第32話

■フィーリア視点


 私はシンクと別れ、キャンプ地に向けて移動していた。一刻も早く、この事を伝えないといけない。しばらく森を走っていて、ふと思った。

 私達の行動予定をアルバさんは知っている。もし想定の時間内にキャンプ地に帰らなければ、何かあったと考えて探索ルートを捜しに来てくれるのでは。

 あの滝にダンジョンがあることを知れば、間違いなくそこも捜索してくれる筈だ……っと、なら別に、私が今、急いで知らせる必要はないのかもしれない。

 滝の裏に入口があるとすぐ分かるように、周囲の地面にでも大きく書いておけばいい。このまま戻らなかったら、きっと今晩にも捜しに来てくれるだろうから、

 例え内部の仕掛けや罠で身動きが取れなくなったとしても、1日も待てば何とかなるだろう。


 そうだ! そうしよう。


 何だかんだでシンクにはいつも仲間外れにされてしまっている。今回もレオと2人でダンジョンをあっさり攻略し、後になって『あれは仕方なかった』とか言われたらたまったものじゃない。こうしてはいられない、急いで戻らないと!


■シンク視点


「何故、こんな場所にドラゴンゾンビがいるんだ? 道中、雑魚のスケルトン程度しか出てこなかったぞ!」


 レオの指摘通りだ。確かにおかしい。ダンジョン内にはLvが1桁代のモンスターしかいないのに、ボスの格が異常に高過ぎる。まぁボスと決めつけるのは早いのかもしれないが、これがボスじゃなかったら、更に強いのがまだいることになるしな。


「レオ、そもそも川のすぐ近くにダンジョンがあるっていうのがおかしいんだ。……ひょっとしたら、何かの拍子で大きめのダンジョンができたけど、川で魔素が削られて縮小していったんじゃないか? 案外、放っておいても消滅寸前だったのかもしれない。」


 俺達がそんな会話をしている間、ドラゴンゾンビは伏せた状態からゆっくりと立ち上がろうとしていた。


「先程まで、ほとんど気配を感じなかったのもおかしい。これだけ強そうなモンスターが、警戒して気配を殺していたとも考え難い。もしかして、余計な魔素消費を抑えるために休眠とかしていたのか?」


「シンク、とりあえず、さっさと逃げよう。」


 そのとき、ドラゴンゾンビが口を大きく開き、ブレスを放ってきた。腐臭と共に黒い煙のようなものが、俺達を目指して一直線に向かってくる! 距離があったので、油断していた。


「うわ!」「うぉ!」


 とっさに飛び退いて回避を試みる! 何とか避けることができた。ドラゴンゾンビはブレスを放った姿勢から、俺に向かい突進してきた。勢いのまま前足を大きく振りかぶり、物凄い速さで振り下ろしてくる! その攻撃をかいくぐり、どうにかやり過ごす。しかし、ドラゴンゾンビの攻撃はまだ終わらない。今度は尻尾が唸りをあげて迫ってくる。咄嗟に、”槍術・天級”の基本動作に含まれる”2段ジャンプ”を使って回避する。

 MPを消費し、一時的な足場を作り出すことができるスキルだ。それにより大きく飛び退くことができて、ドラゴンゾンビから距離を取ることに成功した。

 ……ふぅ、何とか猛攻をしのげた。初見の攻撃だったが、十分見える。ドラゴンゾンビの素早さはそこまで高くないようだ。俺の元にレオが駆け寄ってくる。


「大丈夫か!? シンク」


「大丈夫だ! レオは?」


「ブレスが掠めた。大したダメージはない……が、軽い麻痺を感じる。続けて食らうとやばそうだぞ。」


 今の攻防で、ドラゴンゾンビに入り口側を押さえられてしまった。……こりゃもう、倒すしかないかもしれない。腰のベルトに挿したポーチから麻痺解除ポーションを出し、レオに渡す。ポーチは空間拡張されており、戦闘で即座に使えるよう、アイテムを厳選して入れてある。残りはHP回復ポーション3本とMP回復ポーションが4本、毒消しポーションが1本だ。


「やるしかなさそうだな……。」


「そうだな……シンク、私が何とかして前衛で踏ん張るから、シンクはその間に魔術の詠唱を頼む。」


「分かった。」


 俺はレオに”ホーリーセイバー”をかけた。これでかなり有利に戦えるはずだ。レオはドラゴンゾンビの正面で構えた。ドラゴンゾンビがレオを前足で攻撃する。レオは危なげなく避け、脇に潜り込んで槍での一撃を与えた。


 ガツン!


 硬いもの同士がぶつかった音が響く。槍が当たったのは鱗だ。ドラゴンの鱗は流石の強度だな。レオは続けざまに、肉が剥き出しになっている場所を狙って突きを繰り出す。


 グワァン!


 しかし、光の壁のようなものに阻まれてしまった。


「これは……、噂に聞く”龍の障壁”か!?」


「レオ! 離れてくれ!」


 俺は詠唱を終え、レオに離れるよう促す。


「”天級アブソリュート・ファイア”!!」


 カァッ!


