第37話

 手を振るイーナに見送られ、村から出発した。目的地は、冒険者ギルドの支部があるモイミールの街。だがまず目指すのは、村とモイミールとのちょうど中間に位置する、開拓の町ペッレだ。ここから歩いて一週間ほど、その間は野営となる。地図もあるし、いざとなれば近場の村に助けを求めることもできる。モンスターも大して強くないし、盗賊が出るような場所でもないから、しばらくはのんびりと旅を楽しめるだろう。

 今は5月、新緑の季節だ。道を歩いていると鮮やかな緑が目に入る。風はまだやや冷たいが、澄んでいて気持ちがいい。

 さて、これからいよいよ冒険が始まるわけだ。異世界転生もののお約束といえば、盗賊に襲われている貴族の馬車を助けて令嬢と仲良しになる、なんてのが真っ先に思い浮かぶ。そういった展開になる可能性も、無きにしも非ずだよなぁ。あれ? でもよくよく考えたら、ここら周辺の貴族の令嬢っていえばフィーのことになるか。……フィーでも勝てない盗賊団に、俺が勝てるだろうか? 

 それはさておき。フィーに再会するのは楽しみではあるが、ちょっと怖くもある。流石に存在を忘れ去られてはいないだろうが、騎士学校で好きな奴の1人や2人できていてもおかしくない。それに俺は背が小さいしなぁ。失望させてしまいそうだ。

 それと、レオの手紙の中、フィーに関する記述で気になる文面がいくつかあった。フィーが騎士学校内でやらかしたという、事件の数々についてだ。詳細は守秘義務に触れるとかで書かれていなかったが、『血塗られたブラッティ・聖夜祭サンタクロース』だの『山岳村の悲劇』だの、やけに物騒な文言が多い。フィーの奴は騎士学校に何をしに行ってたのやら……また、それらの事件にはフィーと仲の良い同級生2人が関与しているらしい。どちらも女性で、かなり腕が立つらしいのだが、これもまた詳細は書かれてなかった。

 そんなことを考えながらテクテクと2時間ほど歩いて、そろそろ休憩しようかと荷物を降ろした、その時。パンダパーカーのフードが、ガクッと後ろに引っ張られるような感覚があった。”気配察知”スキルには何も反応がない。何だ? っと思い後ろを振り返るが、誰もいない。しかし、相変わらず引っ張られるような感覚がある。慌ててパンダパーカーを脱ぐと、フードの中でラグさんが丸まって寝ていた。


「ら、ラグさん!?」


 ラグさんは俺の呼びかけで起き出し、うーんっと伸びをして、前脚をぺろぺろ舐めて顔を洗い始めた。『あら 休憩なのね 私もちょっと喉渇いたからお水を頂戴』とか言ってそうだ。


「いやいやいや、ラグさん。これから俺は冒険に出るからさ。家で待っててよ。」


『シンクが冒険に出るからついていくんじゃない。』


「う、うーん。ついてこられてもなぁ。それにほら、ご飯とかどうすんのさ。」


『それはシンクが用意しなさいな。』


 さすがに15年一緒に生活していただけあって、ラグさんの言うことがだいたい分かる。何かこう、イメージとして伝わってくるというか……。ひょっとして、何かしらのスキルなんだろうか? ラグさんならあり得るので困る。


「まぁ……ラグさんならモンスターにやられることも無さそうな気がするし、一緒に来てもらっても問題ないか。」


 ラグさんがやると言っていることを、俺が撤回できた試しがない。本人が飽きて帰ろうとするまで、一緒に行動するしかなさそうだ。正直、助かる面もある。森での野営の時など、全く他人の気配が無いところに独りでいるのは、精神的にしんどい部分もあるからな。

 とりあえず、ラグさんの分の水を深皿に出して地面に置く。俺も水分補給をしておこう。

 休憩も終わり、準備を整えて荷物を背負い直していると、ラグさんがジャンプして荷物にへばり付き、そのまま爪を立てて上ってきたと思ったら、最後にはパーカーのフードの中に器用に潜り込んでいった。


『寝てるから、お昼ご飯の時に起こしなさいね。』


「ラグさん……、旅に出てからよく喋るね……。」


 俺とあまり話してなかっただけで、とーちゃんやかーちゃんとはよく話していたのか。はたまた、俺が知らないだけで、この世界の猫は皆こんな感じなのか。比較対象がないのでよく分からんな。そういえばとーちゃんとかーちゃんは、ラグさんはいつの間にか家に居ついていた、と言っていたな。何者だか分からんけど、危害を加える気があるなら俺が赤ん坊の時にでも何かしらやっているだろう。ラグさんはいつも、遠くから俺を見ているだけだった。俺にくっついて冒険することについても、何か意味があるのなら、そのうち教えてくれるだろう。


 昼になり、再度休憩でお昼ご飯だ。かーちゃんが作ってくれたサンドイッチを、ラグさんと分けて食べた。サンドイッチの具材には玉葱のスライスやら、マスタードやらもたっぷり入っていたのだが、全く気にせずペロリと平らげていた。相変わらず何でも食べる猫だな。

 そこから2時間ほどまた歩いて、今度は野営の準備をする。本来ならもっと早く始めるべきなのだが、レオがくれたテントにはキッチンも付いていたし、照明もある。設営も、広げてキーワードを唱えるだけで展開可能、あとはペグを打ち込むだけ、というお手軽さだ。

