第106話
「ノーネットの家は、ずっと戦っていたのね。知らなかったわ。」
フィーがしみじみと呟くのを耳にするや、ノーネットがギョっとした顔をした。
「ちょっ……と待ってください。王家と、この国を代表する貴族の2侯4伯家は、皆協力して事に当たっている筈ですが。どうしてフィーリアがそれを知らないのですか?」
ノーネットに問われ、フィーは記憶を辿るように目を閉じ、顎に手を当てた。
「う~ん……ああ、話は確かに聞いたことはあるけど……うちの領内はそもそも教会とは縁遠いというか、今も昔もそんなに信徒がいないから、それを継続しようって方針だったと思うわ。」
「言われてみれば、アイルーン領にはほとんど教会の施設はありませんでしたね。元々、事件が起こる100年以上前から教会を警戒していた、ということですか……成る程。」
そういえばそうだな。うちの村にもルイスの村にも、そんな施設はなかった。
自分なりに納得したらしいノーネットの言葉に、フィーが首を傾げ声を上げた。
「警戒? だって、剣は振っていれば巧くなるじゃない。槍でも斧でも基本は大体同じでしょ。教会から何を教わるっていうの?」
フィーの言葉に真顔でうんうんと頷くカッツェ。
これは……きっと当時のアイルーン家の人間も『皆が教会をありがたがっているけど、その理由がよく分からん』って感じだったのだろうと想像つくな……。
恐らくこの瞬間、フィーとカッツェを除く全員の脳内に”脳筋”という単語が浮かんだと思うが、優しさからか口に出す者はいなかった。
王都に向けて歩を進める。街道は侯爵領に差し掛かり、ここを抜ければいよいよ王都だ。
王都へ着く前に改めて、行動方針を整理してみる。
まずやらなければいけないのは、登城して、王様に謁見。
続いて、あちらこちらから来ているという治療要請への対応も考えなければいけないだろう。
それから、フェリクスの親父さん……公爵を助けることも忘れてはいけないが、こればかりは現地で状況を確かめつつ情報を集めないことには、どう動いていいのか判断できない。
できれば、しっかりとした後ろ盾を作ってから行動したい。跡取りとはいえまだ爵位を継いでいないフィーや、成り上がりの貴族よりも公爵の方が偉いのだ。政争慣れしていない新米貴族なんぞ、あっと言う間に無実の罪をでっち上げられ投獄されかねない。
他にやることは……うーん、何か忘れている気がする……。
「そういえばフィーリア。うちのお祖母ちゃんも今、王都にいるそうです。あなたのご両親もいらっしゃるのですか?」
「お父様はいらっしゃるみたいだけど、お母様は領地で療養中と連絡があったわ。……心配なのだけど、お母様のことは『会ったら話す』って。それ以上教えてくれないのよね。」
ほうほう、ジョアキム卿が王都にねぇ……。うん? 儀礼用の服はアイルーン家で用意してもらっているから、俺は当然アイルーン家の屋敷に行く必要があるわけだが……それってつまり、ジョアキム卿からすれば『娘が彼氏を家に連れてきた』的なパターンなのでは?
……ジョアキム卿には以前、村で一度だけ会ったことがある。眼光は鋭いものの、おおらかで優しそうなイケメンという印象を受けたが、当時とは立場が違う。今や俺は『娘と同じ年齢の領民その1』ではないのだ。
まず、俺はアイルーン家の傘下に加わる約束の新米貴族、という立場になる。前世で例えるなら、親会社の社長に会う関連子会社の新米社長、といった立場に等しいのではないだろうかか? ……そう考えると、とてつもなく身分に差があるように感じてきた。
更に、ジョアキム卿は俺からすれば『彼女のお父さん』でもある人物なのだ。……これはいよいよアレか? あの台詞を言うべきなのだろうか? 『娘さんを俺にください』と……!!
悶々とあれこれ考えていたら、あっと言う間に王都へ着いてしまった。
特にトラブルもなく1ヶ月での到着である。
王都は今までで見た中で一番大きな街であった。巨大な白い石造りの外壁は高く分厚く、歩哨に立っている兵の装備も立派である。
街の外から門へ続く道も、レンガが綺麗に敷かれていて歩きやすい。
衛兵の確認を受け、王都の中へと足を踏み入れる。
「――おぉ!」
俺は思わず感嘆の声を上げていた。
真っ直ぐに伸びる、幅の広い大通り。その両側には、外壁と似た白い石造りの、統一感のある建物の群れが立ち並ぶ。それぞれ古風で重厚な造りだが、手入れが行き届いているせいか決して威圧的ではなく、整然とした佇まいは歴史ある都としての矜持を感じさせる。見る者の背筋が自然と伸びるような、不思議な迫力と美しさがあった。
道はパッと見、ギョンダーのように入り組んでおらず、かなり規則的に敷かれている。路地も含めて、きちんと区画整理が行われているようだ。
行き交う人々は多く、賑わいや喧騒も聞こえてくるのだが、どこか品よく落ち着いた雰囲気がある。
「さて、こっちよ。」
フィーの案内で王都を進む。入口から王都の中心を抜け、王城の方へと向かう。
次第に賑わいや喧騒が薄れ、落ち着きが勝っていく。周囲の建物もひときわ大きく立派なものになっている。
それだけ王城や、貴族の屋敷のある区画に近づいてきているのだろう。巡回しているのも兵士ではなく、騎士姿が見受けられるようになってきた。見たところ、若い騎士が多いみたいだ。今もちょうど、長身の騎士が近くの建物から出てくるところだった。交代時間なのかもしれないな。
……と、その騎士と、ばっちり目が合ってしまった。
通り過ぎようとしたが、騎士はどうしたことか、驚いたように目を見開いて固まっている。
(うん? ……この騎士、どっかで見たことがあるような?)
