだろう。
そろそろ考えは変わったかと、善神の顔を覗き見る。腫れあがり、原形を留めていない。僅かに見える目からは恐怖と、そしてこちらに対する憎悪が見えた。
そう、憎悪だ。自身の行いへの反省や後悔ではない。……分かっていたことだが、結局この暴力という方法では、何かを教え込むなんてできやしないのだ。
恐怖に屈服させ、言うことを聞かせることは教育ではない。本人が必要を感じて改善していくのではなく、恐怖から逃れるために機械的に動くようになってしまう。それでは応用が利かない。何故それをしなければいけないのかを考え、実感しているわけではないからだ。
自発的に考える力を身につけねば、新しい問題には対応できない。いつまで経っても一人立ちできないだろう。
(こいつをこのまま封印したとして……数百年後にはまた、同じことの繰り返しだな。)
封印の中ではなおさら、反省するなんてことはないだろう。
解ける頃には恐怖の対象であった俺はもう存在していない。おそらく女神様に対し、より強く復讐心を抱くのだろう。
……だが、例え時間稼ぎでも封印するしかない。このままにしておくわけにはいかないのだ。あとは数百年後の誰かに、どうにかして頑張ってもらうしかない。
俺が決意し、刀を掲げ1歩踏み出した時。背後から不意に声がかかった。
「ふぉっふぉっふぉ、封印は少し待ってはくれんかの?」
振り返ると、仙人のような姿の老人がいた。
絹のような光沢の導服に、金糸の入った帯。節くれた木の杖を持っている。神も髭も長く白い。深い皺の刻まれた表情は微笑みを浮かべていて、優しそうな印象を受ける。
(いつの間に?)
全く気が付かなかった。しかし、一旦認識してしまえば目を離しがたく、強い存在感を放っている。
「そ、創造神様!」
どこにそんな力が残っていたのか、善神がガバッと身を起こし叫んだ。
この人が創造神様?
見れば、女神様とラグさんも跪いている。
「お助けを! この暴虐の徒が、我を虐げ、神域を穢しております!」
暴虐……否定できないが、善神を虐げてるってのはどうかと思う。
「まぁ、待ちなさい。まずはこの者と話をせねばな。」
創造神様は俺に向き直り、語りかけてきた。
「ふむふむ、自力で昇神するものが出ようとはな。……ほほぅ、”魔王”スキルの魔王城に死亡判定後の復活をつける……か。それだけでは度重なる死の衝撃に魂が耐えられず、消滅してしまうところじゃが、……経験値が1000倍になるスキル”一粒万倍”のおかげでそうなる前に死を超越し、昇神したか。成る程のう。」
創造神様はしげしげと俺を見ながら呟いた。
「さて、ワシはこの世界を創造したものじゃ。初めましてじゃな。」
「あ、はい、初めまして。シンクといいます。」
「シンクさんかの。ワシのことはじいさんでもジジィでも好きに呼んでくだされ。神の名というのは、信者でもない者がみだりに口に出さん方が良いものなのでな。」
随分と腰の低い創造神様だな……。
「な、創造神様! そのような下賤の者に謙る必要などございません!」
善神は創造神様に声を上げ、俺の方を向き吐き捨てるよう言い放った。
「貴様、さっさと跪いて頭を垂れぬか!」
「そのような必要はないぞい。ほれ、おぬしたちも楽にすると良い。」
全く動じる様子のない言葉は、俺、それから女神様とラグさんに向けられていた。善神が目を剥く。
「何を仰いますか! あなた様はこの世界の創造主! 我が父ではございませぬか!」
「ふむ、その通りじゃが……だからといって、それが他者に対して礼をとらぬ理由にはなるまい?」
