第35話

 次の日。イーナはさっそくお菓子屋さん、というか喫茶店を創業するための行動を開始したようだ。酒場を経営している雑貨屋さんや、バターや牛乳等、材料のの仕入れ先として牧場へ、話をしに行ったらしい。ステナさんはまだこちらに嫁いで来ていないが、もしイーナの構想を聞けば、あの食いしん坊のこと、それこそ勢い良く食いついてきそうな話だ。きっと上手いこと協力してくれるだろう。

 イーナ自身がこの仕事だけで食べていくとなると、難しいかもしれない。半分趣味のものになるだろうが、これはこの村にとって非常に有用だと思う。新しい娯楽になるし、地域コミュニケーションを活発にさせるだろうしな。

 さて、俺のほうはといえば、とーちゃんに呼び出され、村からやや離れた広場にいた。俺が最初に龍殺斬ドラグスレイヤーを試した時にできてしまった広場だな……。戦闘用の装備を整えてくるように、とのことだったので、フル装備でやってきた。ドラゴンゾンビからドロップしたプラチナの剣、パンダパーカーにスローイングダガーとショートソード、アイテムポーチの中にポーションを各種入れている状態だ。

 剣だが、魔化がだいぶ進んだものだ。プラチナ自体は非常に柔らかい金属なのだが、魔素との相性が良く、影響を受けて徐々に変質する。これを魔化と呼ぶようだ。プラチナの魔化が完了するとオリハルコンになるわけだが、この剣はそれなりに魔化が進んではいるものの、まだオリハルコンにはなっていない。しかし、そこらの鋼鉄よりはよほど強度がある。ゲーム風に言うと『プラチナの剣+2』って感じかな。因みに、銀が魔化するとミスリル銀に、金だとヒヒイロカネになる。

 広場にはとーちゃんの他に、かーちゃん、ギースさん、レンファさんがいた。つまり、暁メンバー勢揃い。そうそうたる顔ぶれだな。


「呼び出してすまんな、シンク。」


 ギースさんが話しかけてきた。


「1ヶ月後にはシンクも成人して、この村から旅立つわけだが、大事なことを教え忘れていたのでな。本来ならアルバやセリアがやることなのだが、どうしてもできないというので、私達が協力することとなった。」


 はぁ、やれやれ、とギースさん。とーちゃんとかーちゃんが教えられないこと? 何だろう?


「あまり緊張しないでくれ、いつもの戦闘訓練の延長だ。」


 訝しげにしている俺に、ギースさんは説明し始める。


「いいか、シンク。モンスターが出す殺気と、人間の達人が出す殺気は違う。それを肌で感じてほしい。シンクはモンスターとの戦闘経験なら十分にある。ドラゴンゾンビとも戦ったほどだからな。しかし、人間相手の戦闘経験が不足している。この修練の場で、木剣での訓練ではなく、真剣でのやり取りを体験してもらいたいのだ。」


 確かに、俺は木剣以外で対人戦闘はしたことないな。お互い訓練と割り切った戦いしかしたことがない。……あ、レオとは戦ったか。でもあの時は、レオは怒りで行動が単調だったし、殺気と呼べるほどのものもなかったからな。


「モンスターの殺気は常に周囲へ撒き散らすようなものだが、達人が出す殺気は、『殺す』という意思の塊だ。これは口で説明するよりも、実際に体感したほうが分かりやすい。それをアルバにやってもらいたいところなのだが、アルバはどうしてもシンクに対し本気を出せないらしい。」


「いや、だってよ。シンクに殺気を向けるなんて、できるわけないだろう?」


 とーちゃんが情けない表情でそんなことを言う。……うちの両親は俺に本当に甘いからなぁ。ありがたいことなんだけど。勿論、ただ甘やかすだけではなく、注意すべきことはしっかり注意されて育てられた。ただ、俺は中身がおっさんなぶん、本来の年齢の子供のように我が儘を言ったことがないので、親としても厳しくする必要がなかったと考えられる。


「気持ちは分かるが、お前がやらなければ誰がやるというのだ? ほかの人間がシンクに殺意を向けても良いというのか? その経験が無かったために、シンクが外で野垂れ死んでしまうことになったらどうする?」


 とーちゃんを良く見るとフル装備だな。普段は使わない金属のプレートメイルを装備し、いつも使っている大剣の他に、手投げ斧をいくつか腰に提げている。


「とまぁ、アルバがこの調子なのでな。私がアルバに魔術をかけ、本気で戦えるようにしようと思う。使う魔術は暗黒術の狂戦士化の術と、幻覚の術だ。これによりアルバの理性を飛ばしつつ、シンクをモンスターに見えるようにする。なるべく本気を出してもらうために、シンクをリッチと誤認するようにする。」


「やはり少し危険じゃねぇかな……」


「……アルバ、お前はシンクの強さをどれほどだと考えている?」


「シンクは天才さ……。もう、俺なんかよりずっと強い……」


「なら問題ないだろう?」


「……」


「そこで言い澱むということは、アルバも分かっているのだろう? そのままにしていいのか?」


「しかし……」


「とーちゃん、俺からも頼むよ! その経験が無くてピンチになるのはやだもん。」


 俺も横から口添えする。殺気がどうこうより、対人戦闘ではまだまだ未熟な部分が多いという点は、自分でも感じている。


「うむ。万が一お互いの生死に関わりそうな事態になれば、即座に術は解くし、レンファに横から押さえ込んでもらう予定だ。傷を負っても、大抵のものはセリアが治せる。」


「……わかった。レンファ、頼むぞ。」


「任せておきなよ。やばそうだったら、アルバを全力で蹴飛ばしてやるからさ。」


 え? それ、とーちゃんが死ぬんじゃないの?


