第39話

「何でルイスも驚いているんだ?」


 俺は思わず訊いてしまった。


「いや、その……いつもはもっとこう、とてつもない大きな雷が出て、地面はえぐっちゃうし、木はたくさんなぎ倒すし、森を燃やしちゃう時もあるんだけど……今のは丁度いい感じだったなぁ、ってびっくりしちゃって……。」


 聞いているだけでも、やり過ぎだと分かる。そっと精霊を見ると、テヘペロ☆って感じで舌を出しながら頭をコツンとする動作をしている。何か腹立つなぁ、こいつ。


「精霊術っていうのは、精霊を召喚している間ずっとMPを消費するものなんだけど、この精霊さんは『帰って』って言っても、全然帰ろうとしてくれないんだ……」


 再び精霊を見ると、今度は何やらもじもじしている。ラグさんが通訳してくれたところによると、『愛し合う2人はずーっと一緒にいるの』とか言っているらしい。まあ精霊が何を思っているかはさておき、そうなると心配なのはルイスの方だ。


「その……大丈夫なのか? MPは?」


「いつものことだから、結構慣れたというか、鍛えられたというか……。ハハハ、召喚して傍にいるだけの状態だったら、消費されるのは自然回復するMPの量と同じくらいなんだよね……。」


 ルイスは力なく笑った。何とも慰め辛い話ではあるが、今の説明だけ聞くとルイスはかなり優秀だ。精霊を召喚し続けていても倒れることがないなら、常に呼び出しておける。いざという時に、精霊術は発動が早い。見たところ雷の精霊なんだろうけど、今の戦闘は勿論、普段あれ以上の威力を出せているということは、かなり高位の精霊なのではないだろうか。


 ともあれ、ルイスの案内で、近くにあるという村まで連れ立って歩く。程なくして到着した村の入り口には、人だかりができていた。何やら言い争っているように見える。ルイスは「はぁ……」と溜め息をついている。


「ルイス、無事だったか! 今助けに行くところだったんだが……」


 そう言って飛び出してきたのは、顔に皺の多い、年の頃60くらいの男性だ。ただ、体つきはがっちりとしていて、動きもキビキビしている。そういえば、うちの村にいた年寄り達も顔だけは歳相応だったが、身体のほうはがっちりしていたな。この世界ではそれがデフォルトなんだろうか? 農業のような、肉体労働が生活の主体だからか?


「おじいちゃん、ただいま。この人が助けてくれたんだよ。」


 ルイスが男性に説明する。男性はこちらを見て、眼を見開いた。


「おぉ、そうなのですか! わしはこの村の村長をしております、イルソンと申します。孫が世話になりました。」


「無事で何よりだ」「良かった良かった」と、人だかりから声が聞こえてくる。しかしその一方で、俺と同年代だろうか、若い連中がルイスに厳しい視線を送っているように見える。


「だから言ったじゃないか。そいつは自分で何とでもできる”力”があるんだから、助けに行く必要なんて無いんだって。」


 そう吐き捨てたのは、まさに厳しい視線を送っていた若者の1人だ。180cmは超えていそうな長身で、腰に剣を提げ、皮製の鎧を着ている。

 村長が、たしなめるように若者を見た。


「バン、まだそんなことを言っているのか。この村のように、新たにできた開拓村では、皆で助け合わねばならんのだ。」


 バンと呼ばれた若者は舌打ちし、ルイスを指差しながら声を上げた。


「そいつは俺の両親を助けてくれなかった。なのに、何故俺が助けに行かなくてはならないんだ!」


「……お前の両親は9年前、モンスターの襲来から村を守るため、戦って死んだ。それが自警団であるお前の両親の役目だったのだ。身を以ってその役職、責務を果たしてくれて、感謝している。しかしな、その時ルイスはお前と同じ6歳だったのだぞ。」


「それでも、そいつがあの時戦っていれば、村の被害はもっと少なかった筈だ!」


 ルイスは辛そうにうな垂れている。そしてどうでもいいことだが、ラグさん通訳によると『落ち込んでいるルイスきゅんも魅力的だわ』と精霊が言っているらしい。


「……はぁ、バン。お前は成人し、両親の後を継いでこの村を守る、と自警団の職務に就いたのではなかったのか? それなのにお前は、モンスターの討伐をルイス1人に行かせた。それは何故だ? ルイスは自警団ではないのだぞ。」


