第81話
■シンク視点
「ちょっと、シンク。何を騒いでいるのよ?」
眼がぁぁぁと唸っていたら、フィーから冷静なツッコミを頂いた。いやほら、お約束的なやつだよ。え、分からない? あ、そう……前世ならどこに行っても通じるネタだと思うのだが、お約束が通じないってのは寂しいものだなぁ。
眼が普通の明るさに慣れたころ、また浮遊感に襲われた。今度は何だ!? と身構えていたら、どうやら元の場所に飛ばされただけのようだ。出入り口もあるし、皆もいる。
「シンク! ルイスが!」
少し離れた場所で片膝をついているカッツェが、焦った声で俺を呼んだ。こんなにうろたえているカッツェを見るのは初めてだな。
駆け寄ると、ルイスがカッツェに抱かれていた。意識が無いようで、顔色は非常に悪い。
「おぉぉ!? 一体どうしたんだ、ルイスは?」
「ルイスが何をしたのかは分からない。ただ、私を守るために、ゴーレムに何かしたんだと思う。あれがそう……。」
カッツェの指差した部屋の一角に目を向けると、外装がドロドロに溶け、中身はほとんど炭化している様子のロボットの残骸があった。部屋を見回すと、俺たちが倒したものともう1つ、綺麗に真っぷたつにされた残骸もある。
ルイスがやったというドロドロの残骸。あのバカみたいに硬いミスリルの塊を、何をどうやったらここまで破壊できるのか……つまり、それだけ無茶をしたってことか。
「待ってろ。すぐに回復してやるからな」
俺は詠唱し、ルイスにヒールをかけた。
「ヒール!」
淡い癒しの光がルイスを包む。僅かばかりに顔色が良くなったと思ったら、すぐに元に戻ってしまった。
「あれ? もう一度!」
今度は魔力圧縮をかけてヒールを施す。しかし、結果は同じだった。
「何でだ!? よし、これなら!」
込められるだけのMPを注ぎ、ヒールをかける。眩い光がルイスを包む。
「……だめだ、治らない。」
一時的に持ち直すものの、ルイスの呼吸は浅く、青い顔をしたままだ。
「ひとまず、ここを出よう。彼を休ませる場所が必要だ。」
ヨーシフさんが促し、全員外へ出た。ルイスはカッツェがおんぶして運んでいる。
丘のふもとの管理事務所まで戻ると、近衛騎士団用の施設だという医務室へ案内してもらった。寝台にルイスを寝かせ、医師の診察を受ける。
「ヒールでは、あまり効果がないようだ。極度の衰弱だな。症状としては老衰に似ている。ある程度ならヒールでも治るんだが、ここまで来てしまうと難しい。」
医師は俺たちを見回し、ゆっくりと告げた。
「この子自身の生命力に賭けるしかない。助かる見込みは五分、といったところだ。今夜が山であろうな。」
「そんな……! な、何とかならないのか、先生!」
カッツェは必死の形相で、医師の肩を掴む。
「うぅむ、そうだなぁ……。効くかどうか分からんが、近衛騎士団でストックしている上級HP回復ポーションを試してみよう。使用の許可を得てくるから、君達は彼についていてくれ。」
医師は足早に医務室を出て行った。上級HP回復ポーションか……効果としては、俺が魔力圧縮してかけたヒールと大して変わらないだろう。あまり期待はできないな。
「……ルイス。」
カッツェはルイスの手を取り、心配そうに顔を覗き込んでいる。
(何とかできないのか……?)