「な!? 創造神様は偉大なお方! 絶大な力をお持ちです!」
「そうじゃな。扱える力は他の者よりだいぶ多いじゃろう。だが、力が強ければ偉いというわけでもないぞい。」
「そ、そのような事はございませぬ!」
善神は創造神様の発言を強く否定する。いや、否定せねばならないのだろう。何故なら、それが奴がやってきたことに正当性を与えていた理由なのだから。
創造神様はやや険しい顔をして、善神を見つめる。
「ふむ……つまり、おぬしはワシが間違っておると言いたいのじゃな? おぬしが言うところの絶大な力を持ち、偉大な創造神であるワシが、間違っておると?」
「い、いえ! 決してそのような……創造神様が、間違えよう筈ございませぬ……。」
善神は慌てて自身の発言を撤回する。
「いやいや、ワシも間違えるぞい。」
それを受け、あっけらかんとした口調で創造神様は答えた。
「そ、そのようなわけが……。」
「ワシは長く生き、実に様々な経験がある。扱える力で、多くを知ることができる。それゆえに、正しいと思われる道を選択できることは多いじゃろう……だが、そこまでじゃ。」
創造神様はため息をつき、続けた。
「現にほれ、この世界を見よ。2柱の神を置き世界の管理を任せたが、発展しておらん。ワシの経験上では、2柱の神に世界を任せたならば、やがて2人は愛し合い、神の子が生まれるものじゃ。2柱の神は自らの子に力を分け、役割を与える。神が増え、その役割の恩恵が下界にもたらされる。そして生命が地上に溢れ、エネルギーに満ちた世界になる……その筈じゃった。」
「……不徳の致すところでございます。」
女神様は創造神様に向かい三つ指をついて、静かに床に額をつけた。
不敬にも、「きちんとした態度もできるんだな、この人」などと思ってしまった。あのヤンキー口調はどこへやら……いや、目上に対する礼儀は案外、ヤンキーのほうがちゃんとしているのかもしれない。
「そうだ、邪神! 貴様が全て悪いのだ!」
善神は頭を下げる女神様を指し、糾弾する。創造神様はその有り様に、全てを察したようだ。
善神がこれで責任を女神様へ転嫁できると考えているのであれば、それは創造神様の眼を節穴だと言っているようなものなのだがな。創造神様を貶める行為だということに、気が付かないのだろうか?
「……成る程の。ところで善神よ。おぬしは人間を全て滅ぼそうとしているようじゃな。」
「はっ! あのような愚かで脆弱な種族、我の管理するこの世界には不要にございます。」
「愚かで脆弱と分かっておるならば、おぬしが教え導けば良いであろう。何故そうせぬ?」
「それは既に試したのでございます! エルフを生み出し人々を導いたのですが、人々の蛮行は絶えず、人心は荒むばかり。世には悲しみが溢れ、混沌としておりました。不幸の連鎖を止めるため、我が手で……と考えた次第にございます!」
いや、エルフを生み出したのは女神様の功績だろうに。
そしてマリユスの話では、エルフを亡ぼしたのは他でもない善神の筈だ。
最初の言いようでは創造神様の感触が悪いと察したのか、即座に発言を翻しているな。最初と最後でほとんど話繋がってないけど、こいつ正気か? 『自身の正当性を認めてもらう』という目的以外、全て抜け落ちている答弁だ。
「ふむ。自らの手を汚してでも過ちを正そうとする、その姿勢はあっぱれじゃ。」
「ははぁ! ありがたき幸せ! それでは人類を滅ぼ――」
我が意を得たりとばかりに喜ぶ善神の発言を遮り、創造神様が続ける。
「その姿勢をワシも見習うとしよう。『この世界について2柱の神に任せる』と決めた以上、思惑から外れたからとて口を出すのは憚られ、傍観に徹しておったのだが、自ら正す必要があるようじゃのぅ。」
