第50話

 昨晩遅くまで活動していた俺達は、今日に予定していた移動を諦め、旅の疲れを癒すことにした。まぁ、旅の途中も、豪華なテントのしっかりとしたベッドに寝ているわけで、肉体的には大して疲れてはいない。多いのは、環境が違うことで起きる気疲れだな。いくら防衛機能がついているとはいえ、野外のテントである。もし今モンスターに襲われたら……と考え始めると、心許ない点は否めない。とりわけ、俺よりも旅に慣れていないルイスの疲労は、無自覚のうちに溜まっていることだろう。


 移動はしない代わりに、情報収集に力を注ぐことにした。俺とルイスの旅の主目的でもある、人探しである。俺はベンノさんの、ルイスは両親の情報を集める予定だ。こんな近い場所にいるとは思えないし、すぐに役立つ情報もそうそう転がっていないだろうが、幸せの青い鳥という話もある。モイミールで本格的に調査するにしても、1度ここで調べておいて損は無いだろう。

 しかし……情報収集って、実際どうやったらいいんだろうね? とりあえず、冒険者ギルドの出張所で何か聞けないかと、行ってみることにした。


 出張所に入ると、何やら目立つ人がいた。山のような大男だ。身長は2メートルはありそうで、横幅も相当なものだ。大男はカウンターで、昨夜俺達が助けたお姉さんと筆談しているようだった。お姉さんは大男が書いた文を読み、口頭で答えていた。


「マンティコア、ですか? 確かに、ここから3日程行った先の開拓村で現れたという情報がありますね。」


 俺とルイスは、その内容に思わず顔を見合わせた。


「シンク、あの人、マンティコアを倒して名を上げようって冒険者さんかな?」


「そうじゃないか? そうでもなければ情報なんて集めないだろう?」


「だったら、もういないですよって、教えてあげたほうが良くないかな?」


「……それもそうだな。わざわざこんな田舎にまで来て倒そうって人に、無駄足をさせちゃ気の毒だものな。」


 俺はカウンターまで近づき、話しかけることにした。


「あの~、お話し中すいません。先程、マンティコアの話が出ていたと思うのですけど……。」


「あら? あなた達は……。」


「俺たち、つい数日前にその村を通ったんですけど、もう倒されたようでしたよ?」


 俺が倒した、なんて言わない。どうせ信じてもらえないだろうしな。嘘を言っていると思われてしまったら、本来の目的を達成できない。


「まぁ、そうでしたか……。すみません、正確でない情報をお伝えしてしまいました。」


 お姉さんは俺たちの話を受けて、大男に謝罪した。俺も何気なく大男に目をやって、固まってしまった。何とこの男、筆談の空いたほうの手でサンドイッチを持ち、もぐもぐ食べているではないか。想定外の行動にびっくりし、思わずその姿を見続けてしまった。食べ終わったか? と思うと、別の食べ物が手品のように、空いた手に現れた。今度はホットドッグみたいだな。

 そして、この男の外見もかなり特徴的だった。黒いコートのような外套を着ているのだが、あちらこちらにベルトを入れて縛っている。随分と太っている体型なためか、外套はぱっつんぱっつんで、更にきつそうなベルトのせいで、巨大なハムが締め上げられているように見えてしまう。顔も、頬は脂肪でぽよっとしているのだが、緑の瞳をした目元は非常にきりっと鋭く、男前だ。落ち着いた紳士といった感じだ……目だけだが。髪は金色で、切り揃えられた短髪だ。

 口は先程からずっと、食べ続けている。しかし、ながら食いという非常に下品なことをやっているにも関わらず、佇まいや所作が洗練されているためか、上品に見えてくるから不思議だ。こちらが立食パーティーの場にお邪魔してしまったかのような錯覚すら覚える。

 男はさらさらとペンを動かし、何かを書いてこちらに向けた。


『情報感謝する』


 と、実に優美な文字で書かれている。ただの文字からも気品が滲むのを感じるとか、初めての体験だ。凄いな。外見も行動もなかなか衝撃的だったが、きっと育ちが良いのだろう。


「いえいえ」


 俺が小さく手を振ると、男は軽く頭を下げ、出張所から出て行った。俺が見ている限り、絶えず何かしら食べていたな。

 男を見送った後、お姉さんは俺達に頭を下げた。


「昨晩はありがとうございました。改めてお礼を言わせてください。」


「当然のことをしたまでですよ。それよりも……」


 俺達は旅の目的についてお姉さんに話し、情報が手に入らないか聞いてみた。ルイスの両親に関しては、申請さえ出せば調査してもらえるらしい。しかし、調査にはある程度時間がかかるそうで、モイミールへ向かうのならば、そちらで出したほうがより精度の高い情報が得られるだろう、と教えてもらえた。ベンノさんの情報に関しては、身内でもない人間には教えられない、って決まりがあるらしく、凄く申し訳なさそうな顔をされてしまった。そりゃそうだわな。むしろ情報の取り扱いに関して、意識がしっかりしていることに関心する。