 ははあ、これがルイスの言いたくない事情ってやつか。1人でモンスターの群れに向かわされたのか。


「『助け合わねば』ならないのだろう? ……だったら、強い奴だけが戦えばいいじゃないか!」


「そうだそうだ。」「強い奴が戦えばいいんだ。」


 バンの声に、周囲の若者達が同調する。村長は首を振った。


「お前達の言っているのは依存だ。助け合いではない。」


「だが、森の奥に住み着いたモンスターをどうにかできるのは、ルイスだけじゃないのか?」


「……そうかもしれん。しかし魔術師が十全にその能力を発揮するには、前衛となる戦士の協力が不可欠だ。」


「この村にあんな強いモンスターと戦える前衛なんて、いないだろうが! ルイスが駄目だというなら、腕のいい冒険者でも雇ったらどうなんだよ。」


「あれだけのモンスターを倒せる冒険者を雇うだけの蓄えはないのだ。9年前の被害を修繕するのに、使ってしまった。」


「なら騎士団に、領主様に願い出ればいいだろう!」


「すでに再三にわたって願い出てはいるが、派遣されてこないのだ。もう、わしらだけで何とかするしかない。」


 うん? 待てよ、ここの領主様ってアイルーン伯爵様のことだよな? 村がモンスターで困っているのに派遣しない、ってタイプの人じゃない筈だぞ?


「あの……部外者が話に割って入ってすいません。騎士団が派遣されてこないって、本当ですか? ここは、アイルーン伯爵様の領地で間違いない、ですよね?」


 おずおずと手を挙げて申し出る。村長は俺のことを忘れていたのか、驚き、そして恐縮した様子で頭を下げた。


「あぁ、孫を助けてくださった客人をほったらかしにしておいて、村の諍いを見せてしまうとはお恥ずかしい。その通り、この村はアイルーン伯爵様の領地になります。」


「あのアイルーン伯爵様が、領民が困っているというのに騎士団を派遣しない……。そんなことがあるなんて。」


 俺は思わずそう呟いた。


「わしもアイルーン伯爵様には直接お会いしたことがありますので、そのようなお方ではないことは存じております。しかし、ペッレの騎士団の詰め所に幾度も上申しておるんですが……おそらく、何かしらの事情があるのでしょう。」


 ふむ、フィーの実家で何かあったのかな? 冒険者となったら、フィーの実家の領地内での問題は積極的に受けようと決めていたのだ。まだ胸を張って冒険者を名乗れる立場じゃないけど、この村が困っているというなら、手助けしたい。


「余計なお世話かもしれないですが、俺がそのモンスターを倒しましょうか? こう見えても冒険者になるためモイミールへ向かう途中だったので、腕にはそれなりに覚えがあります。とはいえまだ冒険者ではないので、料金は格安でお受けしますよ?」


「お前のような子供が?」


 バンが俺に絡んでくる。ルイスがおずおずと口を開いた。


「バン、この人……シンクは僕と同い年だよ。15歳だ。」


「15歳でも、お前のようなチビでは話にならないだろう? 討伐するモンスターは、マンティコアだぞ?」


 言葉に詰まったルイスが、俯く。


「……バンといったか。先ほどから聞いていれば、あんた俺より背の低いルイスに倒させようとしてたじゃないか。この村の自警団らしいが、仕事をする気がないならあっちに行っててくれ。俺は村長と話をしているんだよ。」


 子供だのチビだの散々言いおって、腹立つやっちゃなぁ。大人の対応にも限界があるぞ?