「あ、あの、……それはどういう?」
不穏な気配を察した善神が、恐る恐る創造神様に問いかける。
「善神よ、おぬしから神の資格を剥奪する。」
「そ、そんな!」
「加え、別世界にて人間として生を受けるがよい。そこでの生のありようによっては、また神に取り立てることも考慮しよう。」
「ど、どうかお考え直しを!」
「脆弱な存在となり、不便を知ると良い。優しくされ、愛を知りなさい。そして他者に優しくし、愛を分けなさい。善とは、見返りを求めぬ行為。良き循環を経て、やがて辿り着けるであろう。」
善神の手から剣――神器が離れようと浮かび上がる。善神は必至にしがみつく。自らが傷つくのも構わず、剣の刀身を握り、手放さないよう力を込める。しかし、神器はその形状を、光り輝く球体へと変えた。
善神はなおも追いすがろうとするが、足元に生まれた闇の渦が、足先から善神を飲み込んでいく。
「我がなぜ人間などに! 罰ならばそこの邪神に――そう、奴こそが停滞したこの世界の原因! 創造神様、人間を滅ぼすことの何が罪だと言うのですか! どうか! どう――」
焦り、創造神様へ助けを求めるが、創造神様はそれを慈愛の表情で見つめ返す。善神は渦の中へ消えていった。
創造神様は、善神が人間に生まれ変わることで成長するよう願っているのだろう。今は恨まれようとも、成長した暁には理解してもらえる……そう思っているのかもしれない。
まぁ、善神のあの調子だと、自身の境遇を嘆くばかりで、成長はしなさそうだが……。
「さて、待たせてしまって申し訳ないのぅ、シンクさん。」
「あ、はい。」
そういえば、一番最初に話しかけられたのは俺だったな。俺に用事があるのか?
「ワシが今回ここへ来たのは、シンクさんの意思確認のためじゃ。」
「意思確認?」
「そうじゃ。昇神の資格があるのでな。どうじゃ? 神になってみんか? ちょいと試練はあるがの。」
「えぇ!?」
「本来ならこの世界は2柱の神――善神と邪神の2人に任せてあったのでな。ワシは介入してはいかんのじゃよ。神の世界にもいろいろあってな。先ほどの件についてもワシ自身にペナルティはあるが、まぁそれは自業自得じゃしな。」
「あの、善神を人間に転生させたみたいですが、この世界は大丈夫なのですか?」
神器が教えてくれるには、この世界には2柱の神がいなくてはならない筈だ。
「神器の新しい持ち主を見つければ大丈夫じゃな。シンクさんが望むなら、持ち主に任じるのもありじゃよ?」
「いえ、いきなりそんなこと言われましても……、あの……そもそも神ってなんですか?」
空想上の存在、信仰の象徴……ひょっとしたら俺が知らないところで実在しているかもしれないが、前世の世界であれば大体そんなところだ。
リアルに神様がいるこの世界では、どんな位置付けなのだろう?
「難しいことを聞くのぅ。それは『人間とは何か』という問いのようなものじゃよ? う~む、シンクさんの実感しやすいよう伝えるならば……お役所みたいなもんかのぅ?」
「役所ですか?」
「例えば道や水道なんぞは、放っておけば荒れて使えなくなるじゃろう? そうならないよう管理するのが、役所の仕事じゃな。気脈やライフストリームとか言われておる、エネルギーの流れ……そういうものを管理するのがワシら、神の仕事なんじゃよ。」
「どうして、それを管理しているのですか?」
