第21話

 まぁ、よくよく考えてみると、年齢一桁代の子供だけを残して親がいないって、問題あるよね。例えばだが、別の大人のところに預けるとか、選択肢はあった筈なんだよね。ギースさんが言うには、ヒロにしても俺にしても妙に大人びている部分があるので、つい甘えてしまったとのことだ。


 モンスターについては俺達が倒したパンダが最後だったらしく、程なくして、別の場所でモンスター討伐にあたっていたという、とーちゃんとかーちゃんが帰ってきた。ギースさんは二人に、自分の娘のせいで危険な目に遭わせてしまったことを謝罪した。二人は経緯は気にせず、みんな無事でよかった、と結果だけを喜んだ。


 細かい話はさておいて、俺の疲れを心配したうちの家族と一緒に家へ戻ることとなったのだが、いざ帰ろう、ってところでレンファさんに呼び止められた。


「シンク、あんたが倒したモンスターから装備がドロップしてたから、持っていきな。それにしても装備が落ちるなんて、珍しいこともあるもんだよ。」


 レアドロップか……”幸運”スキルが仕事したんだな。そんなことを思っていたら、渡されたのは妙に可愛らしいパンダ柄のパーカーだった。うん? これが装備? フードのところがパンダの顔になっている。先ほど戦っていたベジタリアンベアーなるモンスターを模したものではない。普通のパンダだ。


「レンファさん、これは?」


「パンダパーカーだね。そんなナリだけど、防御力はそこらの鉄製のプレートよりあるんだよ。」


 な、なんと!? これが鉄より丈夫なのか! 持った感じ、とても肌触りが良い素材だ。そして軽い。軽くて丈夫ってのはありがたいな。……しかし、この柄がなぁ。せめて猫柄だったら喜んで着られるんだけどなぁ。


「でも、あのモンスターはヒロがいなけりゃ倒せなかった。だから、これはヒロにあげてください。」


 ヒロに押し付けるようで悪いが、これを着たいとは思わないのだ。それに、本当に、ヒロがいなけりゃ倒せなかったしね。

 レンファさんは、ゆっくりと首を振った。


「シンク、そう言わずに貰ってくれないか。ヒロは今回の件で、シンクに無理をさせてしまったことを後悔しているのさ。戦利品をシンクが受け取ってくれれば、少しは気が楽になるってもんだからね。」


 うぉ!? そうきた? もうこれ使い続けないといけないパターンじゃないか?


「そうですか……。それでは有難く、使わせてもらいます……」


 パンダかぁ。さっき思いっきりディスったばっかりなんだけどなぁ。いや、プラスに考えよう。変なデザインではあるが、鉄以上の防御力で軽いのだから、実利を見れば非常に便利な防具じゃないか。

 そして翌日、いつものように練習のため広場に向かう。あ~、何気ない日常が素晴らしい。ちなみに早速パンダーパーカーを着ている。常に備えに追加されたのが、この防具だ。しかし、昨日の戦闘はしんどかったな。本当に死ぬかと思った。

 どうするのが適切だったか、戦闘方法に不備はなかったかを今朝とーちゃんと議論してみたのだが、現状打てる手としては間違っていなかったのではないか、という結論になった。


「シンクの状況だったら、俺も逃げねぇな……。だけど、逃げたら駄目だって言ってるわけじゃねぇぞ。結果としてシンクが逃げなかったことで全員助かったが、あれこれ手を尽くしても、どうにもならない場合はある。そんな時は、仲間を置いて逃げるしかない。」


「とーちゃんは冒険者時代、そういう、どうすることもできない時ってあった?」


「あった……。一度だけな……。」


 とても苦い顔をして言った。しまった。そりゃ思い出したくない記憶に違いないのに、俺は何を聞いているのだか。


「シンク、お前はもう毎日、十分に努力しているから言うことじゃないと思うが……いざそういう場面に直面してから、もっと努力しておけば、って思っても遅ぇからな。普段どんだけ真剣にやっているかで、肝心なときに使える手札が決まるんだ。」


 もっともな事だ、と頷く。だが俺の場合、手札をその場でガチャで増やせるんだよな。……うん? あの時ガチャすれば別の手段取れたかもしれないんじゃないか!? 例えば、”火術・天級”あたり引ければ、MPも足りて手頃な魔法が使えるようになったかもしれない。

