第38話
美少女の前髪は目にかかるほどで、襟足は少し長い。細くてふわっとした髪質で、全体としてはショートヘアだ。髪の色はやはり緑なのだが、透明感のある赤い色の瞳が、きらきらと大きく見える。よく見ると、傍らにスタッフが落ちていた。纏っているのは草色をした前合わせのローブで、長さはひざ丈くらい。ローブの下には短パンを穿いていて、短パンからは白くてスラリとした脚が出ている。
「へぇ……、綺麗な眼だな。」
俺は思わず呟いていた。美少女はその言葉でメガネがずれていることに気がついたのか、慌てて位置を直す。そのまま黙っているのも妙かなと思い、とりあえず自己紹介をしてみることにした。
「俺はシンク。冒険者になるために、モイミールを目指して旅をしている途中なんだ。」
「あ、僕はルイスです。」
うん? 僕? ルイス?
「えっと……、君、男の子?」
「はい……よく、女の子に間違われます……。」
俺の一言でシュンとさせてしまったようだ。しかし、男か。なら話しやすくて助かる。身内だとか、幼い時から接している間柄ならまだしも、知らない女の子に対しては未だにちょっと苦手意識があるんだよな。
「悪いな。あまりにもかわ……ええと、綺麗な顔立ちだったもので、勘違いしてしまったよ。」
うーん、我ながら何のフォローにもなってない気がする。
「いいえ……で、でも、眼が綺麗って言われたのは、初めてです。」
ルイスが、ちょっと意外そうに言って、少し笑った。ばつが悪くて頭を掻いている俺に、気を遣ってくれたのだろうか。
「いやぁ、本当に綺麗な眼だなと思って。ほら、善良なる光の女神様も、瞳がルビーのように赤いっていうし。何となくそれを連想して、つい。」
「……光の女神様の瞳が、ルビーのように赤い……?」
ルイスはそう呟いて、呆然としている。
「どうした? 大丈夫か?」
「は、はい! だ、大丈夫です。」
ぶんぶんと頷き、落ちているスタッフに気づいたようだ。拾い上げ、土埃をはらっている。
「そのスタッフが武器ってことは、ルイスは魔術系のスキルに特化しているのか?」
「あ、えっと、その一応……精霊術師です。」
精霊術とは、精霊と契約し使役することで使える術だ。各属性の術系統とは性質が違っていて、吹雪や落雷、溶岩流といった、自然界に起こる現象を操ることができる。
「お~、精霊術を使える人には初めて会ったな。確か精霊術って、一度精霊を呼び出せばその後は詠唱不要だったよな。……だとしたら、さっきのモンスターは自力で倒せたんじゃないのか? 俺、余計な事しちゃったかな?」
「いえ、そんなことないです! た、沢山の敵に囲まれて、どうしたらいいのか分からなくなって。い、1匹ずつなら、その、何とかなるんですが。」
「しかし、いくら精霊術が使えるからって、子供が1人で出歩くのは感心せんな。」
「あ、あの……ぼ、僕も、一応、成人してますぅ……」
ルイスは泣きそうな顔になりながら言った。
「え? その……ルイス、誕生日は?」
「し、4月の、10日ですけど?」
がーん!! 年上!! それもショックだが、俺自身、背が低くて子供と勘違いされるのを嫌がっているというのに、人にやってしまったというショックもある。
「す、すまん。いやー、俺も背が低いだろ? 同じく、よく子供に間違われるんだよ。あははは……。」
「い、いえ、僕が悪いんです……、背も低いし、顔も女の子みたいだし……ははは……。」
2人して力なく笑う。
「にゃーん」
一向に進展しない俺たちの会話に業を煮やしたのか、ラグさんが割って入ってきた。
『ほらシンク、その子を早く村にでも送り届けて、先を急がないと。』
「あ、猫ちゃんだ! 可愛いなぁ。えっと、シンクさんの猫ですか?」
ラグさんが送ってくる思念というかイメージのようなものは、俺にしか伝わってないようだ。ルイスにはただの猫として接するつもりらしいな。
「シンクでいいよ。俺は5月生まれで、ルイスの1ヶ月年下になるしな。そして、その猫はラグさんだ。俺が生まれた時から一緒にいる、姉のような存在だな。」
「あ、あの! し、シンク、撫でてもいいですか?」