「ワシらにとって、その方が都合が良いからじゃな。生命溢れる世界ならば、総エネルギーが増える。エネルギーは気脈を巡り、星を満たす。ワシらが生きるためには多くのエネルギーが必要なのじゃよ。それらが潤沢に得られるよう、ワシらの都合で管理しておる。」
あれ? それじゃあ……
「自然災害があるのは何故ですか? 無い方が、生き物は多くなると思うのですが。」
「不幸なことを避けられるよう、考え、工夫し、備え、手を取り合う……そうして生まれる上質なエネルギーを得るために、ある程度の生命の危機は必要なんじゃよ。……地上世界から不幸が消えてなくならないのは、ワシら神のせいとも言えるのぅ。」
「しかし、神様がいないと世界そのものが維持できない……共存共栄、ってことですかね?」
「そう言ってもらえると助かるがのぅ。」
神がいなければエネルギーの流れは滞り、生命を維持するのは難しそうだ。
見方を変えれば家畜も同然だが、だからといって何が悪いってわけでもない。
家畜扱いがダメだというなら、まず人間が家畜を飼うことをやめるべきだしな。
それに、全てにおいて人間が主導権を握るなんて、どだい無理な話だ。天気や海流、地殻変動も自由に操れるなんてことになったら、目先の利益を求めて別災害を生み出すか、利益をめぐって戦争するか……まず碌な事にならないだろう。
世界に、人間とは違う上位者の存在がいたとしても不都合は感じない。そりゃあ善神のように一方的に滅ぼすと言われたら抗うけどさ。寧ろ人間以外が管理している方が、ある意味安心感がある。
「それで、どうじゃ? 神やってみんか?」
「……辞退させていただきます。」
「ふむ、これはただの興味本位なのじゃが、理由を聞いてもよいかの? 何、大概の者が、神になれると聞けば喜ぶものでな。」
「地上に、待たせている人がいるので。」
フィーやルイス、マリユスとノーネットにカッツェ。生まれた村には、とーちゃんとかーちゃん、イーナもいるしな。
冒険だってまだまだ途中だ。ダンジョン攻略も随分中途半端になってしまっている。ギョンダー以外の国外だってまだ知らないのだ。できれば行ってみたい。
「ふぉっふぉっふぉ、若いのぅ、羨ましいぞい。それもそうじゃな。神になろうなんて者は、世との関わりを全て断った超自己中な奴らじゃからな。まあ、自己中の塊であるからこそ、それを捨てることが解脱するための苦行となるんじゃが。」
創造神様は納得顔をし、頷いた。
「となると、この世界の管理に必要なもう1柱の神は、どうしたものかの。無から生み出すことも可能じゃが、邪神は成功したものの善神は見事に失敗してしもうたからのぅ……はてさて……ふむ?」
考えあぐね周囲を見回していた創造神様は、ラグさんを見て視線を止めた。
「おぉ、おぬしも僅かばかりじゃが神格があるのう。ふむふむ、完全な神となるには少しばかり時間がかかろうが、どうじゃ、仮神としてやってみんか?」
仮神? 仮免みたいなものだろうか?
資格でも実地経験何年必須ってやつ、あるもんな。そう考えれば別におかしくもないか。
(わ、私がですか!?)
「もし何か問題が起きても、仮神中はワシが責任を取るからのぅ。気楽に引き受けてもらえると助かるのじゃがな。」
ラグさんは座り込んで考えている様子だったが、やがて尻尾をふわりと立てて顔を上げた。
(……私で、女神様のお役に立てるのでしたら!)
「ラグラティーナ……お前……。」
(大恩ある女神様のお側に、ずっといさせてください。)
見つめあう2人……というか女神様と猫のラグさん。
女神様はくすりと笑った。
「これからは同じ神なんだから、前のように『お姉ちゃん』って呼んでくれよ。」
(まぁ……宜しくお願いしますね、お姉ちゃん!)