 俺たちはお姉さんに礼を言い、出張所を後にした。そこからは地道に聞き込みを行ったが、随分前の出来事というのもあり、当時のことを覚えている人はいなかった。


「ぜんぜん情報がないね。」


 ルイスは気落ちしているようだ。


「まぁ、ここで情報が手に入るなら、村長さんが探した時点で見つかっているだろうさ。おそらくだけど、冒険者ギルドの調査依頼も、村長さんは出していたかもしれないな。」


「そんなぁ……。」


「村長さんも立場がある人だ。お前もまだ小さかったんだし、そうそう遠出はできなかっただろう。だとすれば、調査を依頼したにしてもこの町でだろうから、モイミールでもう1度依頼するのはありだと思う。それに、今なら新しい情報が出てくるかもしれないしな。」


 ルイスは自分に言い聞かせるように頷いていたが、何か思い当たったのか、顔を上げた。


「そういえば、お父さん達は『モイミールで知り合いと会って、情報を聞いてから移動する』って言ってたんだって。だから、その知り合いの人に会えれば、行き先が分かるかも。」


「その人の名前は?」


「うっ……知らない。おじいちゃんも、知らないって言ってた。」


 重要なところが抜けているな。


「うーん、他に手掛かりになりそうな物といえば……ルイスに送られてきたっていう指輪だよな。」


「そうそう、あの指輪をじーっと見つめていたら、精霊さんと契約できたんだよね。指輪に付いていた青い宝石の中に魔方陣があって、それを見ていたら頭に声が響いてきて、力が欲しいか、とかどうとか……それで返事をしたら、契約していたんだ。」


「うん? それは初耳だな……そうすると何か? ルイスの両親は、精霊と契約できる指輪を求めて旅に出た、ってことじゃないのか?」


「え?」


「両親が冒険者だというなら、スキル鑑定紙は当然持っていただろう。ルイスに精霊術の才能があることが分かって、ルイスのためにその指輪を探しに行ったのかもしれない。」


「そ、そうなのかな?」


「あくまで俺の予想だから、実際のところは分からんけどな。精霊術はどれだけレベル上げても、強い精霊と契約できないことには術の威力は上がらない。お前の両親はそれを知っていて、我が子のために強い精霊を探しに行ったんじゃないか?」


「そういえば……お母さんは僕と同じ精霊術の使い手で、強い精霊と契約できなくて苦労したって、おじいちゃんが昔、言ってたような……。」


「そうなのか? なら尚のこと、自分と同じ苦労を子供にさせたくないから、って動機が現実味を帯びてくるな。」


「おじいちゃんも、お父さん達がモイミール以降どこへ向かう予定なのかは聞かされていなかったみたいなんだ。ただ、『ルイスのために』って言葉だけ、聞いていたみたいなんだよね。……おじいちゃんからそう教えられても、僕に気を遣って慰めているんだ、としか思えなかったんだけど……。」


 えへへ、とルイスが笑う。


「そっかぁ、僕のための冒険だったのかぁ。」


「とりあえずは、モイミールに行ってみてから、だな。指輪は冒険者ギルドを経由しての配達だったって話だから、記録があれば送り元も分かるかもしれない。俺の方も、そこでアムリタ関連の情報を漁れば、ベンノさんの行方も見えてくるだろうからな。」


 その日の残りは露店を冷やかし、酒は飲まずに軽く夕食を済ませ、早々に寝ることにした。

 次の日。朝一番の混み合っている時間を避け、開門時間をやや過ぎた頃を狙って南門から街道に出た。ここを辿っていけばモイミールに着く筈だ。道程としては1週間程。出発は晴天に恵まれ、風も穏やかだ。今は6月初旬ごろ。気温も高くなってきてはいるが、湿気がなく、木陰に入ればやや肌寒いくらいだ。

 ペッレとモイミールを行き交う人は多いようで、俺達の前後に同じような旅人の姿があった。


(これだけ人がいる街道なら、峠の茶屋みたいなのも存在するかもな。)


 なんて取り留めのないことを思いながら歩く。


「いよいよモイミールかぁ。」


 そこで冒険者になる……、その肩書きが手に入ると思うと、テンション上がるなぁ。ルイスは手に持ったスタッフを突きながら歩いている。


(そういえば、剣をやりたいと言っていたよな。モイミールに着いたら、ルイス用の剣を買うか。)


 しばらく進むと、左側の森にモンスターの気配があった。多少距離があるものの、街道の近くにモンスターがいるのはまずかろう。


「ルイス、モンスターの気配がある。ちょっと強めだな。15レベルくらいのモンスターかもしれない。数は……6、だな。街道の近くだし、倒しておこうと思うが、どうだ。いけるか?」


