第33話

 技の威力に耐え切れなかったのだろう、剣は粉々に砕け散った。周囲を見渡すと、剣閃の軌跡であろう細い裂け目が、天井から壁、そして地面にかけて、くっきりと走っていた。スキルで範囲を最小に抑えてこれなのだから、何も制御せずに横なぎを払ったら、相当広い範囲を切り裂くことができるだろう。

 この技はレベルが上がったことと、”消費MP軽減”のスキルを使うことでようやく発動可能となった。テストで発動したときは木刀を使っていたのだが、それでも森を30メートル程、切り裂いてしまった。裂かれたり不自然に折れてしまった木は、火術の練習がてら燃やし尽くしてひとまず証拠隠滅したのだが、そのまま放っておいたら大騒ぎになっていたところである。


 ドラゴンゾンビが魔素となって消えた場所に、一振りの剣が落ちている。おぉ! レアドロップだな!


「フィー、レオ。魔術での援護、ありがとう。助かったよ、危うく突進をモロに食らうところだった。」


「おっ、おま、お前! シンク! 何だ? あの技は!」


 レオがどもりながら質問してきた。フィーは、目をまん丸にして動きが固まっている。誤魔化しても仕方ないので、そのまま答えよう。


「今のは、”極剣技 龍殺斬ドラグスレイヤー”ってやつだな!」


「極剣技? つまり、極級の技か何かってことか? シンクの剣はもう極級まで至っていたのか!?」


「ち、違うわ。極剣技は極級の先……剣を極めた者が上り詰める頂点。神の試練を、乗り越えた証……。」


 驚愕の表情が返ってきた。そりゃ驚くか。この世界の常識で考えれば、極級に至るのですらかなり稀だ。それをLv10にする、つまり極めるってことは、歴史に刻まれるぐらいの大ごとになってしまう。うーん、何かで気をそらして誤魔化せないか、一応チャレンジしてみよう。


「あ、ほら見ろよ、レアドロップで剣が落ちてるぞ! やったね!」


「いやいやいや、それは今はどうでもいいだろう!?」


「そうよ! 前から成長速度がおかしいって思っていたけど、これは幾らなんでも異常よ! 説明しなさい!」


 ダメかぁ。じゃあ次は、いつものやつで。


「ほら! 俺、天才だからさ!」


「「……そういう冗談はいいから」」


 そんな呆れた冷たい目をしながら、声を揃えて否定しなくてもいいじゃないか。


「えーっと、実は俺、M78星雲からやってきた宇宙人なんだ。」


「「うちゅうじん?」」


「あ、ごめん、今のは忘れて……」


 宇宙人が何か分からないよね。渾身のギャグで誤魔化そうとして、そもそも元ネタが通じないという……。う~ん、日本人でも初代ウル○ラマンを知っている11歳なんていないか。仕方ない、言い訳その2を使うか……言い訳というか、事実をほぼそのまんま言うだけなんだが。


「実はさ……、信じてもらえるかどうか分からないけど、俺は、生まれる前の記憶を持っているんだ。」


 改まった調子で話し始めたせいか、2人とも神妙な顔をして、黙って聞いてくれている。


「この身体に生まれる少し前……ふと気がつくと、俺はとても神秘的な空間にいた。どこを見渡しても星空が続いている、不思議な場所だった。そこで、善良なる光の女神って人に会ったんだ。その人が言うには、この世界の人々はモンスターによって苦しめられているから、お前はモンスターを倒し、人々の助けになれ、って。」


「で、では……シンクは神の使徒、という事になるのか?」


 レオが驚きながら訊いてきた。俺は緩く頭を振る。


「そんな大層なものじゃない。俺は前世で、ちょっとしたミスから罪を犯してしまったんだ。その償いをせよ、とのことだよ。とはいえ、モンスターを倒すには力がいるだろ? それで貰った力が、さっきの技なんだ。剣術自体は、無印がようやくLv10になった程度なんだけどね。」


 ガチャうんぬんの説明は省く。説明しても多分、理解してもらえない内容だからな。


「……神様からそういう使命を与えられている、って事でいいの? でもシンクは、アムリタを探すために冒険者になろうとしてるんじゃなかったの?」


 確かに、フィーや村の皆にはそのように説明していたな。


「勿論アムリタも探すよ。だけど本来の目的は、償いのため、っていう方が大きいかな。使命っていうよりは、償いのチャンスを貰った、と俺は考えているよ。モンスターを倒すことが、償いになると言われている。でもそれなら、モンスターを倒しながら冒険したって、別にいい筈だろ?」