2人は嬉しそうに抱き合う……っていうか、ラグさんが女神様に抱っこされてゴロゴロ喉を鳴らしている。
絵面はさておき、この2人なら良い神様としてやっていけそうだ。
それにしても、「お姉ちゃん」か……。
えっと、そもそも神同士が愛し合って子供作って、神が増えることで世界に恩恵が増すって話だったわけだから、となると随分と姉妹百合な話だな……。
そんなしょうもない邪念がよぎってしまう人間は、やはり神になってはいかんな、などと俺は一人、深く頷くのであった。
下界に帰ると、俺の姿はもとに戻っていた。
魔王城で待ってくれていたフィーに報告する。善神の件が片付いたことは大いに喜んでくれたが、ラグさんが神となり神界に留まることになったと伝えると、複雑な表情をしていた。
「もう、会えないのかな……。」
寂しそうに呟く姿に、胸が痛む。
俺自身はスキルの”神域侵入”を使えばいつでも会いに行けてしまうので、何だか申し訳ない気分なのだ。
世間へは、女神様から神託という形で知らせてもらえることになった。
大衆が納得しやすいよう、分かりやすさを重視し、『魔王シンクと勇者フィーリアが手を取り合い、2人で邪悪な神を倒した』という筋書きにしてくれた。
そうでもしないと、善神がせっせと広めてくれた俺の悪評がそのままになってしまうからな。
全ての経緯をエセキエル王国の国王様へ報告するため、登城する。
その際にシャルロット王女に捕まってしまった。
「その話! 全部詳しく!」
……その後3ヵ月ほど、再び劇のシナリオ作りに協力する羽目になってしまった。
「神託で理解した人は勿論多くいますけど、半信半疑の人もたくさんいますからね。そこは民衆に分かりやすい劇という形で広めるのが一番なのです!」
そう力説されてしまうと、断れよう筈もない。
俺達が不在の間もシャルロット王女様は積極的に動いていたようで、第1弾の劇はもう上演間近なのだそうだ。神託の件も合わさって、かなりの注目度とのこと。
それはまあめでたいことだとは思うが……、俺が言ったことになるあの臭いセリフの数々を、今からでも本当にどうにかしてもらえないだろうか……。
そういうアレコレもあって、俺は田舎に逃げることに決めた。
つまりどういうことかというと……魔王である俺は、戦力的な意味で他国から脅威になる。勇者であるフィーも同様だ。そういう奴らが国の権力の中枢をウロウロしているってのは、どうにも具合が良くないらしい。
なのでさっさと引退し、俺とフィーは俺が生まれた村でスローライフを送ることにしたのである。爵位は返上し、代わりに名誉貴族という名前だけの称号を頂いた。……まさか10代でスローライフを始めることになろうとは。
ルイスとカッツェは2人だけで旅を続けるらしい。世界をあちこち見て回るそうだ。
マリユスについては、ノーネットと一緒にエルフの研究施設で何やら魔術の実験に明け暮れているらしい。MPが常時抜けてしまう厄介な体質については、ラグさんが神となってから程なくして改善されたようだ。
スキルやモンスターに関しては、今更無かったことにするのは難しいらしく、そのままになっている。さまざまな形で社会に根付いてしまっているし、人類が手を取り合うには共通の敵がいた方が良いのかもしれない、とも思う。
さまざまな問題が解決し、善神との闘いから1年後――
明日は、俺とフィーの結婚式だ。
……何というか、落ち着かない。別にマリッジブルーとかではない……マリッジブルーって男でもあるのか? いや、そんなことはどうでもいいのである。
何が落ち着かないかと言うと……そう、俺はまだ童貞なのだ。
フィーは有力貴族の長子という育ちに加えてあの性格なので、当前ながら身持ちが固く、婚前交渉などあろう筈もない。
つまり、明日結婚式で初夜になるわけだ。悲しいかな、そこにばかり意識が行ってしまってどうしようもない。
本来なら素晴らしい式にするために入念に準備するとか、お世話になった方々への感謝とか、両親への感謝とかいろいろ考えなくちゃいけないのだろうが、もう頭はピンク色、1色である。
フィーの白い肌、お尻、おっぱい、そして……
(ぐぉー!! ダメだ! 全ては式をキチンと終わらせてからだ!)
混乱した頭を鎮めるために、俺は外に出て無心で刀を振るった。
そうして1時間くらい経っただろうか。
ふぅ……、どうにか落ち着いたな……落ち着いたら、今度は何だか急に不安になってきた。
上手くできるのかとか、ちゃんと勃つのかとか、下手くそで嫌われたらどうしようとか、いざその時を迎えてみないことには判断つかない問題で頭が一杯である。
(どどど、どうしたら!)
