第9話
結局、とーちゃんが帰るまでにご飯の準備は間に合いそうもなかったので、外で食べることになった。村には1軒だけ、食堂を兼ねた酒場がある。なんと宿屋と雑貨屋も兼ねていて、田舎にあるにしては結構大きな店だ。店主さんは以前は行商人をやっていたらしいのだが、人柄の良さを村長に気に入られ、乞われてここで店を始めたらしい。最初の頃は小さな雑貨屋だったのが、村に無いものをどんどん追加していった結果、今の形になったとのこと。どれも村に必要なものだったので、使いやすい土地を優先的に譲渡してもらえたようだ。酒場を作るときなんぞは村が総出で手伝ったらしい……っていう話を、道すがらとーちゃん、かーちゃんから聞いた。
だんだんと賑やかな声が聞こえてきた。店が見えてきて、夕闇の中、暖かい光が外に漏れている。ドアはウエスタン式だ。中に入ってみると、カウンター席の他に大きな丸テーブルが6つほど並んでいて、大人の男の人が10人ほど、丸テーブルを2つ占領して飲んで騒いでいた。入ってきた俺たちに気がついた幾人かが、声をかけてくる。
「おぅ、アルバ! 珍しいな、今日は飲みに来たのか? 一緒にどうだ?」
「セリアちゃん! こっち来て飲もうぜ!」
とーちゃんもかーちゃんも人気ものだな。かーちゃんも村の中では若い部類に入るからな。飲むんだったら女の子がいたほうがいいよね。誘う気持ちは分かる。
「いや、家族で飯食いに来ただけなんだ。また今度誘ってくれ。」
「それじゃ邪魔しちゃ悪いな。また今度な!」
ちょっと離れたテーブル席に座ると、ウェイターの格好をした人が来た。店主さんだ。
「飯か? 簡単なものしか作れないが良いか? 今日は煮込みは仕込んでないんだ。」
申し訳なさそうに店主さんが言った。小さな村だからな。祭や寄合もない夜に食堂へ来る人数なんて、たかが知れているだろう。凝った料理を仕込むにも無駄になってしまう可能性が高いものな。
「悪いな、連絡も無く来ちまって。出来るもの適当に用意してくれりゃ十分だ。」
「なーに、ここは食堂も兼ねているんだ。連絡なんていらねぇよ、いつでも来てくれ。まあ連絡をもらえたほうが、旨いものは用意できるがな。じゃ、適当に3人前でいいよな? 坊主も沢山食べられるだろう?」
店主さんが俺を見て聞いてきた。
「食べれる!」
元気良く、子供っぽく答えてみた。考えてみたら昼から何も食べていない。おなかぺっこぺこである。
「そうかそうか! じゃ、ちょっと待っててくれよ。」
しばらくして、分厚いハムステーキとパンが出てきた。味は塩分が少々濃い目だが旨い! パンが進む。きっと本来は酒と一緒に楽しむものなのだろう。とーちゃんとかーちゃんは、昼間に起きたことを話しながら食べている。
「そうか、ギースには世話になっちまったな。本来なら俺たちが注意してなくちゃいけないことだったからな。」
「シンクちゃんは天才だから、スキルもすぐ使えるようになるって分かっていたけど、説明するの忘れていたわね。ごめんなさいね。シンクちゃん。」
こちらこそ、「天才」で全部納得してもらえるので助かってます。説明しなくて良いので楽です。
「とーちゃんも冒険者だったんだよね?」
「うん? おう、そうよ! かーちゃんとは冒険者時代に知り合ってな。かーちゃんは当時すごーくモテててな。俺が頼み込んで結婚したのよ。」
ちょっと、力の抜けるエピソードだな。
「パパもカッコよくてモテてたわよ。ママはずっとパパが好きだったの。パパから素敵な告白を受けて嬉しくて、その場で結婚を決めたわ。」
この夫婦はとても仲が良い。両親の仲が良いというのは子供にとって本当に幸せなことだ。……前世での昔話になるが、俺の父と母は仲が悪かった。というか、父が母に暴力を振るっていたのだ。DVってやつだな。父は酒を飲むと暴れていたイメージが強い。いやなことがあると酒に逃げて、酔っては暴れていたのだ。母はといえば、さっさと離婚でもなんでもすれば良いと俺がいくら勧めても、非常に消極的であった。別に父のことが好きだったわけではなく、現状に変化が起きるのを怖がったのだ。父に嫌なことが有る、酒に逃げ、暴れて、母は暴力を振るわれる。その歪なサイクルが固定されていて、暴力に我慢さえすれば、それ以上に悪いことが起きないという考えだ。見方を変えると、安定しているのだ。
その安定した状況から一歩外に踏み出すことを怖がって、現状維持を選んでいた。
ハタから見ると非常に愚かな判断をしているように見える。しかし大人になって調べてみると、母と同じような状況に嵌っている人が、かなりの数いることが分かった。母子家庭になり、育児、世間体、収入、生活がガラリと変化する。そこに至るまでだって、物理的にたくさんの準備が必要で、心身に負担もかかる。それらに立ち向かい乗り越えていくより、今のまま暴力を振るわれていた方が楽だ、と感じてしまうのである。