「ラグさん、ルイスが撫でても良いかだってさ」
『仕方ないわねぇ』
そう言って、ラグさんはゴロンと寝転がった。
「ラグさんがいいってさ」
ルイスは恐る恐る手を近づけて、ゆっくりと撫でた。
「うわぁ、うわぁ、ふわふわ……柔らかいなぁ。ステキな撫で心地だなぁ。」
「まぁ、撫でるのがひと段落したら、村まで送っていくよ。しかし、何だって1人でこんな場所にいたんだ?」
「えっと、その、ははは、ちょっとした理由がありまして……」
視線を落とし、力なく笑った。どうやら言いたくない事情がありそうだな。
しばらく撫でて満足した様子のルイスに、せっかくなのでとラグさんを抱っこしてもらい、移動を開始した。猫を抱っこしたことがないというルイスは、おっかなびっくりながらも、俺のレクチャーを受けて何とかそれなりに抱えている。
「あったかくて、もこもこだなぁ。可愛いなぁ。」
沈みかかったテンションも、ラグさんを抱っこすることで少し浮上したようだ。
しばらく進むとモンスターの気配があった。3匹だな。
「あっちの方向からモンスターが近づいてきているな。数は3匹。動きはあんまり早くないから、ポイズンキャタピラーとかだろう。ちょいでかい毛虫型のモンスターだな。」
「はぁ~、そんなことまで分かるんですか?」
「冒険者になるために色々と訓練したからな。」
へぇぇ、とルイスはしきりに頷いている。それほど高度な索敵を披露したつもりは無いのだが、こう素直に感心されると悪い気はしない。さてどう片付けようか、と考えかけ、ふと思い立って提案してみた。
「ルイス、せっかくだから精霊術を見せてくれないか? ダメそうなら俺がやるけど。あと、敬語はいらないよ。同い年なんだしさ。」
「う、うん。分かり……分かった。動きが遅いなら、何とかできると思う。」
「まぁ落ち着いて。俺の強さはもう知っているだろう? 距離を詰めてきたらすぐに何とかするからさ。気軽にやってくれ。」
やけに緊張しているようなので、リラックスできるよう優しく促す。
「ルイス、精霊を先に召喚しておいたらどうだ?」
「せ、精霊は、その、実はもういるんだ。」
そうなのか? では”精霊視”を使って見てみよう。スキルを発動させると、人型の、女性の姿をした精霊が、ルイスの近くにいるのが分かった。腰まである長髪で、20代中頃くらいに見える端整な顔立ちだ。体には薄い布のようなものを巻いていて、全体的に薄っすらと青く光っている。
「あ~本当だ、ルイスの近くにいるな。女性の精霊なのか。」
「み、見えるの!?」
「”精霊視”のスキルを持っているからな。」
このスキルは普段はあまり使わない。精霊がいると視界が塞がれてしまうからだ。別に見えても見えなくてもあまり影響はないので、スキルのレベルを上げる時以外は使ってこなかったのだ。
「もう少しすると、あそこの太い木の右側からモンスターが出てくるぞ、だいたい1分くらい。」
俺は荷物を降ろし、ルイスからラグさんを受け取って、荷物の上に置いた。向き直るとちょうど、視界内にモンスターが入った。
「せ、精霊さん、あのモンスターを倒して!」
ルイスがそう叫ぶと、精霊は両手の平を組んで身悶えしながら、デレデレの笑顔になって頷いた。……この精霊、ショタっ子好きなんじゃないか? 声は聞こえないけど『もう、ルイスきゅんったら可愛い! お姉さん頑張っちゃうから任せて!』って言わんばかりなのが動作だけで伝わってきたよ。おい、ルイス。精霊の動きを見て引くな。お前の精霊だろ。
『――ちょっとあんた。やりすぎんじゃないわよ?』
精霊がモンスター達に両手をかざそうとした瞬間、ラグさんが鋭く言い放った。精霊はびくっと震えて、慌てて2、3度頷いた。精霊は片方の手だけ上げると、モンスターに人差し指を向ける。
ドドドン!
3匹のモンスターそれぞれに、天からの雷光が閃いた! 雷を浴びたモンスター達はみるみるうちに魔素となり、消えていった。
「「おぉ!!」」
……待て。何でルイスも驚いているんだ?
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