 2人がやたら深刻そうな表情で聞いているのに気づいたので、ちょっとおどけて言ってみる。別に無理して戦いに出ている訳じゃない、って伝わったかな? フィーには伝わったようだな。冒険大好きだものな。


「シンク。極剣技を使えるなら、伯爵以上の地位もすぐに手に入るわよ? 使えるって表明するのなら、私が証人になるけど、どうする?」


 フィーがそんなことを聞いてきた。何か迷っているようだ。


「いや、特定の国に所属することで、後々問題になる可能性が高い。俺の力は、国同士の戦争に使うわけにはいかないんだよ。モンスターを倒して人助けしろって言われているのに、そのための力を人に向けたら、ダメだろ?」


 今の言葉だけで、貴族社会で生きる2人には十分伝わったようだ。ただ、どうなんだろう? 貴族としてはやはり、国に有益な者を取り込みたいという発想がありそうなものだが。フィーはちょっと寂しそうな顔をして、もう一度聞いてきた。


「償いは、どうやったら終わるの?」


「はっきりしたゴールは俺も分からない。でも、なるべく多くのモンスターを倒せば良い筈なんだ。だから、無茶はしないで細く長く生きる予定だよ。その方が、倒せるモンスターも多いだろうからね。」


 フィーは心配してくれているようだ。無茶はしない、という部分を強調して伝えておく。


「下手に国から地位を貰ってしまったら、その代償として、強いモンスターと戦えってなるかもしれないだろ? さっきの技は見ての通り溜めが長いからさ、強敵と戦うには、あの技だけじゃ勝つのは難しいんだよね。」


 それこそ”極剣技”という名前のインパクトだけが先行しちゃいそうだよね。会社でも、お偉いさんは現場の苦労をなかなか分かってくれないもんだしな。「極剣技があれば倒せるんだろう?」とか、簡単に言われそうだよ。今の説明で、2人も何となく分かってくれたようだ。

 背筋を伸ばし、フィーとレオの目を交互に見ながら、告げた。


「2人にお願いがある。ここで見た事と、今俺が話した事は、できれば、他言しないでほしい。」


「……シンクの事情はよく分かった。誰にも言わない。レオはどうなの?」


「私は……シンクに、その力を以って弱き人々を救う騎士になってもらいたい、と思っていました。だが、騎士で在ることは必ずしも綺麗事ばかりではないと、流石に私も知っております。最近就任した騎士団長には、良い噂を聞きません。賄賂をより多く払った所にしか騎士団を派遣しないといった事も、珍しくないようです。……シンク、冒険者での活動に限界を感じたら、いつでも相談してくれ。それまでに私は、騎士団をより良いものにしておこう。」


「ありがとう。フィー、レオ。」


 2人に頭を下げ、感謝を伝えた。……とその時、地面が何やら揺れていることに気がつく。


「うん? 地震かな?」


 俺が呟くと、2人は首を傾げている。


「「地震って何?」」


 あぁそうか、ここら辺りでは地震なんて起きたことないからな。2人とも知らないのか。……ん? とすると、この揺れは何だ?


「いや、地面が揺れているような気がするんだけどさ。」


「うん? ……確かに、揺れているようだな。」


「そういえば、冒険小説で読んだことがあるわ。ダンジョンボスを倒すと、ダンジョンが崩壊するとか何とか――いけない、早く外に出ましょう!」


 フィーの号令で、急いで出口に向かう。おっと、レアドロップの剣の存在を忘れるところだった。剣を回収して、走りながらMP回復ポーションを使い、印術で”ブレス”を全員にかけ直した。


「崩壊に巻き込まれたら、どうなるのかな!?」


 揺れ続ける通路を走りながら疑問に思ったことを聞いてみると、フィーから回答があった。


「管理されてないダンジョン自体が珍しいのだから、そんなの分かるわけないじゃない! ほら急いで!」


 ごもっともだね。揺れは段々と大きくなっている。しかし、なんて陰湿な仕組みなんだ。これじゃ、ちょっと深いダンジョンを攻略したら確実に生き埋めだ。ダンジョンの最後の罠ってところかな。