 荒れ狂う炎が一瞬でドラゴンゾンビを包んだ――ように見えた。しかし、光の壁が巨体をくまなく覆っている。炎は掻き消され、ドラゴンゾンビに届いていない。またもや”龍の障壁”に阻まれ、ダメージを与えられなかったようだ。ドラゴンゾンビに表情なんてないけど、俺の魔術を防いだ態度は悠然としており、ちょっとドヤ顔しているような気がして腹が立つ。額に汗を浮かべたレオが、構えを崩さず声を上げた。


「シンク、どうする?」


 ”龍の障壁”か……、「」なら確実に倒せるが、発動までにやたらと時間がかかるんだよな。ほかに倒す方法もあるだろうが、併せて実戦でちょっと試してみたいものがある。これくらいの強敵が相手なら、まさに試すのにうってつけだ。うーん……よし! レオに見られてしまうが、「天才ですから!」で押し通す作戦でいっちょ自重を捨てよう。押し通せなかったら、この前考えた言い訳その2を使うとしよう。


「俺に1つ、考えがある。こちらにドラゴンゾンビの影がくるよう、”ライト”の光を奴の背後に回して欲しい。その後、レオは回避に集中してくれ。」


「分かった! 何をするか知らんが、任せるぞ。」


 レオが、照明になっていた光の玉をドラゴンゾンビの背中側に移動させる。頭の部分の影が、こちらの足元まで濃く伸びてきた。さて、これから試すスキルはテストで使ったことはあるが、実戦では初めてだ。狙い通りに進むことを祈って、いっちょやってみるか!

 様子を窺っていたドラゴンゾンビが、俺の攻撃の気配を察知してか、こちらに向かって猛然と突進してくる。面で押し迫ってくる巨体には恐怖を感じ、気圧されそうになる。上手くいってくれよ……心の中でそう呟いて、俺はスキルを放った。


「”極級アルティメット影縫いシャドウバインド”!」


 俺は地を蹴り、大きくジャンプしながら、槍にスキルの効果を載せて投げた! 槍はドラゴンゾンビの影に刺さり、スキルが発動する。


「極級だと!? しかもその技は、弓術の筈……」


 これは”技応用”スキルの効果だ。武器固有の技スキルを他の武器でも使えるようにするもので、俺が今使ったみたいに、弓術の技を槍で実行することも可能になる。

 ”極級アルティメット影縫いシャドウバインド”は本来なら、矢で相手の影を縫い留めて、行動を抑止するスキルだ。影は実体と共に動きを変化させる。その影を縫い留めることで、逆に実体側の行動を抑止するという理屈だな。

 その効果で、ドラゴンゾンビは突進する途中の不自然な姿勢のまま、動きを止めている。あとは倒すだけ。こいつはゾンビとはいえ、ドラゴンだ。動きこそ止めたが”龍の障壁”はまだ使える筈だ。ならば、「」で障壁を貫いて、倒せばよい。

 ポーチからMP回復ポーションを2本取り出し、自分自身に浴びせかける。これでMPは全快だ。腰の剣を抜き放ち、スキル発動の準備をする。

 構えた剣に、がんがんに魔力を錬り込んでいく。錬った魔力は研ぎ澄まされ、全てを切り裂く刃へと変わっていく。剣身がうっすらと光りだす。その光は次第に輝きを強め、眩い光が辺りを照らす!


 ……うん? 照らす? ちょっとそれまずくない……?


 あ~~!! ”極級アルティメット影縫いシャドウバインド”で縫い留めていた影が、剣の放つ光で消えている! 体が自由になったと気づいたドラゴンゾンビが、再度こちらに突進を仕掛ける。


「”地級グランド・ロックウォール”!!」


 レオがドラゴンゾンビの鼻先に、魔術で大きな石の壁を作ってくれた。突如目の前に現れた石壁のせいで、ドラゴンゾンビが一瞬止まる。しかし、前足を振り下ろした一撃で、石壁は崩れ去ってしまった。再び、ドラゴンゾンビが突進してくる。くそっ、まだ溜めが足りないのに、奴がどんどん迫ってくる。

 このスキルは発動させてしまうと放つまで身動きが取れない。このままでは、突進をもろに食らってしまう!


 いや、ちょ、待ってよ! お約束は守れよ! 必殺技のときは攻撃しちゃだめだろう!


 焦った俺は心の中で叫んだが、そんなことで動きが止まるわけもない。これはいよいよやばいかも――その時。聞き慣れた、良く響く声がした。


「”ヘビーグラビティ”!!」


 目前まで迫り来るドラゴンゾンビが、見えない手で上から押さえつけられたように、突然動きを止めた。


「シンク! この状況について言いたい事は色々あるけど、さっさとその光る剣でドラゴン倒しなさい!」


 声の主を探すと、入口付近にフィーの姿があった。ドラゴンゾンビに魔術を放ってくれたようだ。顔を見ると、怒りながらもちょっとわくわくしているな。一緒に攻略しようとか言っておきながら、ダンジョンボスと思きモンスターと戦っていれば、そりゃ怒るか。お説教は覚悟しよう。だけど先に、光る剣へのわくわくに応えたいところ。フィーが作ってくれた時間でチャージは十分、”魔力圧縮”で攻撃範囲を最小化して準備完了だ。フィーにも見られてしまうことになるが、気持ちはもう、どうにでもなれ~! って感じだよ。こんな浅い場所にいるダンジョンボスのドラゴンゾンビが全部悪い、ってことで。その理不尽な怒りを載せた一撃を、俺は解き放った!


「”極剣技 龍殺斬ドラグスレイヤー”!!!」


 上段から剣を振り下ろす。眩い光と共に解き放たれた剣閃が、音すらも切り裂き刹那の静寂をもたらした! その一瞬の後。


 暫!!!!


 ドラゴンゾンビを! 空間を! 全てを切り裂く振動が響く!


 光が収まり、再び、静寂が戻る。

 頭から尻尾まで真っ二つに切り裂かれたドラゴンゾンビは、俺の目の前でゆっくりと左右に分かれ、やがて魔素となり消えていった。

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