第225話 クスバリ王国中枢部。


「副団長! 近隣の村には人っ子ひとりもおりません! 金目の物もなく、これでは略奪もままなりませんぞ!」


 聖騎士団の小隊長が報告に来る。だから、何度言ったらわかるのだ。メオンの街に入ってセレスティーヌを捕えるまでは粛々と真面目な聖騎士団の体面を崩すなというのに。


 命令を聞けないアホな下級貴族出身の部下たちは早速近隣の村々に勝手に向かい、略奪をしようとしたようである。


 だが、そこには村人もおらず、金目の物も引きあげられているとのこと。


 これはどうしたことだろうか?





 セレスティーヌ捕縛の前に聖騎士団の暴虐性が露見しなかったのは結果的に幸いではあったが、相手の動きの意図が分からない。


 もしや、こちらの策を看破されたのでは?


 

 いや、俺の作戦は完璧だ。しょせんは獣人どもと同じレベルの思考能力しか持たない田舎貴族のやつらの事、この伯爵家出身の知性あふれる俺の策を見破るなどありえない。


 そうだ。奴らは俺たち聖騎士団と王都正規軍が来るというので、それをもてなすために近隣の村人たちも全て招集したに違いない。


 情報では、なにやら見慣れない魔道具に村人たちを乗せて運んでいたとの斥候からの報告もある。


 金目の物も、全て俺たちに献上するために召し上げたのだろう。貧乏貴族のやりそうなことだ。



 書状に対する返答がなかったことを訝し気に思っていたが、奴らは気が動転して俺たちをもてなす事ばかりを考え、返答を返すことまで頭がまわらなかったのだろう。


 まったく、田舎貴族というものはこれだから困るのだ。上位者に対する礼儀作法すらなっていないのだから。


 そういえば、辺境伯の方からも書状への返答は返ってきていないな。そうか、辺境伯と言えども所詮は田舎者。同じく軍の編成やら何やらで礼儀作法にまで首が回らないのだろう。


 まったく、嘆かわしいことだ。




 辺境伯も、そろそろ軍勢を率いてこちらに向かってきていることだろう。辺境伯の軍はそれなりに多いだろうから、奴らを皆殺しにする前にメオンの街を支配下に置いておかねばならないな。


 ふふ、俺にかかればこんな田舎の軍など一瞬で蹴散らしてくれるわ。





「休憩は終わりだ! メオンの街に軍を進める!」


 俺の号令の下、俺の洗脳の支配下にある王都の正規兵たち――正規兵と言っても、そのほとんどは農民兵だ。


 各貴族たちが領内から徴兵して王都に集め、そいつらに教団の資金力で装備を整えさせたに過ぎない。


 当然、兵たちの練度は低いのではあるが、そこは俺の洗脳能力。奴らは命知らずの死兵と化して俺の意のままに動くだろう。


 その農民兵たちが、他の下級貴族出身のバカな聖騎士たちに足蹴にされながらも陣を撤収し、進軍準備に入っていく。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇











「宰相! なぜ出兵を許可したのですか!」


 声を荒げる偉丈夫、クスバリ王国元帥の座に就く大将軍、ラニサヴ・グレーザーは王都の謁見室で宰相のヤーコブ・ハーネイ侯爵に詰め寄っていた。



「聞けば、あやつら教会の連中は軍事教練を名目に、メオン男爵領とセイブル辺境伯領への侵略を目論んでいるとのことではないですか! もはや目に余るを通り越して暴挙としか思えん! これまでも辺境伯への冷遇を続け、それでも忠誠をもって仕えてくれた辺境伯を害しようというのですか!」


「ほうほう、グレーザー元帥殿。貴公はそうは言うがな、そもそも辺境伯殿は数年前にこの王都に兵を向けようと画策していたことをお忘れか? そのような反乱じみた素振りを見せた貴族家を討伐するのになにをためらう事があるので? むしろ遅きに失したと思っているのですがね?」



「そ、それは! 辺境伯は国王に弓を引こうとしたのではなく、獣人たちを弾劾する教会や人族至上主義者共を排除しようとしたと聞いている! 国を思っての行動ではないか!」


「おっと、元帥殿。それ以上教会に対する誹謗を口になさるのはおやめなさい。何といっても、いまや国王陛下はコウリ教会の敬虔な信徒であらせられるとともに、我が国の国教ともなっているのですからな。」



「くっ! 王よ! 王はいかがお考えなのです! 教会の教義とやらと、忠義熱い辺境伯! どちらが国にとっての大事とお考えか!」


「……よい。宰相の言うとおりに……。よきにはからえ……」



「王!」


 王の目には生気がない。




 ここ10年の間に王は変わってしまわれた。


 以前は亜人や獣人ともよき関係を保ち、聡明な政を行う、公明世代で胆力に満ち溢れたお方だったというのに。


「よきに……はからえ……」


「王よ……」


「元帥殿? いかに元帥殿とは言えども不敬でございますぞ? よもや敬虔な教徒であらせられる国王に対してそのような物言いをなさるなどと。どこに人の目と耳があるかしれませぬ。信仰厚い教徒の耳にそのようなことが入っては、元帥と言えども命の保証はでき兼ねるでしょうぞ」



「宰相! おぬしが教会の教義に従順なのはわかる! だが、国政の場に教義云々を持ち込むのはやめにせぬか! どれだけの命や尊厳が損なわれたと思っておるのだ! このままではこの国は瓦解するぞ!」


「ご心配には及びませんよ。コウリ教の教義は国をも導く偉大な教え。いずれ、人族が力を結集しもっとも豊かな国へと変貌を遂げるでしょう。」



「くっ! 話にならん! 御前失礼!」





 

 グレーザー元帥が謁見室を肩をいからせて退出したのち。


「ふふふ……洗脳が効かぬとはとんだ意志の強さの持ち主よ。だが、しょせんは猪武者。せいぜい孤軍奮闘されるがよろしかろう……そして、大きな絶望を我が神に……ふっふっふふふ」




 ハーネイ宰相は王の御前であることを歯牙にもかけない様子でつぶやき、笑うのだった……。

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