 浅いダンジョンであったことが幸いし、全員無事に出ることができた。不思議なことに、ダンジョンの外はまったく揺れていない。入口から中を覗くと、内部が徐々に収縮しているのが分かる。崩れる……というよりは、狭まっている、というほうがしっくりくる。天井はぐんぐん低くなり、通路の横幅は瞬く間に狭くなって……最後には、細長い亀裂を残した岩壁になった。屈めば入れないこともない程度の、何てことのない亀裂だ。


「この亀裂に魔素が溜まって、ダンジョンになったのか……」


 レオが眺めながら言った。こんなものでダンジョン化するのか。うーん、この程度でダンジョン化するなら、もっとたくさんあって然るべきだと思うのだがな。


「この剣、どうする?」


 俺はドラゴンゾンビからドロップした剣を掲げて聞いた。剣は鞘に収まっている状態で、その鞘は見たところ黒い皮製、上品な艶がある。そっと抜いて刃を確かめると、柄のほうが幅広で、先端に向かって細くなる造りだ。素材はプラチナのような金属に見える。柄には赤い宝石が嵌っていた。

 全員で倒したのだが、剣は1本だけだ。どうしたものかと思ったのだが、2人の答は「何故そんなことを聞くのか」とでも言わんばかりだった。


「シンクが使えばいいだろう? シンクが倒したようなものだし。」


「あの技で剣、砕けちゃったんでしょ? ちょうど良いから、それ使えばいいじゃない? それに、良い武器があったほうが、あなたの目的も達成しやすいでしょ?」


「そう、神の試練を達成するのに必要だろう。武器がモンスターからドロップするなど、本当に珍しいからな。きっと、神からシンクへの贈り物だ。」


 ……ちょっとレオが勘違いしているような気がする。あくまでも「償い」であって、別に神の試練ってわけじゃないと思うけどな。


「それじゃあ、ありがたく使わせてもらうよ。……あ、急いでキャンプ地に戻らないと! もう日がだいぶ傾いているぞ!」


 俺達は森を突っ切って、急いでキャンプ地に戻った。何か今日は走ってばかりだな。どうにか日暮れまでには間に合ったが、肝心のモンスター討伐と分布を全く確かめられていない上に、俺が目立つ剣を持っているものだから、ダンジョン踏破のことはあっさりバレてしまった。とーちゃんとステナさんからは、3人の判断だけで危険な場所に飛び込んだ事に対し説教をされ、今度は仲良く3人で正座と相成った。ドラゴンゾンビは皆で力を合わせて普通に倒した、と説明してある。フィーが最初からいる前提ならば確実な方法で無理せず倒せたので、その点は特に怪しまれもしなかった。

 俺が両親にも内緒にしている話を打ち明けたことで、2人との仲は更に良くなったような気がする。そんなこんなで波乱のキャンプ訓練は幕を閉じ、皆で村に帰ってきた。


 フィーとレオと俺はこの夏、色々な経験をした。改めてキャンプ訓練を実施したり、戦闘訓練をしたり、将来について話し合ったり。フィーのたっての希望で、もう1度こっそりと酒を飲んだりもした。

 俺が他にどんなスキルを授かっているのかは、結構根掘り葉掘り聞かれたが、自分だけでは考えつかなかった戦術等も見えて、有意義であった。全力の俺との模擬戦もやったりした。

 他にも、レオのフィーに対する言葉遣いがなかなか直らなかったため、イーナによる特別訓練が行われたりした。訓練というかイビリのような気もするが……まあ、イーナにすればレオの第一印象はかなり悪かったからな。事ある毎にイーナはレオをイジるようになっていたのだが、レオはイジられて怒るかと思いきや、若干喜んでいる節がある。……こいつ、マゾなのか?