だが、金髪碧眼の男の騎士である。体格が良く、遠目にもなかなかイケメンだ。そんないけ好かない知り合いなんていたか……? 記憶を探っていると、騎士はこちらに向かってずんずんと歩いてきた。
「――お前、シンク! 酷いじゃないか!」
騎士は突然俺の名前を呼んだ。ああ! こいつは……誰だっけ? う、うーん、喉元まで出かかっているんだが……えーっと、ほら……
「レオ!」
騎士の声に答えるように、フィーがその名を呼んだ。
「レオ……おぉ! そうだそうだレオ! レオじゃないか!」
「……もしかしてお前、気づかなかったのか?」
レオはショックを受けたのか、肩を落としつつ恨みがましい目を向けてくる。
「いやだって、お前デカくなり過ぎだし。顔つきも随分と大人びたなぁ。」
レオは180cmを超えるかという偉丈夫になっていた。近くでまじまじ見ると余計に痛感するが、幼さが抜けた顔はどう控えめに見てもイケメンだ。それに、確かこいつの実家は金持ちだった筈……この野郎、向かうところ敵なしだな。
「で、酷いって何だよ?」
最初に掛けられた言葉の意味を聞いてみる。レオは「信じられない」とでも言いたげな顔をして叫んだ。
「あのなぁ! 約束しただろう? 15歳の夏になったら、モイミールで再会しようって!」
「「あ!!」」
俺とフィーは同時に声を上げ、思わず顔を見合わせる。
「去年の夏、モイミールに行ったら、2人ともパーティを組んで既に街を出たというじゃないか!」
「あー、済まん。本気で忘れていた。」
「ごめん、私もすっかり忘れてたわ……。」
「シンクのみならずフィーまで……だいたい、君達はいつもいつも――」
謝る俺達にレオがさらに怒りの声を浴びせようとしたその時、ノーネットがレオの背後から現れて、そのまま右腕をむぎゅっと掴んだ。
「そんなことよりもレオポルト……あなた、シンクに有ること有ること手紙で伝えていたそうですね。」
同じく背後から現れたカッツェが、レオの左肩をがしりと掴む。
「騎士学校で定められている守秘義務を破るとは、騎士の風上にも置けないぞ?」
2人に掴まれて自由が利かないレオが、小さく呻き声を出した。
「げ、お前ら……! シンク、何でそれをこいつらに伝えたんだ! 裏切ったのか!?」
「……済まん、俺も命が惜しいのだ。」
俺はレオに向けて合掌する。
レオは俺がアテにならないと悟るとノーネット達に向き直った。。
「いや、だって、あれは詳細を伝えたわけじゃないし……それに『有ること有ること』って、別に嘘を言ったわけじゃないのはお前らだって――」
「言い訳とは見苦しいのです。」
「そうだそうだ。見苦しいぞ?」
「「ちょーっと、顔貸せや。」」
……レオが路地へと連行され、間もなく「ちょ、やめ!」「ジャンプ? 何でジャンプ?」などの声が聞こえてきた。そのまま少し待つと、ヘロヘロになったレオが路地から這い出てきた。
「酷い目に遭った……。」
「口は災いの元です。」
「死人に口なしだぞ?」
2人とも満足気だが……カッツェは最終的にレオを殺る気なのか?
「まあそれはさておき、シンク。今は巡回中であまり時間が取れないから……そうだな、今晩時間作れ。」
チッ、忘れてなかったか。
「俺、近々登城しないといけないんだ。しばらくそれの準備にかかりっきりになるから、当分時間取れないぞ?」
「登城?」
「聞いてないか? 神聖術で”再生”の使い手で――」
「奇跡の治療! あれはシンクのことだったのか! 何か、納得だ……了解した。全部終わったら時間作れよ! 絶対だぞ!」
「分かったよ。」
レオは「今度は忘れるなよ!」としつこく振り返りながら、のっしのしと歩いて巡回に戻っていった。
それを見送ると、ノーネットがおもむろに懐から小袋を取り出し、中から出したお金を数え始めた。
「あいつ、大して持ってなかったですね。金持ちの筈なんですが……。」
巡回している騎士がカツアゲに遭うという現状……、俺は王都の治安について、一抹どころでない不安を覚えるのであった。
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