「話もまとまったところで、準備をしろ。」


 俺ととーちゃんは向かいあって武器を構える。ギースさんが詠唱をし、まずは狂戦士化の術を使った。この術は理性を飛ばす代わりに力と素早さを上昇させるというもの。上昇率はトップクラスなのだが、何分理性を飛ばすとあって使いどころが難しい術だ。


「っ……うがぁ!!」


 とーちゃんの表情から温和さが抜け、怒り一色に変わる。続けてギースさんが幻覚の術をかける。これでとーちゃんには、俺があたかもリッチのように見える筈だ。


「おのれぇぇえ!! リッチめ!!」


 次の瞬間、とーちゃんから俺に向けて殺気が放たれた。


「!!?」


 成る程……これは体験してみないと分からない。例えるなら、モンスターの出す殺気が台風で起こる強風のようなものだとすると、とーちゃんの出す殺気は、喉元を手で押さえられているような息苦しさが、そこに更に追加される感じだな。これまでとは違う殺気が来るぞ、と身構えていたから良いものの、何の前触れもなくこれに襲われたら、動きが鈍っていたことだろう。

 初めて感じる殺気に当てられ、少し集中が逸れた隙に、とーちゃんの姿が視界から消えた!


 来る!!


 濃密な殺意を纏った大剣の一撃が、横合いから俺を殴りつける! 一瞬、自分の胴体が切り裂かれたような幻覚を見た。これを食らったら、間違いなく死ぬ! それを確信させるものが、その一撃にはあった。これが達人が出す殺気か! モンスターが繰り出す攻撃とはまた一味違う。モンスターの殺気は、自身が冷静であればある程度受け流せるが、これは本能を揺さぶり、冷静さを掻き乱す。何とか身を屈め、攻撃をやり過ごす。


 ドゥバァ!!


 大剣の一撃はまるで空間をえぐり取ったように感じる。攻撃自体は回避できたにも関わらず、風圧に体を持っていかれそうになる。

 横薙ぎの一撃を払ったとーちゃんは今、隙だらけだ。俺は胴に向かって剣を放つ。


 ジャリン!


 俺の一撃をとーちゃんはわざと鎧に当てて打点を逸らし、攻撃の軌道を変えた。こういう鎧の使い方もあるのか! 木剣での訓練なら、当たれば終了だ。しかし、実戦は倒さなければ終われない。対人戦で、そこの認識が抜けていたかもしれないな。今度は俺が隙だらけになってしまった。とーちゃんの攻撃が迫ってくる! これはもう普通にやっていたら避けられないので、剣術・極級の付随技”縮地”を用い、とーちゃんと距離を取った。


「うむ、やはりシンクは極級に至っているな。」


「ハァ……ヒロの天級もおかしな成長速度だと思ったけど、シンクも大概だねぇ」


 うーむ、思いっきりギースさんとレンファさんにバレてしまった。流石に極級はオープンにできなかったので、黙っていたのだ。

 ほんの僅かの攻防だったが、息が乱れている。達人の殺気とはこうも厄介なものなのか。身体をコントロールするのに、モンスターと戦うときよりも格段に神経を使う。気を抜けば体が勝手に殺気に反応し、硬くなってしまう。

 とーちゃんの様子を窺うと、剣を振り下ろした状態で止まっている。追撃をしてこないな。どうしたんだ?


「ぎぃぎ、ぐぅ……」


 とーちゃんがうめき声を上げる。怒りの表情は変わらないが、瞳にやや理性が戻ったように見える。


「うん? アルバは狂戦士化の術に慣れているからなぁ。術が解けてしまったかな?」


 ギースさんがそう呟いた時、とーちゃんが叫んだ。


「セリアをこれ以上傷つけさせんぞ! リッチめ!」


「あー、うん。狂戦士化と幻覚があいまって、フラッシュバックしているだけのようだな。問題なさそうだ。」


 俺には、問題あるように見えるんだけど! かーちゃんが「まぁ」って言いながら両手でほっぺを押さえている。


「アルバ、そのリッチはシンクの命を狙っているようだぞ。」


 ギースさんが更に煽りを入れる。


「シンクは俺の生きがいだ! 毛筋ほどの傷も負わせねぇ!」


 とーちゃんが猛然と俺に攻撃をしかけてくる。先ほどより鋭く、重い。俺は防戦一方になり、攻撃を受け流したり、かわし続ける。

 しかし、『生きがいか』か……、毎日もらえる2ポイントのカルマ値について、ちょっと分かった気がする。カルマ値は、「生きる」ということに直結しているほど、手に入りやすい。俺が存在している、その事実が、とーちゃんとかーちゃんにとって生きる糧となっている、ということなのではないのだろうか?


「家族は、俺が守る!!」


 ……待ってくれ、めちゃくちゃ戦い辛いのだが。まるで、仲間が操られている状態みたいなんだよね。あ、そうだ。


「とーちゃん、俺だよ! シンクだよ! 幻覚に騙されちゃだめだ! 悪い魔法使いに騙されないで!」


 悪い魔法使い(※ギースさん)が「え!?」って顔しているけど、なんか面白そうなので言ってしまった。


「し、シンク!? シンクなのか!?」


 とーちゃんの動きが止まり、怒りの表情は消えた。きっと悪い魔法使い(※ギースさん)が動揺したせいで、術が解けたんだな。


「とーちゃん! 正気に戻ったんだね!」「シンク!」


 ヒシっと抱き合う俺たち。かーちゃんが目尻に手を当てて、涙をぬぐっている。こうして戦いは終わりを告げた。そしてギースさんが


「何だこれ……」


 と呟いた。本当に、何だろうね?

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