「……ちょっと不安だけど、頑張ってみるよ!」


 確かに、ルイスの今のレベルを考えると、攻撃をまともに食らうと危ないかもしれない。不安になる気持ちも分かる。


「後ろには絶対通さないから、安心して戦ってくれていいぞ。」


 励ますように声をかける。相手のレベルも考えてか、ルイスは精霊を召喚した。


「では行くか。」


「うん!」


 俺たちは剣を抜き、街道から逸れて森へ入っていく。ルイスと手を繋ぎ、”隠密”スキルを発動させると、そんな俺達の姿を、精霊がニヨニヨと変な笑みを浮かべながら見ていた。正直、落ち着かないのだが……あれか? 俺も背が低いから、こいつのショタ属性のストライクゾーンに入っているってことなのか? ええー、だとしたら嫌だなぁ……。

 気配を辿りながらモンスターに近づく。まだ気付かれていないようだ。小声でルイスに指示を出す。


「視認できたら1発頼む。1匹ずつ、焦らずに行こう。」


「分かった。」


 ゆっくりと接近していくと、木々の切れ間からモンスターを視認できた。サルだ。名前は分からないが、サルに近い形のモンスターが6匹いる。


「精霊さん。」


『まっかせて!』


 ドン!


 一撃が綺麗に決まり、モンスターの1匹を仕留めることに成功した。しかし、残り5匹の反応は素早かった。あっという間に散開し、森の木を利用し、こちらへ迫ってくる。


「精霊さん!」


 ルイスの指示に従って精霊が雷を落とすが、やつらは移動に緩急をつけ、狙いを定めさせない。


(おぉ!? 馬鹿みたいに最速で迫ってくるモンスターばかりじゃないのか!)


 この動きには俺も驚きだ。5匹のモンスターはお互いに連携し、ルイスの狙いを定めさせないようにしている。1匹が突出したように見せるも、すぐに引き、別の1匹が迫ってくる。しかも、木の枝を利用した上下の移動もしてくる。視界が狭い森の中で、こうも立体的に緩急をつけられると、ルイスでは辛いかもしれない。


「ルイス!」


 ルイスは案の定、というか視線をあっちこっちへ飛ばし、わたわたとしている。ぷちパニック状態だな。


「ど、どのモンスターから……!?」


 ふと無防備に、正面からまっすぐ近づいてくる奴がいた。


「こいつは囮だ!」


 俺からルイスへ警告を発する。ちょうどその時、高い位置からルイスを狙う奴がいた。

 ルイスもそれに気付いたようだ。慌ててそいつに狙いをつけようとする。


(あれ? こいつ、俺の上を通過する?)


「精霊さん!」


 そいつがまさに俺のすぐ上に来たタイミングで、ルイスは雷を放ってしまった。


 ドン!!


「おぐぅ!」


 モンスターの巻き添えで、雷の一撃を思いっきり食らってしまった。そこそこダメージを受けている。4分の1くらいHPを削られたかな? 

 新しく見るモンスターの動きに、少なからず俺も焦っていたようだ。雷を回避すれば良かったんだが、後ろに通さないという意識が強過ぎたな。今更のようにスローイングダガーの存在も思い出した。


「し、シンク!?」


 やっと当てられたと思ったら味方にも当たってしまったからか、ルイスはまさに混乱真っ只中だ。

 この時を待っていたように、モンスターのうち2体がルイスに襲い掛かる。


「させるか!」


 体を動かそうとするが、軽く麻痺しているようで素早く動けない。俺の”麻痺耐性”はLv6なんだが、それでもこれだけ影響があるのか。


(精霊、強過ぎだろ! )


 と心の中で悪態をつく。

 俺にも残りのモンスターが襲い掛かってくる。ルイスが襲われることで意識が逸れている隙を突かれた! ルイスのフォローへ回れない!


「ルイス!」


 ルイスにモンスターが迫る、まさにその時! 横合いから巨大な黒い影が、ルイスとモンスターの間に割って入ってきた。冒険者ギルドで見た、山のような大男だ! 男はルイスに迫っていたうちの1匹を、右手に持っていたメイスで叩き潰した。もう1匹の攻撃を、大男はその体で受け止める。


 ボヨン


 結構な威力がある筈の攻撃は、間の抜けた音に埋もれた。受け止めた大男は、身じろぎもしていない。


(おぉっと、感心している場合じゃない! )


 俺は迫って来るモンスターを、一刀のもとに切り捨てていく。


 ザッ、ヒュッ!


 この程度の動きなら、多少麻痺していても問題なくできる。続けてもう1匹を仕留め、俺が倒し終わるのとほぼ同時に、大男のほうも倒し終えていた。


「ありがとうございます。助かりました。」


 礼を言いながら駆け寄ると、大男が身体をこちらに向けた。戦闘中はよく見えなかった左手や顔が、自然と視界に入る。……えっと、これは……どうしたらいいんだ?


「ぱくぱく、モッキュ、モッキュ。」


 大男は、初めて会った時と同じように、左手でずっと食べ続けていた。

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