「ふん。おおかた、前払いの金だけ持って逃げるつもりだろう? そうはさせんぞ。お前がマンティコアを倒せるかどうか、この俺がテストしてやる。」


 そう言って、バンは腰の剣を抜き放った。えっ、真剣でやるつもり? あー……、若者が与えられたばかりのおもちゃを振り回して、粋がっているだけか。


「テストか。まぁ、別に構わないよ。さっさと掛かってこいよ。」


 俺は数歩、村長から離れ、剣を抜かずにバンと向き合う。荷物すら降ろしていない。


「腰の剣を抜かないのか? それくらいは待ってやるぞ。」


「必要を感じたら抜くさ。実力が見たいんだろう? 全力で来い。」


 どうにもこのバンという若者は、粋がっている割に実力が伴ってないように思える。この世界は明確なステータスがあるおかげで、女性だろうが子供だろうが強い人は強い。体格は絶対的な差になり得ないのだ。俺の発言に苛立ったのか、バンの目つきが険しくなる。


「お客人、そのような危ないことは……」


 村長が止めようとするが、ルイスが村長に俺の実力を説明しているようだ。


「行くぞ!」


 わざわざ、そう叫んでバンが攻撃を仕掛けてくる。俺は軽く身構えるが、これは……遅くないか? 地級も修めてないんじゃないか? 俺は当初、攻撃を避けながら抜刀し、首筋に剣を当てることを考えていた。しかし、ここまで剣のスピードが遅いなら、もう少し派手なデモンストレーションができそうだ。何せ、俺の強さを認めて雇ってもらわないといけないからな。

 俺は”硬魔”のスキルを発動させた。このスキルは、魔力を身体の任意の部位に固めて、防御力を上げるスキルだ。左の掌の防御力を上げ、バンの剣を手でそのまま受ける。


 ガチン!


 そう、音が鳴り、バンの剣が完全に止まる。周囲から「おぉ!」と驚きの声が上がった。


「なッ……!」


 バンが驚き動きを止めている。その隙にバンの剣をわし掴み、完全に動かないようにする。そうしてゆっくりと俺は右手で剣を抜く。バンの顔が焦りで青ざめる。何とか俺の手から剣を離させようとするのだが、剣はびくとも動かない。バンのステータスは、恐らくだが10レベルにも達してないな。

 俺は抜き放った剣を、これまたゆっくりとバンの首筋に当てた。バンの動きが止まった。


「まだ続けるか?」


 俺の声にバンは震えながら、首を横に振った。


「ば、化け物か? 素手で剣を止めるなどと。」


 バンが、声を震わせ呟く。俺は掴んでいた刃を放し、バンの首に当てていた自分の剣を引いた。


「お前が知らないスキルの力だよ。防御力を極端に上げるスキルがあるんだ。見知らぬ相手に最初から侮ってかかるようでは、半人前もいいところだな。ルイスをバカにしているんだからどんな手強い戦士なのかと思えば、この程度か……。」


 バンは俺が最後に放った一言で、顔を怒りに染めた。……相当、ルイスとの関係をこじらせているな、こいつ。俺はわざとバンに背を向けて、村長に向かって話し始めた。


「どうですかね? 私にマンティコアの討伐を任せてもらえませんか? もちろん、前金なんて要りません。成功報酬で結構ですので。」


「あ、あぁ……その実力なら、是非こちらからお願いしたいくらいだ。」


 そんな会話をしていると、バンが俺の背後から切り掛かろうとした。煽ったとはいえ、短絡的だ。両親を早くに亡くしたというのは気の毒だが、その後どう育ったのやら、堪え性が無さ過ぎるだろう。俺にはスキルの力でばっちりバンの動きが把握できているのだ。


「シンク、危ない!」


 バンの動きを見たルイスが、俺に向かって警告を発しながら精霊術を使った。


 ドゴン!


 俺とバンとの間に細い雷が落ち、バンの動きが固まった。……俺はバンが攻撃してくることを読んでいたので、雷が落ちずとも余裕で回避できたのだけどな。というかそうなるよう仕向けたのだ。もうちょっと叩いて鼻をへし折っておきたかったのだが。


「あぅ……」


 ルイスが呻いて、その場に倒れた。どうやらMPが枯渇したようだ。精霊が身悶えしながら霧のように消えていった。ラグさんが訳してくれたところによると、『気絶したルイスきゅんも可愛い!』とのことだ。


 ルイスの体調を気遣う様子が皆無とか……あかんわ、この精霊……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る