第99話

 ■フィーリア視点


 グスタフの剣がシンクを袈裟切りにした。シンクはそれに対し、『ミドリキノコのネックレス』の効果を用いカウンターを放つが、避けられ、逆に心臓を貫かれた。


「約……束、……守れ……よ」


 シンクは振り絞るようにそれだけ告げて、項垂れた。

 グスタフがシンクから剣を引き抜く。支えがなくなった身体は、どさりと音を立てその場に倒れた。


「蘇生アイテムとはな。メテオスォームでも”透魔”でもなく、本命はこちらだったという訳か……ふふふ、やられたな。一太刀貰ってしまったか。」


 グスタフはどこか嬉しそうに呟きながら、胸の傷を撫でている。


「シンク!!」


 私はシンクに駆け寄り、抱き寄せた。力の入らない、ずっしりと重い身体。顔からは急速に生気が失われていく。


「あぁ”」


 シンクが死んじゃう! 嘘、嫌だ、そんな……どうして……


 私は、どこか楽観していたのかもしれない。シンクならばどんな相手でも……この強いグスタフにも、勝てるのではないかと。

 実際、シンクの攻撃は苛烈を極めた。弓術・極級スキルから剣術・極級スキルへ繋げられる人間など、他にいないだろう。だけど、グスタフはあっさりとその上をいった。

 メテオスォームの詠唱、”透魔”、そして『ミドリキノコのネックレス』……シンクは使える手札を全て切ったんだと思う。

 それでも、グスタフをわずかに傷つけるのが精一杯だった。


(私じゃ、到底敵わない……だけど!!!)


 静かにシンクを下ろして、私は傍らに落ちていたシンクの剣を拾った。

 立ち上がり、グスタフへ構える。

 ここに来るまでの様々な出来事が、次々と思い出される。

 シンクはルイス君の村で、放置されていたマンティコアを倒してくれた。

 モイミールで再会した私達を助け、代官の件をあっと言う間に解決してくれた。

 エルフの遺跡で、ルイス君を治してくれた。

 そしてギョンダーでは、ラキとリズを始めとする不幸な子供達を救ってくれた。

 私が困っている時、いつもシンクは助けてくれた。私が望むような……いや、時にはそれを超えた、最良の結果へと導いてくれた。

 背丈は私よりも低い。私が騎士学校に入る前からそう変わらない筈の小さな背中は、いつしか広くて大きな、頼もしい背中になっていた。

 気付けば、シンクのことをいつも目で追っていた。他の女性とシンクが楽しそうに話していると、嫌な気分になった。

 ギョンダーで他の貴族から勧誘があった時に、私の家名を出して断っていた。それは……つまり……。

 その事について、真意を尋ねようと何度も思った。でもその前に、私自身の気持ちを整理しなければと思い、つい先延ばしにしていた。


(ギョンダーを離れるまでに心の整理をつけよう。そうしたら、シンクに真意を問おう。)


 そう思っていたのに……。今になってはっきり分かった。私は、シンクが好き。

 シンクは私のこと、どう思っているの? 物言わぬ身体となったシンクを見つめる。もう……その問いの答を聞くことは叶わない。 


(……こいつがシンクを殺した――こいつが!!)


 悲しみより、怒りが心を支配する。滾る憎しみをそのままに、剣に魔力を通す。

 私の行動を見て、グスタフは不快そうに鼻を鳴らした。


「その男……シンクが命を賭して1ヵ月という時間を稼いだのに、それを無駄にするつもりか? その男は、端から自らの命なぞ顧みていなかった。お前達たちを目前に迫る死から遠ざけることだけを願い、剣を振るっていた。死地にあって迷いなく、故に、私に剣が届いたのだ。」


 何故か、グスタフは私を諭すように、落ち着いた声音で話しかける。


「私が何をしにここへ来たのか、思い出してみるがいい。」


 何をしに……? そうだ。この男は私とノーネットに会いに来たと言っていた。


「同胞を……魔人を討伐したという人間を、そのまま放置しておくわけにはいくまい?」


 私が魔人を倒したからこの男を――グスタフを呼び寄せた? 私がフェリクスを吊るし上げなければ、モイミールに魔人が訪れることは無かったかもしれない。つまり……私の行いが、シンクを殺してしまったの?