このままだとルイスが死んでしまう。必死で考えを巡らそうとするが、全然頭が回らない。焦りが心を支配し、いたずらに思考が空転する。
俺が『PASSWORD』なんてふざけた入力を試さなければよかった。そうすれば転移罠も発動せず、ルイスがこんな目に遭うこともなかったのだ。
転移罠で飛ばされた先で「ロボットだ!」とか喜ぶ前に、何故、俺は仲間の心配をしなかったのか。
「ヨーシフさん! この遺跡にはアムリタがあるんだよな?」
突然ガバっと顔を上げたカッツェが、ヨーシフさんへ詰め寄る。
「ま、まぁ、可能性は高いと考えているが……。」
「よし!!」
カッツェは強く頷くと、ずんずんと医務室の出入り口へ向かう。
「君! どこへ行くんだ?」
「もう一度、遺跡に入る! アムリタを探してくる!」
「な!? そんなにすぐ見つかる筈はないだろう? ようやく開いた部屋にあんな罠があったのだ。迂闊に他の部屋へ入らせるわけにはいかないぞ!」
「でも、それでも探すんだ! そこら辺を掘れば、出てくるかもしれないじゃないか!」
カッツェはそう告げるとまた歩きだした。
「そうね……ここで待っていても仕方ない。カッツェ、私も行くわ!」
フィーがカッツェに同調すると、他の仲間もアムリタを探すべく動きだした。いてもたってもいられないのだろう。確かに、体を動かしてないと不安に押し潰されそうだ。マリユスは何か思案するように顎に手を当て、目を伏せている……って、マリユス細いな! マリユスがここまでMPを消費したということは、ロボットとの戦闘は激戦だったのだろう。
俺も一緒にアムリタを探しに行くか? ヒールでは効果がない。他の手立てもパッと思い浮かばない。……そういえば、ヒールよりランクの高い回復魔術は無いのだろうか? 部位欠損を治すような回復はヒールではできないが、そんな魔術があっても良い筈だ。俺の神聖術のレベルは8。これを上げられれば、今のルイスに有効な魔術を得られる可能性があるのではないだろうか?
(ちょっとシンク。)
俺は携帯を取り出した。常にカルマ値は1000残しているから、11連は確実に1回引ける。それに、この遺跡に来るまでモンスターや盗賊をさんざん倒している。その分の加算もある筈だ。
(シンクってば!)
カルマ値を確認すると、2700ほどあった。11連2回分だ。携帯を操作し、ガチャの画面を出す。
(神聖術を引ければ……ルイスは助かる!)
そう信じ、11連をタップしようとする。指が震えていた。もし、引けなかったら……そう考えると恐怖で胸が押し潰されそうだ。だが正直、他の方法――アムリタを探したり、上級HP回復ポーションの効果にはほとんど期待できない。なら、俺が何とかするしかない!
覚悟を決めて11連をタップしようとした、その時!
(人の話を聞けぇぇい!!)
ドカ!!!
ラグさんから全力の飛び蹴りを顔面に食らった。……猫に体の上に乗られた経験がある人なら分かると思うが、猫の足って肉球こそぷにっとしているけれど、あの小さい面積に全体重が集中すると、グサッと刺さってかなり痛い。しかも去り際に踏ん張ってるから、爪もちょっと出てて更に痛い!
(何するんだよ! ラグさん!)
(あんたちょっと落ち着きなさい!)
(落ち着いてなんかいられないよ! ……あ、そうだラグさん! 頼むから今、ガチャで神聖術を引かせてくれ! 何でも言うこと聞くから!)
(……それはシンク。ルイスの命が助かれば、あなたが私の言うことを何でも聞く、ってことでいいのかしら?)
(ああ! 約束する! 男に二言はない!)
(成る程。分かったわ。)
(じゃぁ、さっそく11連ガチャ回すからお願いね! ラグさん!)
(だから! 落ち着きなさいっての!)
ドカカ!!
またもラグさんから飛び蹴りを食らってしまった。
(何するのさ! 早くしないとルイスが!)
(だ~か~ら~、まずは私の話を聞きなさい! シンク。あなた、何の依頼をこなしてこの遺跡へ立ち入ることができたのだったか、覚えている?)
(遺跡への立ち入り? そんなの今は関係――)
(お・ぼ・え・て・いる?)
俺の言葉を遮り、ラグさんがにゅんっと顔を寄せて問い詰めてくる。目を見開いていてちょっと怖い。確か、あの時は神聖術Lv5を使えるという条件の依頼を受けて……。
(え、えっと。カテジナ様の呪いを解いたから?)
(そうね、呪いも解いたわね。でもその後に、別のこともしたでしょ?)
(うーん、ダイエット? あと、アンチエイジング?)
(そうじゃなくて、ほら、その前! 執事さんがどうしてシンクを冒険者ギルドまで迎えに来たのか、よ!)
(確か、呪いは解けたけど体調が思わしくなくて、ヒールで回復しないからどうにかできないかって……あれ? ヒールで回復しない?)
今のルイスもヒールでは回復しない……。
「あぁぁぁ!!」
気がつくと俺は大声を出していた。何で今の今まで思い出せなかったんだ、俺は?