しかし、子供の立場としては非常に嫌であった。今でも、街で一方的に男が女に暴力を振るっているシーンを見ると、フラッシュバックしてしまい、キレてしまう。後先考えずに、男の方に殴りかかってしまうのだ。例え、暴力を振るわれている方の女が、男をだまして金を巻き上げているようなやつだったとしても、だ。この時ばかりはビビリな自分はどこかへ行ってしまうのである。なので、そういう現場に居合わせないように、夜の歓楽街などには近づかなかった。暴力沙汰なんてのは碌な結果にならないからな。だいたい、それで女が幸せになるわけでもない。俺の自己満足というか、条件反射が面倒を呼ぶだけだ。
「シンク、どうかしたのか?」
昔のことを思い出し、顔に出てしまっていたようだ。とーちゃんに心配されてしまった。
「ううん。ちょっとこのハムがしょっぱくて。もう少し薄味だったらもっとおいしいのになぁって思っただけ。」
適当にごまかしておこう。そういえば一つ疑問があったのだった。聞いてみよう。
「そう言えば、とーちゃんはお酒飲まないの?」
「あーそれか。シンクはお酒飲むとーちゃん、嫌いじゃないか?」
「そんなこと無いよ? お酒飲んで暴れる人は嫌いだけど。」
「そうか。とーちゃんが家で酒を飲んでいると、すごく嫌そうな顔しているように見えていたからな。シンクの前じゃ飲まないようにしていたんだ。」
そうだったのか。俺の記憶には無いが、無意識に嫌そうな顔をしていたのだろう。親って子供を本当に良く見ているなぁ。
「パパ、シンクもそう言っているんだし、たまには飲んだらどうかしら? 私もちょっと飲みたいし。」
お、かーちゃんもいける口か。俺のせいで飲んでなかったのなら悪いことをした。前世でサラリーマンとして働いていたから、仕事の後の一杯の旨さは良く知っているつもりだ。
「そうだよ。飲みなよ。とーちゃん。」
「そ、そうか。じゃ頼んじゃうか。」
あ! ふと思い出したことがあった。
「かーちゃん。ラグさんにご飯あげてきたっけ?」
「「あ!」」
結局、お酒はテイクアウトすることでまとまった。残りものも包んでもらい、家路を急ぐ。暗い家の戸を開けると、二つの光る目がこちらを見ていた。明かりをつけるとそれはラグさんで、めっちゃくちゃ機嫌が悪そうである。いつもシャンとしているラグさんが、ダイニングテーブルの上でぐでんと不貞寝していた。
あら、みんなとても良い香りがするわね? 私だけのけ者にして、美味しいご飯食べてきたのね? そう言っているように感じた。
「ごめんね、ラグさん!」
かーちゃんがあわててラグさんのご飯の準備をしている。お酒と一緒にテイクアウトしてきたしょっぱいハムをあげている。え、いいのか猫にそんなしょっぱいものあげて? 確かダメだったような? 猫の腎臓的にかなりアウトだったような? この世界の猫だと問題ないのかな? ラグさんは あら、ハムね。ハムはいいわね。そっちはお酒かしら? お酒もいいわよね。 と言っているように見える。
「お、ラグさんも飲めんのか。じゃぁみんなで飲むか。」
と言って、とーちゃんはラグさんの前に小皿を置き、お酒を注いでいた。ラグさんはお酒をちびちび舐めながら美味しそうにハムを食べている。猫とは? ま、まぁラグさんの機嫌も直ったようだし良しとするか? いざとなったらかーちゃんが神聖魔術でなんとかするだろう。きっと。
とーちゃんとかーちゃんの前にはお酒が入ったコップが、俺の前には牛乳が入ったコップが置かれた。
「それじゃぁ かんぱーい!」「「かんぱーい」」
とーちゃんの合図で、乾杯をし、宴会が始まった。
一時間経過し、今、俺は非常に後悔している。
「ラグさん! 聞いてくれよぉぉぉ。えぐえぐ。シンクがもう3歳さ。あんなちっちゃかったのになぁ。無事に育って、俺は、ぐすぐすんっ、嬉しい……」
とーちゃんが泣きながらラグさんを抱きかかえている。泣き上戸だったのか……。絡まれているラグさんは意に介していない様子だが、普通にやったら大迷惑だ。そんなラグさんはというと「そうなの? 良かったわね」と言いながら両手、いや両前足? で小皿を抱え、酒を一心不乱に舐めている。うん? 今ラグさん喋ってたか? いや、俺も疲れているのか。
「しんくちゃーんはとってもよいこねぇぇ。ままはうれしいわぁ。にゃははははは」
俺はかーちゃんに抱きしめられている。かーちゃんは抱きつき魔兼笑い上戸のようだ。
この事態をどうやって収拾つけたらいいのかわからん。わからんので、もう諦めて、このまま寝ることとした。
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