 その考えに至った瞬間、私の手からシンクの剣が滑り落ちていた。


(そんな……そんな、……シンク……)


 力が入らず、立っていることもできない。へなへなと腰を落とし、その場に座り込んでいた。


「1ヶ月経つ頃……再びこの地へ来るがいい。仇を取りたくば、その時に相手になろう。」


 静かに告げて、グスタフは腕を振るった。私たちに黒い靄がが纏わりつき、胸に痛みが走る。


「お前達に『死の制約』をかけた。私のことを他言できず、また、1ヵ月を過ぎれば死亡するというものだ。残された余生を、どこへなり行って好きに過ごすがいい。」


「こんな強力な呪いを、あっさりかけることができるなんて……。」


「ココロが折れた相手になら、呪いをかけることなど簡単なのだよ。」


 思わず漏れたノーネットの呟きに、グスタフが丁寧に答えてくれた。


「……生を望むならば、修練を積むといい。私を倒せばその呪いは消え失せる。シンクが示したように、お前達の魂の輝きがこの目で見られる日を、楽しみに待っていよう。」


 グスタフはそう言い放つと、35層のボス部屋から出て行った。その口ぶりは1ヶ月後、誰一人として逃げ出さず、再戦するものと疑っていないようだった。


 グスタフがいなくなり、皆がシンクのもとに集まった。胸を刺された直後にあった僅かな生気も抜けきり、青い顔をしている。


「シンク……。」


 ルイス君は屈み込んでシンクの手を取りながら、両目に涙を溜めている。そんなルイス君の肩を、カレンさんが支えている。カッツェは唇を噛みしめ、目を伏せる。「また、私は守られる側か……」と呟くのが聞こえた。ノーネットは帽子を目深に被り、肩を震わせている。マリユスは悲しげな表情で目を閉じ、何かを考えているようだ。ベンノさんはそんな私達を見守りながら、周囲を警戒してくれている。

 ……おそらくベンノさんはまだ、シンクがアルバさんとセリアさんの息子であることを知らないだろう。話すのは躊躇われる。かつての仲間2人の息子を目の前で死なせたとあっては、自害してしまいそうだ。


(皆、話を聞いてちょうだい。)


 いつの間にかラグさんが、シンクの胸の上に乗っかっていた。


「ラグさん?」


(前も話した通り、シンクは女神様と深い関係がある。私は女神様に、シンクの蘇生を願い出てみるわ。)


 ラグさんのその言葉に皆が顔を上げる。


「え! い、生き返らせることが!?」「本当に!」


(……確実にとは約束できないわ。でも、どうにかお願いしてみる。その間に、皆にも最善を尽くしてもらいたいの。)


「最善?」


(グスタフと戦うための、準備をしてほしいのよ。)


「だけど……たった1ヵ月じゃ……。」


 私の口からは弱気な声が漏れる。寝る間を惜しんで1ヶ月間剣を振ったところで、スキルレベルを1でも上げられれば良い方だろう。シンクは剣術・極級でも敵わなかった。私の剣術は現在、天級のLv6。極級への道は遠い。


(それについては考えがあるの。……マリユス、私の権限で『修練場』への立ち入り許可を出すわ。皆を案内してあげて。)


「『修練場』へ!? ……成る程。分かりました、ラグ殿。」


 マリユスが頷いている。よく分からないけど、ラグさんの口ぶりによると何か解決策があるようだ。

 ……でも私は、再び剣を振るえるだろうか。私のせいでシンクは死んだ……私が何かを成そうとすると、誰かを……大事な仲間を、不幸にしてしまうのではないか。

 私は、モイミールで空回りしていた頃の自分に、戻ってしまったような気がしていた。


(……フィーリア。グスタフが言っていたことをを気にしてはダメよ。魔人は全人類の殲滅を狙っているのだから、いずれ戦うことになっていたわ。それが遅いか早いかだけの差よ。)


 ラグさんは私の目を見て話しかける。


(シンクがあなた達のために戦ったのは、あなた達自身を責めてほしいからじゃないわ。あなた達なら『1ヵ月あればグスタフを倒し得る算段をつけてくれる』と……そう信じて、敵わぬと知りながら戦ったのよ。)


 私たちを信じて……。シンクのその思いに、胸がわずかに暖かくなる。


(1ヵ月後、シンクがここにいるとして、皆がシンクと共に戦えるレベルまで上がっていれば、グスタフと十分に渡り合えると思うわ。)


 確かに……ここにいる全員が極級まで上げることができれば、戦術の幅は広がるだろう。

 シンクは交渉でグスタフから譲歩を引き出し、その上で一太刀入れて見せた。……できるできないじゃない! シンクがやって見せたように、やるしかないんだ。シンクは、私達ならできると信じて時間を稼いでくれた。それに報いなければ!