 あーでも、威力も範囲も分からん魔法をいきなり実戦で使うにはリスクがあるか。それに、今回反省すべきは戦闘の内容よりも、そこへ追い込まれた過程だ。今後は小さい子から絶対に、目を離さないようにしないとな。

 とーちゃんは、苦い顔をしたままこう続けた。


「今の歳でそれ以上戦える必要は無いんだが、後悔しないようにするには、努力するしかねぇよ。」


 仲間を置いて逃げる……冒険者になれば、思いがけない強敵との遭遇戦もありうるのだろう。今回とは違いいくら備えていても、最悪の事態に追い込まれたときに使える手札は、それまで培ってきたものだけだよな。逃げることでカルマ値がマイナスになる可能性もあるが、カルマ値がどうこうという以前に、俺自身がそれをしたくない。

 イーナを探しているときに感じた、目を離してしまったことへの後悔を思い出す。もし、仲間を置いて逃げることになったら、あの時の後悔なんて目じゃないくらい、心に負担がかかるだろう。……俺の豆腐メンタルではとても生きていけないな。とーちゃんの言うとおり、もっとやっておくべきだったと思わないよう、地道に努力するしかない。



 広場にて、俺はみんなに囲まれていた。特に女子に。


「何それ可愛い!」「すごく似合ってるよ!」「その服、いいなぁ」


 男子に可愛いとか要らないと思います……若干のメンタルダメージを負ったところで、フィーにどうしたのと聞かれたので、かくかくしかじか説明をした。


「ずるい! 二人だけで冒険して!!」


 いや、冒険違うし、迷子捜してただけだから! と必死に説明しても、何やら不満そうだ。うーん、冒険って、最低限死なない準備して行ってやるもんだと思うのだよね。あんな準備不足な状態は、無謀なだけだと思われる。

 さて、練習が始まった。今日もフィーが相手である。実力的にもだが、同い年で身長や体型が近いってこともあって、フィーとの練習が一番身になるように感じる。モンスターを倒したおかげでレベルでも上がったのか、今日は昨日ほどボコボコにされないで済んでいる。ただ、相手の思考を読んで動きを予測するのが上手くいかない。例によってスキル化された能力なんだろうな。

 余計なことを考えていたら一撃、胴に食らってしまった。


 タスッ!


 あれ? 音が軽い? 痛くも無い。攻撃したフィーも目を丸くしている。


「シンク、どうだい? パンダパーカーは丈夫だろ?」


 レンファさんが楽しそうに言った。


「パンダパーカーの性能がよく分かったところで、それを脱ぎな。防具に頼ると油断して守りがへたくそになるし、攻撃も雑になりがちだ。練習の時は不要な装備だよ。」


 なるほど。前世での某狩猟ゲームで身に覚えがある。上位装備で下位モンスターを狩るときは、どうせ攻撃を食らってもダメージが少ないから、と大技を狙って攻撃が雑になり、討伐時間が無駄にかかったって経験、あったものな。


「レベル上がるし、装備はいいもの手に入るし、やっぱりずるい! 私も冒険したい!」


 さすがにそれは誰も許可しないでしょ、と苦笑いする。フィーだってきっと、頭で理解はしているのだろう。とはいえ、納得できないが故のストレスは全て、俺が叩かれることによって発散されたのは、言うまでもない。



 そんなフィーだが、村に来ている間、午前は練習に参加し、午後は遊んで、俺がお手伝いの日はついてきて、と何だかんだで常に一緒にいた。行動を共にする日々が当たり前になってきた頃、ちょうど夏の終わる時期に、フィーは王都へ帰った。今年だけかな、と思っていたら、翌年も来た。そのまた翌年も、更に次の年も。

 俺とヒロは、イーナ行方不明事件以来、冒険者となるべくより一層修練を積んだ。ヒロもまた冒険者を目指すことにした、って話は事件のあとで本人から聞いた。あいつなりに、モンスターとの戦闘で何やら思うところがあったようだ。


 そして月日は流れ、俺は11歳になった。季節は夏。今年もまた、フィーがこの村にやってくる。

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