第207話 ダンジョン3階層。


 ――地下3階層。


「「「うわー(にゃー)」」」


 そこは、これまでの迷宮型の構造から一変して、一面の草原であった。



「広いのニャ」


 美剣が言う通り、フィールドの端が見えない。まるで地平線だ。



 地球という球体の上にある地面なら地平線が見えるのはわかるのだが、平面と思われるダンジョン内でも地平線があるという事には「ダンジョンだから」という理由でかたづけてしまうのが精神衛生上は一番いいのであろう。


 本当に果てがないほど広いのかと軽トラカーナビを見てみると、確かに広いことは広いのだがきちんとフィールドの端はあるようだ。



「端っこがどうなってるのかも気になるところだが……」


「まずは目の前にあるこれですね」


「にゃー、畑があるのニャ」



 草原の中に切り開かれた農地。広大なフロアに比べればほんの一部なのであろうが、それでも地上で言えば大規模な畑が広がっていた。


「あ、あれは田んぼですね。水は入ってないようですけど」



 たしかに、畑の向こう側にある、あの構造は水田だ。


 我が家にも親から受け継いだ田んぼがあるのでその構造は見慣れている。小さい頃は昼食のパンを目当てに田植えや稲刈りの手伝いによく行ったものだ。まあ、本人は手伝っていたつもりでも、今思えば逆に邪魔になって戦力にはなっていなかったのだろうが。

 


「それにしてもなぜ……ダンジョンの中に人工のものが……」



 一見、畑や田んぼは自然のものと思ってしまいそうになるが、これはれっきとした、人の手が入った『人工物』である。決して、雨風などの自然の力でこのような様相の土地にはならない。


 畑は黒々とした土のうねが広がっているが、奥の方の一角に緑色が見える。


 そこに向かって軽トラを走らせる。




 畑の中の緑色に近づくと、そこには3列にわたって整然とキャベツが飢えられていた。どれも大きく育っており、収穫しても大丈夫なくらいに育っている。



 これは、誰かが植えたという事としか思えない。



 


 どういうことだ?



 ここは、オレの家の車庫にできたダンジョンのはずだ。


 そして、つい先日、地震のような揺れと共に『成長』して増えたフロアのはず。


 どうして、そこに人の手が入った風景が広がっているのだろうか?




 ダンジョンという不思議のかたまりのなかで、整然としたことわりを求めるつもりは毛頭ないのだが、それにしてもこの光景は異様すぎた。



 当然、この場で考えを巡らせていたところで正解等はわかるはずもない。


 少しでも手掛かりを手に入れようと、目の前にあるキャベツを手に取ってみようかと、軽トラを降りようとしたその時。



 目の前に、それは現れた――。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇















「メ”ェェェェェェェェエエエエエエ!!」



 どこから現れたのか、突然目の前に羊が現れた!


 魔物か? たしか、羊の姿にそっくりな魔物、魔羊というのがいるとネット上で見たことがある。




 魔羊は、軽トラを見るとこちらに向かって突進してきた!


 軽トラから降りようとしていたオレは、無手だったこともあり慌てて運転席に舞い戻る。



 この間合いでは回避は不可能だ。軽トラアタックで迎撃するにも、荷台から美剣とマナミサンが飛び降りて迎撃するのにもタイミングを逸している。


 しかたない、こうなったら軽トラの『結界防御』で一旦受けて、相手の突進の威力を確認しよう。



 そう思ったその時――、




  ゴツン。



 あれ?



 なんと、魔羊は軽トラのそばまで来ると速度を落とし、まるでじゃれつくかのような感じで軽トラのフロント部分に頭の角を軽くぶつけてきた。




 ゴツン。ゴツン。ゴツン。



 魔羊の頭突きは数回続く。まるで、甘噛みならぬ甘頭突きだ。




 数回頭突きを繰り返した魔羊が、運転席にいるオレの顔を見る。


 オレと目が合う。



 すると、魔羊は「やべっ、間違っちゃった!」というような表情をして軽トラから距離を取る。




「なんだろう……この、表情豊かな羊は……」


「魔物なんでしょうけど、殺意とか、敵意とかは感じませんね」


「にゃー、わるい羊じゃないと思うのニャ」




 魔羊は、気まずさと戸惑いが混ざったような表情でこちらを見ている。


 見ると、さっきは驚いて気づけなかったのだが、首のところに、まるで日本の会社の社員証をぶら下げるような名札? のようなものがぶら下がっているではないか。



「なんか書いてあるな……読めるか?」


「日本語ではないですね……。というか、どこの国の言語でもないような……。」


「にゃー、美剣は読めるニャよ! 『D白46』って書いてあるニャ」


 知らない言語を読める美剣にも驚いたが、知らない言語なのにアルファベットと漢字と数字が混ざっていることにも驚きを感じる。だが、なぜかこれには突っ込んではダメな様な気がするのが不思議だ。

 



 すると、羊はなにか申し訳ないような表情を浮かべながら、畑にあるキャベツを浮かし――、あれは魔法か?


 キャベツの根がかまいたちのような風にスパっと切り裂かれて土が落ち、キャベツ本体がつむじ風のような風に舞いあげられ、見事に軽トラの荷台にソフトランディングする。


 そうして、合計10個ほどのキャベツが荷台に積まれた後、羊は



「ヴェエエ」


 と一言鳴いた。




「にゃー、『間違ってごめんなさい。これはお詫びの代わりです。』って言っている気がするにゃ」





 どこからツッコめばいいんだ……

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