 そんなレオもまた、他の子供達とも馴染んで、夏の間に何だかんだで村の一員のような雰囲気になっていった。ステナさんから聞いた、モンスターへの慢心の件についても、ドラゴンゾンビとの戦闘が結果としていい薬になったようだ。


 そして夏の終わり、フィーとレオが帰る日。2人との別れを惜しんだ村の皆で、昼にお別れ会を開くこととなった。広場で村自慢の肉と野菜が振舞われる、バーベキュー大会だ。

 主賓の2人は中央で、仲が良かった人たちに囲まれている。俺は少し離れた場所で、その様子を眺めている。今日でしばらくこの2人とはお別れか……寂しくなるなぁ。フィー、レオの両名とは15歳の夏、モイミールで再会しよう、って話が出ている。モイミールというのは、この村から歩いて2週間程の距離にある街だ。実際、再会できるかどうかは分からないけど、そこには冒険者ギルドの支部があるため、少なくとも俺は今後確実に行くことになる場所だ。

 日も傾き、バーベキューもお開きとなった頃、フィーが俺に近づいてきた。


「ちょっと村を見ておきたいの。散歩に付き合ってくれる?」


 誘われるがまま、2人で村の中をゆっくりと歩いた。広場から離れて、俺やヒロ達の家の前を通り抜け、昔一緒に草取りをした畑を眺めた。牧場まで足を延ばし、柵に寄りかかって、にーちゃんとステナさんの事などを、とりとめもなく話した。

 最後に、俺がまだ幼児だった頃によく来た、丘の上にやってきた。ここからだと、村を一望できる。

 夏の終わりに鳴く、蝉の声が響き渡る。傾きかけた日差しはまだ強いが、風のにおいは確かに秋の気配を連れてきている。そんな風にあおられる髪を押さえながら、ここまで言葉少なだったフィーが、遠くを見つめて口を開いた。


「話したことなかったけど、私のお母様は平民出身でね。元冒険者なのよ。」


 うん? 貴族と平民が結婚できるって話なのか?


「お父様も、元冒険者らしいのよね。お父様とお母様は同じパーティでね……私のお父様はアイルーンの家に生まれたけど、上にお兄様がいて、本来の跡取りじゃなかったの。だから当時は、結構自由にあれこれできたみたい。」


 なるほど。貴族でも、跡取りでなければ特に問題ない、ってことね。


「お父様のお兄様――つまり、私の伯父様に当たる方なんだけど、……領地を守るためにモンスターと戦って、亡くなられてしまったの。」


 この村が平和だから忘れがちになるけど、この世界の人々は常に、モンスターの脅威にさらされているんだよな。


「お父様はその頃、既ににお母様と結婚していてね。それでお父様が後を継ぐことになった、ってわけよ。……もし仮に、伯父様が今も生きていたら、私は何の気兼ねもなく、シンクと一緒に冒険できたのかな? って……最近よく、思ってしまう。」


 あぁ……それは、とても楽しそうだな。フィーはこちらを向いて、微笑んだ。


「お父様とお母様は、家で時々、気取らない話し方をしていたの。私は、そっちの話し方のほうが好き。気取らない付き合いができる、この村が好き。一緒に冒険者を目指して頑張ってくれる、シンクが好き。恋愛とかじゃ、ないのかもしれないけどね。」


「俺も、恋愛とか良く分からないけど、フィーのことは好きだよ。」


 何故だかこの時、照れずに、素直に自分の気持ちを言葉にできた。フィーは、微かに頷いて、続けた。


「私は、シンクがいなければ色々と諦めていたかもしれない。シンクはいつも先を見通して、将来に向けて準備していた。その姿を見て、私も、自分から行動しようって思えるようになったんだ。」


「……フィーは、初めて会った時にはもう、自分から行動していたよ。」


 フィーは出会った頃から、何事にも全力だったような気がする。ただ、フィーの人生に俺がプラスの影響を与えることができたのなら、それはとても素敵で、……そう、誇らしいことだ。

 フィーがちょいちょいと手招きをした。


「ちょっと、屈んでくれない?」


 言われた通り少し屈むと、フィーが耳元に顔を近づけてささやいた。


「――あなたの償いが無事に終わることを、あなたに力をくれた神様に、祈っておくわ。」


 そう言って、フィーは俺の頬に軽く触れるように、キスをした。


「またね。」


 それだけ告げて、フィーはこちらを振り返ることなく、丘を駆け下りていった。

 俺は何も返せず、しばらくその場に立ち尽くしていた。フィーの唇が触れた頬に、掌を重ねる。

 まだ残る淡い温もりが、力をくれたような気がした。


「またね、か……。次会った時に、失望させないようにしないとな。」


 俺は決意を新たにし、ゆっくりと、村に向かって歩き出した。

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