(それじゃぁ、皆。1ヶ月後にここで会いましょう。)


 頷く皆を見回したラグさんはふわりと尻尾を振り、シンクの身体ごと、姿を消した。


 ■シンク視点


 目を覚ますと、懐かしい場所にいた。

 黒光りした黒曜石のような床、上を見れば満天の星空がある。


「よう、久しぶりだな。」


 声のした方を見れば、相変わらずラスボスのような雰囲気を醸し出している金髪の女性――女神様がいた。

 女神様が掛けている椅子の傍の床には、ちょこんとラグさんが座っている。その反対側には大きな赤い宝石の付いた杖が浮かんでいる。


(女神様がいるということは、やはり俺は死んだのか。)


 それを自覚すると、グスタフに刺されたであろう胸がズキンと痛んだ。そして、自身の身体が急速に冷たくなり、死んでいく感覚を思い出した。呼吸が止まり、視界が闇に閉ざされる……もう二度と、味わいたくない。

 蘇る恐怖に思わず自分の身体を抱き締めていると、女神様から声を掛けられた。


「……死ぬのは怖いだろう?」


「えぇ、本当に恐ろしいです。」


 女神様は憐れむような視線で俺を見る。


「お前、これからどうする?」


「え? ……どうするもこうするも、死んでしまったのですよね?」


「そうだな、死んでしまった……だが、お前はこれまでにかなりのカルマ値を捧げている。本来ならばそれは、お前が事故って不幸にした運ちゃんとにーちゃんに使われるものなんだが……特別に、そのカルマ値でお前を蘇生してやってもいい。」


「そ、蘇生!? つまり、生き返ることが?」


「そうだ。1ヶ月後に迫るグスタフとの戦いに、お前も参加できるというわけだ。」


 あのグスタフともう一度、戦う? ……とても勝てるビジョンが思い浮かばない。


「何だ? 喜ぶところだぞ、ここは。」


「いや、そうなんでしょうけど……。」


 女神様の言葉に歯切れ悪く答える。

 生き返るということは、もう一度死ぬということだ。前世で死んだ時の記憶は無いが、今回ははっきりと覚えている。あの感覚をもう一度体験せよ、と言われると、どうしても躊躇われる。


「まさかと思うが、お前……グスタフという面倒事を仲間に全部押し付けて、1人のうのうと死のうとしているんじゃないだろうな?」


 いや、のうのうと死ぬって……それ表現おかしくない? そりゃフィー達のことは気になるけど、しかし……。


「まったく、これだから童貞は。」


「ど、童貞は関係ないだろう!?」


 俺は思わず女神様相手に素の言葉で言い返してしまった。女神様は俺の言葉使いは気にせず、話しかけてくる。


「いいか? よく聞け童貞。あのフィーリアって子はお前に気がある。もう少しだぞ? あと一押しあれば、確実にモノにできるんだぞ?」


 モノにできるって、女神らしからぬゲスい表現だな……。


「女神様、俺の名前は童貞じゃないです……」


「問題はそこじゃないだろう、童貞?」


(そうよ、童貞。フィーリアの事をもっと真剣に考えなさい。)


 ラグさんにまで言われてしまった。

 そりゃ、フィーの事は好きだが……実際の俺の年齢は50歳を超えているしな。


「歳の事なんてどうだっていいだろうが、あぁ? お前つくもんついてんだろうが!」


 相変わらずヤンキー口調だな……っていうか、考えていることは筒抜けなんですね。確かにつくもんついてますが、何せ童貞ですので。未使用ですので。


(馬鹿言ってんじゃないの。それでどうしたいの? エッチしたいの?)


 ……え? グスタフと戦うかじゃなくて、エッチしたいかなの?


「そりゃ、おめぇ、男なんてそんなもんだろう? エッチできるから頑張れるんじゃないのか?」


 くっ……『全くそんなことないです』とはとても言い切れないので、反論できない……。

 俺が前世でパソコンに詳しくなったのも、もとはと言えばエロゲーがしたいとか、ネットで安全にエロ画像検索したいとか、そんな動機だったもんな……。


「で、どうなんだ? あのフィーリアって子と、エッチしたくないのか?」


「そりゃしたい……って、何を言わせるんですか!?」


 命がけでグスタフと戦い、我ながらかなりカッコよく決めたと思ったのに、死んだ後になって女神様とラグさんから死体蹴りのように童貞を嘲笑われ、フィーとのエッチをネタに復活を勧められるなんて。


(これで蘇生したいと言ってしまうと、エッチ目的としか思われないよな……)


 俺は思わず、女神様とラグさんを放置して男のプライドとか命の尊厳について考えを巡らせてしまった。


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