 感知札や障壁札を貼り、簡易な対人間用の罠を仕掛け、テントを設営した。まだ日が出ている。結構時間に余裕ができたな。


『ちょっとシンク、あっちに川があるわよ。魚捕まえて焼きましょ。』


 のんびりしようとしていたら、ラグさんがそんなことを言ってきた。


「いやいや、ラグさん。魚捕まえる道具がないし、それに俺は”釣り”スキルを持ってないよ。」


 ラグさんは俺の言葉を聞いた後、じーっと俺を見つめ続けた。


『それだけゴテゴテと色々なスキルを持っているのに、何で”釣り”スキル持ってないのよ。』


「え? ラグさんは俺が何のスキル持っているか分かるの? まさか”鑑定”スキル持ちなの?」


『さぁ、どうかしらね。魚が駄目ならお肉よ。お肉焼きましょ。』


「う、うーん、ハム入りスープを作る予定だったけど、焼いたほうがいいの?」


『猫に熱いスープとか、何を考えているの? 猫舌。分かる? 猫・舌!』


 冷ましてから飲めばいいじゃない、って言っても無駄だ。焼いても熱いのは一緒だと思うのだが、逆らうと怖そうだな……スープの方が野菜も摂れて良いんだけどな……仕方ない、焼こう。要は肉だけ食べたいってことだろう。ラグさんはペットっていうより、姉のような感じでどうも逆らい辛い。

 そんなこんなで、ご飯を食べて寝た。寝ている間も、各種探知系スキルは発動させている。”野営”スキルの効果で、この状態で眠ることができるし、また、異常を察知するとすぐに覚醒できるのだ。


 何事もなく翌朝を迎えた。まだ日が昇る前、空がぼんやりと明るくなるくらいの時間帯だ。昨日も実はこれくらいの時間に出発したかったのだが、かーちゃんが弁当を作り出したので遅れたんだよね。俺はキッチンでコーヒーを淹れ、テントの外に出た。静かな森の朝。その空気を吸いながらコーヒーを飲む。美味い。

 その流れでカルマ値を確認する。昨日まで毎日増えていた2ポイントは、やはりというか、増えていなかった。とーちゃん、かーちゃんが俺を生きがいとしてくれていたおかげで加算されていたポイント、ってことで間違いなさそうだ。目の前で元気な姿を見せているわけでもないし、俺が成人し旅立ったことで、2人の中でもひと区切りついたことだろう。本当にありがたい。そのポイントが無ければ、今持っているスキルは3分の1以下だっただろう。現在のカルマ値は1371。今後は冒険者として、モンスターを倒したりして貯めていかないとだな。


 そんな感じで3日ほど過ぎた。途中何度かモンスターと戦うこともあったが、ここらのモンスターは今の俺ならスキルを使うまでもなくサクサク倒せるので、何も問題はない。

 しばらく道を進んでいると、複数のモンスターの気配を感じた。更に、誰かが襲われているっぽい。モンスターの数は……14匹、って多いな! これは急いで現場に向かったほうがよさそうだ。ダッシュで少し離れた場所まで向かい、様子を窺う。背の小さな人間……子供だろうか? そいつをモンスターが襲っているようだ。子供は緑色の短い髪で、大きな分厚いメガネを掛けいるので顔立ちは今ひとつ確認できない。モンスターのほうは、フォレストウルフやボア等の混合だな。モンスターは人を襲うという習性しかないので、このように複数の種類が連携をとって行動することもある。


「助けが必要か!?」


 俺は大声で子供に呼びかけた。モンスターの気をこちらに向ける狙いもあるし、この雰囲気なら杞憂だとは思うが、いきなり加勢すると獲物の横取りになってしまう可能性もあるので、一応確認を入れる。


「お、お願いします!」


 甲高い綺麗な声で返答があった。声変わり前なのか、女の子なのかわからんな。俺は荷物を置き、剣を抜いた。荷物は一箇所留め金を外すと、スルッと落ちるようになっている。ラグさんは荷物の上に移動してくれていたようだ。パーカーが引っ張られることはなかった。

 子供を囲んでいるモンスターの中に突っ込む。とりあえず、合流するのが先決だ。子供へ向かって進みながら、進路上にいる敵の首を一撃で落としていく。3匹倒せたな。


「す、すごい。って子供!」


 グサッ! 俺を見た子供がそう言った。くそぉ、背が小さいのは気にしているのに。まさか子供に子供呼ばわりされるとは。


「子供じゃない! 15歳だ! 成人している。あとは任せておけ!」


 子供の前に陣取り、モンスターの相手をする。口で魔術の詠唱をしながら、突っ込んできたモンスターを処理していく。次々と襲い掛かってくるが、俺からしたらモンスターの動きは遅い。ここら辺では一番素早さの高いフォレストウルフですら、酷くゆっくりに見えるほどだ。”気配察知”と”空間把握”で、俺には死角となる部分はない。この程度のモンスターならいくらでも処理できそうだ。飛び掛ってきた数匹を剣で倒し、少し離れて様子を窺っている奴には魔術を食らわしていく。ものの数分で、全てのモンスターを倒すことができた。


「あの数のモンスターを、こんなにあっさりと……」


 驚かれている。うちの村ではこれくらいできる奴は結構いるんだが、他じゃあんまりいないのかな? イーナでも、これくらいの相手なら勝てるんじゃないかと思う。そういえば、戦闘訓練を3歳からやっているのはうちの村くらい、って話もいつぞや聞いたことがあるな。だとしたら、他の村はどうやってモンスターから防衛しているんだろうか? まぁそれはともかく、この子をどうにかしないとな。


「怪我は無いか?」


 そう言って、剣を鞘に収めながらその子供に近づいた。


「だ、大丈夫です、怪我はありません。あ、あのっ、助けていただき、ありがとうございました。」


 そう言って頭を下げた拍子に、メガネがずり落ちた。メガネの下から現れたのは、大きな瞳を潤ませた、美少女の顔だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る