焦って混乱していると、不意に電子音が響いた。
ピコン!
目の前に携帯が浮かんでおり、画面にメッセージが表示されていた。
『あなたは、勇者に負けた、もしくは負けそうな魔王ですか?』
Yes / No
「何じゃこりゃ? 勇者に負けたか……? うん、フィーに負けたな。」
フィーに負けたどころか、魔王城で死んだ回数なんてそれこそ思い出せないくらいだ。
そしたら”Yes”になるよな? ぽちっと。
すると次のメッセージが表示された。
『あなたは今、絶対絶命のピンチですか?』
Yes / No
ピンチか……と尋ねられればそりゃあピンチである。誰かに初夜の上手なやり方についてレクチャーを受けたい!
”Yes”っと。
「それにしてもこれは何なんだ? ラグさんや女神様のイタズラか? でもあの人達、喋らせると無茶苦茶だけど、いきなりこんな意味不明のイタズラはしない……よな?」
ブワン!!
足元に急に魔法陣が展開された。
「うおっ、何だ!?」
身構える間もなく、俺の視界は一変していた。
そこは白く光り輝く世界であった。確かに輝いているのに、不思議と眩しくは感じない。どこか暖かな光がどこまでも続いていて、果てが見えない。
空も地面も白いため、境界が曖昧だ。そこにぽつんと、青い髪をした女が立っていた。
年の頃は10代後半ほどだろうか、髪は肩口まで伸びており、緩やかにウェーブがかかっている。瞳も髪と同じ、青く澄んだ色をしている。
その女が口を開いた。
「異界で勇者に敗れし魔王よ、よくぞ我が呼びかけに応えてくれました! ……って、あれ? 何だか弱そうなのが来たな……。」
両手を広げ高らかに宣言した女は俺の姿を認めるなり、小声で後半を付け足した。
「おい、呼びかけなんかには応えてないぞ?」
「え? おかしいな……。えっと、あなたは魔王?」
「まぁ、一応。」
「勇者に敗れている?」
「うん、負けてるな。」
「ピンチだった?」
「……ピンチと言えばピンチだった。」
「何だぁ。ちゃんと応えてるじゃない。」
うん? っていうことは、携帯に出てきたよく分からん質問の仕掛け人は、こいつか!
「……ここはどこで、お前は誰で、そして俺に何をした?」
素振りの最中だったから、刀は手に持っている。
返答によっては……。
「ちょ、ちょっと待って! 殺気なんて出さないでよ! ここはこの世界の神界! そして私はこの世界の唯一神! あなたは”勇者に負けて、殺されそうなピンチ”から、私に助けられたってこと! つまり私、あなたの命の恩人なのよ!?」
えへん、と胸を張る女の言葉に、愕然とする。
ピンチって――そういう意味のピンチかよ!?
「どう? 思いっきり感謝していいのよ? 這いつくばって私への賛辞を述べても良いのよ?」
こいつ! 殺す!
俺は縮地で即座に間合いを詰め、女神の顔にアイアンクローをかました。
「い、痛! いたたた! ちょ、離して! 何で触れられ――あれ? あなた私より神格が上!? どういうことなの!?」
女神は俺のアイアンクローから脱し、俺をまじまじと見ると驚いた表情を浮かべた。
「そんなのどうでもいいから、さっさと元の場所に戻せ!」
「えー……できないわよ。だって契約で縛って召喚しちゃったんだもの。」
「おいぃぃ! 何してくれてんだお前!」
「だ、だってあんたが私の呼びかけに応えたんだもの! しょうがないじゃない!」
「ふざんけんな! 紛らわしい書き方しやがって!」
「あんたが――」
「お前が――」
……この後まあ色々とあって、結局俺はこの女神の頼み事を聞くことになってしまったのだが。
それはまた、別の話である。
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