「どうしたの、シンク?」
俺の大声に、一同が驚いていた。代表してかフィーが俺に聞いてくる。
全員、藁にも縋る思いでアムリタを探しに行こうとしていたのだ。治せるスキル持ってたのに忘れていたなんて、あまりに間抜けな話だ。皆に申し訳なく、とても言い出し辛い……きっとこれ、めっちゃ怒られるやつだな。怒られると思うけど、言わないわけにもいかない。
「えっと、お、怒らないで聞いてね? ルイスを助けられそうなスキルを所持しているのを、思い出したんだ。」
「「「え?」」」
若干、いや、かなり怒気のこもった声(主にカッツェから)が発せられた。
「いや~、実はこの遺跡調査を報酬でもらった時に、ちょうど今のルイスと同じような症状の人を治したんだよね。その人は意識があったけど、たぶん同じスキルでルイスにも効果がある筈なんだ。以前使った時も効果覿面で、土気色の顔をした人が全快してさぁ。だからルイスにも……」
「「「御託は良いからさっさとやる。」」」
「あ、はい。」
俺は専用のオイルを取り出そうとして、はたと気付いた。
「あ、宿に置いてある荷物に、スキルで使う道具が入っているんだった。」
それを聞くなり、カッツェが凄いスピードで部屋から飛び出していったかと思うと、ものの十分で町の宿屋に置いてあった荷物を全部持って返ってきた。片道2キロはあったのに、凄いな。
「で、何ていうスキルなの?」
俺がオイルなどを準備している横で、フィーが聞いてくる。
「あぁ、”エステティック”って名前の……。」
「あ~! ステナが『ぐへへ、このスキルで美味しいお肉食べ放題……!』とか、ちょっと怖い感じになりながら習得していたスキルね。でも、お肉を美味しくするスキルでどうしてルイス君が助かるの?」
うんうん、あの時のステナさんは本当に鬼気迫る感じだったな。そういえば、フィーに対してこのスキルを使ったことなかったな。子供時代はやたらと元気だったから、疲労回復とは無縁で使う機会がなかった。そもそも、特に理由も無く女の子に「身体をサワサワするスキルを使わせてくれ」とか言ったら、完全に変態扱いだしな。
「いや、これは元々、疲労回復を目的としたスキルなんだ。」
「え? そうだったの?」
「このスキルを使われるとすごーく気持ち良いから、ストレスが解消されて乳の出が良くなるかもーって牛に使ってみたら、実際お肉まで美味しくなったんだよ。たぶん、コリがほぐれて血行が良くなって、栄養も良く回るから美味しくなったんじゃないかな。」
そんなことを話しながらルイスの衣類を引っぺがしていく。武士の情けでパンツだけはそのままにしておいた……だって皆、退室しないでガン見してくるんだもの。専用オイルを垂らし、マッサージを行っていく。するとどうだ、ルイスの顔色は顕著に良くなっていく。体温も徐々に上がり、ひととおり終える頃にはすっかり健康を取り戻した様子になった。
オイルを拭き取り、ルイスの着衣を直したタイミングで医師が戻ってきた。
「上級HP回復ポーションの使用許可を得てきたぞ。うん? 随分と顔色が良くなったな。」
不思議そうな顔をしながら、医師は再びルイスを診察する。
「脈も正常だし、すっかり健康体だな。この短時間で何があったんだ?」
「えっと、色々と手持ちのアイテムやスキルなどを試していたら、効果があったみたいです。」
「ふむ……成る程。まぁ、治ったのなら細かいことは良いか。一応、経過観察のため、この子はこちらで一晩預かろう。君達は宿に帰りなさい。」
俺達は医師の言葉に従い、宿へ帰った。ヨーシフさんは報告があるとのことで残ったのだが、窓に映る夕日を見ながら「徹夜だな……」と呟いているのが聞こえてしまった。何だか申し訳ない。今度アーラさんに会ったら謝らなければな。
翌日。カッツェに急かされて宿を後にし、近衛騎士団の医務室へ急いだ。
駆け込むようにして部屋に入ると、丁度ルイスは診察を受けていて、医師と向かい合わせに座り、聴診器を当てられていた。
「うむ、問題ない。健康そのものだ。」
「ありがとうございました。」
医師の言葉を受け、ルイスはぺこりとお辞儀した。
「みんな、おはよう。」
「おはよう、じゃないだろう。心配させやがって。」
俺はルイスの胸に軽く拳をぶつけながらそう言った。
「ほんとに……本当に、良がっだぁぁ……。」
ルイスの元気な姿を見たカッツェは、その場で泣き出してしまった。フィーが「良かったわね」と肩を撫でながらあやしている。
「それにしても、ルイスはどうやってあのロ……ゴーレムを倒したんだ?」
「えーっとね……。」
ルイスの説明によると、精霊を身体に取り込んで力を行使したらしい。
「えぇ!? それで良く生きてましたね……。」
ノーネットが驚きの声を上げた。ノーネットの説明によると、召喚された精霊や悪魔が行使する力には、召喚主のステータスに応じて制限がかかるらしい。しかし、召喚主が精霊を自らの身体に取り込むことで制限は外れ、本来の力を使うことが可能になるのだという。いわば、一種の奥義のような技なのだそうだ。しかし、それには召喚主が精霊自身から認められる必要もあるし、何よりも、超常的な力を直接行使するに足る強靭な肉体が求められるとのことだ。
「「「成る程~。」」」
一同頷いている。そしてその中にルイスも含まれていた。
「……ちょっと待ってください、ルイス。あなたは、力を行使するリスクを知らずに使ったのですか?」
「うーん、精霊さんからは『すごーく痛いよ』って言われたんだけど、でも、それでもシンクとの約束を守らなきゃって思って。」
「俺との約束?」
約束……何のことだろうか? 首を傾げる俺に、ルイスが笑いかける。
「ほら、『1人の時は女の子を死んでも守れ』って言ってたじゃない。」
モイミールの冒険者ギルドでの時か! あの時のルイスは何をしたらいいのか分からず、オロオロとするだけだったな。仲間になったばかりで、いつも少し不安そうな表情をしていたように思う。
しかし今のルイスはというと、とても逞しく、迷いの無い、強い意思を持った表情をしている。
「……そうか、ルイスは守りきったんだな。俺との約束も、カッツェも。凄いな。流石だよ。」
心の底から感心する。俺だったら、自分より強い相手を前に、誰かを守るため立ち向かえるだろうか? これまで出遭った自分より強い敵なんて、パンダ……ベジタリアンベアーくらいだったからな。ルイスの覚悟を見習わなければいけない。まぁ、基本方針は細く長く生きるで変わりはないし、強敵からは最初に全員で逃げる、を模索するけどね。
「でも、失敗しちゃった。」
「何がだ?」
ルイスはカッツェの方を向いて、頭を下げた。
「カッツェさん、心配させてごめんね。次は女の子を心配させないで済むように、どんな敵でも圧倒できるくらい強くなるよ! 今度こそ、きちんと守ってみせる。」
そう胸を張って、高らかに宣言した。
「お前……それは、ズルいぞ。」
カッツェは鼻をすすりながらも頬を赤らめ、笑顔を浮かべた。
「ならば私は後衛に、ルイスに、敵を一切寄せ付けないくらい、強くなってみせる!」
カッツェが宣言するとルイスは慌てて「僕が守るよ」と言い、今度はカッツェが首を振って「私が守る」と言う。2人は真剣な顔で見つめあい、そして次第に「「……ふふふ、あはははは」」と笑い出した。
「お互い頑張ろうな、ルイス。」
「うん、カッツェさん!」
「あ~、前から言おうと思っていたんだけど、カッツェでいいよ。仲間だろ?」
「分かったよ。カッツェ、よろしくね。」
「あぁ、よろしく。」
握手を交わす2人。そんなやり取りを、他の面子は暖かく見守っていた。ふと見ると、ノーネットもマリユスに「私も呼び捨てにして下さい! 仲間なので!」と迫っていて、マリユスもそれを了承したようだ。
ルイスはすっかり一人前の男になってしまったな。大変喜ばしいことだ……しかし、俺にとっては大きな誤算である。ルイスがこんなに立派になってしまった今、居酒屋で先輩風を吹かせて謎理論をぶち立てることは最早、できなくなってしまった。
これから俺は、誰に向かって偉そうに説教すればよいのか……と。普通の人にとってはかなりどうでもいい事で、俺のようなおっさんにとっては生き甲斐が無くなるに等しい問題について、俺は密かに頭を悩ませていたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます